評論:総統に知識なし、院長に常識なし?──「大リコール」が映す台湾政治の空洞

2025-07-07 16:50
台風が接近し、総統と閣僚は大リコールの演説支援を一時中断。写真は総統賴清德(右)と行政院長卓榮泰(左)が中央災害対策センターを視察する様子。(写真/柯承惠撮影)
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台風ダナスの接近により、頼清徳総統は「国家の団結全10回」の第5回講演を急遽中止したが、全国で進行中の「大リコール」の動きに影響は見られない。リコールを訴える市民団体は花蓮から台東へと歩を進め、行政院長の卓栄泰氏も財政部主催の「公共建設招商大会」でリコールに言及。現金給付を例に「ドローンがリモコン機に、潜水艦が救命具になる」と語った。

こうした発言は、頼氏が客家系の団体で台湾語を交えて「分かりますか?」と聴衆に語りかけ、物価高に触れて「1万元では野菜しか買えない」との声が上がった場面と並んで、民意との乖離を象徴するエピソードとなった。

「宰輔」の機能を果たさぬ行政院長

行政院長は憲法上、最高行政首長と定義される。だが総統制導入後は、事実上「総統の執行長」あるいは「幕僚長」のような位置づけに甘んじてきた。とはいえ、内閣の長として国家政策の方向性を導き、必要なら総統に意見する役割を担うべき存在でもある。

しかしこの1年、台湾政局は混乱の渦中にあり、卓氏の「実績」はむしろ政局の混迷に拍車をかけた。たとえば、頼氏が国防をテーマにした第4講で「軍人にビジネスクラスを」と航空会社に要請した結果、現場は混乱。軍人の日にレストランでの割引まで要求され、政府の決定が「朕意已決」で進むような印象を与えてしまった。

さらに問題なのは、卓氏が「聞き分けの良い院長」であっても、「主見を持たない院長」になっている点である。彼は総統の意向を汲みつつも、民進党内の重鎮・柯建銘氏の動きを過度に意識し、「青鳥」側翼との衝突を避けてきた。

結果、リコール運動の中心人物である曹興誠氏や、戦略的な動きを見せる沈伯洋氏、王義川氏らに比べ、卓氏は存在感を欠く。柯氏がリコール運動を「大リコール大成宮」と表現し、政治的巡礼になぞらえたことも印象的だが、これは「神を怒らせない」ための行為ではなく、むしろ「政治的悪念」の集中と見なすべきだろう。

最終的に、この「大リコール」が政権側に有利な国会議席構成をもたらす可能性もあるが、それによって行政院長としての卓氏の適任性が疑問視されるようになったことは否めない。罷免の結果にかかわらず、卓氏が今後の局面でリーダーシップを発揮できるかは、すでに厳しい目で見られている。

総統と行政院長が見ているのは「民進党の権力」だけ

頼清徳総統と卓栄泰行政院長の姿勢は、「民進党の権力の存続」にのみ向けられているように見える。台湾の将来や民主制度の健全性に対する関心は薄く、リコールに関する立法理由書を読むと、野党に向けられたレッテル貼りは「親中売台」「通敵売国」「憲法破壊」「暴力政治」と、紋切り型の表現が並ぶ。政権与党がこのような過激な言葉を公然と使うことに不安を覚えないのは、まるで威権時代の「政治倫理」を思わせる。 (関連記事: 台湾・賴総統「反共しない者は中華民国派ではない」 「団結国家」第二講で強調 関連記事をもっと読む

皮肉なのは、いざ共謀事件が取り沙汰されると、府も院も党も沈黙し、親中を批判する者ほど実際には中国で経済活動をしているという現実だ。「民進党と品格を語るのは難しい」という言葉にもうなずかざるを得ない。しかも、過去に民進党自身が推し進めてきた法案──たとえば地方への財政権限の移譲、選挙法の改正によるリコール署名の緩和、総予算の厳格審査、国会調査権の強化など──に今は真っ向から反対する姿勢は、記憶力の欠如としか言いようがない。