トランプ政権以降、米国の関税政策および外交姿勢は、世界各地に波紋を広げてきた。米国が孤立主義へと向かうのか、それとも中国が新たな覇権国家として台頭するのか──この問いは国際社会で繰り返し議論されている。
こうした中、台北市のシンクタンク「長風基金会」は18日、ハーバード大学ケネディ行政大学院でアジア研究を専門とする歴史学者ラナ・ミッター教授を招き、「トランプと習近平によるグローバル秩序を巡る攻防」と題する座談会を開催。中央研究院の呉玉山院士との対談形式で、米中関係の本質に迫った。会場には、台湾大学の元学長・管中閔氏をはじめ、学術関係者や一般市民など数百人が詰めかけた。
ミッター氏はこの中で、米中は軍事衝突には至っていないものの、「言語と経済の領域において、既に深い対立関係にある」との見解を示した。特に中国は、アジア太平洋地域での覇権確立を目指すとともに、国際社会における影響力の強化を図っていると指摘。「こうした動きは、25〜30年前には想像できなかった」と述べ、中国が世界最大級の経済大国へと成長した現実に言及した。
米中「経済戦争」は長期戦に──関税は“新常態”に
トランプ政権の登場以降、米中関係は転換点を迎えている。ミッター氏は「従来の冷戦構造やポスト冷戦期とも異なるダイナミクスが生まれている」と分析。その中で、最も注目すべきは「経済安全保障」という観点での争いであり、関税を軸とした“経済戦”が今後も続くと見通した。

新冷戦構造を象徴する存在――トランプ氏と習近平国家主席(写真/van huy nguyen@flickr)
特に関税については、「自由貿易の前提や国際的な規範から大きく逸脱し、アメリカは新たな通商環境の創出を目指している」と述べ、これまでの枠組みに回帰する可能性は低いとの認識を示した。
また、貿易経済学の専門家の間では「貿易赤字は二国間の経済不均衡を示すものではない」とされているが、米国の製造業が直面しているのは自動化、新技術の導入、中国製品の台頭といった複合的な要因による構造的な空洞化であり、それが現在の米国政治思想の根幹を成しているという。ミッター氏は、「この認識は今後も長期にわたり変わらない可能性が高い。トランプ政権は関税を、極めて強力かつ破壊力のある経済的手段と捉え、国際貿易のルール自体を再編しようとしている」と語った。
さらに、「今後、米国が関税水準を過去の状態に戻す可能性は極めて低い」と指摘。その背景には、「最低価格を追求する」というこれまでのグローバル経済モデルから、「国家安全保障を経済政策の中心に据える」という新たな潮流への移行があるとし、「ここ数週間から数カ月の間に見られた動向は、今後数年にわたり続くだろう」との見通しを示した。

関税政策と貿易摩擦の最前線――中国・山東省煙台市の貨物ターミナル(AP通信)
加えて、「可能な限り国内での生産を完結させる」という方針が米国の明確な方向性となっていることにも言及。トランプ大統領も就任演説で「自給自足」を米国の重要目標と位置づけており、これに呼応するかたちで、中国も経済と安全保障の連動に対する関心を高めている。とりわけ「双循環」戦略の下で、外部経済の影響を抑えつつ、内需主導の経済成長を模索しているとした。
それでもなお、ミッター氏は「米中間の経済・貿易関係が完全に断絶することはない」との認識を示した。その理由については、「デカップリング(分断)」が意味するのは単なる製品の輸出入だけでなく、その背後にあるエコシステム全体の再編であり、現実的には完全な切り離しは困難であるためだと説明した。
加えて、米中両国がそれぞれ経済的自立性を強化し、外部の影響を最小限に抑えようと模索する一方で、他国に対しては依然として自国主導のサプライチェーンへの依存を求めている現状が、いま世界で起きている急激な経済変動の根底にあるとの見方を示した。
台湾は最優先ではない──米国の対中戦略は経済安全保障に軸足
ミッター氏は講演の中で、米政府内には台湾問題の最終的な解決に関して「強い立場の相違」が見られると指摘した。とはいえ、現時点で米国の対台政策に抜本的な転換の兆しは見られず、台湾が注目する「統一」や「独立」といった時間軸の問題は、米政府にとって最優先課題とはなっていないとの見方を示した。
空母2隻による外洋演習に乗り出す中国海軍――2024年10月、遼寧艦と山東艦の編成(写真/中国人民海軍公式微博)その上で、米国にとって台湾の自衛能力を支援することは引き続き「国益に資する」との立場が続いているとし、トランプ政権においてもその姿勢に大きな変化は見られないと語る。実際、米国は現在もアジアにおける伝統的な同盟関係を重視しており、たとえばオーストラリア、英国、米国による安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」では、原子力潜水艦の共同建造が進められている。これは現段階でも中断されていない。
また、ミッター氏は、東京での米国防長官ピート・ヘッグセス氏による強硬な声明に触れ、「米国政府がアジア防衛において役割を果たすというのは、伝統的かつ根強い信念である」と言及。国防総省および国務省内の多くの関係者が「アジア太平洋地域における米海軍および陸軍のプレゼンス維持」を支持しているという認識を示した。
さらにミッター氏は、近年一部で唱えられている「逆ニクソン戦略」あるいは「逆キッシンジャー戦略」についても言及。すなわち、1970年代のニクソン大統領が採った「中国との和解によってソ連をけん制する」という手法を模倣し、現職のトランプ大統領がロシアのプーチン大統領と連携して中国の習近平国家主席に対抗する、という戦略的構想である。これについては「そのような構想が成功する可能性は極めて低い」との見解を明確に示した。
米中間の科学技術競争、世界の進路を分ける鍵に
米中間の覇権争いにおいて、科学技術分野が今後極めて重要な戦場となるとの見方を、ミッター氏は強調した。将来的にグローバルサウス諸国や西側諸国が、中国との間で科学研究やその商業化に関する広範な協力関係を継続するのかどうかは、極めて大きな論点になるとみられる。
「世界は東西二半球に分かれる可能性がある」とミッター氏――《海国図志》第三巻より東半球地図(図/ウィキペディア)ミッター氏は、「中国の科学界と西側の科学界が今後、別々の道を歩み、互いに孤立した『科学の孤島』を形成していく可能性がある」と指摘。その上で、アラブ首長国連邦(UAE)、シンガポール、ブラジルといった国々を例に挙げ、「これらの国々は西側と連携しながらも、中国の科学分野との協力や知見の吸収を進める可能性がある」と述べた。
ただし、トランプ大統領が中東歴訪を成功裏に終えたことから、米国がこれら諸国に対し、中国との協力を見直すよう働きかける可能性も否定できないとする。
最後にミッター氏は、世界秩序が「勢力圏」を軸に東西の二つの半球に分断される未来像にも言及。「米国が引き続き西半球で主導的な地位を保つのか、中国が東半球で台頭し主導的役割を果たすのかが問われる」と述べつつ、「米国は東半球にも依然として強い関心を持ち続けている」と分析する。ただし、「アジアの現状がすぐに変わるとは考えにくく、こうした議論は20年後の将来を見据えたものであり、2025年の現在とは同一ではない」と付け加えた。