プロ野球イースタン・リーグのオイシックス新潟アルビレックスBCは26日、本拠地のHARD OFF ECOスタジアム新潟で、陽岱鋼選手の引退試合および引退セレモニーを開催した。スタンドには、稀代のスーパースターの最後の勇姿を目に焼き付けようと、4000人を超えるファンが集まった。
陽岱鋼は試合で気迫あふれる全力プレーを見せて完全燃焼。セレモニーには高校時代の恩師・平松正宏監督が来場したほか、かつての戦友である糸井嘉男氏や松井稼頭央氏が花束を贈呈した。千葉ロッテの石川慎吾選手や岡大海選手も記念Tシャツ姿で駆けつける中、陽岱鋼は涙ながらに恩師への感謝を語り、21年間のプロ野球生活に幕を下ろした。
陽岱鋼、現役最後は志願の「1番・中堅」 満塁で同点適時打
この日の引退試合で、陽岱鋼は本人の強い希望により、慣れ親しんだ「1番・中堅」でスタメン出場した。
3回裏には先頭打者として安打を放ち、犠打の後、園部佳太選手の適時二塁打で先制のホームを踏んだ。
6回表に適時打と自身の後逸で逆転を許したものの、その裏、2死満塁の好機で気迫の同点適時内野安打を放ち、試合を3対3の引き分けに持ち込んだ。
7回途中、足の疲労から右翼へ回るまで全力疾走を貫き、スタンドのファンにその闘志を焼き付けた。
台湾ファンへ感謝「全力プレーが元気を届ける力になっていれば本望」
セレモニー後の囲み取材で、『風傳媒(ストームメディア)』の記者が、21年間にわたって海を越えて応援し続けてくれた台湾のファンへの思いを尋ねると、陽岱鋼は深々と頭を下げて感謝を伝えた。
現地に駆けつけたファンだけでなく、遠くから見守る人々に対し、自身の全力プレーが元気を届ける力になっていれば本望だと語り、今後はスポーツを通じて台湾球界や社会に恩返ししていきたいと誓った。
続いて、最後の試合で胸に去来した瞬間を問われると、本塁から一塁まであと何回全力疾走できるかを数えていたと明かした。
明日からはもうプロとして走ることができなくなるからこそ、一歩一歩をかみ締めながら走ったことが最高の思い出になったと振り返った。
平松正宏監督「泣けるほど記憶に残る素晴らしい選手」
球場の大型スクリーンでは、恩師や歴代のチームメートからの惜別メッセージが上映された。
今浪隆博さんは、プロ2年目の合同練習を振り返り、「辛い時期に岱鋼を見て、こんなに楽しそうに野球をやっていいんだと衝撃を受け、今も手本にしています。引退後も人生を思い切り楽しんでほしい。またご飯を食べたり飲んだりしましょう」と語った。
斎藤佑樹さん、杉谷拳士さんも惜別メッセージ
斎藤佑樹さんは、「どんな状況でも全力で、何度も大きなファインプレーで走り回ってチームを救ってくれた姿が深く記憶に残っています。スーパースターと同じグラウンドでプレーできたことは本当に嬉しい経験でした」と称賛した。
杉谷拳士さんは、「若い頃からたくさんのアドバイスをいただき、その姿は本当に格好良かったです。特に思い出深いのは台湾の夜市に連れて行ってもらい、見たいものや食べたいものをたくさんご馳走してくれたことです。また台湾で良い夜市に行きましょう」と感謝を伝えた。
中田翔、長野久義、坂本勇人が語った陽岱鋼への思い
日本ハム時代にクリーンアップを組んだ中田翔選手は、「ファイターズ時代は岱鋼さんの姿を見て、お互いに声を掛け合い、岱鋼さんのプレーに刺激を受けながら僕自身も必死に頑張ってきました。心から感謝の言葉を伝えたいです。本当にお疲れ様でした」と言葉を詰まらせた。
巨人時代を共にした長野久義選手は、「ジャイアンツでの2年間、共にプレーできたことは誇りです。いつもかっこよく、本当に華のあるスター選手でした。長い歴史を終えられたので、まずはゆっくり休んでください。またタイミングが合えばぜひお会いしましょう」と敬意を表した。
坂本勇人選手は、「初めて会った時から、こんなに華があって格好いい先輩がいるのかと圧倒されました。とても優しくて魅力あふれる先輩でした。これからは奥さんやお子さんと一緒に、家族みんなで今後の人生をゆっくり、楽しく、岱鋼さんらしく過ごしてください」と門出を祝った。
稲葉篤紀2軍監督、栗山英樹元監督もねぎらい
日本ハムの稲葉篤紀2軍監督は、先日の引退記者会見で陽岱鋼が涙ながらに苦闘の日々を語った姿に触れ、「オイシックスでの1年間、本当に苦労しながら戦い抜いた思いが伝わり、僕ももらい泣きしてしまいました。過酷な経験を乗り越えてきた今後の人生の成果に期待しています」とねぎらった。
栗山英樹元監督は、「華やかで素晴らしいプレーの裏で、言葉には出さない苦労や葛藤をすべて受け入れ、本当によく頑張り抜きました。2016年の日本一を共に勝ち取った激闘は大きな思い出です。野球が何よりも一番楽しかったというその気持ちこそが、これからの若い選手たちを育てる力になります」と、指導者としての未来に期待を寄せた。
糸井嘉男氏がサプライズ登場「僕の中では永遠のスーパーヒーロー」
VTRの最後には、糸井嘉男氏が「今は台湾で仕事があり行けない」と冗談を交えた後、花束を手にグラウンドへサプライズ登場した。
マイクを握った糸井氏は、「鎌ケ谷の若手時代から共に練習し、アメリカや独立リーグへも渡り挑戦を続けた岱鋼の姿は本当に格好良かった。僕の中では永遠のスーパーヒーローです」と絶叫した。
記念撮影には、日本ハム時代の同僚であるロッテの石川慎吾選手や岡大海選手が引退記念Tシャツを着用して駆けつけ、笑顔で肩を並べた。
恩師を前に号泣「この方がいなければ今の自分は存在しない」
マウンド前に進み出た陽岱鋼は、メモを手にファンや関係者へ感謝を述べた後、来場していた恩師の平松監督を見つめ、「この方がいなければ今の自分は存在しない」と声を震わせた。
高校時代、フォームをビデオカメラで撮影しながら徹底的に指導してもらった恩義に触れたほか、ドラフト後、寒がっていた自身に平松監督が脱いで譲ってくれたコートを今も大切に着ているという思い出を、涙ながらに明かした。
「サンキューでーす!」で締めくくり 胴上げ後もグラウンドを全力疾走
支え続けてくれた家族や新潟球団、地域の人々への感謝を伝えた後、陽岱鋼は全盛期の合言葉「サンキューでーす!」をファンとともに絶叫し、選手たちの手で胴上げされた。
その後、ライトやレフトのスタンド際までグラウンドを全力で駆け抜け、最後まで温かい拍手を送り続けた観衆に深々と頭を下げながら場内を一周した。
6回の同点打「足をつりそうになりながらも走り切れた」
日本メディアの取材では、平松監督から試合前に「全力プレーを見せてほしい」と託されていたことに触れ、6回裏の同点打で足をつりそうになりながらも走り切れたことに胸を張った。
恩師の前で号泣した理由については、身一つで福岡にやってきた高校時代の記憶が一気によみがえったためだと明かした。
引退後は家族と世界旅行へ 「仲間こそが21年間の宝物」
今後の進路について、陽岱鋼はまず体を休め、家族と世界中を旅して妻の希望をすべてかなえ、その上で日台双方の野球界や社会へ貢献していきたいと語った。
21年間で得た最大の財産を問われると、苦楽を共にした「仲間」こそが宝物だと即答した。
台湾メディアの取材に対しては、若い後輩に広い守備範囲を任せ、自身は近い位置を守るよう計算したうえで首脳陣と相談していたと説明した。
11月の日本ハムOB戦については調整中ながら出席する意向を示す一方、真剣勝負の公式戦はこの日が最後だと明言。今後は子どもの教育環境を第一に考え、家族と将来について話し合っていくと語った。
武田勝監督「日本と台湾の架け橋となる大きな使命がある」
オイシックスの武田勝監督は試合後、陽岱鋼には日本と台湾の架け橋となる大きな使命があり、選手以外の立場でも球界のために果たすべき役割をしっかり受け止めて戻ってきてほしいと期待を寄せた。
本人の希望で「1番・中堅」で起用し、7回に足の疲労から右翼への交代を申し出てきたエピソードにも触れ、野球をお腹いっぱい味わい尽くした試合だったと評価した。
かつてファイターズでともに戦った間柄として、いつかまたどこかで同じユニフォームを着て戦いたいとの願いを口にし、明日の最終戦も勝ちにこだわり、最高の形でシーズンを締めくくりたいと語った。