2024年5月20日に就任した賴清德総統は、就任後まもなく法務部長の鄭銘謙を通じ検察・調査・廉政の「反汚職衛兵」による汚職撲滅作戦を展開。まず前行政院副院長・鄭文燦の桃園市長時代の汚職事件に着手、次いで前民衆党主席・柯文哲の台北市長時代の京華城容積率優遇疑惑に取り組み、与党民進党内部と第三勢力の民衆党のトップを左右から攻撃、全台湾に衝撃を与えた。検察・調査・廉政による両案件の捜査後、最近人事異動があり軍の再編成後に新たな反汚職の波が来ると注目を集めている。
2024年12月から2025年1月にかけて、検察署・廉政署・調査局でそれぞれ幹部人事の異動があった。調査局では、調査局長の陳白立が世代交代を進め、最重要ポストである台北市調査処など六都の処長が全て交代。廉政署では副署長の沈鳳樑の退職に伴い、署長の馮成により約20人の政風処長クラスの人事異動が行われ、政府機関内部の動向をより把握できるように。
調査局、廉政署の上司である法務部長・鄭銘謙も黙ってはいなかった。新北地検の余麗貞・桃園地検の俞秀端・高雄地検の洪信旭・彰化地検の張曉雯など4人の地検検察長任期満了に加え、一気に士林地検の顏迺偉・基隆地検の李嘉明・連江地検の謝謂誠の3人の検察長も更迭した。中には就任2年未満で退任することになった者も。
法務部長の鄭銘謙(中)と調査局長の陳白立(右)は大規模な人事異動を行い、賴清德総統(左)の反汚職衛兵を編成した。(資料写真、蔡親傑撮影)今回の鄭銘謙は軟弱ではない 前部長のお気に入りも容赦なく更迭
中でも、士林地検検察長・顏迺偉は前部長蔡清祥のお気に入りで、法務部主任秘書の要職から士林地検検察長に就任。鄭銘謙は蔡清祥の顔を立てることもなく顏迺偉を更迭し、その背景に何があるのか外部から注目を集めている。鄭銘謙は「88会館地下為替案件」の主犯に対し、「林さん(林秉文)の出頭を歓迎する」と呼びかけ、外部から「軟弱」と批判されたが、検察長の人事では一切手加減せず。鄭銘謙とはどのような人物なのか。
鄭銘謙が編成した検察長の新チームは、彼が過去に廉政署で共に働いた部下たちで構成される鄭家班が基盤となっている。廉政署は2011年7月20日に設立、創設期に当時法務部参事だった鄭銘謙が頻繁に議論に参加し、前法務部長の曾勇夫が最終的に鄭銘謙を廉政署初代主任秘書に任命したため、鄭銘謙は廉政署の創設メンバーと言える。その後、鄭銘謙は副署長に昇進し、検察長に異動。さらに台南地検検察長から廉政署長に戻るなど、廉政署との縁が深い。
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廉政署の創設メンバーである鄭銘謙(前列中央)は7人の新検察長を起用、その多くは廉政署の古参メンバーで構成されている。(資料写真、蔡親傑撮影)賴清德の反汚職衛兵 鄭銘謙の廉政署旧部下たち
今回鄭銘謙が起用した7人の新検察長のうち、郭永発が法務部検察司長から新北地検検察長に戻った以外、林映姿・蕭方舟・林彥良・謝名冠・王柏敦・王以文の6人は全て初任である。そのうち謝名冠・王柏敦・王以文は廉政署で鄭銘謙と共に働いた経験が。謝名冠は廉政署創設時の肅貪組組長で、肅貪組は廉政署の特別捜査部門であり、謝名冠は実際に当時話題となった遠雄案件、高雄の汚職検事井天博案件などを担当、当時案件管理を担当していた鄭銘謙と寝食を共にし栄辱を共にしてきた。
近年、謝名冠は3度検察長候補に名前が挙がったものの、最後の一歩で前部長蔡清祥の信任を得られなかった。今回再び名乗りを上げ、ついに鄭銘謙の抜擢により検察長の夢を実現し彰化地検検察長に就任。次は六都の地検検察長に直接昇進する可能性もある。
新任の彰化地検検察長の謝名冠(右)は、3度検察長候補に名を連ねた経験があり、今回ついに検察長となった。(資料写真、蔡親傑撮影)高雄地検検察長 鄭銘謙が黒馬の黃元冠を抜擢
検察長の新人に廉政署色が強いだけでなく、鄭銘謙は今回、大胆にも南投地検検察長の黃元冠を高雄地検検察長に起用。もともと高雄地検検察長の洪信旭の任期満了に伴い、検察界では地縁関係から台南地検検察長の鍾和憲と橋頭地検検察長の張春暉が高雄地検の有力候補とされていた。だが、予想外にも黃元冠が黒馬として現れ、鍾和憲と張春暉という2人の先輩を押しのけた。
なぜ黃元冠が予想外だったのか。黃元冠は検察長1年目を連江地検、2年目を南投地検で務め、3年目にして六都級の高雄地検に就任。検察界では「ヘリコプター昇進」と呼ばれ、さらに司法官第37期修了の黃元冠は今年わずか52歳で、高雄地検史上最年少の検察長となった。
黃元冠の経歴を紐解くと、充実した実績が並び鄭銘謙による破格の抜擢も納得できる。台湾大学法律学部卒業後、検察官時代に米国イェール大学ロースクールで1年間学び、法学論文も発表。高雄地検検察官、閲覧主任検察官を経て、後に廉政署南区調査組組長として、多くの大小の案件を手掛けた。特に南調組在任中には、中油採用試験のカンニング事件、前中油精製事業部執行長の徐漢による2700万元の汚職事件、さらに屏東・台東で4人の郷長による汚職事件を立て続けに摘発。南調組に「郷長キラー」の異名をもたらした。これらの事件は全て世間の注目を集め、かつて廉政署のトップだった鄭銘謙の印象に強く残ったという。
新任の高雄地検検察長の黃元冠は、黒馬(ダークホース)として抜擢され、高雄地方検察署史上最年少の検察長となった。(資料写真、蔡親傑撮影)鄭銘謙が黃元冠に重責を委ね さらに部下も手配
検察界ではあまり知られていないが、黃元冠は郷土愛の強い高雄の地元民だ。台湾最年少のバードウォッチャーで、小学4年生の時にはバードウォッチング・クラブの会長を務め、40年以上のキャリアを持つ。台湾大学在学中は自然保護サークルの鳥類グループ長として、社会発展と環境問題に関心を持ち、関連する社会運動に熱心に参加。高雄地検では環境保護専門の検察官でもあった。
全台湾を揺るがした日月光の廃水放出事件で、検察が起訴した被告が裁判所で全員無罪となった際、当時高雄地検の閲覧主任検察官だった黃元冠は非常に不満を示し、印象的な発言を残している:「有害産業廃棄物は『放出方法』や『形態』(固体、液体)とは関係なく、『性質』によって判断されるべきだ。そうでなければ非常に不合理だ。これらの半導体工場が放出しているのは高濃度の重金属や強酸を含む廃液だ。水道管で放出されているとか、汚泥でないという理由だけで有害産業廃棄物に該当しないというのは、誰が納得できるだろうか」
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『風傳媒』の調査によると、鄭銘謙は特に黃元冠を重用し、高雄地検で孤立することを懸念し、調査局高雄市調査処長の連震宗と高雄市政風処長の歐建志を黃元冠の反汚職捜査の補佐役として配置。連震宗と歐建志はともに高雄出身で、興味深いことに、2人とも調査班第27期の同期生だ。連震宗は大学卒業後に調査局に応募し、歐建志は警察大学安全システム学科卒業後に調査局に配属された。
黃元冠は高雄地方検察署の環境保護専門の検察官で、日月光の廃水放出事件を担当した経験を持つ。(資料写真、柯承惠撮影)歐建志は警察界の人脈が豊富 連震宗は早くから調査処の戦友
歐建志は前法務部長の廖正豪の時代に調査局から法務部に移り、国会連絡を担当。その後、政風司調査科に異動、廉政署の創設メンバーの一人で、鄭銘謙の古い同僚でもある。調査局在職中は南機站の調査官を務め、後に政風司調査科で北投ケーブルカー事件や南港展覧館事件を担当し捜査のベテランだ。歐建志は高雄市政府政風処に赴任する前は内政部政風処長を務めており、内政部は警政署の上級機関であることから、警察大学出身と内政部政風処長の経歴を活かした警察界の人脈は、検察の捜査に大きく貢献できる。
一方、連震宗はさらに黃元冠の古い戦友である。『風傳媒』の調査によると、連震宗はもともと高雄市調査処で捜査を担当し、高雄地検の検察官との連絡調整を専門とし、しばしば弁当を持って検察官の事務所で事件について議論していた。基層から南機站主任、航業処処長、廉政処長へと一歩一歩昇進し、今回、早期退職した調査処長の謝宜璋の後任として高雄市に戻り、偶然にも黃元冠と再び協力することになった。
高雄市政風処長の歐建志(左端)は警察大学出身で、内政部政風処長を歴任。(資料写真、高雄市議会提供)なぜ高雄に重要人物を配置? 2026年南台湾の買収選挙を牽制
鄭銘謙はなぜ高雄に重要人物を配置したのか。賴清德総統が汚職撲滅と詐欺対策を宣言し、南台湾には多くの重要人物が潜んでいる。また、2026年の統一地方選挙は賴清德にとって重要な中間試験であり、南部、特に高雄市で民進党が政権を失うことは許されない。しかし、国民党の立法委員柯志恩が勢いを増しており、鄭銘謙が「郷長キラー」の黃元冠を配置したことで、国民党の南台湾組織にどのような圧力がかかるのか。
旧正月明けには農漁会の理事監事および総幹事などの選挙が行われる。農漁会選挙は地方政治に関わり、地方金融信用とも密接な関係があり、2026年地方選挙の前哨戦でもある。法務部長の鄭銘謙と検察総長の邢泰釗は厳格な取り締まりを命じ、2025年1月22日には全台各地で検察・警察・調査・廉政が共同で「114年農漁会選挙査察妨害選挙執行小組」を設立し、選挙違法行為の徹底的な取り締まりへの決意を示した。新人事体制後の第一戦が農漁会選挙を標的としたことは、民進党政権の南台湾票田確保への積極的な姿勢を示している。
検察・廉政・調査の大規模人事異動により、検察長の黃元冠(左から4人目)、政風処長の歐建志(左から2人目)、高雄市調査処長の連震宗(左から6人目)による鉄のトライアングルを形成。高雄の統制を図る。(高雄地検提供)潜水艦国産化の録音が国家の根幹を揺るがす? 高雄地検が捜査の主力
さらに、台湾は現在、国産潜水艦の建造に全力を注いでいるが、2023年9月28日に第一号の国産潜水艦「海鯤号」が進水した後、潜水艦国産化案件で不正が発覚。検察は直ちに高検署、台北地検および高雄地検で捜査を開始したが、今日まで結果は出ていない。すでに外部に流出している19巻の潜水艦関連の録音ファイルには多くの内部事情が含まれており、現在、高雄地検が解読・捜査中である。潜水艦案件は国家の根幹を揺るがす可能性があり、摘発すべきか否か、どの程度まで摘発すべきか、その判断は鄭銘謙が指名した新検察長の黃元冠の手に委ねられている。
法曹界では鄭銘謙は「いい人」と言われ、林秉文事件の対応では「軟弱」と笑われたが、宜蘭県長の林姿妙汚職事件、汚職で職務停止中で現在違憲審査中の新竹市長の高虹安事件、鄭文燦事件、柯文哲事件は全て鄭銘謙が着手したものだ。したがって、鄭銘謙は本当に軟弱なのだろうか。しかも背後には賴清德の強い意志が見守っており、鄭銘謙も生易しい存在ではいられないのだ。