第39回東京国際映画祭のガラ・セレクション部門に正式出品された映画『記憶ゼロ』(原題:Arrested Memory)が10月27日、東京・丸の内ピカデリー2で公式上映され、上映後に舞台あいさつと質疑応答(Q&A)が行われた。
舞台にはSABU監督をはじめ、出演者の堤真一、霧島れいか、台湾から来日したアキラ・ホァン(黄冠智)が登壇。満員の観客を前に、撮影の舞台裏や作品に込めた思いを語った。
SABU監督が約20年の構想を経て日台合作で完成させた映画『記憶ゼロ』が、東京国際映画祭で公式上映された。舞台あいさつでは、堤真一が初の台湾ロケで驚いたスマートフォンの翻訳機能や、盟友SABU監督ならではの擬音を交えた演出、台風直撃時の撮影秘話を披露。SABU監督も58バージョンに及んだ編集の舞台裏を明かすなど、豪華キャスト陣とともに作品の魅力を語った。(黄信維撮影) 客席には、台湾人プロデューサーのジャスティン・オーや、本作の編集を担当した台湾在住のフランス人編集技師マチュー・ラクロの姿もあり、紹介されると会場から大きな拍手が送られた。
本作はSABU監督にとって20作目の長編劇映画となる記念すべき作品で、全編を台湾で撮影した日台合作のノンストップ・エンターテインメントだ。
ある事件で受けたショックからストレス性の健忘症(記憶障害)を発症した敏腕刑事が、記憶が次第に薄れていく極限状態の中、直感だけを頼りに3億円の誘拐事件の犯人を追って奔走する姿を描く。
SABU監督が約20年の構想を経て日台合作で完成させた映画『記憶ゼロ』が、東京国際映画祭で公式上映された。舞台あいさつでは、堤真一が初の台湾ロケで驚いたスマートフォンの翻訳機能や、盟友SABU監督ならではの擬音を交えた演出、台風直撃時の撮影秘話を披露。SABU監督も58バージョンに及んだ編集の舞台裏を明かすなど、豪華キャスト陣とともに作品の魅力を語った。(黄信維撮影) 主人公の刑事を演じるのは、大ヒット作『モンガに散る』『我、邪で邪を制す』に主演した台湾の人気俳優イーサン・ルアン(阮經天)。さらに、堤真一、霧島れいか、台湾の人気女優ムーン・リー(李沐)、ベテラン女優シェ・インシュエン(謝盈萱)、アキラ・ホァンら、日台の実力派俳優陣が集結した。
SABU監督が約20年の構想を経て日台合作で完成させた映画『記憶ゼロ』が、東京国際映画祭で公式上映された。舞台あいさつでは、堤真一が初の台湾ロケで驚いたスマートフォンの翻訳機能や、盟友SABU監督ならではの擬音を交えた演出、台風直撃時の撮影秘話を披露。SABU監督も58バージョンに及んだ編集の舞台裏を明かすなど、豪華キャスト陣とともに作品の魅力を語った。(黄信維撮影)
ヴェネチア、トロントで高評価 金馬賞では日本人監督史上最多の11部門にノミネート 本作はすでに、第83回ヴェネチア国際映画祭のアウト・オブ・コンペティション部門でワールドプレミア上映され、1000人を超える観客から総立ちのスタンディングオベーションを受けた。
第51回トロント国際映画祭のミッドナイト・マッドネス部門では、全上映回のチケットが完売する盛況ぶりを見せ、観客賞の第2次席(第3位)を獲得。第9回ブリュッセル国際映画祭のコンペティション部門にも出品されるなど、海外の映画祭で高い評価を集めている。
SABU監督が約20年の構想を経て日台合作で完成させた映画『記憶ゼロ』が、東京国際映画祭で公式上映された。舞台あいさつでは、堤真一が初の台湾ロケで驚いたスマートフォンの翻訳機能や、盟友SABU監督ならではの擬音を交えた演出、台風直撃時の撮影秘話を披露。SABU監督も58バージョンに及んだ編集の舞台裏を明かすなど、豪華キャスト陣とともに作品の魅力を語った。(黄信維撮影) さらに、中国語圏のアカデミー賞とも称される第63回金馬賞では、作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、撮影賞、美術賞、衣装賞、アクション監督賞、編集賞、音響効果賞、オリジナル主題歌賞の計11部門にノミネートされた。日本人映画監督としては史上最多のノミネート数となった。
日本では東京テアトルの配給により、2027年初夏にテアトル新宿ほか全国で公開される予定だ。
SABU監督が約20年の構想を経て日台合作で完成させた映画『記憶ゼロ』が、東京国際映画祭で公式上映された。舞台あいさつでは、堤真一が初の台湾ロケで驚いたスマートフォンの翻訳機能や、盟友SABU監督ならではの擬音を交えた演出、台風直撃時の撮影秘話を披露。SABU監督も58バージョンに及んだ編集の舞台裏を明かすなど、豪華キャスト陣とともに作品の魅力を語った。(黄信維撮影) 1996年の長編監督デビュー作『弾丸ランナー』で映画初主演を務め、その後も『ポストマン・ブルース』『アンラッキー・モンキー』『MONDAY』『DRIVE』などSABU作品に数多く出演してきた堤真一。本作では、息子を誘拐された裕福な日本人ビジネスマンの父親役を演じている。
堤は「ほんのわずかしか出ていないが、久しぶりにSABU監督の仕事を楽しめた。出来上がりを見て、監督としての大きな成長を感じたし、素晴らしい映像だった。現地のスタッフも素晴らしく、一人でも多くの方に見ていただきたい」と作品を絶賛した。
SABU監督が約20年の構想を経て日台合作で完成させた映画『記憶ゼロ』が、東京国際映画祭で公式上映された。舞台あいさつでは、堤真一が初の台湾ロケで驚いたスマートフォンの翻訳機能や、盟友SABU監督ならではの擬音を交えた演出、台風直撃時の撮影秘話を披露。SABU監督も58バージョンに及んだ編集の舞台裏を明かすなど、豪華キャスト陣とともに作品の魅力を語った。(黄信維撮影) クールな母親役を演じた霧島れいかも「日本の皆様に見ていただける今日という日を本当に楽しみにしていた。いかがでしたでしょうか」と笑顔で客席に呼びかけた。
また、物語の鍵を握る薬物中毒者ルーク役を演じたアキラ・ホァンは、流暢な日本語を交えながら「東京国際映画祭に参加させていただけて光栄です。『記憶ゼロ』でルーク役を演じました。今日見に来てくださってありがとうございます。気に入っていただけたら嬉しいです」とあいさつした。
SABU監督が約20年の構想を経て日台合作で完成させた映画『記憶ゼロ』が、東京国際映画祭で公式上映された。舞台あいさつでは、堤真一が初の台湾ロケで驚いたスマートフォンの翻訳機能や、盟友SABU監督ならではの擬音を交えた演出、台風直撃時の撮影秘話を披露。SABU監督も58バージョンに及んだ編集の舞台裏を明かすなど、豪華キャスト陣とともに作品の魅力を語った。(黄信維撮影)
SABU監督が明かす20年越しの映画化 ドイツ、韓国、米国を経て台湾で実現 20年以上前に始まった企画が台湾で映画化されるに至った経緯を問われたSABU監督は、紆余曲折を経た製作の歩みを詳しく振り返った。
2007年に文化庁の派遣でドイツへ留学した際、SABU監督は本作の脚本を携え、現地の映画会社パンドラ・フィルムの著名プロデューサーらと映画化に向けて動き出した。しかし、半年以上が経過しても進展が見られず、いったん企画を引き上げたという。
SABU監督が約20年の構想を経て日台合作で完成させた映画『記憶ゼロ』が、東京国際映画祭で公式上映された。舞台あいさつでは、堤真一が初の台湾ロケで驚いたスマートフォンの翻訳機能や、盟友SABU監督ならではの擬音を交えた演出、台風直撃時の撮影秘話を披露。SABU監督も58バージョンに及んだ編集の舞台裏を明かすなど、豪華キャスト陣とともに作品の魅力を語った。(黄信維撮影) その後、ソウルのフィルムコミッションに招かれ、現地プロデューサーらと1年以上にわたって企画を進めたものの実現には至らなかった。
さらに、ニューヨークで進めた企画も断念。東京ではプロデューサーの内山氏とともに映画化を目指したが、こちらも難航し、最終的に台湾での製作が実現した。
SABU監督は「およそ1年に1本のペースで映画を撮るのが自分のスタイル。それ以上長く停滞している企画を抱え続けるよりはと一度引き上げてきたが、最終的に台湾で実現でき、結果として最高の形で完成させることができた」と語った。
SABU監督が約20年の構想を経て日台合作で完成させた映画『記憶ゼロ』が、東京国際映画祭で公式上映された。舞台あいさつでは、堤真一が初の台湾ロケで驚いたスマートフォンの翻訳機能や、盟友SABU監督ならではの擬音を交えた演出、台風直撃時の撮影秘話を披露。SABU監督も58バージョンに及んだ編集の舞台裏を明かすなど、豪華キャスト陣とともに作品の魅力を語った。(黄信維撮影)
20年前の脚本を現代に合わせて改訂 台湾の街並みが物語にマッチ 時代の変化に伴う脚本の大幅な改訂や、台湾を舞台に選んだ魅力についても語られた。
SABU監督は「20年前に書いた当時はビデオテープを巻き戻すといった描写があったが、現代では状況が全く異なる。現在は街中に防犯カメラがあり、携帯電話やスマートフォンなどの発達ですぐに居場所が見つかってしまう時代背景を反映させ、設定を現代に合わせて書き換えた」と説明した。
その上で「台湾という場所はノスタルジックな風景と近代的な都市景観が見事に同居しており、今回の脚本と抜群にマッチして素晴らしい効果を生み出してくれた」と、台湾の街並みが作品にもたらした効果を語った。
SABU監督が約20年の構想を経て日台合作で完成させた映画『記憶ゼロ』が、東京国際映画祭で公式上映された。舞台あいさつでは、堤真一が初の台湾ロケで驚いたスマートフォンの翻訳機能や、盟友SABU監督ならではの擬音を交えた演出、台風直撃時の撮影秘話を披露。SABU監督も58バージョンに及んだ編集の舞台裏を明かすなど、豪華キャスト陣とともに作品の魅力を語った。(黄信維撮影) 「20年前に書いた初期稿では単なる暴力的な刑事だった。しかし記憶が次第に失われていく中で、身体が自然に動くという身体表現として柔道を取り入れた。芸術性もあり、頭で物事を忘れていても体が技を覚えているという表現が非常に分かりやすかった」と説明した。
また、イーサン・ルアンが撮影前に約3カ月間にわたって徹底した柔道トレーニングを積み、撮影に臨んだことも明かした。
SABU監督が約20年の構想を経て日台合作で完成させた映画『記憶ゼロ』が、東京国際映画祭で公式上映された。舞台あいさつでは、堤真一が初の台湾ロケで驚いたスマートフォンの翻訳機能や、盟友SABU監督ならではの擬音を交えた演出、台風直撃時の撮影秘話を披露。SABU監督も58バージョンに及んだ編集の舞台裏を明かすなど、豪華キャスト陣とともに作品の魅力を語った。(黄信維撮影)
堤真一が初の台湾ロケを振り返る SABU監督の変わらぬ「擬音演出」に会場爆笑 初めて台湾でロケに臨んだ堤真一は、撮影期間が4~5日ほどだったと振り返った。
「日本と違って役者もスタッフもみんな友達のようにフレンドリーで、師弟関係のような上下関係を感じさせず、非常に建設的でこんな現場はいいなと感じた。現場には若いスタッフが多く、前評判では9割が女性だと聞いていた通り女性や若いスタッフが非常に活躍していた」と、現地スタッフの活気を称賛した。
海外での映画撮影自体も初めてだったという堤だが、「海外ロケは初めてだったのに、いざ始まるとSABUの演出は相変わらず『ガーン』といった擬音ばかり。どこへ行っても演出スタイルが変わらないので、まったく新しい違う環境でやっているという感覚がなかった」と明かし、会場を大きな笑いに包んだ。
SABU監督が約20年の構想を経て日台合作で完成させた映画『記憶ゼロ』が、東京国際映画祭で公式上映された。舞台あいさつでは、堤真一が初の台湾ロケで驚いたスマートフォンの翻訳機能や、盟友SABU監督ならではの擬音を交えた演出、台風直撃時の撮影秘話を披露。SABU監督も58バージョンに及んだ編集の舞台裏を明かすなど、豪華キャスト陣とともに作品の魅力を語った。(黄信維撮影) さらに、台湾滞在中に訪れた飲食店での出来事についても熱弁を振るった。
「古びた定食屋に入った際、漢字が難しすぎてメニューが全く分からなかった。ところがスマートフォンのアプリをかざしてペッと使ったところ、画面のメニューが一瞬で全部日本語になった。ぶったまげました。しかも料理も本当においしかった」と、翻訳アプリの性能に驚いた体験を振り返った。
すると、すかさずSABU監督から「映画の話を……」とツッコミが入り、会場を沸かせる一幕もあった。
SABU監督が約20年の構想を経て日台合作で完成させた映画『記憶ゼロ』が、東京国際映画祭で公式上映された。舞台あいさつでは、堤真一が初の台湾ロケで驚いたスマートフォンの翻訳機能や、盟友SABU監督ならではの擬音を交えた演出、台風直撃時の撮影秘話を披露。SABU監督も58バージョンに及んだ編集の舞台裏を明かすなど、豪華キャスト陣とともに作品の魅力を語った。(黄信維撮影)
台湾ロケでは大型台風にも遭遇 堤真一が語る撮影現場の舞台裏 ロケ期間中には、大型台風が直撃するトラブルにも見舞われたという。
堤は「室内で別荘風の住宅シーンを撮影していたが、窓の外の風景はどう見ても台風の荒天そのもので、撮り直しになった場面もあった。台湾は日本よりも強い台風が来る時期があるため大変だったが、幸い帰国が遅れるようなこともなくスケジュールをうまくかわすことができた」と振り返った。
SABU監督が約20年の構想を経て日台合作で完成させた映画『記憶ゼロ』が、東京国際映画祭で公式上映された。舞台あいさつでは、堤真一が初の台湾ロケで驚いたスマートフォンの翻訳機能や、盟友SABU監督ならではの擬音を交えた演出、台風直撃時の撮影秘話を披露。SABU監督も58バージョンに及んだ編集の舞台裏を明かすなど、豪華キャスト陣とともに作品の魅力を語った。(黄信維撮影) 台湾ロケが初めてだった霧島れいかも、現地の温かさに触れた。
「台湾の良さや皆さんの温かさを肌で感じ、とても親しみを持つようになった。直前に開催された高雄映画祭が台湾プレミアだったと聞いたが、現地も明るくアットホームに盛り上がったと聞いている」と語った。
さらに、撮影中に最も心が躍った瞬間を問われると、「普段演じる役は物静かな役や良いお母さん、あるいは少し病んでいる役が多いのだが、今作で銃を持った瞬間が一番わくわくした」と意外な一面を明かし、客席を沸かせた。
映画『記憶ゼロ』。©2026 LHB FILMS & FOURIER FILMS
台湾俳優アキラ・ホァン、薬物中毒者役への徹底した役作りを語る 一方、薬物中毒者のルークという難役を熱演したアキラ・ホァンは、役作りの過程について詳しく語った。
また、自身の「アキラ」という芸名については、約3年前に出演した台湾ドラマで演じた役の名前が、そのまま定着したというエピソードも披露した。
映画『記憶ゼロ』。©2026 LHB FILMS & FOURIER FILMS
編集は58バージョンに及ぶ SABU監督が明かす台湾製作チームとの試行錯誤 観客との質疑応答では、本作の小気味よいスピード感を生み出した編集へのこだわりについても明かされた。
SABU監督は「台湾のプロデューサー陣が非常に積極的に意見を出してくれた。編集は今年1月から8月にかけて行われ、3月にヴェネチア国際映画祭への出品が決まった後も公開直前まで改訂を重ね、最終的に58ものバージョンを制作した。編集の力が非常に強く活きた作品になった」と語った。
細部まで妥協せずに作品を作り上げてきた姿勢を示し、舞台あいさつを締めくくった。
映画『記憶ゼロ』。©2026 LHB FILMS & FOURIER FILMS ©2026 LHB FILMS & FOURIER FILMS