米台防衛産業会議(US-Taiwan Defense Industry Conference)2025年会合は、10月21日に米メリーランド州エリコットシティで閉幕した。主催は米台商業協会(USTBC)。2002年の創設以来、台米双方の政府関係者、防衛産業各社、シンクタンク研究者を招き毎年開催しており、今回は約200人が参加した。過去にも出席してきた民進党の王定宇・立法委員は、従来の「非対称戦力」など個別論点にとどまらず、「台湾全体の防衛力をシステムとして底上げする」議題に集中していたと説明する。 
台湾のビジネス環境に関する提言や白書を毎年出すAmCham Taiwan(台湾米国商会)と異なり、米台商業協会は対台軍事対話の重要プラットフォームの運営主体で、対台軍事売却(対台軍售)を長期に後押ししてきた存在でもある。2000年以降に少なくとも8人の会長が交代してきたAmChamに対し、米台商業協会はこの25年間、ルパート・ハモンド=チャンバーズ(Rupert Hammond-Chambers)氏 が一貫して会長(President)を務める“長期政権”。「永遠の会長」が率いる同協会が、いかに台米の軍事交流に影響を与えてきたのかが改めて問われている。
米台防衛産業会議は毎年秋に開催され、台米の政府関係者、防衛企業、シンクタンク研究者が集う。現・国家安全会議副秘書長の趙怡翔(右)は2024年に招待参加した。(写真/民進黨提供)
米台商業協会のリーダーたち、その来歴と影響力 米台商業協会は1976年設立(AmChamより15年遅れ)。いずれも1979年の「台湾関係法」成立に寄与したが、米台商業協会の前身は、米財務長官やNATO大使を歴任したデービッド・M・ケネディ(David M. Kennedy)氏 が立ち上げた。国史館の資料によれば、米台断交前、ケネディ氏 はニクソン政権の特命全権大使として幾度も台北を訪れ、通商課題を協議した。 
『風傳媒』が読み解いた機密文書によると、ケネディ氏 は繊維交渉のため来台した際、台湾側は尖閣(釣魚台)主権や中油の資源探査のほか、当時の蔣経国・行政院副院長が潜水艦供与の必要性に言及。ニクソン政権は繊維での協力の見返りに台湾の軍備強化を約束し、その結果として、高雄・左営の海軍基地で今も任務に就くガピー級潜水艦2隻(シーライオン、シール)が、ケネディの働きかけで台湾に供与されたとされる。
「海軍の祖父」とも呼ばれるガピー級潜水艦は、当時の米台商業協会の働きかけで台湾に供与された装備の象徴だ。(写真/蘇仲泓撮影)
米台商業協会のリーダー、豪華な顔ぶれ 米中台関係の揺らぎとともに、協会の指導層も変化した。ケネディ氏 、モレル氏 退任後には、キャスパー・ワインバーガー元国防長官、国防総省やCIAを経て米在台協会(AIT)理事長を務めたデービッド・ロークス(David Laux)氏 が後任に。1995年にはロッキード・マーティン(Lockheed Martin)初代CEOの故ダニエル・テレップ(Daniel Tellep)がワインバーガーの後を継ぎ、協会名は「US-ROC (Taiwan) Business Council」へと改称された。 
近年台湾に売却されたF-16戦闘機やPAC-3(パトリオット)などは、いずれもロッキード製。協会の公開資料によれば、1995年6月の李登輝・元総統の米国訪問で、母校コーネル大学での演説に合わせ、ロークスが特別なパイプを使い、テレップや協会幹部と李氏の会談を実現。約1か月後にはテレップ氏 が代表団を率いて来台し、李氏と再会、同時に当時の連戦・行政院長とも意見交換を行っている。
李登輝元総統(写真)は1995年の訪米中、米台商業協会幹部と会談し、以後の対台軍事協力の素地づくりにつながった。(写真/陳明仁撮影)
設立から半世紀、会長は実質3人 ハモンド=チャンバーズ氏は就任25年目  米台商業協会(および2001年の改称前の前身)は約50年のあいだにトップがおよそ10度交代してきたが、初代のデイビッド・M・ケネディ氏 は14年にわたり在任。2008年就任のポール・ウォルフォウィッツ氏 も2018年の退任まで10年務め、その後は名誉会長として関与を続け、2023年には蔡英文総統から「大綬景星勲章」を授与された。これに対し、実務を取り仕切る協会の“屋台骨”である会長職の顔ぶれは少なく、実質3人のみが交代。ケネディ退任時にモレルとともに去ったケースを除けば、デイビッド・ロークス氏 は約11年の在任期間に4人の会長とコンビを組んだ。21世紀初頭に会長に就いたルパート・ハモンド=チャンバーズ氏は、すでに6人の会長と仕事を共にしており、在任年数はモレル氏 とロークス氏 を合わせた期間を上回る。 
台北政界で彼と折衝経験のある関係者は「物腰が柔らかく謙虚。会談後も自らメールで連絡を重ねる“商工会流”の緻密さがある」と評価する。2001年、30代前半の若さで会長に就任し、協会史上最年少記録を樹立。スコットランド生まれで、米デニソン大学に進学(1987年)、1991年に歴史と神学の学士号を取得後、ワシントンD.C.のシンクタンク「安全政策センター」で約1年研究員を務め、1994年にワインバーガー、ロークスの指導下にあった「米国中華民国(台湾)商業協会」に入職。企業会員向け業務を担い、3年後に副会長へ昇進、2001年にロークスの後任として会長に就いた。
ハモンド=チャンバーズは2001年に米台商業協会の会長に就任。現在、同協会で最長の在任期間を更新している。(写真/柯承惠撮影)
潜水艦は台湾防衛の「最大の穴」 政治問題化の火種にも ハモンド=チャンバーズ氏 就任の年、協会は名称を「米台商業協会」に正式変更。ジョージ・W・ブッシュ大統領は就任100日目に「いかなる場合でも台湾を守る」と明言し、翌年にはディーゼル潜水艦8隻、P-3C対潜哨戒機12機、PAC-3の対台売却を承認した。同氏はこれを公に評価したが、陳水扁政権期は国民党・親民党など(藍陣営)の予算審査で潜水艦取得が頓挫した。 
協会は2002年からの米台防衛産業会議で潜水艦を最重要テーマとして継続議論し、「台湾防衛における最も重大な欠陥」と位置づけてきた。オバマ政権期に馬英九政権が交渉再開を図ったものの、米側の潜水艦売却は先送りに。そうした停滞下でも、同氏は潜水艦整備の緊急性を繰り返し訴えた。 
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        ハモンド=チャンバーズは、潜水艦は台湾防衛の「最大の欠落」と指摘し、政治問題化のリスクも警告してきた。写真は国産潜水艦「海鯤」。(写真/台船提供)
新型戦闘機は不可欠 F-16Vの対台売却をホワイトハウスに直訴 潜水艦に加え、会長就任後の同氏が最も象徴的に推し続けたのが戦闘機更新だ。ワシントンは長らく「新規調達」には消極的で、既存機の近代化支援にとどまっていた。2011年にオバマ政権がF-16A/Bのアップグレードを承認すると、協会は評価しつつも「防空維持に必要な数が根本的に足りない」と強調。オバマ政権の「迅速調達が可能」との説明を「ナンセンス」と批判し、F-16C/D 66機の新規売却承認を求めた。 
政権がトランプへ交代すると対中・対台方針も転換。2019年8月、米国はF-16V Block 70の66機売却を承認し、協会は即座に歓迎声明を出した。協会は10年以上にわたり追加売却を訴え、台湾の新型機需要に関する報告も複数公表。ハモンド=チャンバーズ氏 は、この承認を「2001年のブッシュ政権の対台コミットメント以来、最重要の対台軍售」と位置づけ、北京が対台湾軍需に過度に介入していると批判した。
F-16V Block 70は2025年3月に米国で初号機のロールアウトが行われたが、その後の詳細は不透明で、2026年末までの全機引き渡しは厳しい見通しとされる。もっとも、駐米代表・俞大㵢氏は「予定通りの履行はチャレンジングだが、米側は最大限努力している」と述べる。なお、同協会がF-16V承認を繰り返し働きかけてきた背景には、同協会の元副会長ヴァンス・D・コフマン氏 がかつて会長兼CEOを務めたロッキード・マーティン氏 という“主力サプライヤー”の存在もある。
米台商業協会は長年、ホワイトハウスに台湾向けF-16の売却承認と案件加速を働きかけてきた。写真は空軍のF-16V(Block 20)。(写真/張曜麟撮影)
台湾の盾の肝は統合 ハモンド=チャンバーズ氏が見る最優先は弾 現在の頼清徳総統が2025年の双十国慶で示した新構想「台湾の盾(T-Dome)」は、総合戦闘指揮システム(IBCS)型で既存の防空網を束ねる試みだ。米台防衛産業会議2025でも議題の中心はこの「台湾の盾」。台湾側は慣例どおり国防部軍備副部長・鐘樹明がチームを率い、「既存の防空・C4ISRを統合する必要がある」として、具体的な協力パッケージを米側と協議したい考えを示した。 
ハモンド=チャンバーズ氏と米国台湾商業協会は2008年以降、防空力を辛口評価しつつロビーの主眼を“弾薬”に置いてきた。PAC-3の継続調達やHIMARS承認を歓迎してきたのもその文脈だ。「台湾の盾」を理解しつつ、NASAMSやPAC-3 MSEの拡充を強く求めている。
誰を動かしたのか 戦闘機・戦車・HIMARSを望んだのはどの政権か 実際、両岸の軍拡が進み、ロシア・ウクライナ戦争の教訓も重なって、台湾防衛の主流は“非対称戦力”の構築へと傾いている。蔡英文政権下の2021年『四年期国防総検討(QDR)』では、初めて「非対称戦力の発展」が戦略指針として明記された。さらに、頼清徳政権が臨む2025年版QDRでも、戦力整備の原則に「非対称戦力の構築」が位置づけられる見通しだ。 
もっとも、米国台湾商業協会とハモンド=チャンバーズ氏が米側に働きかけてきた対台軍售案件は、必ずしも非対称一辺倒とは一致しない。同氏は2023年3月、「対台支援が“非対称”に限定されるなら不十分だ」と公言。2025年6月にも、トランプ期からバイデン期にかけた売却ペースは評価しつつ、品目の幅が狭く、台湾が封鎖やグレーゾーン下の襲擾に対抗する手段を見落としていると批判した。
『風傳媒』の調べでは、同氏が会長に就いて以降、陳水扁・馬英九・蔡英文を経て頼清徳に至るまで、潜水艦、F-16V、長距離精密打撃、岸対艦ハープーン(HCDS)、PAC-3、NASAMSなど、協会が継続的に提起し米政府に承認を促してきた装備の多くは、最終的に蔡政権期に承認が進んだ。一方で、陳政権期は立法府野党の抵抗、馬政権期は北京とワシントン(オバマ政権)双方との関係安定を優先したため大型案件が伸び悩んだ事情もある。発足間もない頼政権に対しては、引き続き進展が期待されている。
米台商業協会が過去に公に推した対台軍事売却の多くは、蔡英文政権下で承認が進んだ。写真は蔡氏(右)が名誉会長のポール・ウォルフォウィッツ(左)に「大綬景星勲章」を授与した場面。(写真/総統府提供)
軍事売却だけでなく、米国台湾商業協会は外交面も後押し また識者によれば、米国台湾商業協会は対米軍購の“回線”であると同時に、対外関係の場面でも時に重要な役回りを担う。2025年10月16日、林佳龍・外交部長は立法院外委で、8月末に経済貿易視察団を率いてフィリピンを訪れた事実を初めて確認。現地で林氏の“隠れ蓑”を務めたのが、協会副会長ロッタ・ダニエルソンだったとされる。加えて同氏は、林氏が主導する総合外交を公に称賛し、「新しい黎明(New Dawn)」が来ていると表現した。 
協会は台湾米国商会に似て、半導体やエネルギー等の課題でも提言を出すが、創設以来“商業協会”の看板のまま対台軍售で独自の役割を保ってきた点が異なる。会員には防衛産業が含まれ、リーダー自らが提唱者としてワシントンの議題設定に食い込み、長年ブレない“ギャップ”を指摘し続けて影響力を積み上げてきた。一般には見えにくいが重いこのルート――米国台湾商業協会が対台軍售の隠れた推進者であるがゆえに、その案件が台湾の実需に沿うのか、産業側の要請が先行していないか、あるいは双方の要請が一致しているのか。私たちは大きく目を見開いて見極める必要がある。