日本記者クラブは2025年7月31日、対外経済貿易大学教授の西村友作氏を招き、定例シリーズ「中国で何が起きているのか」の第28回講演を開催した。講演では、フィンテックやデジタル経済・製造業の進化、そして日中企業間の競争環境まで、多面的な視点から中国経済の実像と将来展望が語られた。
西村氏は2002年から北京に在住し、2010年に経済博士号を取得後、同大学で初の日本人専任講師として着任。2018年より教授を務めている。講演では、著書『中国デジタル金融イノベーション――国家と市場のはざまで』の内容を基に、「権威主義体制下でなぜイノベーションが起き得たのか」という問いに答えた。
QRコードから始まった生活インフラの再編
まず、中国の新経済の起点として、アリババによるECプラットフォーム「淘宝(タオバオ)」と、決済サービス「アリペイ」の登場が紹介された。信用不安の大きかった2000年代初頭、モバイル決済の普及が消費者の利便性を飛躍的に高めた。現在では、QRコード決済は都市・農村問わず浸透しており、屋台から無人カフェ、電車、自転車、カラオケボックスに至るまで、現金を必要としない社会が実現しているという。
西村氏は「街角の大道芸人ですらQRコードを掲げる時代だ」と語り、デジタル決済が国民生活の隅々にまで根を張った現実を紹介した。
フィンテックの深化と信用スコアの影響力
次に、アントグループによるフィンテックの進展が取り上げられた。小口融資サービス「花唄(ホワベイ)」「借唄(ジエベイ)」では、ビッグデータとAIを活用した予審モデルが構築されており、信用スコア「芝麻信用(セサミクレジット)」が個人の金融アクセスを左右している。
この仕組みにより、従来サービスが届かなかった中小零細企業や低所得層にも融資の門戸が開かれ、「金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)」が急速に進んだ。
国家戦略と「グレーゾーン」が育んだ競争
中国におけるイノベーションは、トップダウン型政策と民間企業の競争が交差する構造で成立している。西村氏は、2015年以降の「インターネット+」や「大衆創業・万衆創新」政策により、多数のスタートアップが誕生し、「過当競争(いわゆる“内巻き”)」によって淘汰と集中が進んだと分析。
また、「法制度が追いつかない領域では、一定期間“黙認”される」という中国特有の環境が新サービスの社会実装を後押ししてきたとし、アリペイやライドシェア「滴滴(DD)」の急成長を例に挙げた。
製造業シフトと「新質生産力」構想
近年では、B2C中心だったデジタル新経済が飽和を迎える一方、国家は製造業の高度化に注力している。AIやロボティクスを担う先端企業「公衆六商流」が台頭し、中国発のロボット技術が国内外で注目され始めている。 (関連記事: 「テクノロジー冷戦」の最前線は東南アジアに 米中のAI覇権争いが地政学リスクを加速 | 関連記事をもっと読む )
特に、デジタル分野では輸出が難しかった一方で、製造業製品は輸出に適しており、EVや太陽光パネルなどが日欧企業と正面から競合する局面が増えている。西村氏は「過剰競争に鍛えられたプロダクトが今、海外へ出ていく」と述べた。