アメリカ独立記念日(7月4日)を翌日に控えた7月3日、アメリカのトランプ大統領が強く推進する論争的な大規模減税・歳出法案が、共和党が多数を占める連邦下院で極めて僅差で可決された。本法案は、トランプ氏の第二次政権における中核政策と位置付けられており、2017年の第1期政権下で実施された減税措置を恒久化するほか、社会福祉の大幅な削減を盛り込んでいる。ロイター通信によれば、この法案により今後10年間でアメリカの国債は最大3.4兆ドル増加すると見込まれ、約1,200万人が医療保険を喪失する可能性も指摘されている。
「大きくて美しい法案」の可決は、トランプ氏が2024年の大統領選挙期間中に掲げた、移民政策の強化や中間層および企業への減税拡大といった公約の実現に向け、十分な財源が確保されることを意味する。この勝利はトランプ氏にとって極めて重要な意味を持つ一方で、米国社会における深刻な分断をさらに浮き彫りにした。
法案可決後、下院議長マイク・ジョンソン氏は「これは経済にロケット燃料を注入するようなもので、すべての船が浮かび上がることになる」と興奮気味に語った。ホワイトハウスはすでに、トランプ氏が東部時間の7月4日午後5時、独立記念日当日に正式に署名し、法案を発効させると発表している。
ロイター通信によれば、869ページに及ぶ本法案は、連邦議会で激しい攻防戦を引き起こした。共和党は、トランプ氏が設定した7月4日の独立記念日までに法案を成立させるべく、上下両院の議員が週末返上で協議を続けた。まず法案は上院で、賛成51票・反対50票というきわどい票差で可決された。決定打となったのは、J.D.ヴァンス副大統領による議長決裁票であった。続いて下院での審議に移ったが、法案に伴う巨額の財政赤字や医療制度への影響をめぐり、共和党内でも深刻な対立があった。それでも、トランプ氏が直接圧力をかけたことで、党内の反対意見は最終的に封じ込められた。
トランプ氏はSNS上で「共和党にとって、これは簡単に『賛成』すべき案件だ。反対など馬鹿げている!!!」と投稿し、法案への全面的な支持を呼びかけていた。
最終的に、下院は賛成218票、反対214票という僅差で法案を可決した。220名の共和党議員のうち、造反票を投じたのは2名にとどまった。ペンシルベニア州選出の穏健派ブライアン・フィッツパトリック氏と、ケンタッキー州選出の保守派トーマス・マッシー氏である。マッシー議員は、法案が歳出削減の面で不十分であることを理由に反対票を投じた。
法案の核心:永久減税対社会福祉への影響
本法案の核心は、「恒久的な減税」と「社会福祉の削減」という大規模なトレードオフにある。
減税面では、2017年にトランプ氏が署名し、2025年末に失効予定であった個人および企業向けの減税措置を恒久化することが、法案の最大の柱となっている。さらに、チップ収入や残業代、高齢者や自動車ローンに対する税控除といった、トランプ氏が選挙戦で掲げていた複数の減税優遇策も新たに盛り込まれた。共和党は、これらの措置がすべての所得層の負担軽減につながり、経済成長を促すと主張している。
一方で、こうした減税の代償として、政府支出の大幅な削減が求められる。議会予算局(CBO)の分析によれば、今後10年間で1.1兆ドルにのぼる歳出が削減される見通しであり、その大半は「メディケイド(Medicaid)」に集中している。メディケイドは、7,100万人超の低所得者に医療保険を提供する重要な社会保障制度であるが、本法案では申請要件の厳格化や就労義務の導入が盛り込まれており、結果として約1,200万人が保険資格を失うと予測されている。
地方医療の崩壊を懸念する党内の声を抑えるため、共和党は最終段階で500億ドルの追加予算を盛り込み、農村部の医療機関への補助金として充てることとした。また、法案には、食品安全網として機能してきたフードスタンプ(補助的栄養支援プログラム)などの削減や、数十項目に及ぶグリーンエネルギー関連の優遇措置の撤廃も含まれている。
ニュース辞典:議会予算局(CBO)
アメリカ議会予算局(Congressional Budget Office)は、1974年に設立された無党派の連邦機関である。その主な任務は、議会に予算や経済問題に関する独立した分析報告を提供することである。CBOの予測や評価は、アメリカ経済と財政への影響を評価するための黄金標準であり、ワシントンでの政策討論において非常に高い信頼性を持つ。
史上最長演説に見る悲壮な抵抗
共和党による強硬な法案推進に対し、民主党は議会内で激しいが実を結ばない抵抗を展開した。民主党議員は全員が法案に反対票を投じ、「億万長者を利し、一般市民を犠牲にする悪法だ」と厳しく批判した。
下院民主党のリーダーであるハキーム・ジェフリーズ氏は抗議と審議引き延ばしのため、8時間46分に及ぶ長時間演説を行い、下院史上最長記録を更新した。ジェフリーズ氏は演説の中で、「この法案の本質、そしてアメリカの普通の家庭を傷つけるあらゆる削減措置の唯一の目的は、億万長者に巨額の減税を与えることだ」と強い怒りをあらわにした。
無党派の政策アナリストらの多くは、今回の法案によって最も恩恵を受けるのはアメリカの最富裕層であると分析している。一方で、低所得層にとっては、受けられる減税の恩恵よりも福祉削減による損失が上回る可能性が高く、実質的な可処分所得が減少するおそれがある。
経済学者らはまた、急増する国債が短期的な景気刺激効果を相殺するだけでなく、長期的には借入コストの上昇という深刻なリスクを招くと警告している。さらにこの法案は、今日の減税による恩恵の代償を、将来の若年世代に負わせる「世代間の富の移転」であるとも指摘されている。
「大きくて美しい法案」が米国財政に及ぼす長期的影響について、経済学者や国際的な投資家の間で懸念が広がっている。議会予算局(CBO)の報告によれば、法案は今後10年間で4.5兆ドルの税収減をもたらす一方、歳出は1.1兆ドル削減される見通しであり、結果として純増で3.4兆ドルの国債が新たに発行されることになる。
2025年時点で、米国の国債残高はすでに36.2兆ドルに達している。こうした財政悪化の兆候を受け、国際信用格付け機関ムーディーズ(Moody's)は2025年5月、米国の債務膨張への懸念を理由に、主権信用格付けを引き下げた。さらに、一部の海外投資家からは、今回の新法案の成立によって、米国債の魅力が低下しつつあるとの声も上がっている。