台湾の蕭美琴副総統は最近、海外メディアのインタビューに応じ、「中華民国憲法を守り、現状を維持する」と強調した。これに対し、中国国民党の副主席である夏立言氏は、風傳媒のインタビューで「馬英九政権時代の両岸関係は平和と繁栄にあった」とし、現在の民進党政権下では「戦争の危機」に直面していると主張。「現状維持」という言葉の意味を明確にしなければ、国民を欺くことになると厳しく指摘した。
蕭氏は《ノルウェー国営放送》のインタビューで「台湾の人々から与えられた憲政上の責任に基づき、中華民国憲法を守っている」と発言。また米国のポッドキャスト番組「Shawn Ryan Show」では、「現状維持は中国を含むすべての関係者にとって最善の利益にかなう」と語っている。
蕭美琴氏が「ノルウェー国営放送」のインタビューで現状維持と憲法擁護を強調した。(総統府公式サイトより)馬政権時代の現状とは 交渉・協力で築かれた安定
夏氏は蕭氏の発言を「注目に値する」としつつも、実際には民進党政権が過去の現状を大きく変えたと批判する。特に、賴清徳総統が打ち出した「団結国家十講」は、「中華民国憲法」との整合性を欠いており、国民に混乱を与えていると指摘。「同じ政権内の発言で、どちらを信じればよいのか」と疑問を呈した。
夏氏によれば、蔡英文氏が2016年の総統選で勝利した際に掲げた「現状維持」も、前提となっていたのは馬英九政権が構築した対中政策だった。馬政権期には両岸間で23の協定が締結され、その中には犯罪対策や司法協力、知的財産権など、敏感な分野の合意も含まれていた。観光や経済交流も活発で、台湾の社会・経済発展に寄与したという。
2010年、馬英九政権下でWHA(世界保健総会)への参加を率いた楊志良元衛生署長は、「出席が存在を意味する」とコメントした。(写真/顏麟宇撮影)夏氏はさらに、馬政権下で台湾の国際的な存在感が高まったと語った。邦交国の数はほぼ維持され、当時の衛生部長が世界保健機関(WHA)に8年間出席し、民航局長も国際民間航空機関(ICAO)に参加。大陸との間で締結されたECFA(経済協力枠組み協定)に加え、シンガポールやニュージーランドとの自由貿易協定も実現した。ビザ免除や取得可能国は50カ国から150カ国以上へと拡大し、APECには副総統経験者が代表として参加した。
これらの実績に対し、民進党政権は主権の維持を訴えているが、夏氏は「主権とは、国交承認、国際組織への参加、協定締結といった具体的な成果によって裏付けられるべきだ」と述べた。馬政権期は、まさにそれらが達成された時期であり、台湾海峡における軍事的緊張も見られなかったと指摘した。
馬政権期には、両岸の政府間で正式な官職を用いた会談が行われ、両岸事務担当者は計6回にわたって接触したという。初回は陸委会主委の王郁琦氏と、中国大陸側の国台弁主任・張志軍氏がAPECの場で会談。その後も4回の「両岸事務首長会議」が開かれた。
2015年、馬英九氏と習近平氏がシンガポールで両岸指導者会談を実現した。(写真/林瑞慶撮影)夏氏は、上記を総合すると、馬英九政権時代の台湾は「両岸関係」「国際社会での立ち位置」「台湾海峡の安全」の3点において、安定と繁栄を実現していたと強調。これこそが当時の「台湾海峡の現状」であり、国際社会もこの状態を好ましく受け止め、「台湾海峡の問題」としては扱っていなかったと語った。蔡英文氏が2016年に掲げた「現状維持」というスローガンも、この安定した現状を前提にしたものだったという。
「現状維持」という言葉の曖昧さに疑問 「台湾海峡の現状」とは何か
しかし夏氏は、民進党が政権を握った過去9年間で、その「現状」は大きく変わったと指摘。両岸交流は大幅に制限され、航空路線は61から15に縮小。団体旅行の禁止や留学生受け入れの停滞など、人の往来にも多くの制約がかかっているという。
外交面でも、民進党政権の下で台湾の国際的な空間は狭まり続けていると夏氏は主張する。邦交国は10カ国減少し、新たな自由貿易協定も締結されていない。地域経済の枠組みへの参加は停滞し、APEC会議では前副総統の出席すら叶わず、代わりに企業関係者が代表を務めるにとどまっている。世界保健機関(WHA)への参加も実現しておらず、「国際社会との接点は著しく限定された」と述べた。
さらに安全保障面では、英『エコノミスト』誌が台湾を「世界で最も危険な場所」と評するようになり、海峡中線の形骸化や中国軍機の継続的な越境活動により、台湾の安全はますます脅かされていると警告。「国際社会は台湾の危険性を語り始めているが、現政権下で台湾はそれにほとんど対処できていない」と語った。
2016年5月20日の蔡英文氏と陳建仁氏の就任時、蔡英文氏はかつて「現状維持」を約束した。(AP通信)夏氏は「こうした現状こそが民進党政権がつくり出したもの」であり、「蕭美琴氏はこの状態を維持したいのか」と問いかけた。さらに「今の状況と、馬政権時代の両岸関係、国民はどちらを選ぶのか」と問題提起。「民進党政権が言う“現状維持”とは、ただ“戦争を回避する”ということだけで、実際には戦争状態ではない今の現状すら維持できていない」と厳しく批判した。
馬政権時代の現状をどのように維持するか?
夏氏は、馬政権が両岸の安定を保てたのは、中国側との間に「九二共識」と呼ばれる共通認識があったためだと説明。これは李登輝政権下の国家統一綱領に基づき、台湾の対中交渉機関「海基会」が提案したもので、中国側が受け入れた歴史的合意だったという。「九二共識」は中華民国憲法の理念「両岸は共に一つの中国」に基づいており、互いに異なる解釈を持ちつつも、共通の対話基盤となっていたと語った。
国民党は現在も「九二共識」を堅持しており、それによって当時の政権は対立を棚上げし、平等に交渉を重ね、信頼を積み上げることができたと述べた。これは、憲法および「両岸人民関係条例」を尊重した結果でもあり、「両岸は国と国の関係ではない」とする立場が基礎となっていたと説明した。
夏氏は、蔡英文氏が就任当初、「憲法」や「両岸人民関係条例」に従って両岸政策を進めると約束したものの、実際には中国側との信頼関係が築けず、対話の糸口も見いだせなかったと指摘。その後の民進党政権の言動が初期の約束から逸脱したことで、対話基盤は崩壊し、今日のような緊張状態を招いたと語った。
さらに、賴清德氏が中国を「域外敵対勢力」と位置づけ、「団結国家十講」を発表したことで、憲法の枠組みから大きく逸脱したと批判。その結果、両岸当局間の正式な対話は途絶え、問題が発生しても解決のルートが見つからない状況になっているという。
現在の民進党政権が「現状維持」や「憲法を守る」と訴えているが、副総統の蕭氏と総統の賴氏の発言内容が一致しておらず、国民はどちらの声を信じればよいのか困惑していると指摘。賴政権の一連の行動は「憲法の原則に反し、両岸間の対話を不可能にしている」と批判し、民進党は「どのように現状を維持するつもりなのか、国民に説明すべきだ」と強調した。
退任後、馬英九元総統は4度の中国訪問で両岸関係を維持し続けた。(写真/顏麟宇撮影)夏氏は、賴清德総統が両岸関係を「国と国の関係」と位置づけ、中国を「域外の敵対勢力」と定義したうえで、「団結国家十講」を発表したことについて、「憲法の規定から大きく逸脱している」と批判。これにより両岸間には信頼が完全に欠如し、対話の基盤が失われたと指摘した。
両岸を担当する台湾の陸委会と中国側の国台弁(国務院台湾事務弁公室)の対話は停止し、海基会と海協会の交流も途絶えている。このため、両岸で問題が発生しても解決手段を見出せない状態が続いている。
夏氏はまた、民進党政権が過去8〜9年にわたり両岸対話を断絶してきたにもかかわらず、副総統の蕭美琴氏が「憲法を守る」「現状維持」と語ることに疑義を呈し、「蕭氏と賴氏、どちらの意見を信じればよいのか不明だ」と述べた。賴氏とその政権チームの言動は「憲法に明確に反しており」、現状を維持する論拠が欠如していると強調した。
両岸関係を「憲法」「二つの条約」に戻すべき
夏氏は、両岸関係の解決は「本質的には難しいものではない」と語り、「中華民国憲法」と「両岸人民関係条例」に基づいて取り扱えば、両岸の問題は整理可能だと主張した。現行憲法の増修条文には、国家統一前の台湾と中国大陸を「自由地区」と「大陸地区」と定義し、いずれも中華民国に属する地域とされている点を指摘。この憲法と法律があれば、両岸は「国と国の関係」ではないことが明白だとした。
さらに、現在の台湾社会の混乱の一因として、賴氏や各省庁の官僚による憲法違反行為を挙げ、「大統領選の期間中に賴氏が“中華民国憲法は災いだ”と発言したことは象徴的」と述べた。政府関係者が憲法に基づいて行動すれば、社会統合や台湾海峡の安定、平和につながると強調した。
中国側にとっての公式対話の出発点は「両岸は共に一つの中国」という認識にあるとし、これは中華民国憲法にも規定されたものであるため、憲法を遵守するならば問題視されることはないと夏氏は述べている。
夏立言氏は、頼清徳氏の「団結国家十講」が憲法から大きく逸脱しており、台湾海峡を不安定にしていると懸念を示している。(頼清徳総統フェイスブックより)夏氏は、2016年に蔡英文氏が「現状維持」を掲げて総統選に臨んだ際、国民が望んだのは「馬政権期の安定した現状」だったと説明。たとえ政権交代に対する不満があったとしても、有権者は「現状の継続」を期待して民進党を選んだと述べた。
蕭美琴氏が語る「現状維持」とは何か
《風傳媒》は、副総統の蕭美琴氏が述べた「憲法守護」と「現状維持」が、2016年以前の馬英九政権時代の状況を指しているのかどうかを尋ねた。
中国国民党副主席の夏立言氏は、蕭氏は自身の言葉の意味を明確にすべきだと述べた。彼によれば、現状とは常に変化しており、「現状維持」という言葉だけでは曖昧であり、特に現在の民進党政権が9年かけて形成した「兵兇戦危(戦争の危機に瀕する)」状態を維持したいのか、それとも馬政権時代の平和と繁栄を目指すのかをはっきりさせる必要があるという。夏氏は「どちらの現状を望むのかを国民に率直に伝えるべきだ」と語った。
2016年、蔡英文氏が「現状維持」を掲げて政権を獲得した際、その「現状」は明確かつ好ましいものだったと夏氏は振り返る。当時、有権者は国民党に対する不満を抱きつつも、現状の安定を保つことを望んで民進党に投票した。しかし彼は、「その現状をどう維持するのかまでは確認されなかった」と指摘する。
《風傳媒》はさらに、2016年当時の民進党政権が「中華民国憲法」および「両岸人民関係条例」「憲法増修条文」という二つの法律(条約)に基づいて両岸関係を処理する姿勢を示していたにもかかわらず、結局は中国側との対話の扉が開かれなかったという事実を挙げ、現在の民進党政権が再び同じ主張をしても、同様に壁に突き当たるのではないかとの疑問を投げかけた。
夏立言氏は、台湾海峡の現状が馬英九政権時代から民進党の蔡英文、頼清徳政権へと本質的な変化を遂げているため、蕭美琴氏が何を維持したい現状と考えているのか明確にすべきだと指摘した。(写真/陳昱凱撮影)また夏氏は、蔡英文氏が就任演説で「憲法」および「二つの条約」に基づく対中政策を明言したことにも触れた。当初の中国側の反応は悪くなかったが、その日の午後には「未完成の回答」と評価され、最終的には中国側との信頼関係が築けなかったという。これは、かつての陳水扁政権時代にも見られた「言動を見て判断する」という中国側の対応と類似していると指摘した。
現在、両岸関係はさらに悪化しており、たとえ賴清德氏や民進党の他の閣僚が「現状維持」を唱えても、中国側がそれを短期間で信用するのは難しいという。夏氏は、賴政権の憲法違反や歴史認識のゆがみ、一貫性のない立場がその背景にあると批判している。
対話回復の鍵は「同一の中国」の認識
夏氏は、賴政権が「憲法」と「二つの条約」に基づいた法的枠組みとその精神を誠実に実行し、具体的な行動として示すことができれば、国内外の評価も変わり、緊張の緩和が期待できると語った。
さらに、中国側が現状変更を図る理由として、民進党政権が「両岸は国と国の関係である」とする根本的な立場を示している点を指摘し、それが「同一の中国」という憲法上の前提と矛盾していると述べた。「両国互不隸屬」という言葉の使い方自体が問題であり、本来その基礎から再検討すべきだとしている。
夏氏は、両岸の距離が広がる中、連絡手段が断たれたままでは、些細な出来事が重大な事態に発展する可能性があると警鐘を鳴らし、「われわれはまさに危機の只中にいる」と強調した。
最後に夏氏は、中国側が求めているのは「一つの中国」という明確な立場の確認であり、それは「国と国の関係」ではないと繰り返し強調した。両岸の平和は双方が共有する利益であり、その上で現在の国際活動の空間を保ちつつ、将来に向けてより良い関係を築くための対話と信頼の再構築が不可欠だと述べた。