米インド太平洋軍の前司令官デービッドソン(Philip Davidson)氏は2021年の退任前に行われた米議会公聴会で、中国が2027年までに台湾への軍事的行動に出る可能性があると警告した。これを皮切りに、米国の軍政関係者から同様の懸念が相次ぎ、中国人民解放軍が2027年までに台湾侵攻の能力を備えるとの見方が広がっている。台湾では、いわゆる「デービッドソン・ウィンドウ」と呼ばれる時間軸を背景に、2025年度の漢光演習でその脅威を具体的に想定。国防部は2025年の4年期国防総点検(QDR)において初めて「宇宙」を作戦準備方向に組み入れた。
台湾の宇宙戦略の構想は、蔡英文前総統の時代に徐々に明確化された。特に2022年のロシア・ウクライナ戦争以降、低軌道衛星の重要性が国際的に再認識され、台湾でも衛星インフラの整備が急がれている。しかし、コロナ禍による部品供給の混乱により、台湾の宇宙開発第3期計画は進行に遅れが生じた。国家科学技術委員会は6月13日、「新3期計画」を行政院に提出済みで、現在は卓栄泰院長の承認待ちとなっている。

未来の戦争に備え、軍事大国はこぞって宇宙戦にリソースを投入している。画像は2025年に日本版GPS衛星を搭載したH3運搬ロケットが発射される様子。(AP通信)
蔡英文が台湾の宇宙計画を策定 低軌道衛星がロシア・ウクライナ戦争で国際合意に
当初の蔡政権の目標は「10年間で年1基の衛星打ち上げ」だったが、パンデミックで計画は停滞。2020年に「宇宙開発法」が施行され、2023年には宇宙センターが国家実験研究院から行政法人に昇格したものの、蔡政権下で打ち上げられたのは2019年のフォルモサ7号6基、2023年10月の海洋観測衛星トリトン(TRITON)、そして2017年のフォルモサ5号のみだった。
国際情勢の変化により、台湾の宇宙政策は「科学研究主導」から「任務指向」へと転換している。賴清徳政権下でも宇宙センター長は「ロケットおじさん」として知られる吳宗信氏が続投し、新たな「新3期」計画では予算が当初の251億元から650億元(約3,300億円)まで増額され、計画期間も2031年まで3年延長された。
新計画では、①リモートセンサ衛星網の構築、②内製による通信衛星産業の育成、③自前ロケット打ち上げ技術の確立を三本柱とし、2031年には計12基の低軌道衛星(気象・光学・レーダー・通信)が台湾上空に展開される予定。さらに屏東県満洲郷には自社ロケット発射場の整備も進められる。

蔡英文総統在任中に台湾の宇宙計画が策定された。写真は蔡英文総統(右から2番目)が「2023年台北国際航空宇宙防衛産業展」でフォームサ8号衛星を視察している様子。(写真/陳昱凱撮影)
与野党の支援を受けた宇宙計画 衛星開発には懸念
新計画は卓栄泰院長の決裁を待っているが、立法院では6月18日、「競争宇宙空間」に関する特別報告が実施され、与野党ともに宇宙技術開発への支持を示した。一方、国民党の萬美玲立法委員は、B5G-1AおよびB5G-1Bという2基の高性能通信衛星が当初外注されていたにもかかわらず、今後は工研院が製造を担当することへの懸念を表明。6基の製造を終えた時点で契約が打ち切られるとの報道もある。
現在、B5G-1Aは外注で2027年に打ち上げ、B5G-1Bは2030年に飛行試験予定とされるが、工研院が契約を解除すれば、通信衛星の国産化がさらに遅れる恐れがある。吳宗信氏は、宇宙センターがB5G-1Bの任務を引き継ぎ、改善の上で2030年打ち上げを予定通り実施すると保証している。6月の再検査ではまだ審査が続いており、宇宙センターはコスト削減条件での衛星受領も検討中とされる。

与野党の立法委員が宇宙発展への支持を示す中、国家科技会の新3期宇宙計画はまだ行政院で卓栄泰の承認を待っている。写真は台湾で初めて自主制作され、成功裏に打ち上げられた気象衛星。(画像/Facebook「国家宇宙センターTASA」)
低軌道衛星が軍民双方に有用 戦闘や国防の分野での利用も可能
低軌道衛星は国家技術力の象徴であると同時に、安全保障の要でもある。国家科学技術会副主委の林法正氏は、「リモートセンシングや通信など、宇宙技術の応用はすべて国家安全保障の基盤」と明言。台湾では軍事用途を明示しないものの、吳宗信氏によれば「軍民双方の用途」が基本であり、リモートセンサ衛星が解像度50センチ以下に達すれば軍事情報収集への応用が可能になるという。
現在、任務中のフォルモサ5号(2017年打ち上げ)は2年以上の運用延長が行われており、2日に1回台湾上空を通過している。この衛星は災害監視や科学研究などに使われる一方、撮影データは国防部や安全保障部門にも提供されている。2025年第4四半期にフォルモサ8号が打ち上げられると、2031年までに10基のリモートセンサ衛星網が完成し、台湾上空を1日3回カバーする体制となる。戦時や防衛上の緊急時にも大きな役割を果たすと見られている。

低軌道衛星は「軍民双方に有用」であり、台湾の軍事情報収集に大きく貢献する。デジタル発展部の「非同期衛星緊急対応ネットワーク推進成果」記者会見から、低軌道衛星の受信設備が写っている。(写真/蔡親傑撮影)
海底ケーブルは頻繁に切断され 「国を守る星」の整備が急務に
中国が近年、台海の「水中生命線」とされる海底ケーブルを破壊する事例が相次いでおり、過去3年間で少なくとも年間7〜8件の断線が発生している。2025年初頭の2か月間だけでも、すでに4件の断絶が続いた。こうした状況から、低軌道通信衛星の整備が急務とされている。立法院国家科学技術委員会の教育文化委員会に所属する民進党の林宜瑾氏は、「低軌道衛星の分野において、我々独自の“国を守る星”の構築が急務だ」と述べ、中国による通信主権への干渉を防ぐためにも、独立した衛星ネットワークの整備が必要だと強調した。
宇宙開発に詳しい関係者によると、低軌道通信衛星も地上局が必要ではあるが、海底ケーブルが切断されても通信機能を維持できる。また、現行技術では衛星自体への攻撃は難しいとされ、戦時の通信維持手段として不可欠な存在とされている。ロシアが2022年にウクライナへ侵攻した際には、スペースXのスターリンク(Starlink)が通信やドローン制御の維持に用いられ、その有効性が明確になった。しかし、スターリンクが前線での一部応用を制限した事例からも、自主衛星の確保が戦略的にいかに重要かが浮き彫りとなった。

スペースXのスターリンク(Starlink)は、ロシア・ウクライナ戦争で重要な役割を果たした。画像はSpaceXによるスターリンク衛星の打ち上げ。(画像/SpaceX公式Facebook)
マスク氏と中国の関係に懸念 スターリンクは戦時に使えるか
台湾は現在、独自の低軌道通信衛星の開発を進めているが、吳宗信氏によると、24時間体制の通信を実現するには少なくとも100〜200基の衛星が必要だという。だが、台湾単独でこれを構築・維持するのは困難であり、実務的には国外のサービスに頼る必要があるのが現実だ。林法正氏は、「緊急時には国外企業のネットワークを借用できるが、その際には通信主権を確実に確保しなければならない」と語った。
現在、約6,500基の衛星を保有するスターリンクは世界最大の低軌道通信衛星事業者であるが、台湾政府は同社との提携には慎重な立場を取っている。これは台湾の電気通信法が、国内株主比率を51%以上と定めているため、スターリンクが現在の事業モデルで台湾進出することができないためだ。また、SpaceXの創業者イーロン・マスク氏が中国との関係を有し、台湾の地位に関する発言も懸念材料となっており、政府は戦時における同社の制御可能性に疑問を抱いている。

スペースX創設者のイーロン・マスク氏と中国との親交や、彼の台湾の地位に関する公開発言の議論が、台湾に戦時におけるスターリンクの制御可能性への疑念を抱かせている。(写真/AP通信)
米国の衛星事業者に関心 国家安全会議は軍事応用も想定
現在、台湾は英仏合弁のEutelsatが提供するOneWebサービスの第1世代(約648基)と契約しているが、呉誠文氏は「帯域幅に制限があり、拡張が困難」と述べた。このため、国家科学技術委員会は他の選択肢を模索しており、2026年にはAmazon傘下のKuiperシステムが追加サービスを開始する可能性がある。また、国家安全会議はアメリカの中軌道衛星サービスの強化を視野に、他社との連携を検討中だ。
Kuiperシステムは最終的に3,236基の衛星展開を目指し、スターリンク同様の構造と星間光学リンク(Optical Inter-satellite Links)技術を導入している。OneWebが抱える制約を補完する役割が期待され、さらに米国防革新ユニット(DIU)のテスト体系に組み込まれていることから、軍事応用も視野に入れられている。現在は27基の試験衛星が打ち上げ済みで、本格運用は2026年、全展開は2029年までの完了を目指す。

国家科技会は近く、2026年にAmazon傘下のカイパーシステムからのサービスを模索する可能性が高い。アマゾン創設者のジェフ・ベゾス氏。(写真/AP通信)
衛星通信の優先配分は未定 国防部の評価も分かれる
低軌道通信衛星の通信サービスが利用可能になった場合、どの政府部門が優先的に利用するかはまだ決まっていない。2024年10月、国防部の顧立雄部長は「現在使用中のOneWebの帯域は国軍の作戦ニーズには不十分」と明言した。Kuiper導入の可能性については、「導入された場合は、部門の方針に従って柔軟に活用する。衛星通信は国防上も極めて重要であり、国防部としても前向きに評価していく」と《風傳媒》の取材に答えた。
宇宙関連の政策に詳しい関係者によれば、Kuiperシステム導入後の通信の割当や用途(軍用か商用か)は未だ調整中であり、政府内の部門間でも役割や分担の明確化が求められている。「今は各部門が個別に接触しながら様子を見ている段階」とし、正式に導入される際には、明確なルールづくりが必要になるという。

顧立雄国防部長(画像)が述べるには、現行のOneWebのバンド幅は国軍の作戦ニーズには適合していない。(写真/顏麟宇撮影)
中国は独立した宇宙軍を保有 時間との戦いが続く台湾
とはいえ、台湾にとって低軌道衛星の国産化は依然として最重要課題だ。現在、国際的な連携に支えられているとはいえ、衛星製造技術の確立は急務とされている。台湾はすでにフランスと宇宙分野での連携を進めており、吳宗信氏は「我々にとってフランスとの最重要分野は宇宙」と語っている。外交当局者によれば、過去にフランス代表団が訪台し、宇宙産業に関する交流が続いているという。また、5月下旬には英国与党・労働党の議員団が台湾を訪れ、宇宙センターを視察した。
韓国が宇宙5大強国入りを目指している中、中国はすでに宇宙軍を独立部隊として保有しており、台湾の宇宙予算は韓国に比べても約5分の1にとどまっている。2027年の「デービッドソン・ウィンドウ」の期限が迫る中、民進党の立法委員は「時間を意識しつつも、楽観せず慎重に準備すべきだ」と指摘。台湾が初の主権衛星ネットワークを実現できるかは、卓栄泰院長による「新3期」計画の承認を待つ必要があるとみられている。