台湾・頼清徳総統は2025年7月から、6つの国籍航空会社に対して軍人の「優先登機」サービスを実施する方針を打ち出した。さらに、交通部に対して、軍人が搭乗した後に空席があればビジネスクラスへ自動的にアップグレードするよう求め、加えて93軍人節(軍人記念日)には、現役軍人が各種店舗で割引を受けられるようにすることも発表した。
しかし、この発表は歓迎一色ではなかった。企業側や労働界からは、コストが民間に転嫁されるとの懸念の声が相次いだ。チャイナエアライン(中華航空)およびエバー航空の労働組合は、軍人の待遇改善という方向性には一定の理解を示しつつも、施策の推進にあたっては産業の現状や経営上の課題を十分に考慮すべきだと主張。市場の自律的なメカニズムを尊重したうえで、合理的な協力とインセンティブを検討する必要があると述べた。一方的な行政命令での推進は、企業との不必要な対立を生む恐れがあり、持続可能な経営や公正な競争にも配慮が欠かせないと指摘した。

航空業界、総統の突然の要求に驚き 交通部に事前通知なし
頼氏が提案した「軍人の搭乗アップグレード」は、航空業界にとって予期せぬ「奇襲」と受け止められた。交通部民航局を含む関連部門は一切の公式通達を受け取っておらず、頼氏の発言後に初めて航空会社との協議を始めたという。交通部も同様に事前の情報共有はなく、突然の指示に現場は混乱したとされる。
民進党関係者のひとりは、軍人に対する搭乗アップグレードという趣旨自体は理解できるものの、航空会社や関係機関と十分なコミュニケーションを取るべきだったと述べ、交通部が混乱を回避できる体制を整えるべきだったと語った。
混乱が広がる中、行政院はチャイナエアラインの会長である高星潢氏に協力を要請し、他の航空会社との協議を主導するように招集をかけた。交通部長の陳世凱氏(頼氏の新潮流派に属する人物)も、この政策をめぐる舞台裏に言及。過去に実施された「優先登機」制度でも多くの課題があったとし、今回のアップグレード制度には省庁間の調整が欠かせないと説明。具体的な内容については「現在も準備中」としており、現場は今後の対応に追われている。

公営色の強いチャイナエアライン、火消し役を担う構図に
頼清徳氏が提案した「軍人ビジネスクラスアップグレード」政策は、業界の反発を招いた結果、チャイナエアラインが矢面に立たされる形となった。同社は公営色の強い航空会社であり、経営陣と民進党との関係も深い。総経理の陳漢銘氏の父・陳忠源氏は総統府の顧問を務め、蔡英文氏や頼氏の親しい政治的友人として知られる。一部からは「緑の陣営の宗教国師」と評されることもあるという。副総経理の羅雅美氏も学運出身で、民進党の邱義仁氏の秘書を務めていた経歴があり、新潮流派とのつながりが深い。
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チャイナエアラインは現政権との距離が近く、政府方針への「慣れ」があるとされる。行政院と交通部、そして同社は暗黙の了解で連携し、まずチャイナエアラインが模範的に対応することで他の航空会社の追随を促し、結果として国軍の尊厳を体現させつつ、民間への強制命令を避ける意図があるとみられる。PR・マーケティング・営業の各部門を通じて非公式な業界調整を行う姿勢も指摘されている。
