米国の大気化学者スーザン・ソロモン氏(Susan Solomon)が、2026年の唐奨(Tang Prize)持続可能な開発賞を受賞した。台湾メディア『風傳媒(ストームメディア)』のオンラインインタビューに応じたソロモン氏は、「私たちは重要な転換点を越えた。再生可能エネルギーのコストは化石燃料を下回っており、ロシア・ウクライナ戦争やイランをめぐる中東情勢も、多くの国に再エネへの移行を促している。これは二酸化炭素(CO2)排出量の削減につながるため、私は未来に対して楽観的だ」と語った。
ソロモン氏は、マサチューセッツ工科大学(MIT)地球・大気・惑星科学科の教授。1986年には研究チームを率いて南極での実地調査を行い、クロロフルオロカーボン(CFCs)が南極のオゾンホール拡大の主な原因であることを実証した。
新著『Solvable: How We Healed the Earth, and How We Can Do It Again(仮訳:解決可能:我々はいかにして地球を癒やし、いかにして再び成し遂げられるか)』では、オゾン層破壊という地球規模の危機を、科学、公共政策、国際協力によって解決へ導いた過程を紹介している。
受賞の知らせを受けたソロモン氏は、米東海岸の自宅からオンラインで取材に応じた。中央研究院の劉兆漢院士や、同院士でかつての同僚でもある劉紹臣氏からも祝福を受けた。唐奨教育基金会の陳振川執行長によると、ソロモン氏は今年9月に台湾を訪れ、唐奨の授賞式に出席するほか、マスターフォーラムを開き、若い世代や学生と交流する予定だという。
再エネの低コスト化が各国の移行を後押し
トランプ米大統領は2期目の政権で、パリ協定からの離脱に加え、再生可能エネルギーや電気自動車(EV)への補助金打ち切り、化石燃料の利用促進などを進めている。一連の政策には、環境団体などから強い反発が出ている。
しかし、40年以上にわたり気候変動研究に携わってきたソロモン氏は、現在の状況について悲観一色ではない。理由として挙げたのが、再生可能エネルギーの大幅な低コスト化だ。
ソロモン氏は、再エネのコストがすでに化石燃料より安くなっていると指摘する。経済的な観点から見れば、この変化は各国を再エネ導入へ向かわせる大きな要因になるという。
また、ロシア・ウクライナ戦争を受け、欧州諸国はロシア産化石燃料への依存を見直し、代替エネルギーの開発を加速させている。さらに、イランをめぐる中東情勢も、アジアを含む各国に再エネ開発を促す要因になっていると説明した。
米国の姿勢変化には失望 それでも国際協力は進む
米国人として、ソロモン氏は気候変動問題における米国の姿勢変化に失望していると語った。ただし、気候変動は一国だけで解決できる問題ではなく、多くの国が関与する国際的な課題だとも強調する。
過去にも米国は京都議定書から離脱したが、それによって京都議定書が一定の成果を上げることが完全に妨げられたわけではない。ソロモン氏はこの例を挙げ、米国の政策転換があっても、他国の取り組みや国際協力の重要性は変わらないと述べた。
市民の働きかけが政府を動かす
ソロモン氏は、米国の温室効果ガス排出量が世界全体の約15%にとどまることにも触れた。これは、米国以外の国々の取り組みが極めて重要であることを意味する。
近年、再エネのコストが大きく下がっていることは非常に心強い兆しだという。中国はこの分野で大きな進歩を遂げており、米国でも代替エネルギー技術の開発に向けた努力が続いている。こうした動きは、世界がより持続可能な方向へ進む可能性を示している。
ソロモン氏は、「人々が政府に働きかけ、エネルギー転換を優先政策に位置づけさせることが非常に重要だ」と語った。
一方で、化石燃料を主要なエネルギー源として使い続ければ、地球は持続可能な状態を保てなくなる可能性があるとも警告する。とくに21世紀末に向けて、地球環境への負荷は深刻さを増すおそれがある。
それでも、再エネのコスト低下が急速に進んでいることから、ソロモン氏は「一部の人々ほど悲観していない」と話す。未来には、なお期待できる要素が多くあるという。
市民はどのように政府に必要な改革を促せるのか。ソロモン氏は、政府に圧力をかけ続け、エネルギー転換を進めさせることが重要だと強調した。その上で、個人レベルでも今すぐできることは多いと述べた。
具体例として、家庭のベランダに太陽光パネルを設置することや、日常生活で肉の消費量を減らすことなどを挙げた。
「ちょうどよい時期、ちょうどよい場所」で始まった研究人生
ソロモン氏は、なぜ40年以上にわたって気候変動や大気化学の研究に携わることになったのかについても語った。
21歳のころ、試験管の中ではなく、惑星上で起きる化学反応を研究する「惑星化学」という分野に強く引かれたという。地球や他の惑星の大気中でどのような化学反応が起きるのかを研究するこの分野に、深い面白さを感じた。
その後、南極のオゾンホールが発見され、ソロモン氏は「ちょうどよい時期、ちょうどよい場所」で重要な研究に取り組む機会を得た。南極での研究は、地球にとって極めて重要な成果につながった。
ソロモン氏は当時を振り返り、「あの時ほど、科学の面白さを味わったことはない」と語る。
現在は、オゾン層の回復に関する研究や、オゾン層がどのように変化してきたのかを理解する研究に取り組んでいる。「今は、気候・オゾン科学者になるには素晴らしい時期だ」とも述べた。
AIの電力需要増 新規インフラ費用は企業負担に
ソロモン氏は、「国際的なAIの枠組み協定を作り、企業と政府の間で合意を形成することを望んでいる。ただし、人々が積極的に後押ししなければ、このような枠組みは実現しない」と述べた。
この枠組みは、AIの発展を止めるためのものではないという。重要なのは、AIの急速な拡大を一定のルールの下に置き、電力システムへの負荷を抑えることだと説明した。
ソロモン氏は、「AIのエネルギー需要は非常に大きい。システムへの圧力を軽減するため、一定の枠組みの中で対応すべきだ。もちろん、化石燃料の使用を増やすべきではない」と指摘した。
その上で、米国については「化石燃料の使用を制限する面で、私たちは非常にうまく対応できていない。一時期は正しい方向に進んでいたが、現在は再び方向が変わってしまった」と語った。
ソロモン氏が提案するのは、AIの拡大に伴って必要になる電力インフラの整備費用を、一般市民ではなく企業が負担する仕組みだ。
「AIの拡大を一定のルールの下に置き、新たな電力インフラ整備にかかるコストを国民全体に負担させるのではなく、企業に負担させるべきだ。これは不可能なことではない。ただ、私たちはいつも利益を私有化し、コストを社会化してきた」と述べた。
ソロモン氏によれば、現在、多くの人々がこの問題に取り組んでおり、企業に新規インフラ整備のコストを負担させるための議論が進められているという。