半導体業界へ人材流出、台湾で教員不足が深刻化 理科は「1人募集に応募5人未満」も 台湾の半導体産業が急成長する一方、教育現場を志す人材は減少し続けている。(資料写真/Pixabayより)
台湾では、毎年7、8月は学生の夏休みであると同時に、教員の異動申請や、学校側が正規および代理教員を採用する時期でもある。過去数年、複数回の教員採用試験を実施しても定員を満たせない事態が発生しており、特に理科教員の不足が最も深刻だ。かつては地方の過疎地域で顕著だった教員不足だが、現在では都市部の学校でも定員割れが起きるという新たな常態(ニューノーマル)に陥っている。
匿名で取材に応じたある校長(以下、校長A)は、昨今の教育環境の悪化を指摘する。煩雑な事務作業に時間を奪われるだけでなく、生徒や保護者からの突発的なトラブルへの対応にも追われる。一日中疲労困憊した状態であるにもかかわらず、退勤後も保護者へのメッセージ返信を余儀なくされ、心身への負担は計り知れないという。台湾教育部(日本の文部科学省に相当)も改善策を提示しているものの、最も基本的な給与面で他業種との競争力を喪失している。さらに先般の公務員・教員の年金改革問題も重なり、大卒者が教職を敬遠する事態を招いている。待遇の見直しを行わなければ教員不足の穴は拡大し続け、現場からの教員流出はさらに激化する一方だ。
拡大する教員不足、新卒者が教職を敬遠 校長Aによると、毎年の教員育成枠は数年後の退職者数と必要人数を推計して設定されており、本来なら教育部が需給バランスを管理すべきである。しかし、教育実習中の学生の多くは実習終了後に深い対話を重ねても、教育現場へ入ることを渋るという。とりわけ、半導体工場が積極的に進出する台中、台南、高雄などの地域では、学生は地元回帰と職場へのアクセスを優先する傾向がある。その上、給与や将来性は教職の比ではない。現場を経験した立場から見ても、彼らを教職に就くよう説得するのは極めて困難である。
近年、教員採用試験の志願者数は大幅に減少している。中でも理科、自然科学、数学科での減少が最も深刻であり、十数年前とは雲泥の差だ。かつては理科教員1人の募集枠に100人近くが殺到したが、現在では同じ募集枠でも志願者が一桁、ひいては5人未満になることすらある。理系人材が大量に産業界へ流出している実態を浮き彫りにしており、学校側の教員確保は日を追うごとに困難を極めている。
半導体業界の好待遇に引かれ、台湾の理工系卒業生が相次いで同業界を志望している。(資料写真/顔麟宇撮影)
地方だけでなく都市部でも教員確保が困難に これまで教員不足は地方の過疎地域特有の問題と認識されてきたが、現在では都市部の学校にもその波が押し寄せている。統計によれば、台北市の有名校である敦化中学校の教員不足数は21人に上る。また、景興、麗山、内湖、金華などの各中学校でも10人以上の教員不足が発生している。
校長Aは、都心部の名門校では保護者が教員の授業の質や学級経営に対する期待が非常に高く、プレッシャーを避けるために、あえて保護者からの圧力が比較的少ない郊外や地方の学校を選ぶ教員が少なくないことを明かした。このことが、都市部での教員確保をさらに困難にしているという。
首都・台北の中学校でさえ、「教員不足」の危機に直面している。(内湖中学校のFacebookより) 校長Bも同様に、都市部の保護者の要求水準が高いため、多くの教員が非都心部での勤務を好むと指摘する。教員が背負うプレッシャーは相対的に大きい。校長Bは「青少年には適切な指導と導きが必要である」としながらも、現行法規では教員の指導措置に対する制限が多く、現場の教員が学級経営において多大な困難に直面していると語った。
教員の給与競争力低下、半導体業界への人材流出 学校現場での教員不足を受け、行政院(内閣)と教育部は、教員の引き留めと大卒者の確保を狙い、賃上げ案を打ち出した。行政院は7月に来年度の軍人・公務員・教職員の給与改定案を発表し、小中学校の教員については「基本給を4%引き上げ、学術研究手当および管理職手当を定額で2000台湾ドル(約1万円) 増額する」とした。
しかし、この小幅な賃上げでは、高給で人材獲得に動く産業界に太刀打ちできるはずもなく、人材の天秤が産業界へと傾くのは必然的な結果であった。
テクノロジー産業が人材獲得を拡大し続ける中、給与面は教職が直面する最大の壁となっている。ある人材仲介会社の分析によれば、大卒者の初任給で見ると、小中学校教員の初任給は約4万2000〜4万5000台湾ドル(約21万~22万5000円)であり、一般企業の新入社員の水準よりは高い。
しかし、半導体などのハイテク産業と比較すると明確な格差が存在する。ハイテク業界の初任給は概ね5万5000台湾ドル(約27万5000円)前後に達し、しかもこれは固定の月給のみの数字である。これに年末ボーナスや利益配分、残業代などの収入が加わるため、多くの卒業生が就職活動の初期段階からハイテク産業を志向することになる。
テクノロジー業界では、新入社員の初任給が一般的に5万5000台湾ドル(約27万5000円 )前後に達する。これは固定月給のみで、年末賞与や利益配分、残業代などは含まれていない。(資料写真/労働力発展署桃竹苗分署提供) 給与面だけでなく、教育現場の労働環境も人材の志望動機に大きく影響している。ある高校校長は、近年の教員待遇の魅力低下を指摘する。とりわけ年金改革以降、教職の長期的な生活保障が後退したことに加え、108年度学習指導要領(108課綱)の導入により、事務作業や授業準備が以前にも増して煩雑化した。教員は授業の責任を担うだけでなく、生徒や保護者からの多様化する期待や要求にも応えなければならず、教職のストレスは増大の一途をたどっている。これが多くの若者に教育現場への参加を躊躇させる要因となっている。
政府の賃上げ政策、現場の期待に届かず 政府が賃上げ案を提示したものの、教育団体側の反応は冷ややかだ。台湾教育産業工会(台教産)と全国の10の教員組合は共同声明を発表し、行政院が公務員および教職員の給与改定制度を見直す姿勢を示したこと自体は評価した。その一方で、今回の全体的な引き上げ幅は依然として保守的であり、現在の教育現場が抱える人材引き留めの苦境を実効的に改善するには不十分だと指摘している。
台教産理事長・洪維彬氏は、行政院が給与政策の方向性を直視し見直しを図った点は評価に値するとした。しかし、最終的に承認された賃上げ案は、全体的な引き上げ幅において現場の期待を満たしておらず、教職員の給与競争力向上や人材流出問題の改善に対する効果は限定的であるとの見方を示した。
台湾教育産業工会(台教産)の洪維彬理事長は、行政院が最終的に決定した賃上げ案について、全体の引き上げ幅は依然として現場の期待に届いていないと指摘した。(資料写真/盧逸峰撮影) 苗栗県各級学校産業工会理事長・郭彦成氏は、今年6月に教育部が開催した「2027年公務員・教職員待遇調整に関する座談会」に出席した際、具体的な賃上げデータや関連資料が欠如し、議論が形式的なものに終始したことが現場の教員の不満を招いたと指摘した。各地の教員組合が連携して声を上げ続けた結果、行政院が今回提示した新案には、現場の要求に応え制度を見直そうとする政策的意図が見受けられる。しかしながら、最終的に発表された賃上げ幅は第一線の教員の期待に応えるものではなく、教育現場での業務負荷や責任の重さと比較すると、待遇改善の取り組みとしては依然として力不足と言わざるを得ない。
高雄市教師職業工会理事長・李雅文氏は、行政院が従来の手法を打破し、学術研究費および管理職手当を定額で2000台湾ドル(約9%の引き上げに相当)増額した点については評価した。しかし、教員組合が専門的評価に基づき主張する「実質20%の引き上げ目標」とは依然として大きな隔たりがあり、現場の士気向上や管理部門からの人材流出を防ぐ効果は限定的だと述べている。
過去の教員優遇政策が国の競争力を支えた歴史 教員の流出が国家規模の課題となる中、ベテラン教員たちは、かつて政府が教員の待遇を非常に手厚く保護していた時代を回顧する。1960年代まで、教員の給与水準は他の公務員を大きく下回り、民間企業の給与と比べても低かった。しかし1970年代に入ると、政府は教育力の強化と教職員の生活改善を目的として、数年にわたる大幅なベースアップを実施した。これにより教職の待遇が劇的に改善され、優秀な人材を引き留めることに成功し、現在の国家競争力の基盤が築かれたのである。
データによると、1974年当時の民間企業の平均初任給が約3580台湾ドルであったのに対し、教員の初任給は3480台湾ドルにとどまっていた。その後、高度経済成長期を迎え、教員および公務員の待遇改善が急務となり、度重なる賃上げが行われた。その結果、1980年には教員の初任給が7480台湾ドルに達し、民間の平均初任給6175台湾ドルを上回った。累積の賃上げ率は114.94%に達し、給与水準は当初の2.15倍にまで跳ね上がった。
高雄市教師職業工会の李雅文理事長は、行政院の政策による引き上げ幅は約9%に相当するものの、教員組合が専門的な評価に基づいて求める実質20%の賃上げ目標とは、なお大きな隔たりがあると述べた。(Instagramアカウント「ktu_kta」より) 退職した元教員たちは、国家の発展途上期において教員は社会的な地位こそ尊重されていたものの、実際の給与と待遇はそれに伴っていなかったと振り返る。数年にわたる連続的な賃上げを経て、ようやく生活が改善されたという。当時の政府が教員の待遇に配慮していたからこそ優秀な人材が集まり、現在の国家競争力の土台が築かれたと語る。しかし現状は、教員の待遇が停滞しているばかりか、政府が繰り返し教員待遇の切り下げに踏み切っている。こうした状況が重なれば、当然ながら教育現場を志す若者は現れなくなる。
教育現場の崩壊、疲弊する現場教員の悲鳴 さらに最近では、校内でのいじめ事件が多発している。ある教員(以下、教員C)は、問題が起きるたびに教育部や各県・市の教育局が事実確認よりも先に教員の責任を追及する姿勢を批判する。このような対応が繰り返されることで教員は絶望し、本来持っていた情熱さえも摩耗させられ、最終的には別の職業へと転身する道を選んでしまうという。
教員不足に直面し、各学校は様々な手法で欠員の穴埋めを試みている。校長Aによると、学校側はまず代理教員の募集を行う。第1回の採用試験では教員免許の保持を条件とするが、それでも採用に至らない場合、第2回、第3回と段階的に要件を緩和し、最終的には大卒であれば応募可能にするという。それでも欠員が埋まらない場合は、退職教員や学習塾での指導経験を持つ者に非常勤講師としての勤務を打診することになる。
それでも適切な人材が確保できない場合、学校は校内の教員による他教科の兼任に頼らざるを得ない。この際、関連する学問的背景を持つ教員を優先的に配置する。校長Aは、現時点で全く専門外の教員に授業を任せる事態には至っていないものの、すでに関連専門分野を持つ多くの教員が他教科を掛け持ちで担当しており、教員配置のプレッシャーが日増しに強まっていると打ち明けた。
一部の学校では、教員不足を補うために複数校による「共同雇用」の手法を採用している。校長Bによれば、正規教員のみならず代理教員でさえ共同雇用の対象になっているという。主な理由としては、学級数が少なく授業時間数が不十分な学校では単独で1名の教員をフルタイムで雇用することが難しいため、2、3校が共同で採用・配置せざるを得ない事情がある。
また、退職教員も重要な補欠要員となっている。校長Bは、一部の退職教員が週に1、2クラスの非常勤として現場復帰を希望しており、これが教員不足の緩和に寄与していると語る。ただし、退職教員の非常勤勤務には教育主管機関の規定により時間数の制限がある上、すべての退職教員が現場復帰を望むわけではない。そのため、あくまで短期的な人員補充にとどまり、教員不足を根本から解消する解決策にはなり得ないのが実情だ。
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