政治の言葉では語り尽くせない歷史の複雑さを、白球を追う人々の情熱が鮮やかに描き出す。野島剛氏の最新作『野球與棒球』は、日本統治時代に根を下ろした「野球(YAKYU)」が、戦後の荒波を経ていかにして台湾社会の記憶「棒球(BASEBALL)」へと進化したのかを辿る物語である。
嘉義農林(KANO)の甲子園伝説から王貞治、そして日本で活躍する台湾人選手たちの栄光と挫折。点在していた物語を一筋の脈絡として繋ぎ、2024年の劇的な勝利へと導いた「絆」の正体を、著者は優美かつ真摯な筆致で解き明かしていく。
「指導」から「水平的な共鳴」へ 野球留学の新たな形
解析をより完璧なものにするため、本書の最終章と後記では、深層構造に関わる重要な論点が提示されている。まず挙げられるのが、国境を越えた野球留学と相互の救済である。日台の野球関係はもはや一方的な指導ではなく、「水平的な相互作用」へと変化している。
かつて台湾プロ野球で挫折を味わうも、そこで人生の新たな方向性を見出した日本人投手の芝草宇宙は、日本へ帰国した後、積極的に台湾の学生を日本へ招いている。同時に、「追夢工程(ACEプログラム)」といった組織的なルートを通じ、甲子園の夢を追って日本へ渡る台湾の高校生がますます増えている。これは、日台が野球を通じて、互いにとっての「再生の地」となる緊密な繋がりを形成していることを証明している。
百年の血脈 太巴塱(タパロン)と「伊藤先生」の遺產
著者はまた、花蓮・太巴塱における原住民の百年にも及ぶ伝承に光を当てる。引退した名選手・周思齊の野球の原点は、百年前の「能高団」メンバーであり、日本の平安中学で活躍した「伊藤先生(ロオサワイ)」に遡る。
政権交代を経験し、四度の改名を余儀なくされた原住民の先人が遺した野球のDNA。時代や統治者を超越したこの伝承こそが、台湾の人口のわずか2%にすぎない原住民が、運命を覆すべくプロ野球界で圧倒的な勢力を形成できた理由を説明している。
2013年 WBC 劣等感から「対等な敬意」への特異点
2024年の台湾優勝の伏線は、2013年のWBC日台戦にあると著者は説く。台湾は敗北を喫したものの、試合後に選手たちがマウンドを囲んで観客に深くお辞儀をしたあの瞬間。著者はそれを、日台野球が勝敗を超越した「共同体」へと昇華した特異点と見なしている。その相互の敬意こそが、台湾が長年抱いていた日本野球への劣等感を解き放ち、対等な立場に立つための心理的基盤を築いたのである。
閉ざされることのない日台交流の輪、未来へと伸びる螺旋
野島氏は後記において、あえて「判断の保留」を行っている。十年に及ぶ取材を経て、なぜ日台の野球がこれほどまでに緊密なのかを説明する単一の答えは見つからなかった、と。
しかし、明確な答えがないからこそ、この関係は輪のように閉じたものではなく、螺旋のように未来へと伸び続ける。教育や自己研鑽としての「野球」と、遊戯や娯楽としての「棒球」は、対立するものではなく、混ざり合いながら新たなアジアのベースボールの形を紡ぎ出している。
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(関連記事: 【書評】野島剛『野球與棒球』(中)――「第三の視点」で読み解く日台野球の百年 | 関連記事をもっと読む )編集:小田菜々香

















































