公益財団法人フォーリン・プレスセンター(FPCJ)が主催するオンラインプレスブリーフィングにおいて、日本大学危機管理学部の小谷賢教授が「国家情報局の発足―日本のインテリジェンス改革は何を変えるのか」をテーマに講演を行った。
ブリーフィングの司会は同センター広報企画課の深澤氏が務め、通訳はサイマル・インターナショナルの池田香織氏が担当した。小谷教授は冒頭、今回の報告内容は日本政府の公式見解ではなく、研究者個人の見解に基づくものであると前置きした。
国家情報会議と国家情報局の新設で情報体制を強化
日本の安全保障および情報体制は2026年7月に大きな転換点を迎えた。2013年に創設された国家安全保障会議(NSC)に並行する形で、今年7月に「国家情報会議(NIC)」が新たに法律に基づき創設され、内閣官房が同会議を支える組織として位置付けられた。
NICの構成員は内閣総理大臣、内閣官房長官、外務大臣、防衛大臣、財務大臣、経済産業大臣、国家公安委員会委員長、国土交通大臣などNSCとほぼ重複し、さらに法務大臣が加わる構成となっている。
これにより、同一日にまずNICを開いて情報の報告を受けた後、引き続いてNSCを開催して政策の審議や決定を行う枠組みが整備された。また、従来の内閣情報調査室(内調)が発展的に改編され、「国家情報局(NIB)」が発足した。
局長ポストには国家安全保障局長と同格となる「国家情報局長」が新設され、警察庁、防衛省・自衛隊、法務省公安調査庁、外務省の主要4省庁が情報を提供するほか、財務省、金融庁、経済産業省、海上保安庁などの拡大コミュニティとも連携する体制が敷かれている。
今回のインテリジェンス改革は、2025年10月20日に自民党と日本維新の会が交わした連立合意文書の方針に沿って進められている。
合意文書では、わが国のインテリジェンス機能の脆弱性を克服するため、2026年通常国会において内閣情報調査室および内閣情報官を格上げし、国家情報局と国家情報局長を創設すること、そして国家安全保障局および局長は、同格とする方針が示された。
また、従来の閣議決定に基づく内閣情報会議を発展的に解消して国家情報会議設置法を制定することが合意され、2026年7月に施行された。
さらに合意文書には、2027年度末までに独立した「対外情報庁(仮称)」を創設すること、組織的な人材育成のため2027年度末までにインテリジェンス・コミュニティ横断的な情報要員(インテリジェンス・オフィサー)養成機関を創設すること、基本法や外国代理人登録法、ロビー活動公開法などのスパイ防止関連法制について2025年に検討を開始し速やかに成立させることが明記されている。
情報を政策判断へ直結、各省庁の情報集約も強化
小谷教授は、NIC設置の意義として「インテリジェンスを国家の意思決定につなげること」「国家情報戦略の審議・策定」「民主的統制の実現」の3点を提示した。
戦後の歴代首相はインテリジェンスの報告を聞くだけで終わる傾向が長く続き、自民党政務調査会インテリジェンス戦略本部の提言書でも「寿司屋のおまかせ状態」と指摘されてきたが、NICとNSCの連携により情報を政策判断へ直結させる仕組みが整った。
また、これまで首相への報告実態に関する記録は残されていなかったが、NICでは議事録が作成されることで歴史の検証に耐えうる記録が残り、首相や関係閣僚による民主的統制を利かせる意義を持つ。各省庁においても、自らの所掌事務に限定した個別情報から、国家安全保障会議へ上げるべき「国家インテリジェンス」を意識する変化が生じている。
国家情報局(NIB)の設置意義について、小谷教授はインテリジェンス・コミュニティの司令塔を確立し、各省庁に対する情報集約機能を高めた点に尽きると指摘した。
1952年に前身組織が設置された際、米CIAのような中央情報機関を企図しながらも法的権限と予算が与えられず、内調が各省庁の情報を集約できない状態が70年以上続いてきた経緯がある。
各省庁は総理秘書官を通じて直接官邸に情報を上げていたため官邸は雑多な情報で溢れかえり、合同情報会議の設置などの運用上の工夫も限界があったが、今回の法改正により国家情報局は各省庁の情報へのアクセス権限を法的に獲得した。
拡充された人員は情報分析や偽情報対策、地理空間情報(ジオイント)を担う内閣衛星情報センターの強化等に充てられる。
なお、国会で可決された国家情報会議設置法の附帯決議では、政策部門が職権を逸脱して政治的中立性を損なう情報収集依頼を行わないこと、国家情報局長の人選が特定省庁の指定席とならないよう適材適所で行うこと、国民の権利利益を制約する法制度の検討時には国会の監視を前提とすることが盛り込まれている。
スパイ防止法制の整備と通信傍受の課題を指摘
自民党インテリジェンス戦略本部が2026年8月5日に策定した提言書では、今後の改革方針として「抑止」「収集」「監督」の3本柱が掲げられている。
抑止面では、現行の特定秘密保護法、重要経済安保情報保護法、不正競争防止法が漏洩後の処罰規定を中心としているため、情報を取りに来る側の教唆活動などを事前に抑止することが困難である課題が指摘された。
外交官身分を持つオフィシャルカバーだけでなく、民間身分を装うノン・オフィシャル・カバー(NOC)を捕捉するため、米国が1938年に導入した外国代理人登録法(FARA)や、豪英仏加で導入が進む外国勢力活動透明化法、米国のロビー活動公開法を参考にした法整備が検討されている。
2016年から2017年にかけて中国軍サイバー攻撃部隊の指示を受けた元留学生が関与したJAXAへのサイバー攻撃事案や、ロシア側によるNEC製海底ケーブルのダミー会社経由購入、ソフトバンク社員や精密機械会社社員への接触事案、医療機器の不正迂回輸出事案などが相次いでおり、外国勢力の認知戦やプロパガンダに対処する法制が急務となっている。
スパイ活動の監視に不可欠な通信傍受に関して、日本では犯罪捜査のための司法傍受のみが認められ、情報収集を目的とする行政傍受は戦後一貫して認められてこなかった。行政傍受の導入には憲法第21条が定める通信の秘密と第12条の公共の福祉とのバランスという法的な壁に加え、国民世論の懸念に対する理解促進が不可欠となる。
また、本年1月から特殊詐欺や闇バイト対策として通達ベースで実施されている仮装身分捜査の法制化も課題として挙げられた。
さらに、直近でロシアにおいて北海道新聞記者がスパイ容疑で拘束された事案が1966年の内川昌富氏拘束以来約60年ぶりの衝撃を与えたことや、中国での日本人拘束事案に触れ、各国が慣習的に行っているスパイ交換の制度を日本が持たないため自国民を取り戻す術がない現状を指摘し、拘束者を釈放するための刑法や恩赦法の改正を含めた検討の必要性に言及した。
対外情報庁の創設に向けた課題と必要な法整備
対外情報庁の創設構想を巡っては、外務省の国際テロ情報収集ユニット(CTU-J)の任務を外交・安保全般へ拡大する警察主導の案と、英MI6のように外務大臣の下に独立した外局を新設する外務省主導の案が存在している。
ゼロから新組織を立ち上げる政治的負担に比べCTU-J拡充が現実的とみられる中、政権の判断が注目されている。
また、日本の法制はポジティブリスト形式であるため、海外でのヒューミント活動において協力者への謝礼が贈賄罪、身分偽装旅券の発行が公文書偽造罪、秘密入手が窃盗罪、相手国通信の解読が不正アクセス禁止法違反に問われかねず、英1994年情報機関法のような免責事項の法制化が不可欠となる。
人員規模に関しては、2013年の自民党・民主党・みんなの党による超党派議員提言で示された人員500人・予算200億円規模が一つの目安となるが、人員確保の手段として定員約1800人を抱える法務省公安調査庁からの移管が注目されるほか、外務省専門職試験のような独自の採用試験導入や国家インテリジェンス・アカデミーの創設が必要になると指摘した。
民主的統制については、現行の国会情報監視審査会が特定秘密の運用チェックに限定され強制権限を持たないことから、その権限強化や行政府内の独立監察機能、裁判所など司法機関の関与、能動的サイバー防御における第三者機関のような重層的な監視体制の構築が求められるとした。
経済安全保障や友好国との情報共有にも言及
講演後の質疑応答では各国の記者から多角的な質問が寄せられた。経済安全保障に関する重要鉱物や先端技術の分析について、現在はNSSやNSCで検討されているものの、今後は国家情報局から関連情報が提供され連携して対処する見通しが示された。
国家情報局の設置により可能となる具体的取り組みとして、全情報源を活用したオールソース・アナリシス(全源分析)の実現が挙げられ、ガソリン補助金の判断において軍事情報や中東情勢分析を統合して戦争の継続期間を見極めた判断を下すなどの具体例が示された。
友好国との情報共有に関しては、日韓・日独間にはGSOMIAが存在するものの、対外情報機関がなかったため韓国国家情報院(NIS)やドイツ連邦情報局(BND)との円滑な共有に課題があったとし、新機関創設による改善が期待される一方、内閣衛星情報センターが扱う最重要機密の衛星画像などは解像度を加工した上での共有にとどまる見立てが示された。
機密アクセス者へのGPS端末携帯義務付けに関しては、セキュリティ・クリアランスを通過した人物に対する措置としては不要かつ過剰であると否定し、AI脅威に対しては人間がより高度なAI技術を開発して対抗していく姿勢が重要であると結論付けた。