山梨県富士河口湖町のホテルで19日、台湾人女性の井雲蓉(ジン・ユンロン)さん(38)が死亡しているのが見つかった事件は、台湾側の捜査で新たな展開を見せている。
台湾南部の台南地方検察署(台南地検)は、新婚の夫で29歳の李容疑者が保険金目当てに事件に関与した疑いがあるとして身柄を拘束し、台南地方裁判所は26日、李容疑者の身柄拘束と接見禁止を認めた。
台南地検によると、李容疑者が井さんにかけていた複数の保険のうち、旅行傷害保険2件の保険金はそれぞれ1000万台湾元、2000万台湾元だった。捜査当局は、計3000万台湾元の保険金をだまし取ろうとした疑いがあるとみている。
また台湾メディアによると、山梨県警に銃刀法違反の疑いで逮捕された楊閔涵(ヤン・ミン・ハン)容疑者(27)は、李容疑者が経営する会社の従業員だったという。これまでに分かっている事件の経緯と、捜査上の焦点を整理する。
一、最新の動き 夫を共同殺人・詐欺未遂などの疑いで身柄拘束 公務員に虚偽の内容を公文書に記載させた罪のほか、共同殺人、詐欺未遂などの疑いがあり、犯罪の嫌疑が重大で、逃亡や証拠隠滅の恐れがあるとして25日に身柄拘束と接見禁止を請求。台南地裁が26日に認めた。
台南地検はさらに、李容疑者が井さんに傷害保険や旅行傷害保険など複数の保険をかけ、このうち最も高額な旅行傷害保険2件の保険金がそれぞれ1000万台湾元、2000万台湾元だったことを突き止めた。
計3000万台湾元(日本メディアの換算で1億円超)の保険金をだまし取ろうとした疑いがあるとみている。
李容疑者と楊容疑者がどのように接触し、事件をどう計画、分担したのかは捜査中で、ほかに共犯者がいる可能性も排除していない。
李容疑者は容疑を否認している。現時点ではあくまで容疑段階で、事件への関与については今後の台湾と日本の捜査や裁判で明らかにされることになる。判決が確定するまでは推定無罪の原則が適用される。
台南地方検察署は、井雲蓉さんの李姓の夫に共同殺人や詐欺未遂などの疑いがあるとして、台南地方裁判所に身柄拘束と接見禁止を請求し、26日に認められた。写真は台南地方裁判所。(資料写真/中央社)
二、台湾メディアが報じた「電撃婚」と高額保険、「年末まで生きられない」 台湾誌「鏡週刊」によると、井さんは今年5月、SNS「Threads」で募集されていたパートの助手に応募した。当時29歳だった李容疑者が経営者だった。
勤め始めて間もなく李容疑者が結婚を持ちかけ、2人は7月に婚姻届を出した。しかし結婚後も同居せず、披露宴も開かず、多くの親族や友人は結婚の事実を知らなかったという。
李容疑者は前妻と離婚した後に会社を立ち上げており、子どもが欲しいとして高額の「出産祝い金」を示し、井さんを結婚に応じるよう説得したとされる。一方、井さんは最初の月の給料を受け取っただけで、その後は長期間にわたり給与が支払われていなかったという。
保険の効力が発生して間もなく、井さんに「手か足を1本失ってもいいか」と尋ね、高額の保険金を受け取ることを持ちかけたこともあったという。
また李容疑者は、自分の事情を外部に漏らされることを懸念しているとして、井さんに総額1475万台湾元の約束手形4枚に署名させていたと報じられている。
9月21日には、台湾高速鉄道(台湾新幹線)の612列車が台南駅に到着する直前、井さんが線路に転落し、列車が緊急停止する事故があった。鉄道警察は監視カメラの映像を確認し、井さん自身が転落したと判断した。
翌22日、井さんは友人を通じて鏡週刊の記者と電話で話し、殺されるのではないかと不安を打ち明け、「年末まで生きられない」とまで口にした。
記者は離婚し、保険金の受取人を母親に変更したうえで警察に通報するよう勧めたが、井さんは「もう少し考える」と答えたという。
また捜査当局は、李容疑者が過去に詐欺や傷害などの事件に関わっていたことも把握しており、一部は金銭で和解した可能性があるほか、ほかにも被害者がいる可能性があるとみている。
三、事件の発覚 集合時間に現れず、客室のベッドで倒れていた 台湾交通部観光署によると、井さんは19日朝、ツアーの集合時間になっても姿を見せず、客室のドアを開けたところ、室内で倒れているのが見つかった。
日本メディアによると、ホテルの従業員が午前8時5分ごろ、「意識のない女性がいる」と119番通報した。
現場は河口湖の東側にあるホテルで、従業員が客室のベッドで血を流して倒れている女性を発見。駆けつけた警察がその場で死亡を確認した。
遺体が見つかった際、室内には包丁を持った別の女性がいた。警察は、この女性が19日午前8時45分ごろ、正当な理由なく刃渡り約12センチの包丁を所持していたとして逮捕した。
四、亡くなった女性と逮捕された女 山梨県警は20日、亡くなったのは38歳の台湾籍女性「ジン・ユン・ロン」さんと発表し、日本メディアは21日夜、名前を「井雲蓉」さんと報じた。
逮捕されたのは27歳の台湾籍女性、楊閔涵(ヤン・ミン・ハン)容疑者。捜査関係者によると、2人は同じツアーに参加していたが、それぞれ1人で申し込んでいた。
しかし台湾メディアの報道を総合すると、楊容疑者も李容疑者の会社の従業員で、井さんより約4カ月遅れて同社に入ったという。楊容疑者もThreadsを通じて応募していたとされる。
台湾の捜査当局も、楊容疑者と李容疑者の連絡記録を把握している。
旅行会社「可楽旅遊」によると、楊容疑者はツアーに申し込んでいたものの、出発当日にパスポートを忘れて予定の便に乗れず、自ら航空券を購入して日本に向かい、ツアーと合流した。
また台湾メディアによると、楊容疑者は2023年、自分のキャッシュカードと暗証番号を他人に渡し、その結果、6人が詐欺被害に遭って送金したとして、2024年に高雄地方裁判所からマネーロンダリング幇助の罪で懲役3カ月、罰金1万台湾元、執行猶予2年の判決を受けていた。
井さんの父親は、台湾内政部空中勤務総隊(空勤総隊)の井延淵総隊長で、事件後に休暇を取って日本に渡り、葬儀などの対応にあたった。
五、司法解剖と現場の状況 争った跡も抵抗した形跡もなし 日本の警察は20日、司法解剖の結果、井さんの死因は失血死で、首に頸動脈に達する深い刺し傷が1カ所あり、これが致命傷とみられると発表した。
捜査関係者によると、井さんはベッドの上にあおむけの状態で見つかり、室内に争った跡はなく、抵抗した形跡もなかった。
警察は遺体の近くから血の付いた包丁を押収し、凶器の可能性があるとみている。楊容疑者も、遺体が見つかった時点で体に血が付いていた。
日本メディアは22日、楊容疑者の手首に自ら傷つけたとみられる傷があったと報じ、警察は自殺を図った可能性もあるとみて慎重に調べている。
山梨県警は、遺体発見時に死者の客室内にいた27歳の台湾人女性を銃刀法違反の疑いで逮捕し、すでに送検している。写真は日本の警察。(資料写真/AP通信)
六、包丁はどこで? 来日当日の夜に購入か 日本の捜査関係者が23日明らかにしたところによると、ツアーは17日夜に成田空港に到着し、楊容疑者はその日の夜、山梨県外の商業施設で包丁を購入したとみられる。
楊容疑者は警察に「刃物を持っていたことは事実」と認め、包丁は旅行中に県外の商業施設で購入したと供述している。
一行は18日、バスで忍野八海や大石公園など富士山北麓の観光地を巡り、その夜、河口湖のホテルに宿泊。翌朝、井さんが客室で死亡しているのが見つかった。
日本の捜査関係者によると、ツアーは10月17日夜に成田空港へ到着し、楊容疑者は同日夜、山梨県外の商業施設で包丁を購入したとみられている。写真は成田空港。(資料写真/顔麟宇撮影)
七、捜査の4つの焦点
焦点1:楊容疑者と井さん、李容疑者の関係 楊容疑者は警察に「彼女とはこの旅行で親しくなった」と供述しており、日本の捜査関係者も当初、2人は旅行中に知り合ったとみていた。
しかし事件後、ネット上では2人が互いにフォローしていたとみられるThreadsのアカウントが見つかったほか、台湾メディアは、楊容疑者と李容疑者が頻繁に連絡を取り合い、交際していた可能性もあると報じている。
井さんの友人によると、楊容疑者は事件の約10日前にあたる10月8日、約1時間のうちに井さんの複数の友人にダイレクトメッセージを送り、社会問題を話題に井さんやその交友関係に接触していたという。
友人は、楊容疑者が出発前から意図的に関係を築こうとしていた可能性を示すものだとみている。
焦点2:楊容疑者が井さんの客室にいた経緯 楊容疑者は「話をしたかったので彼女の部屋に行った」と供述しており、2人はそれぞれシングルルームに宿泊していた。
一方、鏡報は関係者の話として、18日深夜から19日未明にかけて、井さんが楊容疑者の部屋で一緒に酒を飲んでいたとみられると報じた。
失恋で落ち込み、自殺を考えていたため、誰かと酒を飲もうとしたとも話していたとされる。
こうした説明と、「話をしに彼女の部屋へ行った」との供述、さらに遺体が井さんの客室で見つかった事実がどのようにつながるのかは、日本の警察の捜査で解明されることになる。
焦点3:来日直後に包丁を購入、計画性はあったのか 楊容疑者は来日当日の夜、事件の約1日半前に包丁を購入したとみられている。
「話をしたかっただけ」「記憶がなく誤って殺した」とする説明との間には食い違いがある。
井さんの友人も「誤って殺した」との説明はうそだと強く批判し、来日初日に包丁を購入した動機に疑問を投げかけている。
予定の便を意図的にずらして1人で来日したとの報道や、事件前に井さんの友人にメッセージを送っていたことなどから、事前に何らかの計画があったのではないかとの見方も出ている。
焦点4:保険金目的の共謀はあったのか 台南地検は、李容疑者が偽装結婚、高額の保険への加入、1人での海外旅行の勧めなどを通じて事件を準備した疑いがあるとして、共同殺人や詐欺未遂などの疑いで身柄拘束と接見禁止を請求し、認められた。
旅行傷害保険2件の保険金は計3000万台湾元に上る。
李容疑者と楊容疑者が事前に共謀していたのか、どのように役割を分担したのか、さらにほかに共犯者がいるのかは、台湾と日本の捜査当局が双方の証拠を照らし合わせながら調べることになる。
八、日本で殺人容疑の再逮捕はあるのか 楊容疑者の逮捕・送検容疑は現時点で銃刀法違反で、甲府地方検察庁に送検され、勾留されている。
28日時点で、日本の警察は殺人容疑での逮捕には至っていない。
日本では、別の犯罪事実について逮捕の要件が満たされた場合、裁判官の令状に基づき改めて逮捕されることがある。
山梨県警は、楊容疑者と井さんの死亡との関連について捜査を進めている。
台湾の検察は、日本側から楊容疑者の供述や関連証拠の提供を受け、李容疑者の説明と照合する方針だ。
日本の警察が今後、楊容疑者を殺人容疑で再逮捕するかどうか、台湾と日本がどのように捜査で協力するかが、事件の今後の焦点となる。
九、台湾当局の対応と遺族の訴え 台湾交通部観光署によると、ツアーの日程は10月17日から21日までで、旅行会社は緊急事故として報告している。
観光署は旅行会社に対し、ほかのツアー参加者を適切にケアし、捜査に全面協力するよう求めるとともに、遺族に必要な行政支援を行うとしている。
台湾外交部は、台北駐日経済文化代表処が19日に連絡を受けた後、遺族と連絡を取り、今後も必要な支援を行うとした。そのうえで、事件はすでに司法手続きに入っているとして、事件の内容についてのコメントは控えている。
旅行会社は、事件は日本の警察が捜査しており、捜査に積極的に協力するとしている。
事件後、ネット上では2人の関係を巡る臆測が相次いだ。
遺族や友人は、井さんと楊容疑者は恋人関係ではなく、家族も楊容疑者を知らないと説明。ネット上の断片的な情報だけで臆測や中傷をしないよう呼びかけ、遺族が故人を悼む時間を尊重してほしいと訴えている。
またネット上では、井さんが生前、1万台湾元余りを他人のために立て替えていたとの情報も広がったが、井さんの友人を名乗る人物は、この金は台湾で井さんの猫の世話をしていたルームメートに貸したもので、事件とは無関係だと説明している。
事件の経緯