台湾・台北市の繁華街、西門町にあるゲイバー「Commander D」が警察の捜索を受け、10月3日から波紋が広がっている。発端は、民進党の洪健益台北市議が9月の市議会で、開業14年のこのBDSMバーに未成年者が出入りしている疑いがあると質問し、蒋万安市長がその場で警察に捜査を指示したことだった。
台北市警察局萬華分局は10月3日、捜索令状を持って店に入り、経営者に手錠をかけて連行し、台湾刑法上の「妨害風化」に当たる疑いで台北地検に送致した。ところが捜索中、警察官が障害のある客に「障害者もセックスできるの?」と発言していたことが判明。分局は当初これを否定したものの、後に一転して処分を発表し、蒋市長も10月5日に謝罪した。
発端は9月11日の議会質問、市長がその場で「厳正に調べる」 洪氏は9月11日の台北市議会で、保護者からの陳情を受けたとして、西門町のバーに未成年者が出入りしていると指摘した。質問の場で店内の写真を示し、未成年の若者が女性に「おもちゃ」のように扱われているが、店側はショーだと説明していると主張。ネット上では、この店は会員制で「暗室」があるとの情報も出回っていると述べた。
蒋市長は「全面的に調査し、必ず厳正に調べて処分する」と答え、警察局に直ちに捜査するよう指示した。名指しされたのは、西門町で14年営業しているBDSMのゲイバー「Commander D」で、10月3日に萬華分局の捜索を受けた店である。
Commander Dは同日、反論の声明を出した。店には身分と年齢を確認する仕組みがあり、入店時に必ず身分証を照合しているため、未成年者が入ることは絶対にないと強調。客が店内で私的に行う行為と、店側が企画した行為とは、法律上も事実上もまったく異なり、一連の指摘は店の信用を著しく傷つけたと主張した。未成年者に関する具体的な違法行為があれば当局の調査に協力するとしたうえで、法的措置を取る権利を留保するとした。
5時間の捜索、67人がその場に 経営者は手錠をかけられ送致
捜索令状めぐり食い違い 客「示されず」、警察「店長に見せた」 10月3日午後4時半ごろ、萬華分局西門町派出所の警察官が、突入する形でCommander Dの捜索に入った。その場にいた人によると、警察は居合わせた人たちに捜索令状を見せることを拒み、問いただされると、職権による職務質問だと説明を変えたため、一時口論になった。
バー側の代理人の江蘊生弁護士は、捜索令状に記載された捜索の範囲は、店の経営者本人の氏名と店舗そのものだけで、法的に被告人や容疑者となり得るのはせいぜい経営者本人にとどまると指摘。警察が現場で、根拠のはっきりしない名目で多数の客を署に連れて行き、調書を作成したことについて、法執行のあり方に疑問を呈した。
その場の67人のうち少なくとも52人を連行 捜索は前後約5時間に及んだ。店内には客58人、従業員9人の計67人がおり、警察は服を着ていない人がいたことを確認し、使用済みのコンドームや潤滑剤などを押収した。
44歳の鍾という姓の経営者は手錠をかけられて連行され、取り調べの後、「妨害風化」の疑いで台北地検に送致された。経営者を含む少なくとも52人が署に連行され、このうち51人は身体を露出していたとして、社会秩序維護法に基づき処理された。残る人たちは、証拠や証言に基づいて書類送致されるか、出頭を求められた。
捜索の最中、服を十分に着ていない客や店員が次々に連れ出され、見物人から怒号が上がった。抗議の声を上げた店長はその場で手錠をかけられて連行された。
黒い服の男性が警察官に囲まれて口論になり、警察が男性の首をつかんだとの訴えも出て、現場は一時騒然となった。萬華分局長はその夜、捜索令状や法執行をめぐる報道陣の質問に対し、捜査中の事件だとして回答を避けた。
「ひざまずけ」の動画が拡散、警察官「訴えればいい」 午後9時ごろ、現場の動画がネット上で拡散した。手錠をかけられた店長にひざまずくよう求めた理由を問われた警察官は「答える必要はないだろう」と返し、別の警察官は「通報しろよ! 訴えればいいだろう」と言い放った。
私服の警察官に警察官の識別番号を示すよう求めると、警察官は示す必要はなく、服装の特徴で訴えられると答えた。
萬華分局は10月3日夜の最初の説明で、捜索は通報と捜索令状に基づくもので、一貫して適正な法的手続きに従っており、「障害者を言葉で侮辱した事実は一切ない」と強調した。あらゆる違法・違反行為は決して容赦しないとしたが、ひざまずくよう求めたことへの疑問には直接答えなかった。
10月4日、警察が発言認める 西門紅楼で100人超が抗議
現場の映像・音声が次々に公開、LGBTQ+コミュニティーの怒り広がる 捜索後、現場の動画や音声がThreadsなどのSNSで次々に広まった。当時店内にいたというユーザーは、酒を飲んでいる途中に突然大勢の警察官がなだれ込み、「怒鳴り声と不快な懐中電灯の光の中で、全員に犯人のように床にしゃがむよう命じた」と投稿した。
このユーザーによると、警察は全員にスマートフォンを置くよう命じ、撮影もメッセージの送信も禁じた。上半身裸の人は失礼な言葉を浴びせられ、「脱げ!」と怒鳴られ、服を着直すことも許されなかったという。
事件が明るみに出ると、多くのLGBTQ+当事者が今回の捜索を過去の警察の臨検事件と重ね合わせた。
「警察がゲイバーに潜入し、人前で聞くに堪えない差別的な言葉を浴びせるなんて。PTSDの症状がその場で強く出ただけでなく、1997年の常徳街事件や2004年の農安街事件が再び起きたかのようだった。この恐ろしい偏見をぬぐい去るのに、私たちは何年かかったことか」との書き込みや、「台北は30年前に逆戻りしたのか」との声も上がった。
常徳街事件、農安街事件は、いずれも台北で警察がLGBTQ+の人々が集まる場所を取り締まり、人権侵害として批判された事件。
台湾のLGBTQ+運動は40年の歴史を重ね、まもなく第24回台湾LGBTプライド(台湾同志遊行)を迎える。当日の昼には台湾国際クィア映画祭が開幕したばかりで、その夜にゲイバーで法執行をめぐる騒ぎが起きた。
「自由な台湾に生まれ、性的少数者であっても、人権や尊厳がないわけではない。民主主義に逆行するこうした行為は本当に気分が悪い」との投稿もあった。蒋市長に矛先を向け、月末の台湾LGBTプライドで「特製の横断幕を作る」と書き込む人もいた。
萬華分局が一転、警察官の不適切発言で申誡処分 萬華分局は10月4日午後1時、3項目の声明を出した。1点目は捜索の根拠を改めて説明するもの。2点目は、当日捜索令状に基づいて捜索したのはCommander Dだけで、ほかの店は当初から予定していた臨検として実施したもので、臨検の範囲を広げたわけではないとし、ネット上の「ゲイバー3軒を立て続けに捜索した」との情報に反論した。
3点目で、警察官の失言を認めた。現場の音声などによると、警察官はトイレにいた障害のある男性客をめぐり、「障害者もセックスできるの?」などと発言していた。萬華分局はその後、発言が不適切だったことを認め、陳勇華分局長が謝罪した。この警察官は申誡( 戒告 ) 1回の処分を受けた。
陳分局長は影響を受けた市民に謝罪したが、警察官にLGBTQ+や障害者を差別する意図はなかったとし、今後、教育訓練を強化すると述べた。
ネット上で批判拡大、弁護士は「五つの疑問点」 陳君瑋弁護士は台湾のネットメディア「新頭殻(Newtalk)」の取材に、今回の捜索の五つの疑問点を挙げた。
捜索令状に記載された範囲と実際の対象にずれがあり、一般客を強制的に連行して調書を取った根拠がはっきりしない。このバーは会員制で入場を管理しており、必ずしも公共の場所に当たらず、公然わいせつに当たるかどうかには議論の余地がある。
ネット上の批判は強まり続けている。台湾の若者団体「台湾青年世代共好協会」の張育萌理事長は「さすがは蒋万安、戒厳令の第一ブランドの名に恥じない」「蒋万安の市政で、一夜にして戒厳令解除前に戻った」と投稿し、市長を批判した。
歌手で俳優の炎亜綸(アーロン)氏もThreadsで、やむを得ず平等な権利のために闘わなければならないなら、「どれほど力の入らない体でも引きずって懸命に勝ち取る」と書き込んだ。
台北市議選に立候補予定の王振庭氏は、当日は多くの外国人も連行されたとして、台湾のイメージを大きく損なうと指摘。「もう2026年だというのに、バーで酒を飲み、上着を脱いだだけで警察署に連れて行かれて調書を取られ、取り調べを受ける。まったく理不尽で、法執行の過程は問題だらけだ」と批判した。
異なる見方もある。「中時新聞網」の評論員、戴志揚氏は、警察が捜索令状を持って法に基づき妨害風化事件を取り締まるのは法定の職務だと指摘。問題の核心は法を執行できるかどうかではなく、警察官の発言が不適切だったか、客の自由を制限する際に比例原則を超えていなかったかにあるとした。
社会は警察の職権を尊重すべきだが、警察官にも人権への感度が求められ、そうでなければ現場の警察官が今後、積極的に法を執行できなくなると注意を促した。
LGBTQ+団体が西門紅楼に集結、派出所に「刑事訴訟法」を手渡し 台湾同志ホットライン協会(台湾同志諮詢熱線協会)は同日午後1時ごろ、共同声明を出した。警察が捜索令状を持っていても、手続きの正義や人格の尊厳を無視してよいわけではないとして、五つの要求を掲げた。
独立調査の開始 :法執行の行き過ぎについて公に説明し、処分と謝罪を行う法執行記録の公開 :萬華分局は現場の記録を完全に保存し、公開する法執行の指針の策定 :台北市はLGBTQ+や多様な性の人々が利用する場所での法執行の指針を定める平等な権利の制度化 :多様な性と障害者の平等な権利を警察の制度に組み込む偏見の助長の停止 :警察とメディアは、LGBTQ+の人々が利用する場所やLGBTQ+の性愛文化を偏見に満ちた形で描くのをやめるSNSでは同日午後1時に西門紅楼に集まるよう呼びかけが広がり、「農安街事件の再演か」との文言も添えられた。警察は紅楼の周辺にバリケードを設置して警戒した。
午後には100人を超える人々が虹色の旗を振りながら紅楼から西門町派出所までデモ行進し、「不当な法執行」「人権の後退」などと声を上げ、萬華分局と台北市警察局、蒋市長に説明と謝罪を求めた。
外国メディアも注目、ロイター「台湾では珍しい大規模な警察の行動」 捜索は海外メディアの関心も集めた。英ロイター通信は、台北市警が3日午後、捜索令状を持って萬華区のCommander Dに入り、51人を調べのため連行し、バーの経営者を逮捕したと報じた。
台湾は自由で多様な社会として知られ、法律でも性的少数者の権利が守られており、そうした中でこれほど大規模な警察の行動は極めて珍しいと伝えた。
警察はロイターに対し、今回の行動は「妨害風化」の疑いがある事件が対象で、現場にいた人たちは、公共の場所や不特定多数が出入りできる場所で「みだりに裸体をさらし、またはわいせつな姿態をとる」ことを禁じた規定に違反した疑いがあると説明した。
台北市政府は、市民の通報を受けて警察が調査を始めたとしている。警察に連行された温という姓の男性はロイターに「暴力的に踏み込んできた。本当に怖かった」と語った。
ロイターは4日の抗議の様子も伝えた。LGBTQ+コミュニティーの約100人が街頭に出て、抗議は平和的に行われた。萬華分局長が一時、参加者と言葉を交わし、警察は「多様な社会の文化を尊重し、すべての市民の権利を守る」と述べたが、参加者は大声で不満をぶつけた。
参加者の康陽さんは、警察がプライド月間、台北のプライドパレードの直前に行動を起こしたことに強い怒りを感じると話し、「受け入れられない。この街はかつて、性的少数者に優しいと自負していたのに」と語った。
ロイターは、台湾が1987年まで戒厳令下にあり、それまで同性間の関係は長くタブー視されていたと振り返った。台湾は2019年にアジアで初めて同性婚を合法化し、アジアの性的少数者の権利の先進地とみられてきた。台北では10月末に東アジア最大規模のプライドパレードが予定されており、今回の事件は国際的な注目も集めている。
緑党、伴侶権益団体が説明要求 洪氏「ゲイバーとは言っていない」 台湾の緑党は同日午後、台北市政府に3点の説明を求めた。私物を捜索し市民を連行した根拠、捜索令状が認めた対象と範囲、そして市民がどの具体的な条文に違反した疑いがあるのか、である。
緑党は、男性客が上半身裸だったというだけで派出所に連行された基準が妥当なのかとも疑問を呈した。
洪氏は同日夕方、質問の際に「ゲイバー」とは一切言っておらず、特定の集団にレッテルを貼ってもいないと釈明した。保護者からの陳情を受け、市政府に年齢確認を徹底するよう求めたのだという。
LGBTQ+の人々を尊重し支持しているとし、子どもを守ることと多様性を尊重することは矛盾しないと強調。蒋市長は今回の法執行が比例原則にかなっていたのか説明すべきだと述べた。
同連盟は、個々の警察官を処分し、教育訓練を強化して幕引きを図るやり方が繰り返されてきたが、これでは法執行機関の中にある偏見に対処できないと指摘した。
10月5日、蒋市長が謝罪 市議「末端の処分だけでは済まない」 蒋市長は10月4日に初めて見解を示した際、警察は捜索令状を持って法に基づき職務を遂行したとしつつ、過程に不適切な点があれば、警察局に直ちに検証し、事実関係を明らかにして説明するよう求めたと述べた。
10月5日午前には改めて報道陣の前に立ち、年齢、性別、性的指向、身分、エスニック・アイデンティティーにかかわらず、すべての人が共に守るべき存在だと強調。個別の差別事案が起きたことは非常に遺憾で、影響を受けた市民に謝罪するとし、警察局長に厳しく検証し、規定に沿って個別の事案に対応し、規律の周知を徹底するよう指示した。
呉沛憶台北市議は、警察の態度が二転三転したと批判した。萬華分局は当初、すべて規定通りで障害者を侮辱した事実は絶対にないと断言していたが、音声が公開されて初めて説明を変えたと指摘。「市民が録音していなければ、警察は真相を隠して議員をごまかすつもりだったのか」と問いただした。
呉氏は、末端の警察官1人を処分しただけで終わらせてはならないと強調し、今回の捜索の指揮と執行の過程、市民や弁護士が指摘した手続きの問題点を市政府が全面的に明らかにするよう求めた。
鍾経営者の「妨害風化」をめぐる事件はすでに台北地検に送致されて捜査が進んでおり、その場にいたほかの人たちについても、証拠に基づき別の違法行為がなかったかを調べるという。
沈伯洋氏「法に基づく執行でも、そのやり方は検証されるべきだ」 台北市長選に立候補している民進党の沈伯洋氏も自身のフェイスブックで、蒋市長の就任4年目に、台北でゲイバーの捜索をめぐる法執行の問題が起きたと指摘した。
萬華分局は一時、警察官の不適切な法執行を否定し、映像が公開され調査を経てようやく問題を認めたと述べた。
警察が法に基づいて職務を行うことは誰もが尊重し、違法があれば法に基づいて処理すべきだとしたうえで、「法に基づく執行であっても、その執行の仕方が検証されなくてよいわけではない」と強調。市民には法執行の根拠と限界がどこにあるのかを知る権利があると訴えた。
沈氏はさらに、差別や偏見を経験し、人に知られることさえ恐れてきた人々にとっては、一言や一つの動作が、自分はまた「違う人間」として扱われているのではないかと思い起こさせかねないと指摘した。
台北の多様性と包摂はプライドパレードの日だけ見えればよいものではなく、警察の法執行のあらゆる現場、市政府のあらゆる制度に存在すべきだと主張。「本当に優しい都市とは、ただ歓迎するだけでなく、安心して自分らしくいられると感じさせる都市だ」と記した。
沈伯洋氏はフェイスブックで、萬華区のゲイバー捜索をめぐる問題に言及し、誰もが安心して自分らしくいられる台北であってほしいとの考えを示した。(ストームメディア作成) ゲイバーの捜索で52人が警察署に連行され、警察官の不適切発言がネット上で批判を招いた。蒋万安市長はその後、謝罪した。(ストームメディア作成)
警察官6人を処分、台北市警察局が発表 騒ぎが広がる中、台北市警察局は10月5日に調査結果を公表し、末端の警察官から分局長まで計6人を処分した。
警察局によると、萬華分局には今年に入って計13回の市民の通報があり、捜索令状を取って取り締まったという。鍾経営者は「妨害風化」の疑いで台北地検に送致され、捜査が続いている。
処分対象 人数 不適切な言動・処分理由 処分内容 萬華分局の警察官 1人 障害のある客に「障害者もトイレでセックスできるの?」と発言 申誡2回 萬華分局の警察官 2人 現場の人を制圧する際、市民に「ひざまずけ!」と発言 各申誡2回 萬華分局の警察官 1人 スマートフォンで撮影する市民に「撮影禁止」を求め、警察官番号の提示を求められると母親を侮辱する卑語で応じた 申誡 2回陳怡凱捜査隊長(現場の指揮官) 1人 部下の不適切な言葉や行動をすぐに止められなかった 「記過」(申誡 より重い懲戒) 陳勇華萬華分局長 1人 監督不行き届きとして自ら処分を申し出た 申誡 2回
(計6人。出典:台北市政府警察局、2026年10月5日公表)
許淑華台北市議は「市民は公権力に向き合うとき、自分で証拠を残さなければならないのか」と疑問を投げかけ、市政府に徹底した調査と改善策を求めた。