今年4月2日の「解放日」に続き、8月1日、世界の貿易秩序は再び米国のドナルド・トランプ大統領による関税決定で揺さぶられた。しかし、新たな関税を発表した当日、トランプ氏が公に語ったのは、ホワイトハウスの新築計画やスポーツ選手の話題であった。多数のスター選手に囲まれて登場した同氏は、軽く言及するにとどめた。「われわれはいくつもの合意をまとめている……つい先ほどもいくつか決まったが、君たちが今それに関心があるかはわからない。正直、話すのも面倒だ」と述べたのである。
英紙『フィナンシャル・タイムズ』は、この一見無関心な発言は、実は周到に仕組まれた嘲笑に近いと指摘する。その矛先は、交渉期限が迫る中で必死に説得を試みていた貿易相手国、台湾、インド、カナダである。期限が近づくにつれ、これらの国々は無力感と失望を深めていた。この、まるで「ロシアンルーレット」のような関税ゲームは、トランプ政権内の混乱した意思決定過程を浮き彫りにするとともに、世界の同盟国に対し、この大統領の気まぐれで取引至上の本質を鮮明に示す結果となった。
決策のブラックボックス
トランプ政権の貿易政策は、矛盾と不確実性に満ちている。今年4月2日に「解放日」と呼ばれる貿易戦争を仕掛けて以来、米国の姿勢は一貫して気まぐれであった。トランプ氏はまず「対等関税」を掲げて世界市場を恐怖に陥れたが、すぐに停止した。中国との貿易戦争を急速にエスカレートさせ、世界経済の減速懸念を招いたかと思えば、直後には休戦に応じた。このため批判者からは「臆病者トランプ(Taco doctrine)」との揶揄も生まれた。さらに、メキシコやカナダには早々に関税を課しながらも、大半の製品を免除するというちぐはぐな対応を繰り返してきた。
英紙『フィナンシャル・タイムズ』によれば、8月1日の新たな関税に関する大統領令が発表される数時間前まで、ホワイトハウス内部では激しい議論が続いていたという。関係者の話では、トランプ氏自身がどの国を制裁し、どこを免除するかを決めかね、揺れ動いていた。最終局面で同氏は財務長官スコット・ベッセント氏、商務長官ハワード・ルートニック氏、米通商代表ジェイミソン・グリア氏ら核心メンバーを集め、オーバルオフィスで数時間にわたる非公開会議を行った。
台湾に衝撃 目前まで合意寸前から一転、20%関税へ
英紙『フィナンシャル・タイムズ』は、今回の結果は台湾にとって特に衝撃的であると指摘する。交渉に詳しい関係者によれば、世界有数の半導体輸出地である台湾は、実は約1か月前には米国との合意に極めて近づいていた。しかし、ホワイトハウスは台北側の提案を棚上げした。トランプ氏が、中国とのより大きな交渉や、開催の可能性があった「トランプ・習会談」への影響を懸念したためである。さらに、米国が半導体に課す可能性のある232条関税という不確定要素も、交渉の進展を鈍らせた。
7月31日夜、トランプ政権は行政命令で台湾に対し20%の関税を課すことを発表した。頼清徳氏は直後にフェイスブックで声明を出し、今後の交渉を通じて国を困難から導く努力を続けると表明した。この突発的な展開は、米中という二大強国の駆け引きの中で、台湾が抱える脆弱な立場を浮き彫りにしたのである。
トランプ氏に直接届くことは極めて重要だが、それでも「既読無視」される可能性は残る
英紙『フィナンシャル・タイムズ』は、この「関税ルーレット」の結果が示すのは、「トランプ氏との直接的な連絡」が極めて重要であるという点だと指摘する。
欧州連合(EU)の象徴的な屈服:欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長は自らスコットランドのトランプ氏のゴルフ場を訪れ、直接会談を行った末に合意を取り付けた。この「象徴的な屈服」とも受け止められた行動はEU内部で批判を呼び、特にドイツとフランスは合意内容が米国に過度に有利だと不満を示した。それでも最終的には、より高い関税を免れることに成功したのである。
カナダへの既読無視:カナダのマーク・カーニー首相は、トランプ氏に対して効果的に対応できると公言していた。しかし、最終局面でワシントンに派遣した交渉団が失敗した後、同氏がトランプ氏に電話を試みても応答はなく、折り返しもなかった。トランプ政権はその後、冷淡な姿勢を示し、カーニー氏が以前にカナダとしてパレスチナ国家を承認すると発表した行動を「空気が読めていない(tone deaf)」と評した。このため、合意に至ることは「極めて困難」になったと述べたのである。
メキシコの綱渡り成功:メキシコのクラウディア・シェインバウム大統領は、トランプ氏本人との直接通話に成功し、自国を経済的惨事から救うことに成功した。
政治的考慮が経済論理を凌駕した:ブラジルは、トランプ氏が同盟者ジャイル・ボルソナロ氏を支持していたにもかかわらず、突如として40%の懲罰的関税を課された。インドも同様に苦しい立場に置かれた。インドはトランプ氏の選挙チームの中核顧問であるジェイソン・ミラー氏を雇いロビー活動を展開したが、ハワード・ルートニック氏がトランプ氏にインド側の提案を伝えるたび、同氏は「もっと交渉を続けろ」と突き返すのみであった。その後、トランプ氏はインド経済を「死んだように停滞している」と批判し、ロシアとの関係を理由にさらなる制裁を警告したのである。
トランプ内部構造の矛盾
米国の高官は英紙『フィナンシャル・タイムズ』に対し、トランプ氏は単に米国の力を最大限に利用して利益を得ようとしているだけだと語った。トランプ氏は「米国市場の持つレバレッジを理解しており」、それを活用して「世界の貿易システムを米国の労働者とその家族により有利なものに変えたい」と考えているという。
しかし、トランプ氏の貿易戦争交渉を担う中枢メンバーは、性格も経歴も大きく異なっている。ハワード・ルートニック氏はウォール街出身の金融家で、大統領に取引を売り込む役割を担う。ホワイトハウス通商代表のジェイミソン・グリア氏は経験豊富な通商弁護士で、トランプ氏の前任貿易担当であったロバート・ライトハイザー氏の弟子でもある。財務長官のスコット・ベッセント氏は中国との交渉を任されており、中国は世界第2の経済大国であり、米国にとって最も微妙な経済関係の相手である。米政府関係者によれば、ベッセント氏は世界の投資家にとって安心材料となる存在だが、最前線での交渉にはあまり関与せず、主に背後で重要な貿易決定に関与しているという。
こうした独特な顔ぶれの米国側交渉チームに対し、各国の代表は突破口を探る一方で、トランプ氏がいつでも合意を覆す可能性があることを理解している。中国の何立峰副首相は先週、スウェーデンでベッセント氏とグリア氏と2日間の協議を行い、一度は貿易交渉延長で合意したが、ベッセント氏は後に「これはトランプ大統領の権限であり、大統領はまだ交渉期間延長の可否を決めていない」と述べた。
米政府関係者によれば、トランプ氏が承認する協定は大きく二つのパターンに分かれる。ひとつは、自動車の安全規制や医薬品基準といった非関税障壁の大幅な緩和を求めるもの。もうひとつは、米国への大規模投資を相手国に約束させ、それを「身代金」としてより低い関税を適用する形である。日本はその一例であり、交渉代表の赤澤亮正氏はここ数か月、頻繁にワシントンを往復したが、最終的にオーバルオフィスでトランプ氏と70分間の直接会談に成功して初めて、合意を取り付けることができたのである。
DGAオルブライト・ストーンブリッジ・グループの顧問であるマイロン・ブリリアント氏は、トランプ氏は世界経済を相手に「ロシアンルーレット」をしており、その決意は極めて固いように見えると述べた。ブリリアント氏は「市場が崩壊しない限り、トランプ氏は関税政策を貫くだろう」と予測している。
一方でトランプ氏の批判者たちは、同氏の同盟国への対応や、インフレからの回復途上にある米国経済への打撃を問題視している。貿易を監督する民主党のロン・ワイデン上院議員は、トランプ氏を「混乱をまき散らし」「経済を足を引っ張り」「米国への基礎的な輸入品に大幅な課税をもたらすだけだ」と厳しく批判した。