米国ワシントンのシンクタンク、ブルッキングス研究所は1日、サントン中国センター研究員のリチャード・ブッシュ氏とライアン・ハス氏による大規模リコールに関する分析を掲載した。特に、第一波の投票が全面的に失敗した後、台湾、中国、米国、そして台湾海峡情勢にどのような影響を及ぼすかを論じている。両氏は、頼清徳政権は引き続き分裂した政局に直面し、北京は親中政権の誕生という次善の結果を得た一方、トランプ氏は台湾に対してより強硬となる可能性がある北京への対応を迫られると指摘した。
米国のシンクタンク、ブルッキングス研究所のジョン・L・ソーントン中国研究センターに所属するリチャード・C・ブッシュ氏とライアン・ハス氏は、2024年の台湾総統選挙の結果、台湾には「分裂政府」が生まれたと指摘した。民進党の頼清徳氏が総統選に勝利した一方で、野党である国民党と民衆党が立法院で過半数を占めたことで、権力の分配は政治的な膠着を生んだのである。
立法院が政府提出の年度予算案を承認しようとせず、とりわけ国防費増額案に抵抗したことにより、頼清徳総統と与党民進党は次第に不満を募らせた。与党支持者の間では、野党勢力が中国共産党の意向を受けて行動しているのではないかとの疑念が高まり、台湾の防衛のためには野党議員をすべてリコールすべきだとの声も出始めた。一方、野党側は、自分たちは必要な監督を行い、財政規律を守り、政府による税金の乱用を防いでいるにすぎないと主張した。こうした対立が、市民団体による「大規模リコール」運動の発端となった。しかし、7月26日に行われた第一波の投票では、国民党議員を含む野党側の誰一人としてリコールは成立せず、8月23日には第二波の投票が予定されている。
ブッシュ氏とハス氏は、この「大規模リコールの大失敗」が、頼清徳総統やリコールを主導した市民団体への批判を招いたと指摘する。頼清徳氏自身はリコールを主導していないにもかかわらず、である。選挙結果は、国民党議員が北京の指示で頼清徳政権を妨害しているというリコール側の主張を有権者が認めなかったことを示した。むしろ、多くの有権者は野党議員が引き続き任期を全うすることを支持したのである。たとえリコール側が彼らを「売国」と非難しても、台湾の民意を動かすには至らなかった。
台湾政局は引き続き分裂
第一波の大規模リコールで、国民党の立法委員24名や新竹市長の高虹安氏のいずれも失職させられなかったことから、リチャード・C・ブッシュ氏とライアン・ハス氏は、台湾政府は依然として分裂状態にあり、リコール前と何ら変化はないと指摘した。今後の焦点は、国民党がこのリコール結果を踏まえて、有権者の支持を得られる将来ビジョンを提示できるか、特に若年層への訴求力を高められるかどうかである。現在、多くの台湾市民は二大政党の双方に距離を感じている。
国民党にとって次の試金石は、2026年末の地方首長選挙となる。過去の傾向では、国民党は地方選で民進党よりも強さを見せてきた。現在、全22県市のうち14の首長ポストを国民党が握っている。「大規模リコールの大失敗」の余波が2026年の地方選挙まで続くなら、国民党は2028年1月の総統・立法院選挙で優位に立つ可能性がある。
もっとも、ブッシュ氏とハス氏は、現時点でこれを断言するのは早計だと指摘する。台湾の政局は変化が極めて速いためである。実際、蔡英文総統も2018年の地方選で大敗し、民進党主席を辞任したほか、総統選の党内予備選では頼清徳氏から強い挑戦を受けていた。しかしその後、香港で反送中デモが起き、北京が強硬鎮圧に踏み切ると、蔡氏は台湾社会の「香港を支持する」世論を背景に状況を打開し、最終的に総統再選を果たした。
北京、「大規模リコールの大失敗」に安堵
「大規模リコールの大失敗」が台湾政局に与えた影響を分析した後、リチャード・C・ブッシュ氏とライアン・ハス氏は、北京の視点についても言及した。
両氏によれば、北京にとって最も望ましいのは、両岸交流を支持する政権の誕生である。なぜなら、中国政府は台湾の指導者が「九二コンセンサス」を受け入れることを交流の前提としているからだ。次善の状況は、台湾に分裂政府が生まれることであり、これは台湾が独立に向けた急進的な行動を避ける抑止力となる。一方で、最悪のシナリオは、民進党が政府を完全掌握する事態だと指摘した。
「大規模リコール」運動の期間中、中国政府と国営メディアは国民党を擁護する姿勢を取り、彼らを民進党の政治的迫害の被害者として描いた。賴清徳政権とその支持者が異論を封じ、独裁を目指しているかのように非難したのである。ブッシュ氏とハス氏は、これを歪んだ政治宣伝だと評しつつも、北京は同時に台湾有権者に「リコールを拒否し、民主的規範を守るべきだ」と呼びかけていたと分析した。
台湾で第一波リコールの結果が判明すると、中国国務院台湾事務弁公室の陳斌華報道官は、「民進党当局は台独本性と一党独裁の野心から、島内の民生を顧みず、政治闘争を繰り返し、異論を圧殺し、緑色恐怖を生み、社会の分断を深めた。偽りの民主、真の独裁ぶりが露呈した。投票結果は民進党の政治操作が民意に背くものであることを示した」と厳しく批判した。
米国の「大規模リコール」に対する見方
「大規模リコールの大失敗」に対する米国政府の視点について、リチャード・C・ブッシュ氏とライアン・ハス氏は次のように分析している。トランプ政権は本件に関する公式コメントを出しておらず、これは米国が意図的に台湾内部の政治プロセスに干渉しない姿勢を示すものとみられる。しかし、米国の台湾海峡における最優先利益は和平と安定の維持であり、リコールの結果は米国の利益に二つの影響を及ぼし得る。
第一に、長期的な政治的膠着を招けば、台湾の国家安全保障への投資を妨げ、ワシントンに台湾の自衛意志に対する疑念を抱かせる可能性がある。第二に、リコール結果が将来の選挙にも影響を与え、現状維持や両岸の平和を重視する候補が支持されるなら、台湾の政治言説が緩和される点で、米国にとって歓迎される展開ともなり得る。
一方で、北京がリコール結果をどう受け止めるかは、ワシントンにとって極めて重要だ。これを台湾への圧力強化のサインと解釈するのか、あるいは台湾社会の意志を長期的に消耗させる戦略が有効であると考えるのかによって、中国の行動は変わり得る。ブッシュ氏とハス氏は、北京は自信を持てば積極的に行動し、国力を立て直す必要があると感じれば抑制的になる傾向があると指摘する。ただし、2028年の台湾総統選までは、国民党支持層の反発を避けるため、大規模な挑発には出ず、「節度ある二正面作戦」を展開する可能性が高いとみている。
もし北京の対台湾圧力が強まれば、トランプ氏は米国内で台湾支持を表明すべきだとの声に直面する。強硬な指導者像を維持するために台湾支援を強化する可能性がある一方、中国との「大取引」を優先する場合、対台政策を交渉材料として譲歩することもあり得る。ブッシュ氏とハス氏は、米国が台湾政策を中国への譲歩に用いれば、長年維持してきた台湾海峡の平和と安定を損ない、米国の安全保障や半導体供給にもリスクを及ぼすと警告する。
両氏はさらに、最近のウクライナ情勢への対応を例に挙げ、トランプ氏は「強硬姿勢」と「大取引」の間で揺れ動くが、北京が行き過ぎた行動を取れば最終的には中国を牽制する可能性が高いと分析する。トランプ氏は数カ月前、停戦交渉を妨げる存在と見なした際にはゼレンスキー大統領を公然と批判したが、逆にプーチン氏が障害だと感じれば再びウクライナ支持に回った。この不可測な対応は台湾政策にも適用されるとみられる。
結論として、両氏は、米国が長期的な戦略利益を確保するためには、最重要課題として台湾海峡の平和と安定を維持する必要があると強調している。