台湾原住民の家族関係や土地問題を描いた劇映画『猟師兄弟』(2024年/109分/台湾、原題:獵人兄弟、英題:Hunter Brothers)が、2025年6月14日、早稲田大学小野記念講堂で上映された。上映後にはトークイベントも行われ、監督の蘇宏恩氏に加え、東京国際映画祭シニア・プログラマーで日本映画大学教授の石坂健治氏、同大学名誉教授の千野拓政氏、愛知県立大学准教授の張文菁氏が登壇。台湾原住民をめぐる視点の転換と記憶の継承について、多角的な議論が交わされた。

本作は蘇監督が、自身の祖父を追ったドキュメンタリー『靈山』に続く初の劇映画で、タロコ族を背景に、父と兄弟、土地をめぐる葛藤を描いている。出演は、『セデック・バレ』(2011)で知られるシュー・イーファン(徐詣帆)、マー・ジーシアン(馬志翔)、リン・チンタイ(林慶台)、エイミー・シュ(許靈勻)ら。2024年には高雄映画祭のクロージング作品として上映され、ハワイ国際映画祭にも正式出品された。日本語字幕は吉田雅子氏が担当した。
本イベントは、早稲田大学政治経済学術院と中国現代文化研究所の共催で実施された。映画上映後には、司会を務めた張氏が蘇監督の略歴を紹介。福建系漢族の父とタロコ族の母の間に生まれたことが、本作における原風景の源となっていると語った。さらに、台湾における漢民族(閩南人・外省人・客家人)と原住民の関係性について、言語や歴史的背景を交えて説明。「台湾人とは誰か」という根源的な問いが交錯する構造に触れた。
千野氏は、原住民が「見られる存在」として描かれることに対して無自覚な視線が働くことへの懸念を表明。「台湾映画における語りは漢族中心になりがちだが、原住民の存在はそのアイデンティティを相対化する」と述べ、文化研究者スチュアート・ホールの理論を引きつつ、視点の転換の重要性を訴えた。
石坂氏は、蘇監督の前作『靈山』をはじめとするドキュメンタリー作品を振り返り、「積み重ねてきた素材や風景が、本作で劇映画として結晶化した」と評価。登場するロケ地や小道具の多くが、監督の祖父や親族の実際の生活空間に基づいていることにも触れ、「土地と記憶が物語の核となっている」と語った。また、兄弟の対立や父子の葛藤という構図が旧約聖書の「カインとアベル」に重なるとし、原住民の物語でありながらも普遍的な人間性を描いている点を指摘した。 (関連記事: 独占インタビュー》台湾の若手アニメーション監督・蘇瑞容の短編が東京の国際映画祭へ | 関連記事をもっと読む )
質疑応答では、言語の使い分けやキャスティング、儀式の描写、精神性の捉え方など、さまざまな視点から質問が寄せられた。蘇監督は、劇中での言語の混在について「母語を話せない原住民の第2世代を反映しており、現実の会話と同じ構造だ」と説明。また、物語の結末については「当初は兄が罪悪感から自死する構想だったが、観客の解釈に委ねる形へと編集段階で変更した」と明かした。土地を守るか売るかという葛藤を、「観客自身の問題として考えてほしい」とも語った。