海洋委員会が主催する「2025年台湾海洋国際フォーラム」が7月2日と3日に台北市で開催された。会場には15か国から官僚、100名以上の海洋政策決定者、シンクタンク研究員、産業界のリーダーらが集結。初日の議題はインド太平洋地域の海域安全保障で、過去に英国海軍に台湾海峡通過を指示したことで知られる元英国防相ギャビン・ウィリアムソン氏も登壇し、高層対話に加わった。
中でも注目されたのは初日の第二セッション。台湾とフィリピンの「第二海軍」を担う重要人物が一つのソファに並んで着席し、そのすぐそばにはフィリピン海軍の少将も登壇するという、極めて珍しい光景が繰り広げられた。
2025年4月21日、フィリピン大統領府は過去35年にわたり続けてきた台湾との交流制限を緩和する行政メモを策定。新方針により、官僚が一般パスポートで肩書きを伏せて台湾を訪問できるようになった。これに対して中国は強く反発し、フィリピン政府に対して「台湾問題で火遊びをやめるように」と厳しい警告を発していた。
それにもかかわらず2か月後、フィリピンの現役高官3人が台北入り。フォーラム出席に加え、その前日には台湾の総統府を訪れて頼清徳総統と会見した。この3人の目的と役割が注目されている。

総清徳総統が7月1日に「2025台湾海洋国際フォーラム」の参加者と面会し、フィリピンの現役高官3名も含まれていた。(総統府提供)
中国の警告を無視 台湾とフィリピン「第二海軍」が同台対話
海洋委員会の発表によると、来台したのは西フィリピン海のフィリピン沿岸警備隊広報官ジェイ・タリエラ氏、同海域のフィリピン海軍広報官ロイ・ヴィンセント・トリニダード少将、フィリピン国家安全保障会議副事務総長ミッシェル・アンドレ・P・デル・ロサリオ氏の3人。それぞれ学者や専門家の肩書きで登壇したが、トリニダード少将は「フィリピン政府は防衛外交において断固たる姿勢で臨んでいる」とし、海洋問題や地域連携への取り組みを強調した。
台湾海洋国際フォーラムは2020年に初めて開催され、2021年は新型コロナの影響で中止、今回が5回目の開催となる。タリエラ氏も今回が初参加ではないが、前回2023年の高雄開催では学者座談会への参加にとどまっていた。今回は特別講演に登壇し、台湾の黄宣凱・海巡署艦隊部長とともに討論に参加した。
なお、台湾の海巡署艦隊部は既に海軍司令部の年次訓練や演習に組み込まれており、「第二海軍」としての位置づけを担っていることが明らかにされた。

フィリピン沿岸警備隊の西フィリピン海広報官タリエラ氏(右)と、台湾海洋委員会海巡署艦隊部長の黄宣凱氏(中央)が同じソファで交流した。(「2025台湾海洋国際フォーラム」のライブ配信より)
中国のグレーゾーン戦術 台湾とフィリピンの苦境
近年、中国による「グレーゾーン」での侵略行動が頻発しており、台湾の「第二海軍」もその最前線に立たされている。このような動きは台湾海峡にとどまらず、南シナ海を含む周辺諸国にも広がっている。フィリピン沿岸警備隊の広報官ジェイ・タリエラ氏は、中国が南シナ海において国際的な規範を顧みず、大規模な拡張を軍事力で推進していると指摘。経済水域(EEZ)への侵入は、国際海事秩序を揺るがし、地域の不安定化を招いていると警鐘を鳴らした。
フィリピン海軍のロイ・ヴィンセント・トリニダード少将も、中国共産党が国際法を軽視している現状を地域最大の脅威と位置づけ、日本、韓国、台湾、インドネシア、ベトナム、マレーシアといった国々が共通の懸念を抱えていると述べた。
フィリピン政府は近年、「透明性イニシアティブ(Transparency Initiative)」を通じて、中国の行動を可視化し、国際社会の支持を得る戦略を取っている。タリエラ氏によれば、当初は中国側も国際的な目を意識していたものの、2024年には中国海警がフィリピンの警備艇に高圧放水を行う事件が発生。このような圧力の背景には、習近平国家主席が周辺国に恐怖を植え付け、イニシアティブの断念を迫る狙いがあると見られている。
また、サイバー空間でも中国の影響は拡大している。元国防副秘書官ミッシェル・アンドレ・P・デル・ロサリオ氏は、中国が偽情報・誤導情報・悪意ある影響(DMMI)によって国家の分断や同盟の弱体化を図っているとし、台湾の対応事例が地域にとって貴重な指針になり得ると強調。情報共有体制の構築と、海上およびサイバー領域での連携強化が急務であると語った。

総清徳総統が7月1日に参加した「2025台湾海洋国際フォーラム」には、フィリピン国家安全保障会議の副秘書長ミッシェル・アンドレ・P・デル・ロサリオ氏(右端)も参加した。(総統府提供)
「合同行動は目前」フィリピンが初の示唆 中国は激しく反発
今回のフォーラムでは、台湾側の黄宣凱・海巡署艦隊部長が第一島嶼線に位置する国々との連携や演習の拡充を何度も呼びかけた。これに呼応するように、タリエラ氏はメディア「TaiwanPlus」のインタビューで、フィリピンがバシー海峡での軍艦通行を常態化させており、軍事協力の前段階にあるとの認識を示した。この発言は外部メディアにより、フィリピン高官による「台湾との潜在的な軍事協力」の初言及と報じられた。
のちにタリエラ氏は、「共同行動は巡邏に限定されておらず、軍事的な協力を意味するものではない」と釈明したが、中国はこれに激しく反発。中国外交部は「火遊びをする者は焼かれる」と強い言葉で警告し、駐中フィリピン大使を召喚して厳重に抗議した。
それでも、フィリピンの3人の現役官員は予定通り7月に台北を訪問。台湾との協力強化を公然と表明し、中国共産党の南シナ海での行動を強く非難した。1975年の外交断絶以来、台湾とフィリピンの海事高官が同じ壇上、同じソファに並ぶのは極めて異例の光景となった。

フィリピン沿岸警備隊西フィリピン海広報官のタリエラ氏が特別講演を行った。(「2025台湾海洋国際フォーラム」のライブ配信より)
フィリピンの戦略協力の変化 台湾との準軍事協力が現実味
フィリピンは長年にわたり南シナ海で中国との領有権争いを抱えてきたが、ドゥテルテ前政権下では親中路線を明確にし、米国との距離を取っていた。就任直後に米国との訣別を宣言し、中国と石油探査で協力するなど、一時は「訪問部隊協定(VFA)」の破棄にも言及した。しかし、バイデン前政権の発足以降、米比双方の国防長官による相互訪問を通じて、再び米国との関係強化に舵を切った。
2022年に就任したフェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領は、より明確に親米傾向を打ち出した。2014年に締結された「強化防衛協力協定(EDCA)」に基づき、フィリピン国内4カ所の戦略拠点が米軍に開放された。そのうち3カ所はルソン島北部に位置し、台湾とはバシー海峡を挟んで至近距離にある。米比合同軍事演習「バリカタン」は規模を拡大し続け、2024年には台湾から200キロ圏内のバタン諸島で初めて実施。2025年には同地に海軍遠征部隊の制海システムが配備される予定となっている。
こうした背景のなか、タリエラ氏は「中国の挑発にどう向き合うかは、米中いずれを選ぶかではなく、黙認するか反応するかの問題だ」と強調。かつてのフィリピン政府は情報公開に消極的だったが、マルコス大統領は「我々の領土の一寸たりとも手放さない」との姿勢を掲げている。外交専門家は、地政学的変動のなかで地域安全保障のカギを握るのは、台湾問題を含む「大きなプレイヤー」の動きだと指摘している。

フェルディナンド・マルコス・ジュニアフィリピン新大統領就任後、米比合同演習「バリカタン(肩並肩)」の規模は年々拡大している。(写真/米国海軍公式サイト)
準軍事協力は既に始動 台湾とフィリピンの連携が加速
注目すべきは、台湾とフィリピンが漁業に関する「漁業執法協力協定」を締結している一方で、海上安全保障分野における連携も着実に進んでいることだ。台湾の海巡署は2020年以降、「台比海巡協力覚書」の推進を図ってきたが、フィリピン外交部は現在も内容を審査中で、正式な承認には至っていない。それでも、両国の海巡部隊は実務レベルでの交流を活発化させており、2023年にはフィリピン沿岸警備隊の艦隊指揮官が台湾を訪問し、教育官の派遣も続いている。
さらに、頼清徳総統は前政権の蔡英文氏の路線を継承し、防衛的なレジリエンスの強化を重視している。国家の運営を緊急時でも維持できる体制を構築すべく、内政部消防署は南投県に世界第3位・アジア最大規模の消防訓練センターを運営。台比の災害対応連携も着実に進んでおり、2010年からの協力訓練を経て、2023年には「台比特別救助キャンプ」が発足。さらに、2025年には「災害防救高級研修キャンプ」にフィリピンの国防行政幹部が初参加し、両国による「災害防救協力覚書」の締結が視野に入ってきた。

2023年の海安演習の期間中、フィリピン沿岸警備隊の艦隊指揮官が台湾を訪問した。写真は2019年の海安演習と金華演習の様子。
「台湾版トップガン」をマニラへ派遣 台比関係に新たな地政学的接点
頼清徳氏が2024年の台湾総統選で当選した際、フィリピンのマルコス大統領がSNS上で祝意を表明した。この行為は、1975年の台比断交以来ほとんど見られなかった異例の出来事となった。両国間では海事および準軍事交流が着実に進むなか、公の場でのこうした交流も新たな段階に入りつつある。

頼清徳氏が2024年に台湾総統に当選後、マルコス大統領(写真)もソーシャルメディア上で公に祝意を表明した。(AP通信)
台湾とフィリピンは「唇歯相依」 新副代表が共通の危機を訴える
李氏は中国の軍事拡張を構造的な脅威と捉え、フィリピンを含む周辺諸国も標的となっていると分析してきた。かつて参謀本部の情報通信部門を統括し、電子戦を含む「資通電軍」の創設を主導した李氏は、中国の灰色地帯作戦やサイバー戦の深刻化を警告している。彼のフィリピン赴任は、台比間の安全保障協力を加速させるものと期待されている。
実際、李氏の着任後、台比が協力を深める分野は人道支援や災害対応、海上警備など多岐にわたる。フィリピン大学での講演では「台湾とフィリピンは唇と歯の関係にある」とし、中国が囲碁のように戦略的に圧力をかけている現状を指摘。両国はインド太平洋地域の島嶼防衛ラインにおいて重要な位置を占めており、共通の脅威に立ち向かうための協力が不可欠だと語った。

国防安全研究院副執行長の李廷盛氏が、駐フィリピン副代表に就任した。(写真/柯承惠撮影)
中国の侵略頻発 第一島嶼線国家が肩を並べる
今回、フィリピンの現役高官3名が台北を訪問した背景について、李廷盛氏がどの程度関わっていたかについては明言されていない。外交関係者は、彼の関与を否定はしなかったが、「詳細は主催した海洋委員会の説明に委ねるのが適切」と述べるにとどまった。ただ、李氏が台北経済文化弁事処で安全保障分野の連携を強く推進し、非公開の場で台湾とフィリピンの軍事交流を促進している要職にあることは明らかだ。
台湾海峡や南シナ海で、中国が「グレーゾーン戦術」と呼ばれる曖昧な手法による侵略行動を活発化させる中で、地域全体の外交調整が進みつつある。台湾とフィリピンの関係もまた、公式な外交関係がないという制限のもと、海上安全保障に関する技術対話を通じて着実に深化している。近年では、フィリピン側の政府関係者が台北を訪れ、海事交流に参加する機会も増えている。
このような状況下で、両国の代表が同じ壇上に並び、公開の場で意見を交わすことが可能になったのは、大きな一歩と言える。台湾内部では、「台湾海峡で米国や日本が軍を展開することになった場合、南部の戦線はどうなるのか」という懸念の声もあるが、フィリピンはまさにその鍵を握る存在である。なぜなら、中国が台湾攻略を進める場合、北側では宮古海峡を、南側ではバシー海峡を越える必要があるからだ。前者の封鎖は米国と日本が担い、後者は台湾とフィリピンがその役割を果たしている。
実際、近年は米国、日本、台湾、フィリピンの4か国が、災害支援や軍事演習などを通じて、公式・非公式の協力を進めている。中国の脅威が高まるなか、第一島嶼線を構成するこれらの国々が自然と肩を並べ、共通の戦略的連携を模索し始めている状況が浮き彫りになっている。