米国防総省はこのほど、「中国軍事関連企業」リストを大幅に拡大し、アリババ(阿里巴巴)、百度(バイドゥ)、BYDなどの中国を代表するテクノロジー・製造大手を新たに加えた。対象企業は計188社に達した。
今回の措置は、米政府が中国の「軍民融合」戦略に強い警戒感を抱いていることを改めて示すものだ。同時に、米中首脳会談後に生まれた一時的な緊張緩和ムードに、再び大きな揺さぶりをかけている。
中国側は直ちに反発した。中国商務省は、米国が国家安全保障の概念を乱用し、世界の産業チェーンとサプライチェーンを損なっていると批判。必要な対抗措置を取ると警告した。
この応酬は、米中関係において安全保障分野の「協力なき安定」が常態化しつつあることを示している。すなわち、双方は衝突を避けるための対話を維持しながらも、安全保障や先端技術をめぐる根本的な協力や妥協は期待していない。
半導体輸出規制、対中投資制限、そして今回の「軍事関連企業」リストの拡大。テクノロジー、サプライチェーン、国家安全保障をめぐる米中の攻防は、もはや個別の政策摩擦ではない。米中関係の新たな構造的現実になりつつある。
安全保障分野では安定した非協力、非安全保障分野では限定的な協力。この二重構造が、今後の米中関係の基本形となりつつある。かつて期待された「建設的な戦略的安定」は、ますます実現が難しくなっている。
国防総省リストが拡大 軍需企業から民間テック大手へ 米国防総省が2026年6月8日に更新した、国防権限法1260H条に基づく「中国軍事関連企業」リストには、今回新たに数十社が追加された。
対象には、電子商取引大手のアリババ、検索エンジン大手の百度、電気自動車(EV)大手のBYDのほか、薬明康徳(ウーシー・アップテック)、宇樹科技(Unitree Robotics)、長江存儲科技(YMTC)などが含まれる。AI、新エネルギー、バイオ医薬品、ロボティクス、半導体など、中国の先端産業を代表する企業が並んだ。
米国側は、これらの企業が中国の「軍民融合」戦略を通じて、国防産業基盤の強化に関与しているとみている。リスト入りは直ちに全面的な制裁を意味するものではないが、米国防総省との直接・間接の取引が制限される可能性があるほか、米企業や投資家にとってはコンプライアンス上のリスクが高まる。
百度(バイドゥ)はイベントを開き、生成AI「文心一言」の最新モデルを発表した。(写真/AP通信提供) 従来、この種のリストは伝統的な軍需産業や航空宇宙関連企業が中心だった。だが今回は、消費者向けサービスを展開する民間テック企業にまで対象が広がった。
アリババと百度はいずれも声明を発表し、リスト入りには「全く根拠がない 」と反発した。両社は、自社が軍事企業ではないと強調し、権益を守るために法的措置を取る考えを示している。BYDなど他の企業も、同様の圧力に直面している。
影響は企業の評判や国際的な資金調達にとどまらない。半導体、EV用電池、新エネルギーなどの分野では、中国企業がすでに世界のサプライチェーンに深く組み込まれている。今回の措置は、世界的な供給網の安定にも波及する可能性がある。
中国商務省の報道官は、米国が事実と市場ルールを無視し、国家安全保障の概念を乱用していると批判した。経済、貿易、科学技術の問題を政治化し、道具化し、武器化しているとの主張だ。
報道官は、こうした行為は中国企業の合法的権益を損なうだけでなく、世界の産業チェーンとサプライチェーンの安定を破壊するものだと指摘した。その上で、米国に対し誤った措置を直ちに是正し、中国企業への抑圧を停止するよう求めた。米国が方針を改めない場合、中国は必要な措置を取り、中国企業の正当な利益を断固として守るとしている。
注目されるのは、中国側が今回も「断固たる対抗措置」という表現を用いたことだ。この表現は、近年の米国による対中技術規制への中国側の反応として、ほぼ定型化している。反外国制裁法や「信頼できない実体リスト」など、中国は米国の制裁や規制に対抗するための独自の手段を整えつつある。
「デカップリング」から「デリスキング」へ 米国が引き直す安全保障の境界線 トランプ政権期に強調されたのは、中国との全面的な「デカップリング」、つまり切り離しだった。だが近年、米国はより頻繁に「デリスキング」という言葉を使うようになっている。
デリスキングとは、中国経済との関係を全面的に断つことではない。人工知能、半導体、量子コンピューティング、先端製造、バイオテクノロジーといった重要分野で、米国の対中依存を下げると同時に、中国が軍事バランスを変え得る技術資源を獲得することを防ぐという発想である。
言い換えれば、米国は米中経済関係の必要性そのものを否定しているわけではない。むしろ、どこまでを通常の商業協力とし、どこからを国家安全保障上の問題とみなすのか、その境界線を引き直している。
当初、米国の規制や監視の焦点は、華為技術(ファーウェイ)や中芯国際集成電路製造(SMIC)といった一部企業に限られていた。だが現在では、アリババや百度のようなプラットフォーム型企業も監視対象に含まれつつある。
これは、米国側が「軍民融合」とみなす範囲を広げていることを意味する。膨大なデータ、AI開発能力、クラウド基盤を持つ企業は、いずれも国家安全保障上の審査対象になり得る。企業経営の不確実性は高まり、グローバル投資家にとっても将来の政策リスクを見極めにくくなっている。
しかし現実を見る限り、こうしたガードレールは戦略的な相互信頼の回復というより、危機管理の枠組みに近い。台湾、南シナ海、サイバー安全保障、先端技術、軍民融合といった安全保障上の課題をめぐり、双方の相互信頼は低下し続けている。
エヌビディアは宇樹科技(Unitree Robotics)と協力し、次世代ヒューマノイドロボットのリファレンスデザイン「H2+」を発表した。同システムは「Isaac GR00T」とも呼ばれ、世界のヒューマノイドロボット産業の革新加速を目指す。(写真/エヌビディア公式サイトより) 米中はすでに、安全保障分野で「安定した非協力」とも呼べる状態に入っている。双方は根本的な妥協を期待しておらず、長期的な競争関係を前提に、制度化された対話を通じてリスクを管理しようとしている。軍同士の連絡ルートの維持、高官レベルの接触再開、誤算による緊張のエスカレーション防止などがその例である。
一方、気候変動、金融安定、越境犯罪、公衆衛生、農産物貿易といった非安全保障分野では、双方はなお限定的な協力を続けざるを得ない。
安全保障では互いに警戒し、経済では部分的に依存する。これは冷戦期の全面対立とも、グローバル化全盛期の深い融合とも異なる。米中関係は、競争と共存が同時に進む「競争的共存」の段階に入っている。
「安定した非協力」と「限定的協力」 戦略的安定は遠のく 現在の米中関係には、明確な分岐がある。安全保障とハイテク分野では「安定した非協力」が続き、経済、貿易、気候変動などの非安全保障分野では「限定的協力」が模索されている。
だが、建設的な戦略的安定を本当に根付かせることは難しい。今回の米国防総省の措置は、トランプ政権下で行われた米中首脳会談の直後に打ち出された。安全保障上の競争が、依然として両国関係を左右する主な論理であることを示している。
中国側は「軍民融合」を正常な発展戦略だと位置づけている。一方、米国はそれを体系的な脅威とみなす。双方の認識の隔たりは大きく、相互信頼の基盤は脆弱なままだ。
台湾は、この米中競争の最前線に置かれており、その波及効果を最も直接的に受ける立場にある。米国は台湾への武器売却や安全保障協力を強化する一方、中国ハイテク企業への規制網を広げている。これは台湾海峡における抑止力を間接的に高める可能性があるが、同時に地域の緊張をさらに高める恐れもある。
米国は、中国の軍事力が急速に高まり、アジア太平洋地域のパワーバランスを変えることを懸念している。中国側は、米国が同盟網、技術封鎖、ルール形成を通じて中国の発展を抑え込もうとしていると受け止めている。
このような状況では、どのような技術的進展も安全保障上の意味を帯びる可能性がある。どのような商業協力も、潜在的なリスクとみなされ得る。特にAI、ビッグデータ、クラウドコンピューティングといった新興技術は、そもそも軍民両用、いわゆるデュアルユースの性格を持つ。
アリババや百度は民間企業であると同時に、中国のデジタル経済インフラを支える重要な存在でもある。米国は、これらの企業が持つ技術やデータ基盤が、中国の軍事能力強化に利用される可能性を警戒している。
これに対し中国側は、米国が国家安全保障を名目に中国企業を締め付け、競争相手を抑え込み、自国の技術覇権を維持しようとしているとみている。
米中関係のイメージ。北京の人民大会堂と、広場に掲げられた米国旗。(写真/AP通信提供)
長期的な見直しを迫られるグローバルサプライチェーン この米中の攻防は、両国だけの問題ではない。グローバル市場全体に影響を及ぼす。
多国籍企業は今後も、「コンプライアンスの二重化」という難題に直面し続けることになる。米国の規制に従いながら、中国市場のルールにも対応しなければならない。サプライチェーンの効率を維持しつつ、地政学リスクも分散させる必要がある。
一部の産業では、東南アジア、インド、メキシコなどへの生産拠点の移転が加速する可能性がある。しかし、中国が持つ厚みのある製造業基盤と巨大な消費市場の魅力は、短期間で完全に代替できるものではない。
中国政府が今回、「中国軍事関連企業」リストに対して強硬な警告を発したことは、米国による対中技術規制の強化への反発である。同時に、米中関係が深い構造転換のただ中にあることを映し出している。
今後しばらく、米中が「競争より協力」の時代へ戻ることは難しいだろう。
一方で、両国は全面対立の代償にも耐えられない。したがって、米中関係の現実的な方向性は、全面的な相互信頼の再構築ではなく、競争の中で限定的な協力を探り、対立の中でも必要な意思疎通を維持することにある。
これは緊張をはらんだ均衡である。安全保障では「安定した非協力」、経済・貿易では「限定的協力」を維持する。米中関係の新たな常態は、まさにこの不安定なバランスの上に成り立っている。