世界平和財団(International Peace Foundation、IPF)は、2003年以降、100人以上のノーベル賞受賞者のアジア訪問を実現してきた。IPF会長のウヴェ・モラヴェッツ(Uwe Morawetz)氏は台湾メディア『風傳媒(ストームメディア)』 の単独インタビューに応じ、「教育は土台であり、科学は平和の礎だ」と語った。
モラヴェッツ氏は、台湾で実施される「台湾ブリッジ・プログラム(TAIWAN BRIDGES)」について、「台湾でのブリッジが持続可能なものとなり、ノーベル賞受賞者が定期的に台湾を訪れ、台湾の大学と研究プロジェクトを進め、台湾の学生を自身の研究室に招くようになることを期待している」と述べた。
IPFは、モラヴェッツ氏の主導のもと、2003年にタイで初の「BRIDGES」イベントシリーズを開始した。ノーベル賞受賞者を招いて講演を開き、若者との対話の場を設けたものだ。モラヴェッツ氏は「今回、多くのノーベル賞受賞者が初めて台湾を訪れる。将来的には台湾の大学が主体的に彼らを再び招いてくれることを願っている」と語る。
モラヴェッツ氏「平和と対話は時間をかけて育むもの」 「台湾ブリッジ・プログラム」は2025年11月から2026年5月にかけて実施され、7カ月間で31人のノーベル賞受賞者を台湾に招き、講演や大学生・高校生との交流を行う予定だ。
モラヴェッツ氏は「BRIDGESイベントシリーズは一度きりのイベントではない。私たちが目指しているのは、単発の訪問ではなく、長期的な橋を築くことだ。平和と対話は一つのプロセスであり、一朝一夕に実現するものではない。時間をかけて育む必要がある。台湾でのプログラムが今後も継続していくことを期待している」と強調した。
同プログラムの一環として、今年10月には欧州委員会のジョゼ・マヌエル・バローゾ(José Manuel Barroso)元委員長が台湾の中央研究院で講演を行う予定だ。バローゾ氏は2004年から2014年まで欧州委員会委員長を務め、在任中に欧州連合(EU)の加盟国拡大やリスボン条約の発効、気候変動・エネルギー政策の推進に関わった。2012年にEUがノーベル平和賞を受賞した際には、同氏が欧州委員会委員長として授賞式に出席し、EUを代表して賞を受け取った。
世界平和財団会長のウヴェ・モラヴェッツ氏は、「台湾ブリッジ・プログラム」の準備のため、この2年間で台湾を約50回訪問してきた。(写真/蔡親傑撮影)
ベルリンの壁崩壊を目撃 独立した対話の場をつくる決意 ドイツ出身のモラヴェッツ氏は、17歳の時にクラシック合唱団やオーケストラとともに欧州各地を巡って公演した経験を持つ。その後は作家として活動し、複数の詩集や散文を出版した。
1986年にベルリンへ移り住んだが、当時は壁に阻まれ、東ベルリンへ行くことはできなかった。1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊した際、同氏は現場でその瞬間を目撃し、深い感動を覚えたという。
「壁は崩壊したが、東西ドイツの間には依然として多くの誤解が残っていた。双方には対話が必要だった。私は独立した対話のプラットフォームをつくりたいと考えた」
芸術・音楽界に幅広い人脈を持っていたモラヴェッツ氏は、著名なバイオリニスト、イェフディ・メニューイン(Yehudi Menuhin)氏の協力を得て、1993年にベルリンで公開フォーラムを開催した。この場では、米国のヘンリー・キッシンジャー(Henry Kissinger)元国務長官、旧西ドイツのエゴン・バール(Egon Bahr)元外交官、旧ソ連のバレンティン・ファリン(Valentin Falin)元外交官らが初めて対談し、冷戦期の秘密外交や欧州の新たな展開について議論を交わした。
世界平和財団会長、ウヴェ・モラヴェッツ氏のプロフィール。
ダライ・ラマが理念に賛同 ノーベル平和賞受賞者らが支援 1989年のノーベル平和賞受賞者であるダライ・ラマとの出会いも、IPFの歩みに大きな意味を持った。米俳優リチャード・ギア(Richard Gere)氏がインドでダライ・ラマを訪問した際、モラヴェッツ氏も同行した。ダライ・ラマは、同氏の理念を支援した最初のノーベル平和賞受賞者となった。
その後、南アフリカのネルソン・マンデラ(Nelson Mandela)元大統領、デズモンド・ツツ(Desmond Tutu)元大主教、旧ソ連のミハイル・ゴルバチョフ(Mikhail Gorbachev)元大統領、米国のジミー・カーター(Jimmy Carter)元大統領ら、20人のノーベル平和賞受賞者が支援に加わった。
第2次世界大戦終結50年にあたる1995年、モラヴェッツ氏はベルリンで多数の公開フォーラムを開催した。1カ月間で500回のイベントを行い、200人の講演者を招いた。その中にはダライ・ラマも含まれ、パンク・ロックの伝説的歌手パティ・スミス(Patti Smith)氏、ロバート・マクナマラ(Robert McNamara)元米国防長官、ヒップホップグループ「ビースティ・ボーイズ(The Beastie Boys)」のメンバーらとも交流した。
IPFは1999年に設立され、オーストリア・ウィーンに本部を置く非営利・非政府組織として活動している。設立時には、オーストリアのクリスタル製品メーカー、スワロフスキー(Swarovski)から立ち上げ資金の提供を受けた。諮問委員会の会長にはリヒテンシュタインのアルフレート公が就き、多くのノーベル賞受賞者が同委員会のメンバーとして参加した。
世界平和財団会長のウヴェ・モラヴェッツ氏は、ダライ・ラマが自身の理念を支援した最初のノーベル平和賞受賞者だったと明かした。(撮影/蔡親傑撮影)
政治家と科学者は「同じ英語でも違う言語を話す」 モラヴェッツ氏は、IPFの出発点について次のように語る。
「このプロジェクトは、基本的には一つの理想から始まった。若者たちは、平和と発展のための新しいモデルや解決策を求めている。私たちは英語、ドイツ語、中国語といった同じ言語を話していても、異なる集団が用いる『言語』は大きく異なる。政治家の言葉は、芸術家、科学者、起業家、宗教指導者の言葉とは違う。そして、こうした異なる分野の人々が一堂に会して対話する機会は非常に少ない」
協力のための新しい言語を探る中で、モラヴェッツ氏は「人々を一つにし、平和へ向かう第一歩として対話の文化をつくり、異なる文化や社会の間に理解と信頼を育む、新しい芸術形式」を見出したという。
「世界が直面する問題は相互につながっており、政治家だけ、あるいは科学、ビジネス、宗教だけで解決できるものではない。すべての人が協力して取り組む必要がある」
ベルリンの壁崩壊後、モラヴェッツ氏は主に欧州と米国で公開フォーラムや芸術イベントを開催してきた。その約10年後、同氏はこれらの活動をアジアへ広げることを決めた。
アジアで最初に訪れたタイ 1年かけて文化を学ぶ モラヴェッツ氏がアジアで最初に向かったのはタイだった。2000年に同国を訪れた際、同氏は1年をかけてタイの文化と生活に耳を傾け、体験することにした。
バンコクのスラム街で貧困児童やHIV感染者、薬物依存者の支援活動に取り組んできたジョー・マイヤー(Joe Maier)神父の活動を支え、自らも現場で支援に関わった。また、タイの複数の寺院で出家修行も経験し、タイ語を学んだ。現在はタイを生活の拠点としている。
「私のアジアへの第一歩は、まず傾聴することだった。頭だけでなく、心と両手を使ってアジア文化を理解しようとした」
タイ政府の招待とタイ王室の支援を受け、IPFは2003年にタイで初の「BRIDGES」イベントシリーズを開始した。27人のノーベル賞受賞者を招いて講演を行い、音楽・芸術界の関係者も参加したことで大きな反響を呼んだ。
当時、バンコクに駐在していた東南アジア諸国連合(ASEAN)各国の大使らがイベントに参加し、自国での開催を相次いで要請した。これを受け、2007年以降、フィリピン、マレーシア、カンボジア、ベトナム、シンガポール、インドネシア、ラオスなどASEAN諸国を対象とする「BRIDGES」イベントシリーズが継続的に開催された。
IPFがアジアでBRIDGESイベントシリーズを進めてから、すでに23年以上が過ぎた。モラヴェッツ氏によれば、主な協力相手は大学や学校であり、若い世代に刺激を与え、視野を広げることを重視している。ノーベル賞受賞者が各国の指導者を訪問することは、政府が科学、研究、教育により多くの予算を配分し、遠隔地に学校や病院を整備する後押しにもなるという。
同シリーズでは、ノーベル賞受賞者だけでなく、「ザ・ボディショップ」創業者のアニータ・ロディック(Anita Roddick)氏、世界銀行のジェームズ・ウォルフェンソン(James Wolfensohn)元総裁、欧州委員会のロマーノ・プロディ(Romano Prodi)元委員長、米国の声楽家ジェシー・ノーマン(Jessye Norman)氏、俳優のジャッキー・チェン(Jackie Chan)氏、タイ系英国人バイオリニストのバネッサ・メイ(Vanessa May)氏、映画監督のオリバー・ストーン(Oliver Stone)氏らもアジアを訪れている。
世界平和財団はアジアで23年以上にわたりBRIDGESイベントシリーズを展開している。ウヴェ・モラヴェッツ会長は、主な協力相手は大学や学校であり、若い世代に刺激を与えることを目指していると語った。(撮影/蔡親傑撮影)
平和は教育から始まる 若い世代に対話の種をまく モラヴェッツ氏は、平和は一部のエリートだけのものではなく、すべての人の参加によって育まれるものだと考えている。
「平和は少数のエリートが独占するものではない。すべての人の参加が必要だ。平和は当然ある善ではなく、絶えず学び、経験し、つくり直さなければならない。平和は受け身の状態ではなく、一つのプロセスであり、時間と関心、そして一人ひとりの参加を必要とする。平和は教育から始まる。私たちが大学や学校で平和の種をまくのは、未来の声である若い世代を励ますためだ」
ノーベル化学賞受賞者で、台湾・中央研究院の李遠哲元院長は、2003年にタイで行われた「BRIDGES」イベントシリーズに招かれて講演した。李氏の招きにより、モラヴェッツ氏は2023年に初めて台湾を訪問し、「台湾ブリッジ・プログラム」の準備に着手した。
この2年余りで、同氏は台湾の地域リーダー、非営利組織、大学などを精力的に訪問してきた。対話は傾聴から始まる、という信念がその背景にある。
台湾は世界の科学対話のプラットフォームになれる モラヴェッツ氏は、IPFの役割について「私たちは台湾の主要な組織が自らイベントを開くことを促している。IPFは主催者ではなく、あくまで促進者(ファシリテーター)だ」と説明する。
当初、国立台湾大学が6人のノーベル賞受賞者の受け入れを表明し、中央研究院も10人の受け入れを約束した。2024年6月には、モラヴェッツ氏が頼清徳総統を表敬訪問。頼氏は台湾ブリッジ・プログラムの名誉会長に就き、活動を台湾全土に広げるよう同氏を励ました。その結果、最終的に12の学術・研究機関が31人のノーベル賞受賞者を受け入れることになった。
「私自身、台湾でのプログラム準備のために2年間で何度も台湾を訪れた。ノーベル賞受賞者にも同じような経験をしてもらい、台湾への理解を深め、真の友人、そして台湾の親善大使になってほしい。彼らが米国、オーストラリア、欧州、日本などに戻った後、台湾での素晴らしい経験を共有し、定期的に再訪してくれることを願っている。彼らが台湾に来るのは、単に講演をするためではない。傾聴し、共有し、参加し、長期的な協力へとつなげるためだ」
台湾は国際的な対話と協力において、どのような役割を果たせるのか。モラヴェッツ氏は、台湾を「高度な科学対話のプラットフォーム」と位置づける。
「台湾は物理学、化学、医学、経済学などの分野で国際的な存在感を持っている。自由で開かれた学術環境が、世界の複雑な課題を解くうえで重要であることを、台湾は示している。若い世代の主体的な参加は、私たちの未来にとって鍵になる」
同氏はさらに、台湾が慈済会のような人道組織を通じて国際的な対話に関わっている点にも注目する。
「台湾は科学外交、学問の自由、人道主義を通じて、世界の対話と協力を促進する独自の役割を果たすことができる」
世界平和財団会長のウヴェ・モラヴェッツ氏は、台湾を「高度な科学対話のプラットフォーム」と位置づけ、物理学、化学、医学、経済学などの分野で国際的な存在感を持つと評価した。(撮影/蔡親傑撮影)
3人の「英雄」が示した道 少ないことは豊かである 人生で最も大きな影響を受けた人物について尋ねると、モラヴェッツ氏は自らを導いてくれた「3人の英雄」を挙げた。
1人目は、12世紀のイタリアの聖人、アッシジのフランチェスコだ。同氏にとってフランチェスコは、魂と自然への共感を象徴する存在であり、「Less is more(少ないことは豊かである)」という力を示してくれた人物でもある。小さなことの中に喜びを見出し、いまこの瞬間の奇跡に気づくこと、そして謙虚さと奉仕を生き方にすることを教えてくれたという。
「まず、やらなければならないことから始める。次に、できることを行う。すると突然、不可能だと思っていたことを成し遂げている」
若い頃にピアノの演奏旅行を行い、作曲も好んだモラヴェッツ氏にとって、2人目の英雄はオーストリアの音楽家モーツァルトだ。モーツァルトは、人間の心が持つ無限の可能性を象徴しているという。既存のアイデアを深く掘り下げ、それらをまったく新しい発想へと組み合わせ、自分の方法で自由に創作する。静かに準備を進め、素早く実行し、最後には完璧な構造をつくり上げる。その姿勢に大きな影響を受けた。
3人目は、19世紀フランスの詩人アルチュール・ランボー(Arthur Rimbaud)である。ランボーは20代で生涯の代表作を書き上げた後、詩作をやめた。
「彼は革新的な言語で、反抗的な青春の精神を表現した。先を見通す力を持ち、同時に、いつやめるべきかも知っていた。仕事の影響力は、どれだけ長く続けたかではなく、どれほどの強度と誠実さで取り組んだかによって測られる」
アジアでの「BRIDGES」イベントシリーズを進めて23年余り。モラヴェッツ氏はアジア各国を訪れてきた。2016年には人道目的で北朝鮮も訪問した。この時は3人のノーベル賞受賞者とリヒテンシュタインのアルフレート公も同行した。訪問の準備のため、同氏は事前に6回北朝鮮を訪れている。
「北朝鮮への人道的訪問の主な目的は、現地の若い世代の声を傾聴し、彼らが外の世界に触れる機会をつくることだった。この訪問は人道的配慮に基づくものだ。脅威、制裁、恐怖は人々を分断する。人々の距離を縮めるには、橋を架け、対話を重ねるしかない」
ノーベル賞受賞者の訪台を持続可能な架け橋へ 「台湾ブリッジ・プログラム」が一段落した後、IPFはほかの国でも同様のイベントシリーズを進める予定だ。モラヴェッツ氏は、教育こそが長期的な平和と地域の繁栄につながると強調する。
「私たちは教育を推進し続ける。長期的には、教育が平和の発展と地域の繁栄に寄与すると信じている。対話を通じて、新しい平和の文化を促進したい。平和とは、単に戦争や武力衝突がない状態を意味するのではない。平和の基礎は教育にある」
さらに同氏は、IPFはあくまで促進者であり、ノーベル賞受賞者を招く大学や研究機関こそが主催者だと改めて強調した。
「ノーベル賞受賞者の台湾訪問が一つの種となり、台湾の大学が将来再び彼らを招き、長期的な友情と協力関係を築いていくことを期待している。それが、持続可能な橋をつくることにつながる」