台湾・副総統の蕭美琴氏は最近、海外メディアのインタビュー に応じ、台湾海峡をめぐる両岸関係について「中華民国憲法の擁護」と「現状維持」を掲げる姿勢を示した。両岸関係に詳しい専門家である淡江大学中国大陸研究所の名誉教授・趙春山氏は、これを両岸関係の緊張を和らげる重要なメッセージだと評価し、「驚きを感じた」と語っている。しかし、賴清徳総統はその後、「両国は互いに隷属しない」と改めて強調し、蕭氏が発した緩和のメッセージを「修正」するかたちとなった。総統と副総統の立場の違いが表面化するのは極めて異例である。
蕭氏はノルウェー国営放送(NRK) のインタビューで、「我々の憲政上の責務は台湾の人々によって与えられたものであり、それは台湾の憲法、すなわち中華民国憲法を守ることにある」と述べた。また「我々の立場は一貫して現状維持の支持である」とも語った。さらに、米国のポッドキャスト番組「Shawn Ryan Show 」に出演した際にも、「現状維持は中国を含むすべての関係当事者にとって、現時点で最も利益にかなう選択肢だ」との認識を示した。
両岸の現状とは何か? 実際のところ、両岸関係における「現状」は、馬英九政権から蔡英文政権、そして現在の賴清德政権に至るまで、大きく変化してきた。馬政権期においては「中華民国憲法」の枠内で、「一つの中国」を認める「九二共識」によって中国大陸側を説得し、台湾側には「それぞれの解釈(各表)」で説明を行った。両岸政府は「互いに承認せず、互いに否定せず」という立場をとり、「統一せず、独立せず、武力行使せず」の原則のもとで関係を維持していた。その総仕上げとして、2015年には「馬習会」が実現し、馬氏と習氏はそれぞれ「台湾の指導者」「大陸の指導者」として会談に臨んだ。
2016年に就任した蔡英文総統も、当初は「現状維持」を希望していた。彼女は「九二共識」を明確に受け入れはしなかったものの、「中華民国憲法」と「両岸人民関係条例」に基づいて両岸問題を処理する姿勢を示していた。厳密に言えば、当時の両岸関係の「現状」は馬政権期と大きくは乖離しておらず、最大の違いは蔡氏が「九二共識」を口にするかどうかにあった。
馬政権期の両岸関係における現状は、「九二共識」を基礎としたものであり、その最終的な成果として、2015年に馬英九氏と習近平氏の会談が実現した。(資料写真、林瑞慶撮影)
蕭美琴氏は中国側から「台湾独立の頑固分子」と位置づけられているものの、今回、2つの海外メディアのインタビューにおいて「中華民国憲法」と「現状維持」に言及したことは注目に値する。憲法の枠組みを前提としたこの発言は、馬英九政権期から蔡英文総統の第1期にかけての「現状」と重なる印象を与え、両岸関係の緊張緩和に向けた議論の余地を残したかたちとなった。
淡江大学中国大陸研究所名誉教授の趙春山氏は、《風傳媒》の取材に対し「今回の蕭美琴氏の発言は極めて重要であり、台湾側がかねてより掲げてきた立場――すなわち中華民国憲法をもとに国家の位置づけを行うという姿勢――に立ち返ったものだ」と分析する。
また趙氏は、民進党元主席の謝長廷氏のかつての言葉を引き、「我々の憲法は『一つの中国』の憲法であり、ここでいう中国とは中華民国を指す」と述べたうえで、「両岸人民関係条例」に照らせば台湾は中華民国の一部であり、「中華民国が中国を代表する以上、台湾も自然と中国の一部となり、大陸もまた我々の一部である」との見解を示した。
蔡英文の第一任期は「憲法」と「両岸条令」に基づいて両岸関係を処理すると約束していた。両岸の現状は馬政権時代に近いものであった。(資料写真、顏麟宇撮影)
蕭美琴はなぜ「護憲派」に変わったのか? 趙春山氏は、「我々自身が立場を明確にすれば、大陸側とも多くの共通認識が生まれる」と指摘した。そのうえで、「我々の解釈に基づけば、両岸もまた『一つの中国』に属している。ただし国際社会においては、互いにそれぞれの立場を述べる状況にある」とし、「台湾と中華民国の関係が曖昧なままでは内部の団結も困難だが、立場を整理すれば国内の統一感も高まる」との見方を示した。
趙氏はさらに、「蕭美琴氏が中華民国憲法に立ち返るのは正しい選択であり、両岸の現状を維持する唯一の道である」と評価した。今回、蕭氏がこのような発言をした背景には、国際情勢の変化を正確に捉えていることがあると分析している。趙氏は「現在の国際環境は確かに変化しており、米国は台湾海峡の緊張を過度に強調している。このままでは敵意の連鎖を招きかねない」と述べ、「蕭氏の発言は、彼女自身および民進党政権が国家の現下の危機を深刻に受け止めている証左である」と語った。
また、趙氏は「民進党の関係者が中華民国憲法を支持するような発言をするのは久しぶりであり、正直に言って非常に驚いた。これほどの危機感があるからこそ、こうした言葉が今出てきたのだろう」と述べ、極端な言論の煽動はもはや許されない段階に来ているとの認識を示した。
淡江大学中国大陸研究所の名誉教授である趙春山氏は両岸関係の重鎮で、蕭美琴氏の憲法に関する発言が彼にとって非常な驚きであったと率直に語った。(資料写真、柯承惠撮影)
緩和メッセージに冷や水 賴清徳総統、蕭美琴氏の発言を事実上修正か しかし、蕭美琴氏のインタビュー内容が公表されて間もなく、賴清徳総統は「国家団結10講」を始動し、22日に第1回講演を実施した。演題は「国家」であり、演説の中で賴氏は「台湾はもちろん国家であり、中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しない」と強調した。これに対し、中国国務院台湾事務弁公室(国台弁)はただちに反応し、「賴清徳氏の発言は、あからさまに両岸の対立と敵対を煽る『台湾独立宣言』である」と非難した。言い換えれば、賴氏の発言は蕭氏が提示した両岸関係の緩和の余地を一挙に覆すものであり、その意図は「修正と原点回帰」にあるとみられる。
蕭氏と賴氏の発言に温度差があるとの印象が広がるなか、台湾の大陸委員会(陸委会)は23日深夜に発表したプレスリリースで興味深い動きを見せた。名目上は国台弁による賴清徳批判への反論としながらも、実質的には両岸関係の「現状」に対する再定義を打ち出す内容となっていた。陸委会は、「台湾海峡の現状とは、両岸が互いに隷属しない関係である」と明言した。この定義に基づけば、蕭氏が述べた「現状維持」はもはや馬英九政権や蔡英文政権第1期のそれとは異なるものとなり、賴氏と陸委会の連続的な発信により、蕭氏の緩和メッセージは次第に周縁化されつつある。
賴氏と蕭氏の発言に調子の違いがあるとの指摘については、親民進党系の関係者からは「両者の職務が異なる以上、発言の役割も異なり、相互に代替できるものではない」との見方が示されている。対外政策に関しては、あくまで総統である賴清徳自身の発言が最も重視されるべきだという。また、蕭氏の海外メディアに対する発言の全体的な文脈も、「現状を破壊しているのは中国側である」との主張を軸としており、厳密には両者が異なる方向を向いているとは言えないとの声もある。
一部の分析では、蕭氏のインタビューが賴氏の「10講」開始以前に行われた点に着目し、「蕭氏の発言は、賴清德政権の基本方針が『憲法』と『現状』を逸脱しないことを、先に米国側に示す意図があった可能性もある」との見解が示されている。
賴清徳総統は6月22日に「国を団結させる10回講義」の第一回を発表し、テーマは「国」であり、
両岸の現状は二つの国家が互いに隸属しないことであると定義した。(資料写真、劉偉宏撮影)
しかし、正副総統の立場にずれが見られる現状に対し、趙春山氏は強い懸念を示している。趙氏は「総統府内では、正副総統が足並みをそろえるべきであり、そうでなければ『二枚舌』と受け取られかねない」と警告する。そのうえで、「率直に言って、現時点で両岸統一は現実的ではなく、我が国の憲法に照らしても『台湾独立』という概念は存在しない」と述べた。そのため台湾はまず現状維持を徹底し、両岸の交流を再開して平和と協力を築くべきだと強調した。もし正常な対話が再開できなければ、「極端な事態」に発展する恐れがあるという。
趙氏はその「極端な事態」について明言を避けたが、一般的には両岸の軍事衝突や武力衝突を意味すると受け止められており、それは台湾の人々が最も望まない未来である。実際、蔡英文氏の第2期から賴清徳氏への政権移行を経て、中国側が台湾に与える政治的空間は確実に狭まりつつある。
蔡氏から賴氏への政権交代により、両岸の政治的曖昧さは崩れ、「中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しない」という新たな現状認識が打ち出された。これに呼応するかのように、大陸側も対抗姿勢を強めている。「一国二制度」や「台湾方案」といった議論は鳴りを潜め、台湾の位置づけも「中国の一部」から「中華人民共和国の一部」へと狭義化されつつある。台湾が対立のトーンを高める一方で、大陸側もその反応として対話の余地を縮小しており、もし蕭美琴氏の「護憲」発言が一過性のもので終わるようであれば、今後、両岸が真摯に向き合って対話の席に着く可能性は、さらに低くなるとみられる。