東京農工大学大学院農学研究院の小池伸介教授は、公益財団法人フォーリン・プレスセンター(FPCJ)が主催したオンライン記者会見で「クマはなぜ人の生活圏に現れるのか―変わる自然環境と地域社会」をテーマに登壇し、近年急増するクマの出没と人身被害の背景について解説した。
小池教授は、2025年度に記録された過去最悪の被害について、木の実の不作という短期的な要因だけでなく、農山村の過疎高齢化や耕作放棄地の増加に伴う生息域の拡大という40年から50年にわたる社会構造の変化が本質的な原因であると指摘した。
その上で、人とクマの住み分けを図るゾーニングの確立や自治体職員の専門性向上を推進し、5年から10年単位の長期的な視点で対策を継続する必要性を強調した。
クマによる人身被害が過去最多、木の実の不作が引き金に
小池教授によると、本州や四国に生息するツキノワグマによる人身被害は増加傾向にあり、2025年は接触による死傷者数が232人、死者数が少なくとも11人に達して過去最多となった。また、有害鳥獣としての許可捕獲数も1万2000頭を超え、過去最高を記録した。
この大量出没の直接的な引き金となったのは、東北地方などで秋の主食となるブナ科のどんぐり類が広範囲かつ複数種で凶作となったことである。なお、地球温暖化の影響を指摘する見方もあるが、どんぐりの豊凶周期は自然現象であり、現時点で因果関係は科学的に解明されていないとして温暖化原因説を退けた。
さらに小池教授は、出没が常態化する背景としてクマの分布域拡大と生息数の増加を挙げた。国の調査では、過去約40年間でヒグマとツキノワグマの双方で生息域が約2倍に広がっている。
かつて奥山と人里の間で緩衝地帯となっていた里山から人が撤退し、都市集中や過疎高齢化に伴い耕作放棄地が増加して森へ戻ったことが、野生動物の生息域拡大を促した。あわせて、高齢化した集落で収穫されずに残されたカキやクリがクマを引き寄せる強力な要因となっている。
こうした農山村の構造変化は日本全国で進行しており、小池教授は「どこかでどんぐりの大きな凶作が起きれば、日本中どこでも大量出没が起きうる状況がすでに出来上がっている」と警鐘を鳴らした。
人とクマの住み分けへ、長期的な対策と人材育成が課題
今後の対策として小池教授は、政府の対策パッケージや工程表を踏まえ、人の生活圏とクマの生息地を分ける「ゾーニング対策」と「行政職員の専門知識の向上」が核心になると論じた。
ゾーニングの確立には、生活圏に出てくる前の集落周辺での計画的な捕獲に加え、集落裏のヤブの刈り払いや放置果樹の撤去といった環境整備を進め、人里をクマにとって居心地が悪くメリットのない空間にする必要がある。
また、野生動物管理を担当する都道府県職員のうち専門知識を持つ者はわずか5.4%にとどまり、数年ごとの人事異動が長期的な対策立案の足かせになっている現状を指摘した。東京農工大が拠点校となって運用するオンデマンド教育プログラム「コア・カリキュラム」を通じて大学側の人材育成体制が整いつつあるとし、各自治体における専門職ポストの創設と採用拡大を求めた。
質疑応答において小池教授は、世界的にアジアクロクマ(ツキノワグマ)が生息地破壊や密猟により減少している中、日本は唯一生息数と分布域が急速に拡大している特異な国であると解説した。
ヒグマとツキノワグマの危険性の違いについては、事故時の死亡率はヒグマが高い一方、ツキノワグマは事故件数が多く重症化する確率が極めて高いという特徴を挙げた。また、人身事故の分析から、山林や生息地に入る際はクマ鈴やラジオを適切に身につけて存在を知らせることがリスク軽減に有効であると助言した。
小池教授は、40年から50年かけて出没しやすい環境が形成された以上、問題の解決にも同等の時間を要するとし、1、2年での即効性を期待するのではなく、社会全体で5年、10年を見据えた地道な取り組みを共有していくべきだと結んだ。
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編集:小田菜々香













































