【花蓮洪水から1年⑤】なぜ再耕作は進まないのか 「重度被災地」指定に揺れる光復郷、農地と生計の行方 馬太鞍渓の越流後、大量の土砂が農地に堆積し、光復郷の農家は再耕作の見通しが立たない厳しい状況に置かれている。(方儉撮影)
2009年、台風8号(モーラコット、台湾では「八八水害」と呼ばれる)で高雄の小林村が集落ごと壊滅した際、当時の馬英九政権は仏教慈善団体の慈済や鴻海(ホンハイ)精密工業など民間の力を借り、高雄にある台湾糖業(台糖)の月眉農場に被災者を集団移転させた。
その16年後に起きた馬太鞍渓の越流災害で、民進党政権は高規格堤防と「第2防衛線」の整備を進め、光復郷の1万人を超える住民について、集団移転ではなく治水によって安全を確保する道を選んだ。しかし、土砂に埋もれた被災地の農地770ヘクタールは、災害から1年たっても再耕作は遅々として進んでいない。
農業部(日本の農林水産省に相当)花蓮区農業改良場(花蓮農改場)がこれまでに転作を支援した農地は、6ヘクタール足らずにとどまる。同じ被災地の復興でありながら、花蓮・光復ではなぜ1年がたっても、自分たちの「永齢農場」が見えてこないのか。(永齢農場は、鴻海グループの永齢社会福利慈善事業基金会が台糖月眉農場内に設けた有機農業園区で、モーラコット台風の被災者に就業機会を提供し、有機農業による生活再建を支援した。)
小林村には永齢農場、光復の農家には「上に報告します」だけ 2026年5月、台湾民衆党の立法院党団(国会議員団)が光復の被災地を訪れ、復興の状況を視察した。協議会の場では、住民から「現地の支援拠点に何度も陳情に行ったが、『上に報告します』と言われただけで、その後は何の音沙汰もない」との声が上がった。
「農地再生」計画を待ち続けていた農家もいたが、工事の担当部門は、泥が50センチ以上積もった「重度被災地」を、そのまま「植林」や「記念公園」に充てる方針を示した。農家からは「こんな政策は、農地の耕作放棄を宣告するのと同じだ。農民は何世代にもわたって暮らしを支えてきた土地を手放さざるを得なくなる」と訴える声が出た。
「人災の後に、政府からさらに追い打ちをかけられたようなものだ。もともとは何とか持ちこたえていたのに、今はもう息をする力も残っていない。土地を売るしか道はない。これでは私たちを死に追いやるのと同じではないか」
土砂に埋もれた農地770ヘクタールの被害は、高雄・小林村の集落消滅と同列には論じられないかもしれない。それでも、農家の生計を支える農地の再生に農政当局がこの1年どう取り組んできたかを見ると、花蓮農改場は光復の複数の農地に実証田を設け、泥の堆積の程度に応じて段階的に土壌を改善したうえで、緑肥をまき、冬作を植え付けた。
立法院経済委員会は5月4日、花蓮県光復郷を訪れ、「馬太鞍渓せき止め湖災害の復旧・復興事業」を視察した。花蓮県政府の各部局は、復旧・復興には交通、治水、農業、被災者の生活再建など多方面にわたる取り組みが必要で、中央政府と地方政府の連携が欠かせないと説明した。(花蓮県政府提供)
農業部農糧署は当時、2026年の第1期作で畑作物約68ヘクタールの再耕作が可能になると見込み、今後は実証事業の成果を広げるとともに、農機サービスを組み合わせて再耕作面積を段階的に拡大し、被災農地に活気を取り戻すとしていた。花蓮農改場も「馬太鞍渓被災地農業生産環境再建プロジェクト」を立ち上げ、2年で300ヘクタールを目標に、農家の早期再耕作を後押しするとしていた。
50センチの線引きが決める農地の行方 再耕作か、植林か、収用か しかし、光復地区の被災農地は数百ヘクタールに及ぶ。農業部は被災農地を土砂の平均堆積厚50センチで線引きし、50センチ以上の農地を「重度被災地」に指定した。これらの農地は、農業部林業及自然保育署(林保署)が土地取得や造林を進める対象となる。50センチ未満の農地は花蓮農改場が「馬太鞍渓災害後農業生産環境再建プロジェクト」で対応し、さらに軽度被災田(堆積20センチ以下)と中度被災田(堆積20~50センチ)に分けて、それぞれ整備を進める。
このうち軽度被災田では、農改場が被災農地の耕起・整地を支援して土壌の物理性を改善し、1ヘクタール当たり20トンの有機質肥料をまくための資材費を補助する。中度被災田はショベルカーで深さ40~70センチまで掘り返すが、作業を法令に沿って進めるため、農家は「プロジェクト実施同意書」を提出する必要があり、受け付けは原則として2026年6月30日までとされた。
馬太鞍渓では堤防のかさ上げが進められている。2025年の洪水では、光復地区で数百ヘクタールに及ぶ農地が被災した。(方儉撮影)
関係者によると、6月末までに160ヘクタールの農地について「プロジェクト実施同意書」が提出されたが、その一部は中央政府が指定した重度被災地の中にあり、対象から外される可能性がある。
つまり、光復地区で被害を受けた農地770ヘクタールは、関係機関による1年間の整備を経ても、その大半がいまだ再耕作されていない。
2024年の能登半島地震と奥能登豪雨で「二重被災」した石川県の奥能登地域でも、農地の復旧には時間がかかっている。内閣府のまとめ(2026年5月31日時点)によると、奥能登4市町(輪島市、珠洲市、能登町、穴水町)では、2025年の作付けまでに約170ヘクタール、26年の作付けに向けて約200ヘクタールの農地を復旧したが、26年の水田の作付け見込みは約2200ヘクタールと、地震前の23年(約2800ヘクタール)を約600ヘクタール下回る。
同意書は160ヘクタール 多くの農家は耕作できるかどうかも分からず 農業と食のニュースサイト『上下游』が2026年2月に掲載した特集でも、泥流に覆われた農地774ヘクタールのうち219ヘクタールは重度被災地で再耕作できず、「代替農地での耕作を待つ」状態だと伝えた。農糧署の「代替農地での耕作支援策」は、財政部国有財産署(国産署)や国軍退除役官兵輔導委員会(退輔会)、台糖などが持つ公有地計112.35ヘクタールを仲介し、重度被災地の農家に優先して貸し出すもので、1ヘクタール当たり年間最大4万台湾ドル(約19万9000円、9月23日のレートで換算)の賃料補助も出す。
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日本でも、2024年9月の奥能登豪雨で作付けができなくなった農地の代わりに別の農地を借りて耕作する認定農業者などに対し、石川県が被災農地の復旧までの間、代替農地1ヘクタール当たり15万円を1年ごとに交付する「代替農地における営農再開支援事業」を設けている。
『上下游』の関連報道によると、光復の一部の農家は2026年初めに休耕補助を申請したが、いまだに何の返答もない。100ヘクタールを超える農地で暮らしを立ててきた農家は、災害から1年がたっても、農地を再び耕せるかどうかの答えすら得られていない。被災農地の区画整理を早急に進め、再耕作につなげるよう求める地元の提案に対しても、農業部の公式な姿勢は常に「地方政府に検討を求める」というものだ。
その一方で、経済部水利署や農業部農村発展及水土保持署(水保署)が被災地で収用する面積は、ますます広がっている。地元の被災者が求める「代替地との交換」は、関係機関が国有地の管理機関ではないとして退け続けている。花蓮の地元当局者は「水利署は馬太鞍渓の北岸をどう整備するのかさえまだ決めておらず、南岸の重度被災農地でも全面的な植林が計画されている。この状況で、花蓮県政府がどうやって農地の区画整理を進められるというのか」と話す。
光復地区から撤去された土砂は現在、幹線道路の台9線沿いにある台糖の用地に積み上げられている。長さは約1キロ、高さは建物の4~5階分に達し、遠くから見ると2匹の青い巨大な竜のように見える。(方儉撮影)
行政院は2026年8月14日、第9回災害復興調整会議を開き、「一心・一林・二低地・双網」の復興ビジョンを打ち出した。土砂の堆積が50センチを超える「重度被災地」を、植林による再生に充てる方針だ。馬太鞍渓流域集落青年連盟は会議後、この政策には地元との対話が欠けているとして、フェイスブックで厳しく批判した。
治水にも植林にも土地 「代替地との交換」は拒まれる 同連盟は「集落は防災や必要な工事に反対しているわけではない。反対しているのは、十分な情報も実質的な参加も、復興全体の方向性もないまま工事を推し進め、さらには住民に土地と家を差し出すよう求めることだ」と表明。「植林や土地の買い取り、観光事業を、農業と生計の回復の代わりとみなすことはできない。住民が今後どうやって収入を得て、耕地を確保し、集落の産業を受け継いでいくのかを政府が説明できないなら、どれだけ治水工事を終えても、復興が完了したとは言えない」と訴えた。
同連盟によると、馬太鞍渓の越流災害からの復興は、住民の今後数十年にわたる住まい、土地利用、生計、集落の発展にかかわる。災害後の行政には、住民が情報を得て実質的に参加する権利、土地と居住の権利、そして元の暮らしを取り戻す可能性を保障することが、なおさら求められる。先住民族の土地や集落の移転、大規模開発にかかわる決定では、法に基づいて協議を行い、先住民族の同意を得るか参加を確保すべきであり、災害復旧や工事の緊急性を理由に、集落が本来持つ手続きや権利を狭めてはならないとしている。
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同連盟は行政院に対し、災害1周年を前に、連盟の要求に具体的な書面で回答するよう求めた。あわせて、省庁横断の調整の仕組みと復興全体の方向性、明確なスケジュールを公表し、集落と住民が実質的に参加できる常設の場を設けること、先住民族の土地や移転、開発にかかわる各計画について、法に基づく協議・同意の手続きをどう踏むのかを説明することも要求した。
農業部次長「もう川から水を引いて灌漑することはできない」 馬太鞍渓の越流から1年がたっても再耕作が進まないことについて、農業部の黄昭欽次長(副大臣に相当)は、被災面積が広いうえ、せき止め湖の越流後に馬太鞍渓の河床が両岸の農地より高くなり、一部の灌漑用水路も壊れたため、現地の農地はもはや川から水を引いて灌漑することができないと説明した。そのうえで、転作支援を通じて、被災地の再耕作を段階的に進める必要があると述べた。
農業部によると、一般被災区の農地383.1ヘクタールのうち、軽度被災田(堆積20センチ以下)の土砂撤去は2026年7月に業者に発注し、現在の進捗は約5割。用水路の復旧では、水保署が光復郷の北富・東富地区で修復を終え、その他の地区でも緊急の井戸掘削を完了し、再耕作する農地で畑作物を育てるのに必要な灌漑用水を確保した。今後は花蓮農改場と農糧署が、一般の農家や専業農家の再耕作を支援していく。
農業部の黄昭欽次長は、馬太鞍渓の越流後、現地の農地では水を引いて灌漑することができなくなったとして、転作支援を通じて被災地の再耕作を段階的に進める必要があると説明した。(高雄市農業局提供)
農糧署の統計によると、花蓮の2026年第1期作で、特別休耕給付の対象面積は307ヘクタールで、これに基づくと、被災地にはなお300ヘクタール余りの再耕作されていない土地があると見られる。農糧署の把握では、農家が自力で順次再耕作を始めた面積は約224ヘクタール。このうち、農糧署が支援する大規模専業農家や畑作物の生産団地での再耕作が138ヘクタールで、主に硬質トウモロコシや大豆、ソルガム(高粱)などを栽培している。
花蓮農改場によると、被災地では堆積した土砂で土壌の構造が壊れ、泥が深すぎる農地では農業機械が入った途端に異物に引っかかるため、農機業者が作業を断ることもあった。農改場は被災地の土壌を調べ、泥に重金属汚染がないことを確認したうえで、被災農地9.8ヘクタールで再耕作試験を行った。
農業試験所、光復の瑪布隆農場と邦査農場を支援 花蓮農改場によると、試験・実証田では1年間の土づくりを経て、ほぼゼロだった土壌の有機物含量が約0.5%まで上がった。被災したドラゴンフルーツ園では、緑肥を植え、農糧署の補助による1ヘクタール当たり20トンの有機質肥料で土づくりをした結果、植えたトウモロコシ1本当たり262粒が実り、通常のトウモロコシと変わらない水準になった。これに対し、土壌改良をしていない土地では、1本に39粒しか実らなかった。
農業部農業試験所(農試所)は現在、光復の瑪布隆(Mapolong)農場と邦査(Pangcah)農場の2農場で、ソバとトウモロコシの種まきを支援している。科学技術とレジリエンス(強靱性)を組み合わせることで、光復郷の被災した大地に一日も早く活気を取り戻し、台湾の高付加価値の有機野菜や畑作の新たなモデルにしたいとしている。
基準は「災害前の市場での通常取引価格」 一部の被災住民が求める「代替地との交換」について、農業部は、行政院の「馬太鞍渓せき止め湖災害復旧・復興中央調整会議」(災害復興調整会議)の決定に基づき、農家の権益を守りつつ復興のスピードも確保するため、より実効性のある「協議による買収」方式を採ると説明している。価格は「災害前の市場での通常取引価格」を基準とし、地主が優先して補償金を受け取れるようにして、権益の保障を図るという。
農業部によると、買収後も実際に耕作を続けたい農家のために、国産署や台糖に対し、周辺で提供可能な公有地を積極的に洗い出すよう要請した。今後はプロジェクトとして、農家が賃借などの方法で別の土地で再耕作し、生計を維持できるよう支援する。関係機関が洗い出した土地のうち、賃借できるのは計49.6ヘクタール。
このほか、別の土地での耕作に対する賃料補助も続け、1ヘクタール当たり年間最大4万台湾ドル(約19万9000円)を支給する。農家は土地までの距離や、育てる作物と土地の相性を考えて借りる土地を選んでおり、これまでに8.2ヘクタールの賃借が成立した。
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