7月の南台湾は、相次ぐ台風、豪雨、洪水により、大規模な被害を受けた。インフラや森林、農作物、住宅などが次々に破壊され、多くの住民が日常生活の再建に苦しんでいる。8月に入った現在も、行政院(内閣)や南部の各地方自治体は、復旧支援や補助金の内容について相次いで発表を行っている。
一方で、台北の人々の間では「南部、かなりひどく水没したらしいね」と他人事のような声も聞かれ、南台湾の住民との温度差が浮き彫りになっている。
なぜここまで復旧が長引いているのか。南部は地理的に広範囲にわたり、天災が連続して発生していることも一因とされる。7月は台湾全体で防衛力と社会的レジリエンスの演習が行われ、特に台南市は3月の時点で先行して訓練を行っていた。しかし、実際の自然災害の前では、その「備え」は無力だった。
そして今回の台風や豪雨は、家屋の倒壊や農地の被害にとどまらず、「静かな健康災害」も引き起こしていた。
台風4号(ダナス)により、台湾中南部は深刻な影響を受けた。写真は黄偉哲台南市長が災害状況を視察している様子。(写真/台南市政府提供)
アスベスト瓦1万5千トンが破損 健康被害への懸念も 今回の風雨で、南台湾各地の古い建物の屋根に使われていたアスベスト入りスレート瓦が破損し、大量のアスベスト粉じんが空中に舞い上がった。被災後、自宅に戻って清掃を始めた住民の間では、咳や喉の違和感、皮膚のかゆみなどの症状が相次ぎ、「ただの瓦礫だと思っていた屋根材が、実は健康を脅かす爆弾だった」との声が上がっている。
台湾では、1980年代以前に建てられた住宅や畜舎など、約23万棟にアスベスト建材が使われているとされる。今回の災害では、環境部(環境省に相当)の推計によると、南部の台南、嘉義、雲林、彰化の沿岸地域を中心に、計1万5000トン以上のアスベスト建材が破損・飛散したとみられている。
アスベストは、かつて「奇跡の鉱物」とも呼ばれ、防火性や絶縁性の高さから屋根材やパイプ、隔壁などに広く使われてきた。しかし、その繊維が破損して空中に放出され、人体に吸い込まれると、中皮腫や肺がん、じん肺症などの原因になるとされている。世界保健機関(WHO)は2005年に全面禁止を勧告し、台湾では2018年にようやく全面使用禁止となったものの、既存建物に残るアスベストは今も大量に存在する。
防護具すらなくアスベスト除去 住民に健康リスク、政府対応に遅れも 台湾南部を襲った 台風4号 「ダナス」の被災地では、がれきの中に含まれる発がん性物質アスベストの処理が大きな課題となっている。7月23日、与党・民進党の頼惠員立法委員(国会議員)は台南・新営で開かれた「台南渓北地域の災後復興に関する中央との協調会議」に出席。現地の区長や里長、清掃隊員らが防護具すら持たずに作業している状況に懸念を示し、「住民に深刻な健康被害をもたらしかねない」として、政府に対しアスベスト瓦の優先撤去プロジェクトと防護資源の早急な提供を要請した。
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アスベストは危険な発がん性物質であり、南部で1万トン以上の屋根瓦が吹き飛ばされ、その中には多くのアスベストが含まれているが、除去が進んでいない。(写真/台南市政府提供)
その1週間後の7月30日には、同じく民進党の郭国文立法委員も協調会議を開催。郭氏は「住民の多くがアスベスト瓦の処理方法について理解していない」と指摘し、「破片化すると健康被害のリスクが高まるが、回収には破砕しなければならないという矛盾した状況にある」と懸念を表明。また、労働部(日本の厚労省に相当)が地域に出向き、マスクや手袋などの保護具を提供しているものの、137回の説明会で支援が届いたのはわずか433世帯にとどまっているとし、「他の部会の協力が不可欠だ」と訴えた。
その1週間後の7月30日、同じく民進党の郭国文立法委員も協議会を開催。住民の間では「瓦を壊すな」「粉塵が出る」との声がある一方、「壊さないと梱包できない」「登記して処理を求められている」といった混乱が生じていると語った。
郭氏は、行政院(内閣)に対し、国家プロジェクトの立ち上げと省庁横断的な支援体制の構築を提案。内政部(内務省)国土署が建設業者を動員し、環境部が許可業者に処理を委託、労働部が安全基準の遵守を監督するという枠組みを構築することで、住民が自力で除去作業を行わなくても済む環境を整えるべきだとした。
アスベスト問題に対し、民進党の郭國文議員(左から二番目)と賴惠員議員はそれぞれ調整会議を開き、中央政府に対しプロジェクトを立ち上げるよう求めた。(写真/郭國文のFacebookより)
中央政府、7.8億元を緊急拠出 2025年末までに全面撤去を目指す こうした地方からの声を受け、中央政府もようやく本格対応に乗り出した。7月末、台南市と嘉義県・嘉義市に対し、アスベスト建材の処理費用として計7億8,000万元(約36億円)を全額補助することを決定。1万5,000トン超のアスベスト廃材の早期撤去を目指す。
環境部は現在、地方清掃チームや専用梱包車、認可済みの最終処分場を動員しており、2025年末までの完全撤去を目標に掲げる。また、畜舎やネットハウスなどの農業施設も補助対象に含めることとした。
一方、労働部は防護対策として、防塵パック6,000セットを新営・後壁・白河・七股の各行政区に配送。さらに「アスベスト災後巡回支援チーム」も発足し、労働部職業安全衛生署の副署長・李文進氏が現地入り。各地で住民や作業者に対し、湿潤処理・梱包・申告・安全な撤去手順などを実地で指導し、高濃度の粉塵曝露のリスク軽減を図っている。
「初動が遅すぎた」行政の対応に野党が批判 しかし、今回の救援対応には「遅すぎる」との声も多い。野党・民衆党の張啓楷立法委員は、「住民は何度も中央政府に支援を訴えてきたが、動きが見られたのは災害発生から22日後。前線指揮所の設置も遅く、国軍も2日目には漢光演習を理由に撤収しており、住民は見捨てられた」と厳しく批判。「政府は基層民衆の苦しみに無関心で、行政機能は事実上マヒしていた」と述べた。
一方で、政府関係者は「対応が遅れたのは天候のせいでもある」と釈明。台風ダナスは台湾本島には直撃しなかったものの、その外縁部の雲が南部を長時間覆い続け、雲林・嘉義・台南などでは台風通過後も3~5日間にわたって局地的大雨や豪雨が続いたことが、復旧の大きな妨げになったという。
台風ダナス襲来後も連日の豪雨が続き、復旧作業は難航した。写真は台南市七股地区で倒れた電柱(写真/顏麟宇撮影)
見えない「アスベスト被害」 台風後の集中豪雨で対応が後手に 台風4号「ダナス」 の通過後、太平洋高気圧が南下し、中国南部には中層の低気圧が停滞。台湾南部では典型的な「台風後の南西気流が活発な時期」に入り、南西風が南シナ海の水蒸気を継続的に台湾に送り込んでいる。これにより、午後を中心とした短時間の集中豪雨が頻発。すでに高水位かつ土壌が飽和状態にある地域では排水が追いつかず、被害が拡大した。
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もともと軽度の浸水にとどまっていた地域でも、連日の降雨で中~重度の被災地へと変化し、一部の農業地帯では1週間以上にわたり冠水が続いた。これにより作物は全滅し、家畜小屋も水に浸かるなど深刻な被害が発生している。
ある地方自治体の関係者は、「中央政府の初動は橋梁の損壊や道路の寸断といったインフラ被害への対応に集中していた」と語る。そのため、目に見えにくい「アスベストの被害」には即応できなかったという。加えて、アスベストは台湾の《災害防救法》(災害対策法)に明示された災害類型に含まれておらず、予算や人員の調整も難航したと明かした。
中央救災初期は橋梁破損、道路遮断などの基基礎建設に主に集中していたことから、「アスベストの見えない災害」を即時に把握することができなかった。写真はグリフトン視察中の賴清德総統。(写真/賴清德のFacebookより)
「アスベストは氷山の一角」 本当の復旧は建物の再建だけではない これに対し行政院(内閣)は、「中央政府は一貫して防災・救援活動に積極的に取り組んできた」と説明。総統の頼清徳氏と行政院長の卓榮泰氏は、7月6日に国家防災対応センターを訪れて台風の動向を把握し、台風対策の準備状況を確認したという。さらに、卓氏は7月8日、10日、11日、15日、25日、29日にかけて、彰化、南投、雲林、嘉義、台南など被災地を歴訪し、災情の確認と各省庁の調整を指揮。国軍も現地で継続的に災害対応にあたっている。
また、7月10日と17日に開催された行政院会議では、各部門から災害復旧の進捗報告を受け、「ダナス台風復旧再建プロジェクト」および「災害救援・支援施策」などを打ち出した。あわせて、「ダナス台風被災世帯支援金プログラム」を公表し、「優先的に・柔軟に・迅速に」という原則のもと、被災者への救済を進めるとした。加えて、「就労補助金制度」も検討中で、生活再建と修復作業の加速を図る構えだ。
しかし、アスベストの問題は台湾における災後対策の「氷山の一角」に過ぎない。気候変動の影響で今後も台風や豪雨の頻度・強度は増すと予想されており、老朽化した建材やインフラの刷新は急務である。
「復旧」とは単に家を建て直すことではない。災害の早期警戒、住民への防災教育、廃棄物処理の制度整備など、幅広い分野での包括的な取り組みが求められており、政府はより一層の努力と予算投入が必要とされている。