押し合い、わいせつ画像の作成と嫌がらせ、水かけ、さらには刃物による傷害……。こうした無秩序な暴力行為により、アイドルの「推し活」現場がまるで格闘技のリングと化している。
この暴力事件は中国・重慶市で発生した。人気男性グループ「TFBOYS」を輩出した大手芸能事務所「時代峰峻(TFエンターテインメント)」のビル周辺で、今月15日以降、若い男性らが徒党を組み、アイドルの練習生やファンを挑発する事態が相次いだ。
言葉による侮辱から応援グッズの破壊、さらには流血を伴う物理的な衝突へと発展。中には中国共産党の軍歌である「強軍戦歌」を声高に歌う者も多数おり、17日には衝突が急激にエスカレートして収拾がつかない事態となった。
最終的に警察が介入し、数人を逮捕することでようやく騒動は収束した。事件後、時代峰峻は18日夜に声明を発表し、新学期が始まることを理由に練習生の屋外での練習およびパフォーマンスを一時停止するとした。また、重慶市警察も20日に本件を捜査中であるとする声明を出し、「文明的な推し活」を呼びかけるとともに、違法行為は法に基づいて追及する姿勢を強調した。
推し活の聖地が暴動現場へ、その背景とは
設立から17年を迎える中国の芸能事務所・時代峰峻は、過去にTFBOYS(王俊凱氏、王源氏、易烊千璽氏)や時代少年団などの男性グループをスターダムにのし上げてきた。
同事務所は重慶市に練習生育成機関「TF家族」を設立しており、多くの未成年練習生がここで訓練やパフォーマンスを行っている。同時に、多くのファンが訪れる場所にもなっており、推し活の聖地と化していた。
しかし最近になって、これら若き練習生とファンがインターネット上の「アンチ(黒粉)」の標的となった。若い男性を中心とする大量のアンチがネット上で呼びかけ合い、現実世界で集結。8月15日から連日、重慶にある時代峰峻の本部周辺に群がり、第5期練習生に対して「嘉豪」と叫ぶなどの挑発行為を繰り返した。
中国のネットスラングにおける「嘉豪」とは、中二病的な振る舞いをする男性を指す。黒いスウェットに黒いマスクを着用し、エレクトロニック・ミュージックのパフォーマンスを真似るなどの典型的なスタイルや行動を揶揄するネガティブな言葉である。なお、第5期練習生の多くは中学生であり、年齢層は非常に若い。
招集は「TikTok」から、現場では配信も
香港および中国メディアの報道を総合すると、この挑発目的で集結した男性アンチらは、動画投稿アプリ「抖音(ドウイン、中国版TikTok)」を通じて招集されたという。現場では多数の者がライブ配信を行っており、騒動に乗じて注目を集めようとする思惑も見て取れた。
伝えられるところによると、アンチ集団は現場の応援ポスターを破り捨てただけでなく、練習生への「顔面への接近(貼顔)」による暴言や挑発、応援に来たファンに対する罵声、ある母娘への水かけや激しい蹴り入れなどを行った。さらに、一部のネットユーザーによれば、女性ファンの顔を盗撮してわいせつなトレーディングカードを作成し、現場で配布した男性もいたという。
暴力事件は激化の一途をたどり、多くの女性ファンが「目には目を」と反撃に出るなど、双方が一触即発の事態に陥った。刃物による攻撃で女性ファンが流血したとの情報も流れている。
皮肉にも「強軍戦歌」がテーマ曲に
現場で撮影された動画によれば、挑発するアンチ集団が高揚した様子で中国共産党の軍歌である「強軍戦歌」を合唱し、国旗を高く振りかざす様子も確認できる。その光景はまるで革命現場のようであった。
「強軍戦歌」は2013年に中国共産党公式が制作した新しい軍歌である。習近平国家主席が2013年に掲げた強軍目標「党の指揮に服し、戦えば勝つことができ、作風が優良な人民の軍隊を建設する」を背景に作詞されたもので、「強軍の目標が前方に呼んでいる」「戦士たちは党の指揮に服し、戦えば勝つことができ作風優良、強敵との対決を恐れない」といった歌詞が含まれている。
芸能事務所と中国当局の対応
この衝突は17日に急激に悪化し、重慶市公安局(警察)が介入して騒ぎを起こした数名の男を連行、取り調べを行った。3日後の20日になってようやく声明を発表し、この件に言及。現場にいた複数の関係者に対して法治教育を実施し、公共の秩序を乱した違法者については法に基づき調査・処分を行うとした。重慶警察は特に青少年に対し、「理性的で文明的な推し活」を呼びかけている。
一方、時代峰峻は18日に緊急公告を出し、同日をもって練習生のオフラインでの集合訓練を全面的に停止すると発表した。新学期が間近に迫っていることを理由としつつ、安全上の問題を避けるため、事務所周辺に集まらないようファンに要請した。
しかし、この声明にはファンが暴力攻撃を受けたことについて一言も触れられていなかったため、多数のファンから猛烈な批判を浴びることとなった。ある中国のネットユーザーは「女から金を巻き上げておきながら女を見下している、自業自得だ」と事務所の対応を厳しく非難している。
インターネット世論の反応
この事件は、X(旧Twitter)やThreadsなどのSNS上で、簡体字を用いる多数のネットユーザーの間で議論を呼んでいる。
この騒動は、ファンや多くのネットユーザーから「制御不能なジェンダー対立」へと発展していると見なされている。女性ファンらは騒ぎを起こした男性らを「負け犬(ルーザー)」とみなす一方で、男性アンチらは警察が「男だけを捕まえて女を捕まえない」として、重慶公安を「重慶母安」(「公安」の一字を「母」に替えた蔑称)と揶揄。さらに彼らは、女性ファンが子役アイドルを追う行為は「小児性愛(ペドフィリア)」であるとし、自分たちの集会やデモ行進は「五四運動のような救国存亡の活動」であるとさえ主張している。
重慶在住のある男性ネットユーザーは次のように主張している。「年端もゆかないボーイズグループを育成する時代峰峻のオフィスがあり、長期にわたり大量の女性ファンが群がり、11、12歳の少年メンバーを『旦那』と呼んでいる。重慶の男子たちは、資本と女性集団が男性児童を際限なく消費することをこれ以上容認できなくなったのだ。男性としての主体的気質を守り、不健全な小児性愛的女性の審美観に抵抗するため、長江国際オフィスビルの下で『訓戒』を行ったのである」。
しかし、この投稿のコメント欄には多くの女性から反論が寄せられた。「この男性目線はいかにも典型的だ。道徳という大義名分を掲げているが、実際は自分が相手にされないことを恐れているだけ。男性児童を保護するというが、ネット上で練習生を最も中傷しているのは彼ら自身ではないか」といった具合である。
このような終わりのない論戦が続いており、現実社会での暴動は沈静化したかに見えるが、ネット空間の戦場は依然として硝煙が立ち込めている。
悪名高い時代峰峻ファンの行動、すでに界隈外にも波及
標的となった時代峰峻のファンとは、一体どのような集団なのか。過去の報道によれば、同事務所の練習生やアイドルは年齢層が非常に若いため、ファンやターゲット層も10代の少女が中心となっている。
これら若い女性ファンによる、タレントへのストーカー行為や嫌がらせといった過激な「サセン(私生飯、アイドルの私生活を追い回す過激なファン)」行為は過去数年間で幾度も発生しており、その悪名はすでにアイドル界隈の枠を超え、一般のネットユーザーにまで広く知れ渡っている。
例えば2020年、重慶市内のマンション周辺に大勢の女性ファンが何日も座り込みを行う事件があった。「時代少年団」の男性アイドル2人に少しでも近づこうとしたためであり、近隣住民は多大な迷惑を被った。警察が排除してもすぐにまた集まってくるため、住民は事務所に苦情を入れるしかなかったという。
2023年には、当時まだデビュー前であった時代峰峻の練習生・張澤禹氏が深刻なストーカー被害に遭う事件も起きている。あるサセンが彼の住居を突き止め、荷物を盗み出して開封動画を撮影しただけでなく、その荷物を転売して価格を高騰させるという異常な事態まで発生した。
2024年にも、時代峰峻は声明を発表し、あるサセンが所属タレントの寮に侵入して盗撮・録画を行い、その映像をネット上で販売していたことを明らかにした。事務所側はやむを得ず法的措置を取るに至り、ファンに「理性的な推し活」を懇願する事態となった。
芸能事務所の放任か? 幼い練習生とファンが陥る歪んだ推し活環境
しかし、ある中国のネットユーザーは、若いアイドルが嫌がらせを受けるのを放置し、若いファンに常識を失わせた張本人は、芸能事務所である時代峰峻そのものではないかと指摘している。
過去にもファンからは、なぜサセンがタレントの情報を正確に把握できるのか、それは時代峰峻内部に原因があるからではないかとの疑念の声が上がっていた。2024年にはネット上で「スタッフがサセンにタレントのスケジュールを横流ししているのではないか? サセンは預言者でもないのに、なぜ彼らの行く先が分かるのか」と問い詰めるユーザーもいた。
驚くべきことに、この投稿を機に時代峰峻公式は「確かにスタッフが個人的にファンと連絡を取り、タレントの情報を販売していた事実が存在する」と認めたのである。当時の事務所の発表によれば、内部調査によって該当する従業員を特定したものの、証拠や資金の流れを収集するのが困難であり、警察による立件も難しいため、当事者の責任を追及することは困難だとした。そして逆に、ファンに対して出待ちや追っかけなどの行為をボイコットするよう呼びかける始末であった。
さらに中国のQ&Aプラットフォーム「知乎(ズーフー)」では、時代峰峻が長年にわたりファンに対して取ってきた「病的な」態度や、サセンへの放任ぶりを整理するユーザーも現れた。長年にわたり、事務所は盗撮による話題性を宣伝の材料として利用してきた疑いがあり、加えてファン層が未熟で学習段階にあるため、このような歪んだ推し活環境の中で容易に「暴走」してしまうと指摘されている。これが長らく続くことで、アイドルもファンも不健全な相互関係に陥るという悪循環が形成されているのである。
「社会学の宝の山」と評する声も
重慶で起きた推し活からの暴動事件は、中国の病的な推し活文化を浮き彫りにしただけでなく、ジェンダー対立やネット上の暴力といった問題も孕んでいる。非常に複雑に絡み合っているものの、これは現在の中国が直面している様々な社会問題を反映したものと言える。
ある中国のネットユーザーは次のように嘆いている。「重慶のこの問題からは、男女の性別対立問題、経済低迷に伴う若者の感情問題、推し活コミュニティの問題、さらにはライブ配信ネットワーク下における社会的役割の問題が見て取れる。重慶のこの公共事件が、社会学的な宝の山であることは疑いようがない。ただ残念なのは、国内の社会科学界がおそらくこの機会を逃してしまうだろうということだ」。