透析患者の密度が世界でも有数とされる台湾では、透析の安全性と治療の質が極めて重要な課題となっている。中でも、血液透析中の血圧変動、特に急激な低下は致命的なリスクを伴うケースも多く、迅速な対応が求められている。
こうした状況を背景に、台湾・馬偕記念病院(マッカイ記念病院)の腎臓内科を中心とする医療チームが、民間企業と連携し、AIとビッグデータを活用した「透析中の血圧低下を予測する警告システム」を開発。透析中の重大な血圧変動のリスクを大幅に軽減する成果を上げている。
人手不足の中、AIが早期の異変をキャッチ
同院腎臓内科主任の林承叡(リン・チェンルイ)医師によると、透析中に発生する合併症の多くは血圧の急激な低下あるいは上昇が原因で、特に低血圧の場合は筋肉の痙攣、めまい、腹痛、嗄声(声枯れ)などの軽症から、意識障害や昏睡に至る重篤な状態に発展することもある。

一方、透析室では人手不足が常態化しており、1人の医師と1人の看護師が同時に7〜8人以上の患者を見守るのが一般的となっている。そのため、患者の異変にすぐ気づけないリスクが常に存在する。
こうした課題に対応すべく、馬偕病院の医療チームは、医師、看護師、IT部門、バイオメディカル開発センターが連携し、IT企業・緯創資通(ウィストロン)と共同でAI警告システムを構築。台北と淡水の馬偕病院で収集された420万件以上の透析データをAIが解析し、血圧の変化パターンを学習・予測する仕組みとなっている。
林医師によれば、このシステムは透析中に患者の血圧を4〜7回自動測定し、クラウドに送信。AIは過去の血圧の変動パターンをもとに、2回分のデータから3回目の値を予測する。10〜20分以内に血圧が急激に下がるリスクが高いと判断した場合には、警告音で医療スタッフに対応を促す。
世界でもトップレベルの成果
血圧低下が予測された場合、透析液の温度や流速、カルシウムイオン濃度を調整することでリスクを回避。これまでは患者が昏睡状態に陥った際、最終手段として心肺蘇生(CPR)に頼らざるを得ないケースも少なくなかったが、AIの導入によりこうした緊急対応が大きく減少している。
具体的な成果も数字で示されている。AI導入前、台北馬偕病院の透析患者における年間平均の血圧急降下率は22%だったのに対し、導入後は16%に。淡水馬偕でも32.5%から25%へと大幅に改善された。他国では血圧急変率が10〜70%と幅がある中で、馬偕病院の平均20%は世界でも極めて高水準に位置づけられる。

また、昏倒やショックによりCPRが必要となったケースも、導入前は年間平均8件だったのが、導入後は3件にまで減少。AIが「最後の砦」として命を守る役割を果たしている。
通院後の転倒リスクまで軽減
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透析中に軽度のめまいや胸の圧迫感を訴える患者は少なくないが、症状が軽いため我慢して帰宅し、途中で意識低下や疲労により転倒するケースもあった。こうした「見過ごされがちなリスク」に対しても、AIが予防的に作用している。年間の転倒事故件数は、導入前の21件から7件にまで減少した。