7月26日に台湾で行われた大規模なリコール投票は、結果が「25対0」となり、国民党の立法委員は1人もリコールされず、新竹市長の高虹安氏も安定した勝利を収めた。投票結果が発表されると、立法院前で開かれたリコール推進グループの開票イベントは重苦しい空気に包まれ、多くの若者が涙を流し、抱き合って泣き崩れた。
頼清徳総統の指示で民進党は公民団体への最大限の支援を表明していたが、投票当夜、党秘書長の林右昌氏は「単純に政党間の勝敗として見ないでほしい」と述べるにとどまった。翌日には聯電創業者の曹興誠氏が「8月23日のリコールでは民進党に頑張ってもらいたい」と語ったが、結果に落胆したボランティアにとっては曖昧な対応に映った。
総統で民進党主席の頼清徳は直ちに動かず、4日後にようやく市民団体に謝罪した。(写真/民進党提供)
リコール結果に深い失望 民進党の反応は冷淡 開票直後、リコール活動グループは激しい感情を見せたものの、SNSでは互いを励ます投稿が続いた。しかし実際には「崩壊文」があふれ、失望を受け入れられない声が目立った。投票直後、「移民」が台湾全土でGoogle検索の急上昇ワードとなり、翌未明にはようやく熱が収まった。
投票2日後、林右昌氏は秘書長辞任の意向を表明。4日後、頼清徳氏は中央常務委員会で支持者と公民団体に謝罪したが、対応は遅く、危機管理の鈍さが際立った。前年の選挙惨敗時に蔡英文前総統が即座に党主席を辞任したのと比べ、明暗は鮮明だった。
リコール活動の中心人物である周庭諭氏は「1年間の活動で、ボランティアも私自身も心身の回復と専門医の助けを必要としている」と投稿。王鴻薇委員リコール運動を担った活動家も「私は本当に崩壊した」と述べ、家では涙しながらもカメラの前では人々を励まさねばならなかったと明かした。「できるだけ早くカウンセリングを受ける。それが私の課題だ」と訴え、心理的防御の崩壊が浮き彫りとなった。
民進党秘書長の林右昌は大規模リコールの失敗の責任を取り辞任したが、党全体の危機対応はきわめて遅かった。(写真/顏麟宇撮影)
言葉だけでは癒えない心の傷 専門医を求める動きが広がる リコール運動を担った若者たちは、精神的支援の必要性を口にするだけでなく、すでに行動に移している。中には、専門家によるサポートを自発的に求めるグループもある。例えば、台北市議・王鴻薇氏のリコール活動を主導した市民団体「山除薇害」は、開票結果が確定した直後にチームメンバー向けの心理カウンセリングや癒やし講座を手配した。さらに、台湾で政治運動やデモに伴う心的外傷のケアを行う団体「向生馬鞍藤」も、投票当日の夜に「大規模リコール運動ボランティア心身支援セミナー」の開催を告知。専門の心理療法士が参加者の話を聞き、心の整理を助ける講座は、わずか3日で満席となった。
同団体の張先甫理事長は取材に対し、「リコール運動のボランティアは街頭での誹謗中傷や敵対的な報道にさらされ、社会的な暴力を受けてきた。心理的支援を必要とする集団だ」と語る。セミナーでは、ソーシャルワーカーや心理療法士が寄り添い、心理劇や社会劇を通じて参加者が自身の経験を整理し、再び前に進む力を見出すことを目指しているという。
台北市立聯合病院仁愛院区の精神科医・王怡仁氏も「投票後、多くの若者が結果に打ちのめされ、精神科や心療科を訪れるようになった」と証言する。多くは理性的には結果を受け入れ、心理学でいう「悲しみの5段階」のうち否認・怒り・取引きの3段階を経て、今は抑鬱期から受容期に差しかかっている段階だ。しかし感情面ではまだ深い悲しみが残っており、回復には時間がかかる。王氏は「関連ニュースに触れる時間を減らし、運動や趣味に取り組むことが感情の調整に役立つ」と助言している。
複数のリコール団体は、心に傷を負ったボランティアのために、心理カウンセリングや専門的な治療を手配している。(写真/劉偉宏撮影)
若者初めての街頭活動で敗北 過剰な期待が大きな失望に 実際には、リコール活動の一部グループも選挙前から「うまくいっても3~5議席のリコールが限界」と冷静に見積もっていた。それでも若者たちが深く落ち込んでいるのはなぜか。ある幹部は、開票後にボランティアの6~7割が明確なネガティブ感情を表し、特に初めて政治運動に参加した若いメンバーが目立ったと明かす。彼らは、街頭活動を通じて「青鳥」と呼ばれるオンラインの共感コミュニティを形成し、投票直前の大規模集会の高揚感に包まれた。だが結果は完敗で、その落差は大きな心理的衝撃となった。
幹部は「これは心理的に弱いという意味ではない」と強調する。署名活動から始まった今回のリコール運動は、通常の選挙準備より長期間続き、社会人になりたての若者にとっては初めての政治参加だった。だからこそ、期待が裏切られたときの精神的落差が大きかったのだという。
選挙前の楽観的な空気との落差が、リコール結果を受けた支持者に大きな心理的衝撃を与えた。(写真/劉偉宏撮影)
民進党の静かな態度に揺れる心 若者の不満と心理的負担 失望の背景には、民進党の対応への疑念もある。投票直後、ボランティアたちは落胆しつつも互いに励まし合っていたが、民進党幹部の反応がなかなか示されず、コメントも冷淡に映ったことで、一部は極度の不快感と心理的負担を訴えるようになった。幹部は「選挙後に落ち込むのは当然だが、すぐに理にかなった説明や今後の方針を示さなければ、若者の失望は深まる」と指摘する。
リコールを成功させた陳正敬氏は、民進党の支援は限られていたと擁護する。開票結果を分析すると、賛成票はほとんどが既存の民進党支持層であり、勝敗の鍵は中間層の有権者にあった。つまり、民進党の動員だけでは届かず、市民団体が中間層に訴える論述をさらに磨く必要があると述べている。
リコール活動後、民進党の対応を目の当たりにしたボランティアは精神的に大きく消耗した。写真は民進党立法委員の呉思瑤(中央)と51チームの候補者。(写真/劉偉宏撮影)
不満を抱く市民と民進党への疑念 傷ついた彼らを受け止めるのは誰か 今回のリコール運動は、大きく二つの層で構成されていた。ひとつは10年前にサービス貿易協定反対のデモに参加した「ひまわり運動」の経験者たちで、社会経験を積んだ彼らは運動に戦略や論述、資金支援を提供していた。もうひとつは、国会権限法案への反発をきっかけに初めて街頭に立った若者層で、30歳未満の独立志向の強い市民が中心だ。今回のリコール運動のボランティアの大半はこの若者層であり、民進党が初期段階で十分な対応を示さなかったことが、精神的な打撃を大きくした。2026年の総選挙が近づく中、失望した若者たちはどこに向かうのか。過去にひまわり運動から派生した時代力量(ニューパワーパーティ)に流れる可能性も指摘されている。
こうした動きに対し、時代力量の王婉諭氏は《風傳媒》の取材に応じ、2024年5月の街頭行動で行った調査では「参加者の8〜9割が初めて街頭に立った市民だった」と明かした。彼らは理性的で、自分の意見をしっかり持つ人々であり、単なる感情的な動員ではないという。王氏は、こうした市民の姿勢は時代力量の路線にも近く、党として理念と行動を通じて信頼を得るため努力を続けると述べた。
若い市民たちは昨年、国会改革案への抗議で立法院前に集まり、リコール運動でもボランティアとして活動してきた。(写真/蔡親傑撮影)
若者と政治家、双方に突きつけられた課題 王氏は「今回のリコール運動に参加した若者が、政治への関心や意欲を失うことを心配している。彼らの力はとても貴重で、継続してほしい」と語る。政治家は与党を監視するだけでなく、市民もまた民意の代表を監視し、互いに責任を果たすことで民主主義は深まると強調した。今回のリコールは、野党の混乱が続く中でも、民進党政権への警告になったことは明らかだ。
頼清徳総統はかつて、「政党が国会権限法案の合憲判断を受け入れなければ若者は再び街頭に出る」と2024年7月に発言し、2025年6月にも「野党が国防予算を阻止すれば市民が動く可能性がある」と述べていた。頼氏はこれまで、街頭に立つ若者たちを「仲間」として扱う姿勢を見せていたが、7月26日の投票夜にはFacebookで「勝者も敗者もいない」と淡々と投稿しただけだった。その後、数日を経てようやく市民団体や支持者に謝罪したものの、この沈黙の間に多くの若者は心に傷を負った。
彼らは再び立ち上がるのか、それとも政治から距離を置くのか。若者と政治家の双方に、台湾の民主主義の行方を左右する重い課題が突きつけられている。