米国のトランプ大統領が、ハーバード大学に対して国際学生の受け入れを停止するよう命じたことで波紋が広がっている。5月29日、ボストン連邦裁判所はトランプ政権に対し広範な禁止命令を発し、ハーバードは訴訟中も引き続き国際学生や訪問学者の受け入れが可能となったが、この影響は同大学にとどまらない。
中国、韓国、香港などでも、米国への留学を予定していた学生たちが「ビザ面接の予約ができない」と不安を募らせている。台湾でも同様の声が上がっており、「風傳媒」によると、米国在台協会(AIT)での学生ビザ申請は現在も受け付けられているものの、面接予約の枠が開かれていない状態が続いている。つい最近、米国の有名大学から正式な合格通知を受け取ったばかりの台湾の若者たちは、AITのウェブサイトを毎日のようにチェックし、新たな面接枠が出るのを待っているという。
ハーバード大学はマサチューセッツ州ケンブリッジにある、世界屈指の名門大学。8人の米国大統領を輩出し、台湾の歴代正副総統11人のうち、馬英九氏、頼清徳氏、呂秀蓮氏の3人が卒業生という実績もある。
米国留学は台湾の学生にとって憧れの進路であり、歴代の重要ポストに就いた人物のうち8人が米国で学位を取得している。2024年の米国国際教育機関による報告書では、台湾は米国にとって5番目に多い国際学生の出身地とされており、留学への関心の高さがうかがえる。しかし今、トランプ政権の動きによって学生たちの人生設計が脅かされる事態となり、頼清徳政権がどう支援に動くのか注目されている。
台湾の歴代総統の多くが米国留学経験を持ち、現職の頼清徳総統もハーバード大学の卒業生だ。(写真/柯承惠氏撮影)
ハーバードには52名の台湾人学生、外交部・教育部が注視
5月29日、ボストンで行われた連邦裁判所の公聴会と同じ日、ハーバード大学では卒業式が行われ、アラン・ガーバー学長が「世界中の学生を歓迎する」と明言。トランプ政権への明確な反対姿勢を示すと、約3万人の聴衆が30秒間にわたって拍手を送った。
事の発端は5月22日、米国国土安全保障省が「ハーバードは反米的かつテロ支援者を受け入れている」として、国際学生の受け入れを中止するよう指示したことにある。トランプ政権は続けて、学生および交換訪問者登録システム(SEVIS)の認証を取り消し、大学に対する補助金26億ドル(約4,060億円)と契約費1億ドル(約156億円)を凍結。さらには最大30億ドル(約4,690億円)の連邦予算削減までちらつかせた。
ハーバード側は5月23日にこの措置を違憲とし、ボストンの連邦裁判所に仮差止命令を申請。同27日には教職員らが抗議デモを行い、29日の判断で一時的な勝利を得た形となった。ただし、移民・関税執行局(ICE)はその後も強硬姿勢を崩しておらず、大学に対し30日以内の対応を求め、ユダヤ人差別への対処についての大統領令に違反していると非難している。
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米国が留学生ビザ面接を全面停止へ SNS投稿も審査対象に
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教育部によれば、現在ハーバード大学には台湾出身の学生が52名在籍しており、そのうち41名が在学生、11名が今秋から入学予定の新入生だという。外交部や駐ボストンの教育担当者は、5月22日以降、現地の台湾人学生と連絡を取りながら影響を注視しており、学生会とも連携しているとのことだ。
トランプ氏(写真)がハーバード大学に国際学生の受け入れ禁止を命じたが、学長ガーバー氏は「世界中の学生を歓迎する」と述べ、トランプ氏の政策に反対を表明した。(AP通信)ビザ面接に影響、保護者も不安の声
問題はハーバードにとどまらない。米国務省内部の電報が5月27日に報道機関によって暴露され、新たな緊張を呼んだ。この電報はルビオ国務長官の署名によるもので、すべての在外米国大使館・領事館に対し、F(学術課程)、M(職業課程)、J(交流プログラム)ビザの新規面接を即時停止し、未予約の面接枠を削除するよう指示する内容だった。さらに、ビザ申請者のソーシャルメディア審査の拡大も明記されており、今後さらに詳しいガイドラインが発表される見込みだ。
AITは5月28日、「学生と交換プログラムのビザ申請は引き続き可能」と説明したが、実際には中国、韓国、香港などでも面接予約ができないという報告が相次いでいる。台湾でも、約15,000台湾ドル(約7万4,000円)の申請費用を支払ったにもかかわらず、予約ができず困惑している学生や保護者が少なくない。
AITの報道官は「申請と面接予約は別のプロセス」であり、「各地の領事館は調整を続けている」としながらも、今後の予約再開の時期については明言を避けている。すでに予約を済ませた面接についてはキャンセルされていないが、新規予約がいつ再開されるのかは不透明なままだ。
トランプ氏がハーバード大学に国際学生の受け入れ禁止措置をとったことが台湾の留学生に影響するかどうか、台湾の外交当局が米国在台協会(AIT)との会議で議論する予定だ。(写真/柯承惠氏撮影)SNS投稿まで審査対象?留学生に高まる緊張感
トランプ政権によるビザ審査強化の流れの中で、とくに中国人学生を対象とした措置が目立つものの、他国の留学生も少なからず影響を受けている。米国務省報道官のタミー・ブルース氏は5月29日、「遅延はあるが、数週間から数ヶ月もかかるような規模ではない」と説明しつつ、申請者に対して定期的な確認を呼びかけた。
一方、ビザ申請者のSNS投稿の内容が審査対象となるという情報も飛び交っており、学生たちは過去の投稿に戦争やパレスチナ問題に関する内容が含まれていないかを気にするようになっている。実際、米国務省は2019年以降、ビザ申請フォームでソーシャルメディアアカウントの提出を求めており、今後さらにその審査が厳しくなる可能性が高いとみられる。
海外メディアによると、ルビオ国務長官が署名した電報から、米国務省がビザ申請者のソーシャルメディア審査を拡大しようとしていることが明らかになった。(AP通信)トランプ氏の矛先はカリフォルニアの大学にも?
トランプ政権が国際学生へのビザ審査を厳格化する動きを強めており、その矛先は主に中国人学生に向けられているとされる。一方で、多くの留学生が自らのソーシャルメディアのチェックを始めており、留学エージェントやアドバイザーからは、ビザ面接が近づくとアカウント内の反米的な投稿を削除したり非公開にしたりするよう指示されるという噂も広まっている。
そうした中、トランプ政権がカリフォルニア大学システムや南カリフォルニア大学など、アメリカ教育省によって捜査対象とされている数十の大学に対しても圧力をかける計画があると報じられた。
米国務省教育文化局および国際教育交流協会(IIE)の統計によると、2024年に米国の高等教育機関で学ぶ台湾人留学生は2万3,157人。中でもカリフォルニア州は台湾人学生の受け入れ数が最も多い地域の一つとなっている。
こうした動きを受け、カリフォルニア大学システムの一部大学では、学生のビザ状況を確認するための連絡を始めたという。
また、カリフォルニア大学アーバイン校の国際学生センターは、今回の米政府による一時的措置はすでに予約済みのビザ面接に影響を及ぼさないとしているが、もし予約が使えなくなった場合には、政府の指示に従うよう留学生に呼びかけている。
同じく捜査対象とされた南カリフォルニア大学では、学長が5月29日に国際学生宛に書簡を送り、「この不安定な時期に、状況が明らかになった段階で新入生には必要なガイダンスを提供する」と述べた。同大学は台湾にオフィスを構える数少ない米国の大学の一つで、現在は約491名の台湾人学生が在籍している。修士号取得を目指しているある学生は、南カリフォルニア大学もトランプ政権の攻撃対象となる可能性があるというニュースに対し、「不安はあるが、次に向けて動きたい」と話している。
ハーバード大学に続き、トランプ氏がカリフォルニア大学システムや南カリフォルニア大学などに対しても調査を行うと報じられている。カリフォルニア州は、台湾人学生が米国留学を選ぶ際の最も人気のある選択肢だ。写真はカリフォルニア大学ロサンゼルス校。(AP通信)東アジア諸国が人材争奪戦に本腰、台湾政府は動かず?
米国がトランプ政権の下で学問の自由を制限する中、東アジアの各国では留学生を巡る人材獲得競争が激しくなっている。日本の文部科学省は国内大学に対し、米国大学の学生受け入れ可能性を検討するよう求めており、香港教育局も「世界中の優秀な学生を歓迎する」と呼びかけている。マカオの教育・青年発展局も同様の姿勢を示している。
現時点で、日本の国立大学7校、香港の公立大学、マレーシアのスンウェイ大学などが受け入れの意向を示しており、日本の大阪大学は1.3億台湾ドル(約6.3億円)規模で研究者の受け入れ体制を整えていると発表した。
こうした周辺国の活発な動きに対し、台湾の教育部はなぜ沈黙しているのか?
立法院教育および文化委員会の国民党召集委員である葛如鈞氏は、トランプ政権が国際学生の受け入れ数を15%以下に制限するよう米大学に命じた件について、台湾教育部が適切な対応をしていないと懸念を示した。「これはプロジェクトで済ませる問題ではなく、教育部が中心となって取り組むべきだ」と指摘している。
トランプ氏がハーバード大学に圧力をかけた後、国民党の葛如鈞立法委員は教育部の対応の遅さを批判した。(写真/柯承惠氏撮影)トランプ氏がコロンビア大学に圧力、台湾は人材流動の兆しを察知
現在、立法院では「国際情勢に対応した経済社会および国土安全保障の韌性強化特別条例」案が審議中で、その中で教育部は200億台湾ドル(約970億円)の特別予算を確保し、主に外国人留学生の誘致に活用する計画となっている。
この条例案は、トランプ政権がユダヤ教徒差別禁止を名目にコロンビア大学に財政的圧力をかけ、経費削減を強いた件を受けて、台湾教育部が国際人材の動向を察知し、早期に法整備や予算措置を進めようとしていることを示している。
ただし、新たに教育部長に就任した鄭英耀氏は、実際にこの動きに迅速に反応したのはシンガポールだったと認めている。教育部のデータによれば、アメリカの大学が制裁対象になるとの報道が出た際、シンガポール国立大学が即座に人材確保の担当者を派遣しているという。鄭氏は「我々もこの動きを非常に注視しており、他国の優れた教育機関の取り組みを学んでいきたい」と述べた。
とはいえ、長年「アメリカ留学の夢」を抱いてきた準留学生たちは、台湾にとどまる意志を持っているのだろうか。実際には、ビザ面接を待っている多くの学生が「やはりアメリカで修士を取りたい」と語り、ビザが下りなければ入学を延期し、アメリカでの留学計画が頓挫した場合でも、次の選択肢としてはイギリスや欧州の大学を考えていると答えている。つまり、アメリカ留学への強い意志がある学生ほど、台湾での学び直しを選ぶ可能性は低いという現実がある。
鄭英耀教育部長は、トランプ氏がハーバード大学に国際学生の受け入れを禁止したことを受け、シンガポールが迅速に優秀な人材を確保したことを認めている。(写真/柯承惠氏撮影)揺らぐアメリカ留学の夢、支援求められる教育部
教育部長のもとには、留学生からの支援要請が相次いで届いている。ただし、アメリカのビザ発行は教育部の管轄外であるため、「アメリカ留学の夢」をどう支援するかは依然として大きな課題となっている。
教育部は、アメリカの大学がオンライン教育などの遠隔授業を実施できるかどうかを確認し、ハーバード大学とMOUを結んでいる台湾の大学には、渡米までの間学生を受け入れて待機できるよう提案している。ただし、こうした措置も学生本人の意向が尊重されるべきだとしている。トランプ政権が「アメリカ・ファースト」の方針に基づいて大学への財政的圧力を強めている中、ハーバード大学にも国際学生の比率を15%以下に抑えるよう求めているという。
台湾教育部としては、できる限り学生の支援を行い、国内の大学もアメリカ留学を志す学生を積極的に歓迎しているが、ビザの問題については限界もある。
現在、東アジア各国が優秀な人材の獲得にしのぎを削っている中で、台湾がどうやって人材を引きつけ、国内に留めるかが問われている。
鄭英耀氏が語った「優れた教育機関から学ぶ」という姿勢が、今後どのように実現されていくのか注目される。