中台関係の緊張が続き、中国国内で経済低迷や政治的締め付けへの不満がくすぶる中、台湾の国家安全局(国安局)はこのほど、中国市民向けの専用連絡窓口を設置した。中国本土および海外にいる中国人に対し、政治、経済、軍事、社会など幅広い分野の情報提供を呼びかけている。
国安局は、米国、英国、イスラエルなどの情報機関が公開で情報提供を呼びかける手法を参考にしたとしている。あわせて、AIで生成した宣伝動画「変化(原題:改變) 」も公開した。動画では、中国体制下で「古参幹部が次々と姿を消す」状況に触れ、人々が互いに警戒せざるを得ない空気を描きながら、「いまこそ変化を起こす時だ」と訴えている。
中国市民向けに情報提供を呼びかけ 国安局によると、近年、中国経済は厳しい課題に直面しており、政治面では高圧的な統治が続いている。社会や市民生活をめぐる問題も相次ぐ中、現状に不満を抱く中国市民が台湾の関連機関に接触し、各種情報を提供するケースが増えているという。
これを受け、国安局は台湾の「国家情報工作法」に基づき、国際的な事例を参考に専用窓口を設置した。情報セキュリティと情報提供者の身元保護を重視するとし、中国本土からのアクセスと海外からのアクセスの2種類のルートを用意している。
また、外国ブランドの端末を利用すること、VPNを使うこと、プライベートブラウジングを活用することなど、6項目の安全指針も示した。
国台弁は「情報窃取」と批判 これに対し、中国の国務院台湾事務弁公室(国台弁)の陳斌華報道官は17日の定例記者会見で、民進党政権が「公然と大陸を標的に情報窃取や浸透・破壊活動を行っている」と批判した。
陳氏は、今回の措置について「両岸の対立を高め、関係を破壊するものだ」と述べ、民進党政権の「台湾独立」の立場を示していると主張した。北京として「強く非難し、断固として対抗措置を取る」とした上で、「台湾の情報機関に情報を提供し、犯罪を構成する者については、関係部門が法に基づき法的責任を追及する」と警告した。
台湾側が正式に発表する前から、中国の一部ネット利用者の間では海外サイトを通じて関連情報が共有されており、この動きを「離岸信訪局」と表現する声もあった。台湾国安局が発表してから8時間足らずで、中国のIPアドレスからは同サイトにアクセスできなくなったという。
国家安全局(国安局)の蔡明彦局長。(写真/中央社提供)
「防衛」から「能動的な情報収集」へ これまで台湾は、中台間の情報戦において主に防衛側として語られることが多かった。近年は、スパイ事件や退役軍人の取り込み、認知戦、サイバー空間での浸透工作などを背景に、台湾当局の論述は「中国による浸透をどう防ぐか」に重点が置かれてきた。
しかし今回、国安局が中国大陸の市民に向けて直接情報提供を呼びかけたことは、台湾が受動的な防衛から、より能動的な情報収集へと踏み出したことを意味する。
中国大陸の「国家情報法」「国家安全法」「反スパイ法」などの規定に照らせば、海外の敵対勢力に関連情報や資料を提供した場合、「スパイ罪」や「国家政権転覆罪」に問われる可能性がある。
さらに、中国の国家安全部門は、情報提供の疑いがある人物に対して幅広い調査を行うことができる。海外に住む中国人や企業であっても、資産凍結、渡航制限、中国国内に残る家族への圧力などに直面する可能性がある。同時に、北京は党・政府・軍・企業に対し、内部の機密保持教育を強化するよう求め、台湾、香港、マカオを通じた浸透ルートの調査も拡大している。
中国側は2024年に「台湾独立分子」を通報する専用メールボックスを設置し、市民に関連情報の提供を促していた。2025年には、心理戦に関与したとされる台湾軍関係者に対して懸賞金も提示している。今後、北京が対抗措置として、市民に「台湾側に取り込まれた人物」に関する通報を促す可能性もある。
専門家「情報活動の公共化、プラットフォーム化」 スウェーデン在住で、メディア・コミュニケーション研究 に従事し、欧州のリスクガバナンスを研究する華人学者の鹿娜氏は、取材に対し、台湾国安局の「中国向け連絡窓口」について、単純な情報提供者の募集とは見ていないと語った。
鹿氏は、「民主主義国家における情報ガバナンスのリスクという観点から見ると、関連するリスクが公共化され、プラットフォーム化されている。目的は、それを社会が理解し、参加できる安全保障の語りへと転換することにある」と指摘した。
鹿氏はまた、欧州で起きた中国関連の情報活動にも触れた。2018年、スウェーデンの裁判所は、ドルジェ・ギャンツァン氏に「重大な違法情報活動」で有罪判決を下した。同氏は2015年から2017年にかけて、スウェーデンのチベット人コミュニティの身元情報、政治的見解、渡航情報を収集し、中国の情報機関関係者に渡したとされる。
ノルウェーでも近年、中国公民、衛星データ、フロント企業と疑われる組織に関連したスパイ調査や報道が相次いでいるという。
今年に入り、米軍の情報要員が初めて台湾の軍事情報局(軍情局)に駐在したとされる。(写真/呉逸驊撮影)
米台情報協力の「新たな黄金時代」か 国安局が情報窓口を開設した一方で、米台間の軍事情報交流にも新たな動きが報じられている。
報道によると、今年に入り、米軍の情報要員が初めて台湾の軍事情報局(軍情局)に駐在したとされる。局内では見慣れない外国人の姿が目撃されており、NSAの通信傍受施設に関連する「梅園計画」のメンバーではないかとの見方も出ている。
香港国家安全維持法の施行後、米CIAの香港における情報ネットワークは事実上大きな打撃を受けた。欧米の情報機関は、中国に近く、言語や文化面でも中国社会へのアクセスを持つ台湾を重視するようになっており、台湾は西側陣営にとって、アジア太平洋地域で中国を監視する重要な拠点になりつつある。
軍情局は近年、CIAやNSAなどとの交流を増やしている。前局長の楊静瑟氏が在任中、1年間で3度訪米したことも、その一例として挙げられる。専門家は、こうした動きが中国共産党への戦略的早期警戒とリアルタイムの情報共有を強化し、「情報による抑止力」の形成につながると分析している。
国台弁は台湾側を非難、米軍報道には沈黙 台湾国安局の「中国向け連絡窓口」に対して国台弁は強く反発した。一方で、中国の国家安全部門は、米軍情報要員が台湾に駐在したとの報道について、これまでのところ公式な反応を示していない。
中国にとって、米国の台湾関与を直接名指しすることは、米中対立のレベルを引き上げる可能性がある。これに対し、批判の矛先を民進党政権に集中させることは、台湾問題を「両岸内部の問題」と位置づける北京の長年の論理に合致する。
そのため、北京が今回、台湾のウェブサイトを強く批判したことは、両岸の情報戦における責任を民進党政権に帰す一方で、ワシントンとの新たな非難合戦を避ける狙いもあるとみられる。
前出の学者は、「台湾が設置したこの窓口の意味は、単に台湾が中国情報を集めるということだけではない。現在、台湾海峡をめぐる情報活動は、より公開され、メディア化されつつある。本来は隠密に行われる情報活動が、ウェブサイト、安全指針、公共的な語りへと変わりつつある」と指摘する。
ただし、この窓口が最終的にどれだけ実質的な情報をもたらすかは、なお時間をかけて見極める必要があるという。
心理戦と情報収集が並行 両岸情報戦は新段階へ 台湾国安局の今回の動きは、単独の出来事ではない。
米CIAは昨年、SNSを通じて中国語の動画を公開し、中国の官員に情報提供を呼びかけた。一方、中国政府も一昨年、「台湾独立通報」メールボックスを設置し、「台湾独立派による迫害」に関する情報の通報を市民に促した。
双方は、それぞれの社会や体制に不満を抱く市民や関係者を、情報収集の入り口として利用している。ただし、現時点で実際の効果がどれほどあるかは、必ずしも明確ではない。
インターネット時代において、情報源はもはや伝統的な工作員や秘密接触に限られない。SNS、匿名通信アプリ、VPN、オープンソース・インテリジェンス(OSINT)などが、情報活動と結びつくようになっている。
米CIAが連絡窓口を設置して以降、中国の公職者から提供された情報の内容が米側から公表されたという話は、これまで伝わっていない。写真は米中央情報局(CIA)本部。(写真/AP通信提供) CIAが連絡窓口を設置して以降、中国の公職者から提供された情報の内容を米側が公表したという話は、これまで伝わっていない。また、中国による情報収集活動への警戒が強い欧州でも、現地の一部華人の間では見方が分かれている。
イタリアのテクノロジー企業に勤務する李氏は、取材に対し、「台湾の窓口が実際にどれほどの情報を得られるかはまだ分からない。最大の価値は、心理的な抑止にあるのではないか」と語った。
李氏は、こうした窓口が中国の意思決定者に一定の警戒感を抱かせ、内部運営のコストを高める効果があるとみる。一方で、中国側の反制が過度に高圧的になれば、かえって「足による投票」、つまり海外への移動や、匿名での情報提供を誘発する可能性もあると指摘した。
欧州でも強まる中国スパイ活動への警戒 少し前には、チェコ当局が中国共産党系メディア『光明日報』の元駐在記者を逮捕した。中国側はこの件について、これまで説明を行っていない。この事件は、東欧や北欧地域で中国のスパイ活動への警戒を高める契機になった。
鹿氏は取材に対し、「民主主義社会が真に注視すべきなのは、権威主義国家による浸透をどう防ぐかだ。ただし、そのために開かれた社会が個人に対して持つ信頼や保護を犠牲にしてはならない」と語った。
中国が今後、何らかの反制に出ることは予想される。ただし、その効果は、台湾側が情報提供者の身元保護と情報検証の仕組みをどれだけ厳格に整えられるかに左右される。
米台協力が深まる中、台湾海峡の情報領域をめぐる北京の「選択的な怒り」は、一時的な反応ではなく、今後も常態化していく可能性がある。