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林庭瑤

【徹底分析】鴻海のインド進出、無事撤退できるか?「外資の墓場」で蔓延する「飼い殺し」戦略の実態

富士康、鄭州に10億人民元を投入、iPhone 16の9月発売に向け5万人を新規雇用

台湾の電子機器受託製造サービス(EMS)大手、鴻海精密工業(富士康)が中国・河南省鄭州市で新たな動きを見せています。同社は10億人民元(約200億円)を投じ、新事業本部を設立すると発表しました。この投資により、今年9月に発売予定のiPhone 16の生産に向けて5万人の従業員を新たに雇用する計画です。


この動きは、米中貿易摩擦の影響で一時減速していた中国での生産体制を再び強化する狙いがあるとみられます。鄭州市は長年、富士康のiPhone生産の中心地として知られており、この投資は同社の中国事業における重要性を改めて示すものとなっています。


富士康、インドに巨額投資、2025年までに世界生産量の25%を目指す

一方、富士康はインドでの事業展開も積極的に進めています。鴻海の劉揚偉董事長の発言によると、同社はすでにインドに100億ドル以上を投資しており、来年さらに投資を拡大する計画だといいます。


具体的な動きとしては、以下が挙げられます:

  1. テランガナ州では2000エーカーの土地を確保し、「富士康シティ」の建設を予定。

  2. カルナータカ州のバンガロールIT投資区域で300エーカーの土地を取得し、2200億ルピー(約3600億円)を投じてiPhone組立工場の設立を進行中。


これらの投資により、富士康はインドでのiPhone生産比率を急速に引き上げる計画です。2020年にはわずか1.3%だったインドでの生産比率は、2022年に4%まで上昇。今年は14%に達する見込みで、2025年には全世界生産量の25%まで引き上げることを目標としています。

NTTドコモも被害者に:インド政府の変わりやすい政策で日本企業も巨額損失

しかし、富士康のインド市場への参入にも躓きがありました。2023年7月、鴻海グループとインドのヴェーダンタ・グループ(Vedanta)が共同で195億ドルを投資し、インドで半導体およびディスプレイ製造工場を建設する計画が頓挫しました。鴻海とインドのパートナーは、インド政府が約束した数十億ドルの補助金を申請しましたが、長らく回答がなく、両社の間で半導体工場建設の進捗に関する見解の相違が生じ、最終的に袂を分かつこととなりました。


インドの投資環境は常に外国企業から批判の的となっています。インド政府の外資に対する態度が変わりやすいことが、多くの外国企業の不満を引き起こしているのです。例えば、モディ政府は小米(シャオミ)、OPPO、VIVO、ファーウェイなどの中国企業に対し、インド資本の株式保有パートナーを導入するよう要求し、同時に、最高経営責任者(CEO)、最高財務責任者(CFO)、最高執行責任者(COO)などの主要ポジションにインド国籍の幹部を任命するよう求めています。また、アラブ首長国連邦の通信会社とノルウェーの通信会社は、政府の方針変更により全ての投資を失い、日本のNTTドコモとインドのタタ・グループの合弁通信会社も甚大な損失を被りました。



「大言壮語と契約破棄」:インドビジネスの落とし穴

台湾科技力シンクタンクの烏凌翔執行長は、富士康の中国回帰とインド進出について、以下のように詳細な見解を示しています:


「現在、中国経済が低迷している中で、富士康が河南鄭州の当局に呼び戻されたのは極めて理にかなっています。中国人は識字率が高く、勤勉で、熱心に働きます。富士康が現実的な判断をしたのは、中国大陸での事業展開が同社にとって最も有利だからです。」


一方、インドでのビジネス環境については、次のように指摘しています:


「インド人は残業を好みません。勤務時間が終わればすぐに帰宅したがります。インドの工場は通常2万から4万人規模ですが、富士康は数十万人規模の労働力を必要としています。このような大規模な労働力の管理は、インドでは極めて困難です。」


さらに、インドでのビジネスの難しさについて、烏氏は以下のように述べています:


「インドでビジネスを行うのは非常に困難です。これはインドの文化的習慣によるもので、中国とは比較にならないほど難しい環境です。インド人はビジネスにおいて信頼性に課題がある。政府の次官や局長でさえ、大言壮語を好み、実現不可能な約束をすることがあります。彼ら自身が自分の言葉に矛盾することもあり、政府官僚でさえ前言を覆すことがあります。入札で落札した企業との契約が破棄されることもあります。」


このような状況を踏まえ、烏氏はインドの半導体産業の将来について懐疑的な見方を示しています:

「このような環境では、インドが半導体産業を成功させることは難しいでしょう。私はインドが半導体産業を立ち上げられるとは信じていません。」


最後に、インドが注目を集めている理由について、烏氏は以下のように分析しています:


「インドが今こんなに注目されているのは、アメリカのインド太平洋戦略の一環だからです。アメリカはインドを使って中国に対抗しようとしています。2018年の米中貿易戦争以来、インドは世界の電子企業が中国から撤退する際の主要な投資先となっています。バイデン政権が推進する『フレンドショアリング』政策の下、南アジアにおける外注の重点対象がまさにインドなのです。」


「龍以外は全て見られる」:インドの混沌とビジネスへの影響

中山大学亜太英語学程の劉奇峰助教授は、8年間のインド滞在経験を基に、インドでのビジネス環境について詳細な見解を示しています。彼の洞察は、インドに進出する台湾企業が直面する日常的な課題を鮮明に描き出しています。


劉助教授は次のように語ります:


「インドでの生活環境は、日本や台湾とは大きく異なります。色、香り、騒音、匂い...すべてが何倍も強烈です。インドの街を歩けば、17世紀から21世紀までのあらゆる交通手段が同時に見られるのです。」


具体的に、劉助教授は以下のような例を挙げています:

  1. 交通の多様性:「デリーの道路では、三輪車(オートリキシャ)、ラクダ、象、牛が行き交い、高架鉄道の下を馬車が駆け抜けていきます。」

  2. 文化の複雑さ:「インドの人々は、最下層のダリト(不可触民)から最上層のバラモンまで、厳格なカースト制度に基づいて生活しています。」

  3. 日常生活の驚き:「よく言われる冗談があります。『インドの道を歩けば、十二支のうち'龍'以外はすべて見られる』と。これは決して誇張ではありません。」

  4. 適応の難しさ:「インドから台湾に戻ると、街があまりにも整然としていて物足りなく感じるほどです。逆に、多くの人はインドの生活環境になかなか適応できません。」


劉助教授は、こうした文化や環境の違いが、ビジネス面にも大きな影響を与えていると指摘します。「インドの人々は抽象的思考に長けており、弁論能力も高い」と評価する一方で、「実際の業務遂行や約束の履行に関しては課題が多い」と指摘しています。

さらに、インド特有の商慣習について、「政府高官でさえ、約束を守らないことがあります。入札で落札しても後から契約が破棄されるなど、予測不可能な事態が日常的に起こります」と警告しています。


インド製造の品質論争:「良率」50%説と「外資の墓場」の現実

インドでの生産拡大に伴い、品質管理の問題が取り沙汰されています。一部報道では、インドでのiPhone生産の「良率」(製品の品質基準を満たす割合、生産歩留まり)が50%程度にとどまっているとの指摘がありました。


これに対し、鴻海の劉揚偉董事長は強く否定しています。同氏は「インドの生産品質は中国と遜色ない」と主張し、報道内容の誤りを指摘しました。しかし、こうした報道自体が、インドの製造業に対する根強い不信感を反映しているともいえます。


実際、インドは長年「外資の墓場」と揶揄されてきました。過去10年間で2700社以上の外国企業がインドから撤退したという事実は、この不名誉な称号の由来となっています。


インドビジネスの厳しい現実:「稼いだ金はその場で使え、一銭も持ち帰れない」

インドでビジネスを展開する中国系企業の間では、「インドで稼いだ金はその場で使え、一銭も持ち帰れない」という諺が流行しています。これは中国語の「印度賺錢當地花,一毛別想帶回家」を意訳したものです。この諺は、インドの複雑な規制や税制、そして資金の国外送金の難しさを端的に表現しています。


この諺が示すように、インドでの事業展開には様々な障壁が存在します。例えば:

  1. 複雑な税制:GST(物品サービス税)の導入後も、州ごとに異なる税率や手続きが存在

  2. 資金の移動制限:外貨規制が厳しく、利益の本国送金に多くの手続きと時間を要する

  3. 土地取得の困難:土地所有権の問題や、地域住民との軋轢

  4. インフラの未整備:電力供給の不安定さや、物流網の脆弱性


これらの問題は、大手企業でさえも苦戦を強いられる要因となっています。2016年には中国の万達集團が100億ドル規模のプロジェクトを断念せざるを得なくなったことは、その象徴的な事例といえます。


外資に対する「飼い殺し戦略」の継続でモディ首相の野心が泡沫と化す恐れ

世界銀行の発表によると、インドで企業を登記するのに平均18日かかり、これは経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均の約2倍です。さらに、登記後に必要な12の煩雑な手続きや、建築許可申請に要する34の手続きを加えると、全プロセスには約110日もかかります。商事紛争が発生した場合、インドの裁判所での解決には平均1445日、つまり約4年もの時間を要し、これはOECD諸国の平均の3倍にも及びます。


インドがこれほど注目を集めているのは、アメリカのインド太平洋戦略の一環として、中国に対抗するためにインドを利用しようとしているからです。


過去10年間で、2700社以上の外国企業がインドから撤退しており、そのためインドは「外資の墓場」という不名誉な称号を与えられています。ドイツのメトロや米国のフォードなどの多国籍企業も次々とインド市場からの撤退を表明しており、その主な理由には規制の不透明性、高関税、煩雑な行政手続き、官僚の汚職などが挙げられています。米国通商代表部(USTR)は「貿易障壁報告書」の中で、インドを世界の主要経済国の中で最も関税が高い国として挙げ、インドの貿易政策を「不透明で予測不可能」と評しています。


インドのモディ首相は2014年の就任以来、「メイク・イン・インディア」を掲げ、製造業のGDP比率を25%に引き上げ、製造業で1億人の雇用を創出し、2030年までにインドを世界第3位の経済大国にすると誓約しています。しかし、インドが外資に対する「飼い殺し戦略」(訳注:最初は好条件を提示して誘い込み、後から条件を悪化させて苦しめる戦略)を続けるなら、この保護主義的なアプローチはモディ首相の野心を泡沫と化してしまう可能性があります。 編集:高畷祐子


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