イスラエルで10月27日、国会(クネセト)総選挙が行われる。2023年10月7日のイスラム組織ハマスによるイスラエルへの大規模攻撃以降、ガザ、レバノン、イランでの一連の戦争・武力衝突を経て、初めて行われる全国選挙となる。
米CNNや中東の衛星テレビ局アルジャジーラが引用した世論調査によると、ベンヤミン・ネタニヤフ首相率いる右派・宗教政党陣営と、元イスラエル軍参謀総長のガディ・アイゼンコット氏率いる野党陣営は、いずれも組閣に必要な61議席を単独で確保するのは難しい情勢だ。アラブ系政党の議席や、議席獲得の最低ラインぎりぎりにいる小政党の動向が、次期政権の枠組みを左右する可能性がある。
CNNとAP通信の分析では、どちらの陣営が勝利しても、イスラエルの対パレスチナ政策が根本的に転換する可能性は低いとみられている。
過半数61議席を巡る攻防
CNNによると、今回の選挙には計37の政党名簿が登録された。定数120の国会で議席を獲得するには、得票率3.25%の阻止条項(議席獲得の最低ライン)を超える必要があり、世論調査では11~13の政党がこの基準を満たすと予測されている。
イスラエルの民放「チャンネル12」の最新世論調査では、アイゼンコット氏率いるヤシャル党(Yashar)が23議席を獲得し、ネタニヤフ氏率いるリクードの21議席を上回る見通しとなった。一方、ネタニヤフ氏寄りの立場を取る「チャンネル14」の調査では、リクードが30議席、アイゼンコット氏側が約20議席と予測されている。
CNNによると、多くの世論調査では、リクードに加え、ベザレル・スモトリッチ財務相とイタマル・ベン・グヴィル氏がそれぞれ率いる極右政党、さらに超正統派2党からなるネタニヤフ氏の陣営が49~55議席を獲得すると予測されている。
アルジャジーラが引用した最近の世論調査では、野党陣営が52議席、ネタニヤフ氏陣営が50議席と予想された。英BBCによると、イスラエルの選挙法に基づき10月23日に公表された最後の世論調査でも、両陣営はほぼ拮抗している。
野党陣営は一見まとまっているように見えるが、実際には政治的立場が大きく異なる。CNNによると、アイゼンコット氏の右派側にはナフタリ・ベネット元首相やアビグドール・リーベルマン元国防相の勢力があり、左派側にはヤイル・ゴラン氏率いる民主党がある。ベネット氏とリーベルマン氏はいずれもアイゼンコット氏支持を表明しておらず、それぞれ首相の座を目指している。
AP通信は、アイゼンコット氏がネタニヤフ政権には加わらないと明言している一方、政治家が選挙前の約束を翻すことは珍しくないとも指摘している。
アラブ系政党と阻止条項ぎりぎりの小政党
アラブ系市民はイスラエル人口の約20%を占める。アルジャジーラによると、アラブ系の「共同リスト」と「ラアム党(Ra'am)」の2党は、合わせて約13議席を獲得すると予測されている。
ラアム党のマンスール・アッバース党首は、野党陣営が議席を必要とする場合、再び連立政権に参加する用意があると表明している。共同リストは、政府への信任投票で反対票を投じない形で支えることは可能だとする一方、パレスチナ国家樹立への道筋や組織犯罪対策などを条件として求めるとしている。
しかし、AP通信によると、ネタニヤフ氏の盟友やアイゼンコット氏陣営のメンバーはいずれも、アラブ系政党と連立政権を組まないとの立場を示している。
BBCは、一つの政党を除き、イスラエルのユダヤ系野党がアラブ系2党との協力を拒否していると指摘。ネタニヤフ氏は、野党陣営がアラブ系政党と連携する可能性を取り上げ、対立候補は安全保障面で弱腰だと攻撃する材料にしている。
CNNによると、2022年総選挙のアラブ系有権者の投票率は53.2%で、全国では70.6%だった。世論調査機関は今回、アラブ系有権者の投票率が60%を超えると予想している。投票総数が増えれば、3.25%の阻止条項を突破するために必要な実際の得票数も増えるため、小政党にはより厳しい状況となる。
ネタニヤフ氏の陣営でも、スモトリッチ氏率いる宗教シオニズム党や、退役将官オフェル・ウィンター氏が新たに設立した右派政党が阻止条項を下回る可能性がある。予備役や経済問題を訴える別の新党も、世論調査では3.25%のライン付近に位置している。
CNNによると、約730万人の有権者のうち11%を超える約81万人が国外に住んでいる。イスラエルでは外交官などを除いて海外投票が認められていない。BBCによると、約7万人が投票のため帰国したと報じられている。
選挙後の情勢を巡り、アルジャジーラは8つの可能性を挙げている。その中には、ネタニヤフ氏による再組閣、野党主導の多数派政権、ラアム党を含む連立政権、少数政権、挙国一致政権、首相の輪番制、再選挙などが含まれる。
AP通信によると、誰も多数派を形成できなければ、ネタニヤフ政権は新政権が発足するまで暫定政権として存続する。
アイザック・ヘルツォグ大統領は米メディアに対し、選挙後に誰に組閣を要請するかを判断する際、トランプ米大統領から圧力を受けても屈しないとの考えを示している。
連立交渉には数日から数週間を要する可能性があり、組閣が成立しなければ再選挙に至ることもある。CNNによると、誰が次期政権を担うかが数週間にわたって決まらない可能性もある。
イスラエル有権者が重視する争点とは
有権者が重視する争点には、両陣営で大きな違いがある。
CNNが引用したチャンネル12の最新世論調査によると、イスラエル人の21%が経済と生活費を最優先課題として挙げ、超正統派の兵役問題の17%、2023年10月7日の攻撃を防げなかった責任を巡る問題の14%、対イラン戦争の10%を上回った。
ネタニヤフ氏陣営の有権者は対イラン戦争を最も重視し、21%に上った。一方、野党陣営では、10月7日の攻撃を巡る責任問題が28%で最も多かった。
AP通信がイスラエル民主主義研究所の調査を引用したところによると、ユダヤ系イスラエル人の約68%が、10月7日の攻撃への姿勢を投票先を決める重要な要因として挙げた。一方、アラブ系市民では32%にとどまり、多くが犯罪問題を主要な課題に挙げている。
徴兵を巡る問題は、選挙の争点であると同時に連立交渉を左右する政治的なカードでもある。
CNNによると、イスラエル軍は1万2000人以上の人員が不足していると説明しており、野党各党は超正統派を含めた兵役負担の公平化を公約に掲げている。アイゼンコット氏は、超正統派ユダヤ教徒にも兵役義務を適用するとの裁判所判断を履行すると約束している。
AP通信は、イスラエル民主主義研究所のヨハナン・プレスナー所長の話として、兵役免除問題は反ネタニヤフ陣営にとって「最大の争点になる可能性が高い」と報じた。ネタニヤフ氏の連立政権は長年にわたり、兵役免除を求める超正統派政党に依存してきた。
BBCによると、野党側は10月7日の攻撃を巡る失敗について調べる国家調査委員会の設置を公約しており、ある調査ではユダヤ系イスラエル人の70%以上が設置を支持している。一方、ネタニヤフ氏は最高裁が自身に偏見を持っているとして設置を拒否している。
ネタニヤフ氏の選挙スローガンについて、BBCは「降伏しない」と報じている。AP通信は別のスローガンとして「右派か、パレスチナか」を紹介しており、対立候補が政権を握ればパレスチナ国家が誕生するとの印象を与える内容となっている。
これに対し、アイゼンコット氏は、ネタニヤフ氏が提示しているのは「永遠の戦争」だと批判している。
ヘブロン封鎖と選挙後のヨルダン川西岸政策
選挙前最後の週末、ヨルダン川西岸最大の都市ヘブロンが選挙戦の焦点の一つとなった。
ヘブロン市当局が「ガーディアン」に語ったところによると、アイン・デイル・バハ(Ein Deir Baha)地区では370世帯、約2000人が家を追われた。AP通信が市当局の発表として報じたところでは、一連の作戦により2600人以上が避難を余儀なくされたという。
イスラエル軍によると、この作戦は週末に400カ所以上に及び、軍がハマスやイスラム聖戦と関係があるとするパレスチナ人40人を逮捕した。また、退避を希望する民間人については一時的な退避を認めたとしている。
一方、ヘブロンのユーセフ・ジャバリ市長は、この措置を「集団的懲罰」だと批判した。
ヨルダン川西岸のパレスチナ人には今回のイスラエル総選挙の投票権はないが、「ガーディアン」が指摘するように、その結果は彼らの生活にも大きな影響を及ぼす。
CNNによると、ネタニヤフ氏が現在の盟友とともに再び政権を担えば、スモトリッチ氏やベン・グヴィル氏が主張する入植地拡大やヨルダン川西岸全域の併合を目指す路線が継続し、さらに強まる可能性がある。
スモトリッチ氏はオスロ合意の破棄を求め、ベン・グヴィル氏は新政権で国防相ポストを求めるとしている。
一方、野党が政権を握った場合でも、実質的な政策変更よりも表現や姿勢の変化にとどまる可能性がある。アイゼンコット氏もネタニヤフ氏と同様、パレスチナ国家の樹立に反対している。
AP通信によると、アイゼンコット氏は、現在パレスチナ自治政府が管理するヨルダン川西岸の約40%について限定的な自治を認める一方、残る約60%では入植地の拡大を継続できるとの立場を示している。また、入植者による暴力について、軍と国境警察による取り締まりを強化すると約束している。
国際危機グループ(ICG)のイスラエル担当アナリスト、マイラヴ・ゾンシェイン氏はAP通信に対し、最良の場合でも、新政権に期待できるのは、過去4年近くにわたり占領地やイスラエル国内で急速に進んできた事態の悪化を緩和することだとの見方を示した。
外交的孤立とイランの影
CNNによると、ガザやレバノンでの戦闘、イランとの衝突、入植者による暴力事件の急増を受け、イスラエルの外交的な立場はここ数十年で最も厳しい状況にある。
ネタニヤフ氏には国際刑事裁判所(ICC)が逮捕状を出しており、その影響で多くの欧州諸国への訪問を避けている。
トランプ米大統領は選挙前にネタニヤフ氏への支持を表明した。一方、ピュー・リサーチ・センターが2026年3月に実施した調査では、米国の成人回答者の60%がイスラエルに否定的な見方を示した。
ネタニヤフ氏は選挙前、国際的な金融制裁を回避できる経済体制の構築を提案し、暗号資産(仮想通貨)やブロックチェーンの活用を検討する考えを示した。
これに対し、イスラエル中央銀行は異例の形で公に反論し、暗号資産は「制裁回避の手段にはなり得ない」と指摘した。アイゼンコット氏はこの構想を「ビビコイン(BibiCoin、ビビはネタニヤフ氏の愛称)」と皮肉った。
AP通信によると、ネタニヤフ氏は、イランまたはその代理勢力が投票を妨害する目的で選挙前に攻撃を仕掛ける可能性があると警告した。
CNNは米政府当局者とイスラエルの治安当局筋の話として、ネタニヤフ氏が選挙前にイランへの共同攻撃を行うようトランプ氏を説得しようとしたものの、トランプ氏が認めなかったと報じた。
一方、イスラエル・カッツ国防相はXで、イスラエルには選挙前にイランを攻撃する意図はないと述べている。
BBCは、野党陣営が投票が妨害される可能性に警戒を示す一方、人権団体はヨルダン川西岸で入植者による暴力が激化する恐れがあると警告していると報じた。
選挙後も政治的な不安定が続けば、イスラエルは民主主義と安全保障という二重の課題に直面する可能性がある。