ノーベル物理学賞、南極の氷を「望遠鏡」に ハルツェン氏が単独受賞、宇宙起源の高エネルギーニュートリノを発見
2026年のノーベル物理学賞を受賞したフランシス・ハルツェン氏。(ノーベル賞公式YouTubeチャンネルより)
2026年のノーベル物理学賞が10月6日に発表された。スウェーデン王立科学アカデミーは、米ウィスコンシン大学マディソン校の教授で、ベルギー出身の物理学者フランシス・ハルツェン氏に授与すると発表した。授賞理由は「アイスキューブ・ニュートリノ観測所への決定的な貢献と、天体物理学的な起源を持つ高エネルギーニュートリノの発見」。
物理学賞の発表を前に、情報サービス会社クラリベイトの「引用栄誉賞」は、有機EL(OLED)や量子異常ホール効果など注目分野の研究者を有力候補に挙げていた。しかし、ノーベル賞委員会が目を向けたのは、南極の氷の奥深くで40年近くかけて育まれてきた巨大科学プロジェクトだった。南極の氷床そのものを「望遠鏡」として使い、宇宙で最も捉えにくい粒子であるニュートリノを追跡する試みだ。氷の下に埋めた検出器が、ごくまれな粒子の衝突で生じるかすかな光をとらえ、そこから宇宙の奥深くで起きている、最も激しく謎に満ちた高エネルギー現象を探る。
王立科学アカデミーによると、ハルツェン氏は早くも1988年に、南極の氷を天然の検出器として宇宙から来るニュートリノを追跡するという鍵となる構想を提唱した。この構想は最終的に、南極の氷床に埋設された体積1立方キロメートルの巨大な検出施設「アイスキューブ・ニュートリノ観測所(IceCube)」に結実した。この業績により、ハルツェン氏は今年の物理学賞を単独で受賞し、賞金1200万スウェーデン・クローナ(約2億円)を受け取る。
ハルツェン氏とは
ハルツェン氏は1944年、ベルギーのティーネン生まれ。1969年にベルギーのルーベン・カトリック大学(KUルーベン)で博士号を取得し、その後、米ウィスコンシン大学マディソン校で教壇に立った。当初はクォークからなるハドロンの研究に取り組んでいたが、次第に、宇宙から来る高エネルギー粒子から素粒子物理学は何を学べるのか、天文学は素粒子物理学の技術や手法からどのような恩恵を受けられるのか、という問いに関心を移していった。
アイスキューブ計画でハルツェン氏は、最初の発案者であるだけでなく、長年にわたり計画の「触媒」かつ研究代表者(プリンシパル・インベスティゲーター)を務めた。理論、工学、国際協力を一貫して推し進めて実際の科学的成果に結びつけ、分野横断の巨大な科学インフラを完成させた。さらに「ニュートリノ天文学」という新たな観測の窓を開き、従来の光学、X線、ガンマ線による天文学を補う道を切り開いた。ノーベル物理学委員会のマーク・ピアース委員長は「ハルツェン氏は国際的な研究者と技術者のチームを率い、私たちに素晴らしい観測装置をもたらした。その粘り強さと科学的な先見性が、まったく新しい種類の天文学への道を開いた」と述べた。
受賞者プロフィル
経歴:ベルギー出身の物理学者。米ウィスコンシン大学マディソン校に所属
学歴:ベルギー・ルーベン・カトリック大学で博士号(1969年)
主な業績:アイスキューブ・ニュートリノ観測所計画の研究代表者
授賞理由:「アイスキューブ・ニュートリノ観測所への決定的な貢献と、天体物理学的な起源を持つ高エネルギーニュートリノの発見」
最も「内気」な粒子、ニュートリノ
ノーベル賞委員会は一般向けの解説で、ニュートリノを「宇宙で最も内気な粒子」と表現している。電荷を持たず、質量が極めて小さいため、ほとんどの場合、物質を素通りして何の痕跡も残さない。太陽から来るニュートリノは毎秒約650億個が小指の爪ほどの面積を通り抜けているが、私たちはまったく感じない。物質とほとんど反応しないため、検出は極めて難しい。ごく一部のニュートリノが原子核と衝突すると荷電粒子が生じ、その粒子がかすかな青いチェレンコフ光を放つ。こうした現象は極めてまれなため、十分な数の事象を捉えるには、巨大で透明度の極めて高い媒体を用意し、その中に高感度の光センサーを張り巡らせる必要がある。
ハルツェン氏のニュートリノ検出構想は1980年代にさかのぼる。当時、ソ連の研究チームが南極で電波アンテナを使ってニュートリノの信号をとらえる計画を立てていると耳にした。ニュートリノが氷中の原子核と相互作用した際に生じる電波信号を捉える方法だった。ハルツェン氏はこれに刺激を受けたが、別の方法の方が現実的かもしれないと考えた。氷の中に直接光センサーを設置し、ニュートリノの衝突で生じるかすかな青い閃光(せんこう)を探す方法である。
実は1960年前後にはすでに、水をニュートリノの検出媒体に使う構想が物理学者から出ていた。基本的な原理は、ニュートリノの衝突で生じた荷電粒子が元の方向に進みながら青い光を放ち、媒体が十分に透明であればそれをセンサーがとらえ、ニュートリノの飛来方向を逆算できるというものだ。ハルツェン氏の突破口は、「水」を「天然の氷床」に置き換えたことにあった。当時ハワイの深海ニュートリノ実験「DUMAND」に参加していた同僚のジョン・ラーンド氏と議論を重ね、2人は1988年にポーランドで開かれた研究会で、「南極の氷を使ったニュートリノ観測所」の構想を初めて発表した。
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なぜ南極なのか
ハルツェン氏が南極を選んだのは、単に氷があるからではない。ノーベル賞委員会の説明によると、南極には独自の利点がいくつもある。南極点にはすでに研究基地と補給体制があり、長期運用や人員の交代を支えられる。十分な深さの氷は常に暗闇で、昼夜や季節による光の影響を受けない。氷の中には生物による妨害もなく、放射性物質の含有量も極めて少ない。地質活動の影響も小さく、センサーを長期間設置するのに適している。一方で、南極の氷床にニュートリノ観測所を設ける欠点も明らかだ。極寒のため、工事ができるのは毎年11月から翌年2月までの短い夏に限られる。
ノーベル賞委員会によると、センサーを氷に埋めるための第一歩は穴を掘ることだった。研究チームは氷河学者の助言を受け、氷床に深さ2キロメートル以上の穴をあけられる特殊な熱水ドリルを採用した。光センサーを連ねた長いケーブルを融水で満たした穴に下ろし、水が再び凍ると、センサーは氷の中に固定される。ハルツェン氏はこれらのセンサーを「逆さまの電球」と表現する。光を出すのではなく、光をとらえて電気信号に変えるからだ。
チームはまずグリーンランドで、センサーが氷の中で粒子の信号を記録できるかを試験し、その後、南極で最初のニュートリノ観測所の建設に着手した。アイスキューブの前身となる「AMANDA」である。ハルツェン氏は、1993年のクリスマスイブに、ひざにパソコンを載せて食卓に座り、最初の光ケーブルが無事に氷の中に設置されたという知らせを待っていたと振り返る。
ただ、AMANDAの初期の結果は思わしくなかった。氷の上層部には大量の気泡が含まれ、光を散乱させて粒子の進行方向の情報をぼやけさせてしまう。しかし研究者たちはまもなく、深さ1400メートルより下では氷が極めて純粋で透明であり、光が吸収されるまで300メートルも進むことを発見した。予想をはるかに上回る結果だった。この「副産物」によって、深さごとに異なる氷の光学的性質への理解も深まった。
AMANDAの建設は2000年1月まで続いた。順調に稼働したものの、全体の体積は宇宙から来る高エネルギーニュートリノを効果的に検出するにはなお足りなかった。そこで、より大規模なアイスキューブ計画が始動し、2010年12月に建設を完了。2011年から全86本のケーブルを使った本格観測を開始した。体積約1立方キロメートルの氷中検出器で、86本のケーブルに計5160個の光センサーが、深さ1450〜2450メートルに配置されている。
なぜニュートリノを捕まえるのか
ノーベル賞委員会によると、ニュートリノを捕まえようとする動機は、長年解けていないもう一つの問題、つまり宇宙線の起源を突き止めることにもあった。
宇宙からは絶えず高エネルギーの粒子が降り注いでいる。「宇宙線」と総称されるこれらの粒子の多くは水素の原子核(陽子)だ。宇宙から来る陽子の中には、地球上のどの粒子加速器でも到達できないほど高いエネルギーを持つものがある。王立科学アカデミーによると、宇宙の天然の粒子加速器が放つ粒子のエネルギーは、地球の実験施設の100万倍に達しうる。しかし、こうした超高エネルギーの宇宙線がどこから来るのかは、天文学と素粒子物理学における最大の謎の一つであり続けてきた。
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陽子は電荷を持つため、宇宙の磁場によって進路が曲げられ、到来方向を検出しても発生源をたどることはできない。理論上、陽子をそれほどの高エネルギーまで加速する過程では、高エネルギーのニュートリノも同時に生まれる。ニュートリノは電荷を持たず、磁場の影響をほとんど受けないため、ニュートリノをとらえることができれば、宇宙線の真の発生源を逆算できる可能性がある。
決定的な突破口、太陽系外から来る高エネルギーニュートリノの証拠
南極の氷の中に設置されたアイスキューブは、毎日膨大な信号を記録しているが、その大半は「背景雑音」だ。宇宙線が地球の大気に入って生じる粒子だけで、1日に1億個以上が記録される。大気中で生まれたニュートリノも、毎日数百個が地球全体を貫いて北半球の方向からアイスキューブに届く。単一の事象だけでは、あるニュートリノが本当に宇宙の奥深くから来たのかを判断するのは難しい。
そこで研究チームはまず、ニュートリノと氷の相互作用の特徴に合う事象を選び出し、そのエネルギー分布や方向分布を統計的に比較して、地球の大気由来ではなく「宇宙ニュートリノ」の予想に合致するかを調べた。2013年、研究チームは太陽系外に由来する高エネルギーニュートリノの「最初の確かな証拠」を発表した。その後、データの蓄積と独立した解析によって、天体物理起源であることがさらに裏付けられた。
これまでにニュートリノ天文学は2度ノーベル賞を受けている。2002年には、太陽ニュートリノの観測を進めたレイモンド・デービス氏と、超新星ニュートリノを観測した小柴昌俊氏が受賞した。2015年には、ニュートリノが別の種類に「変身」する現象(ニュートリノ振動)を発見した梶田隆章氏とアーサー・マクドナルド氏が受賞した(関連記事:【単独取材】梶田隆章氏が語る基礎科学の価値 ニュートリノ質量発見と師弟3代ノーベル賞の軌跡)。ノーベル賞委員会は、アイスキューブの目標はニュートリノ天文学を新たな段階に押し上げ、ニュートリノを使って宇宙で最も激しく、最もエネルギーの高い天体現象を探ることにあると説明している。
ノーベル賞委員会によると、アイスキューブはこれまでに、ニュートリノの発生源の候補をいくつか見つけている。繰り返し議論されている対象の一つが、活動銀河NGC 1068(M77)だ。その方向からは、79個相当のニュートリノ事象の超過が観測されている。ただ、NGC 1068がニュートリノの発生源だと確定するには、現時点の証拠では不十分だ。研究者たちは、とらえるニュートリノの数が増えれば、将来はより正確に発生源を特定できると期待している。アイスキューブのチームは近年、天の川銀河の内部から来る高エネルギーニュートリノも観測した。研究者たちは、これらのニュートリノは宇宙線が星間の希薄なガス中の原子と衝突した際に生じた可能性が高いとみている。人類が「天の川銀河の外から来た」ニュートリノを見ただけでなく、銀河の内部の高エネルギー粒子環境も描き始めたことを意味する。
ノーベル賞委員会によると、北半球にも水中に設置されたニュートリノ望遠鏡が複数あり、それぞれ異なる開発段階にある。場所はバイカル湖、地中海、南シナ海、カナダ西海岸沖などだ。南極でもアイスキューブの拡張が計画されている。次世代計画「アイスキューブ・Gen2」は、検出体積を現在の1立方キロメートルから8立方キロメートルに広げ、高エネルギーニュートリノをとらえる確率を高めるとともに、発生源を特定する精度を向上させる。
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