青山学院大学の林載桓(イム・ジェファン)教授は2025年7月22日、日本記者クラブ主催の講演シリーズ「中国で何が起きているのか」第27回に登壇し、「習近平の終わりなき軍事改革と軍統制の個人化」と題した講演を行った。林氏は、中国の習近平国家主席が主導する軍改革について、「作戦能力は一定程度向上したが、共産党による制度的な統制はむしろ後退し、個人による支配が進んでいる」と述べ、軍事統制のあり方に警鐘を鳴らした。
林氏はまず、2015年以降に実施された人民解放軍の大規模な組織改革、すなわち中央軍事委員会の再編や、7大軍区から5戦区への変更、中央総部の廃止、連合作戦指揮体制の整備などを挙げ、「実戦を意識した近代化として成果があった」と評価。その一方で、「制度としての党の軍統制は強化されず、習近平個人による統制が強まっている」と指摘した。
本来であれば、共産党が制度として軍を制御する仕組みが必要だが、現在は軍が習近平個人に忠誠を誓う構造になっており、それが制度疲労を招いていると説明。「このままでは長期的に作戦能力を損なうリスクもあり、軍の制度的安定性が揺らぎかねない」と述べた。
さらに林氏は、政治学における「プリンシパル=エージェント理論」に言及。党(プリンシパル)と軍(エージェント)との間にある情報の非対称性や利害の不一致が、軍統制を複雑にしているとした。その中で、習近平体制下では「中央軍事委員会における主席責任制の強化や、軍歴のない鍾紹軍氏の抜擢など、前例のない人事を通じて個人的な統制が一層強化されている」と語った。
また、近年の軍指導部における人事空席の問題にも触れ、「習近平の権力が弱まったからではなく、彼の支配があまりに強く、本人の期待に応えられる人物がいないことの裏返しだ」と説明。結果として「軍内部からのフィードバックや信頼性の高い情報が習近平に届きにくくなるという、構造的な盲点が生じている」と述べた。
講演の最後には、「人民解放軍の作戦能力が高まる一方で、制度的統制が欠如すれば、誤判断による武力衝突のリスクはむしろ高まる」とし、「習近平後」を見据えた制度整備の必要性を強調した。
質疑応答では、台湾有事の可能性について問われ、「全面侵攻の可能性は現時点では高くないが、限定的な衝突や威圧を通じた現状変更の試みは続くだろう」と回答。「特に、情報の偏在によって誤判断が起きるリスクは常に存在する」と懸念を示した。
また、日本の防衛政策については、「中国への抑止力としての体制強化は必要だが、軍拡競争に陥らないよう、信頼醸成措置や危機管理の制度構築も同時に進めるべきだ」と指摘した。
最後に「偶発的な軍事衝突をどう防ぐか」という問いに対しては、「ホットラインの整備や透明性ある意思疎通の枠組みを構築することが不可欠だ」と述べた。
編集:梅木奈実 (関連記事: 「日中は切り離せない隣人」中国高官が訪日中に発言 その真意は? | 関連記事をもっと読む )
世界を、台湾から読む⇒風傳媒日本語版 X:@stormmedia_jp