【花蓮洪水から1年④】光復郷の未来を誰が決めるのか 200ヘクタール超の土地取得計画、「トップダウン」の復興に住民反発 馬太鞍渓では現在、土砂の浚渫が崩落の速度にまったく追いついていない。地元からは、今後さらに土地を収用して土砂の仮置き場にするのではないかとの疑問の声が上がっている。(方儉撮影)
台湾・花蓮県の馬太鞍渓でせき止め湖が越流した災害から、まもなく1年を迎える。行政院(内閣に相当)の陳金徳政務委員が主宰する「災害復興調整会議」は8月、「一心・一林・二低地・双網」と名付けた復興ビジョンを打ち出し、141ヘクタールの植林による再生を進める方針を示した。しかし、地元住民からはすぐに反発が起きた。
経済部水利署による馬太鞍渓の河川整備と合わせると、収用が必要な土地は200ヘクタールに上る。「川に土地を返す(還地於河)」政策を進めるかどうかも、いまだ決まっていない。これほど大規模な土地収用でありながら、中央と地方の間で十分な意思疎通が図られた形跡はなく、台湾人権促進会(台権会)などの市民団体は、政府の復興計画が「ブラックボックス」になっていると批判している。
2025年9月23日、馬太鞍渓のせき止め湖の越流に伴う土石流により、光復郷の住民19人が犠牲となった。国民党と民進党は、内政部が示した「2階以上への垂直避難」という基準をめぐって、現在も論争が続いている。卓栄泰行政院長(首相に相当)が被災地を訪れて最初に口にしたのも、「地方政府は検証する必要がある」という言葉だった。中央政府は災害後の最初の1週間、頼建信経済部次長(副大臣に相当)を現地に常駐させただけで、軍の動員が必要だと分かってから、ようやく季連成政務委員が陣頭指揮に乗り出した。
270億台湾ドルの特別予算、執行は3割に届かず 南岸の堤防を先行発注 災害復興を進めるため、行政院は2025年11月に270億台湾ドル(約1340億円)の特別予算を編成した。行政院公共工程委員会(工程会)のウェブサイトによると、2026年7月までの執行額は76億2300万台湾ドルで、執行率は29.82%にとどまる。このうち、光復郷の1万人余りの住民の安全に直結する馬太鞍渓南岸の「第2防衛線」の一体的な整備工事は、第1工区と第2工区を合わせて20億台湾ドル(約99億円)を超える堤防工事が、すでに急ピッチで発注された。第1工区は2027年の出水期前、第2工区は2026年末までの完成を目指している。
行政院の陳金徳政務委員が主宰する「災害復興調整会議」は8月、「一心・一林・二低地・双網」の復興ビジョンを打ち出した。(資料写真、行政院公共工程委員会提供)
ただ、馬太鞍渓の整備が左右するのは、南岸の光復郷に暮らす1万人超の住民の生命と財産だけではない。北岸にある鳳林環境保護科技園区(22ヘクタール)と鳳林エコ・レクリエーション園区(48ヘクタール)の今後の企業誘致や開発にも影響する。せき止め湖の越流後、馬太鞍渓の川床はすでに両岸より高い「天井川」になっている。水利署は現段階では南岸の光復など人口密集地で堤防の新設・補強を進めているだけで、北岸の堤防を一部撤去して洪水と土砂を受け止める遊砂地を確保するのか、さらには「川に土地を返す」政策を進めるのかについては、いまだ結論が出ていない。
200ヘクタールの土地収用、決定過程は「ブラックボックス」 総予算300億台湾ドル近く、1000ヘクタールを超える国土の防災と再利用に関わる計画で、治水と植林のために収用が必要な土地は200ヘクタール以上に上る。これほど大規模な土地収用をめぐっては、中央政府と地方政府の間に明らかな立場の違いがあるだけでなく、復興計画全体が「トップダウン」で決められていく過程に、参加した市民団体からも強い不満の声が上がっている。
中央と地方の立場の違いは、花蓮県選出の傅崐萁立法委員(国会議員に相当、国民党)が6月29日、「馬太鞍渓北堤河道整備工事の土地使用案」について、中央政府に「代替地との交換(以地易地)」を求めたことにも表れている。
花蓮県選出の傅崐萁立法委員は6月29日、「馬太鞍渓北堤河道整備工事の土地使用案」をめぐり、中央政府に「代替地との交換」を求めた。(資料写真、劉偉宏撮影)
当時、鳳林、万栄、光復の農家が共同で陳情していた。水利署第九河川分署(九河局)は5月末、第2堤防を建設し、沿岸700メートルの範囲の土地を収用する計画を文書で示したが、決定過程で十分な説明はなく、住民は堤防の位置も工事の内容も知らされていなかった。井戸の掘削や整地、作物の植え付けに数百万台湾ドルを投じてきた農家も多く、土地が収用されれば投資がすべて無駄になるうえ、先祖から受け継いだ土地が失われることを恐れている。
傅氏はその場で、政府は「旗を立てただけで土地を収用する」ようなことをしてはならないと述べ、行政院公共工程委員会に対し、第2堤防のための収用をブラックボックスにせず、「代替地との交換」によって収用後の農家の生計問題を解決するよう求めた。
農家は「代替地との交換」を要望 実は、傅氏が中央を批判する前から、「第2防衛線」工事の発注を担う第九河川分署が2026年5月下旬に花蓮県の光復国民小学で開かれた初めての公聴会でも、地元住民から「代替地との交換」を求める声が上がっていた。
花蓮県農会(農協に相当)の呂律均理事長はその場で、九河局は水利法だけを根拠に、治水区域に含まれれば土地を強制的に収用していると指摘した。100ヘクタールを超える農地の農家の生計に関わる問題である以上、水利署は土地の収用と同時にほかの省庁の資源を結集し、「代替地との交換」によって農家の権利を損なわないようにすべきだと訴えた。同農会の呉昆儒総幹事も、水利署が公聴会の開催を農家に知らせず、出席したのも課長級の職員だけだったことを挙げ、地元の意見をまったく重視していないと批判した。
馬太鞍渓の浚渫で出る土砂の量は膨大で、水利署は整備の過程で広い土地の収用を検討している。(方儉撮影)
北岸の「川に土地を返す」構想と141ヘクタールの植林、なお決着せず 馬太鞍渓の浚渫で出る土砂は膨大で、水利署は整備の過程で広い土地を必要としている。2026年2月には土砂の仮置き工事のため、光復郷で50ヘクタール近い土地を徴用すると公告した。今後、南岸の「第2防衛線」の堤防に加え、北岸の整備計画線を740メートル後退させて広げれば、土砂の仮置き場として収用が必要な土地は340ヘクタールに達する。
北岸の土地は大半が国有地だが、今後の整備計画には水利署が中興工程顧問(コンサルタント会社)に委託した「川に土地を返す」計画も含まれており、中長期的に収用面積がさらに広がる可能性も否定できない。
水利署の林元鵬署長は、馬太鞍渓南岸の「第2防衛線」の一体的な整備工事は光復郷の住民の生命と財産の安全に関わると強調する。2027年の出水期までに完成させるため、水利署は水利法第82条に基づいて馬太鞍渓の水路整備計画線を公告し、用地範囲内の土地はまず「協議による買収」で取得し、協議が成立しなかった場合に限って収用に進むという。土地の取得は2026年末から2027年初めになる見通しだ。
水利署の林元鵬署長(左)は、馬太鞍渓南岸の「第2防衛線」の一体的な整備工事について、光復郷の住民の生命と財産の安全に関わると説明している。(資料写真、蔡親傑撮影)
林署長によると、住民の権益を最大限守るため、水利署は内政部に対し、土地収用条例第58条の「緊急の事情があり、土地や土地の改良物の使用が遅れれば公共の利益に重大な損害が生じる恐れがある場合」の規定に基づき、土地の先行使用を認めるよう申請した。使用期間中、水利署は地主に毎年、「政府が公示する土地価格の10%」に当たる対価を支払う。
日本の土地収用法にも、非常災害に際し、公共の安全を確保するため事業を特に緊急に実施する必要がある場合、市町村長の許可を受けて他人の土地を直ちに使用できる特例がある(第122条)。国や都道府県が事業主体の場合は、市町村長への通知で足りる。使用期間は、許可または通知の日から6カ月を超えることができない。
もっとも、花蓮県光復郷において政府が公示する土地価格は現在、1平方メートル当たりわずか440台湾ドル(約2200円)にすぎず、今後政府に収用されたり緊急使用されたりする土地が受け取れる補償は高くない。
国有地を使った「代替地との交換」を求める地元の声について、林署長は、水利署は所管機関ではないとしたうえで、経済部が国有財産署や台湾糖業(台糖)に土地の賃貸情報を公開するよう求め、地元住民が優先的に借りられるよう支援すると説明した。
市民団体、陳金徳政務委員の「植林再生計画」を批判 行政院は、馬太鞍渓の南岸と北岸の土地使用で地元の「代替地との交換」の意見を受け入れないだけでなく、陳金徳政務委員が主宰する災害復興調整会議が8月に打ち出した「一心・一林・二低地・双網」の復興ビジョンのうち、141ヘクタールの「植林再生」についても、土地収用条例に基づく大規模な収用を行う方針だ。
陳氏は、新たに編入される原住民保留地は私有地と同じ扱いで補償し、香草場地区の収用の必要性については、水利署に現地で集落と改めて確認させると答えた。ところが会議の最後、陳氏は集落代表に発言を求めないまま会議を終了し、連盟代表は強い驚きを示した。
行政院が打ち出した馬太鞍の「植林再生」計画は土地収用を伴い、光復郷で大きな議論を呼んでいる。(方儉撮影)
実際、2026年5月29日に卓院長が花蓮の被災地を視察した際には、「馬太鞍渓流域集落青年連盟」の代表がその場で陳情書を手渡そうと声を上げたが警護担当者に阻まれ、最終的に無所属の蔡依静花蓮県議が代わりに届けた。この一件からも、地元の市民団体が中央の復興案に強い疑念を抱いていることがうかがえる。
馬太鞍渓流域集落青年連盟の代表、ナモ・ノフ(Namoh Nofu、那莫・諾虎)氏は先日、ネットメディア「芋傳媒」に寄稿し、馬太鞍渓の災害復興には「複数の基準」が存在すると疑問を呈した。「どの土地が植林のための収用に組み込まれ、どの土地が堤防工事に回され、どの土地が除外されるのか。政府がそれをどう決めているのか、私にはまったく理解できない」
ナモ・ノフ氏によると、農業部農村発展及水土保持署(水保署)は当初、「土砂が50センチ以上堆積し、再耕作が難しい」ことを基準に「農業重災区(農業の重点被災地域)」を指定し、その後、土地を収用して植林、遊水、記念、レクリエーションの用途に転換する計画を立てた。しかし、「土砂の厚さは土地が被災したことを証明するだけで、国家が土地を恒久的に取得する行政上の必要性まで自動的に証明するものではない。被害が大きいこと、再耕作が難しいこと、収用しかないことは、それぞれ別の話だ」と指摘する。
「さらに腹立たしいのは、植林の境界線が土砂の厚さや洪水リスクに完全には沿って引かれていないことだ」
ナモ・ノフ氏はその例として、公式の植林リストには保安寺がある大平段312番地が含まれていない一方、周辺の多くの地番は組み込まれていることを挙げる。第9回の中央調整会議では、保安寺を中心に記念広場を設け、141ヘクタールの平地の森、2カ所の遊水低地、遊歩道、排水網を整備する計画が示された。
第4回の会議では、花蓮環境保護科技園区を計画的に越流させる区域や土砂の堆積場に含めれば治水効果が高まる可能性があるとして、その評価を求めていたが、最終的には含まれなかった。「水理評価の結果や、最終的に除外した理由は、なぜ十分に公開されないのか」
「トップダウン」の計画に農家と集落が疑問 リスク評価と線引き基準は十分に公開されず 馬太鞍渓流域集落青年連盟によると、せき止め湖災害から1年近くたった今も、多くの農地が土砂に埋まったまま再耕作できずにいる。せき止め湖の対策、堤防、浚渫、橋梁、農地の処理、住まいの確保・再定住といった作業は次々と進んでいるが、住民には、住まいが安全なのか、土地がどう扱われるのか、農地を再び耕せるのか、生計をどう立て直すのか、そして今後も元の集落で暮らし続けられるのかが、なお分からないままだ。
同連盟は、馬太鞍渓の復興計画は私有地や集落の土地、住宅の取り壊し、長期的な居住の安全に関わる工事であり、まずリスク評価や世帯ごとの権利調査、住まいの確保・再定住計画を整えるべきで、「先に工事、後から通知」であってはならないと強調する。とりわけ先住民族の土地や集落の移転、大規模開発に関わる場合、政府は説明会の開催や個別の意見聴取で先住民族の集団的な参加に代えることはできず、法に基づいて協議を行い、先住民族の同意または参加を得る手続きを踏むべきだと訴える。案がまとまり重要な決定が下される前に、集落が十分な情報を得て、実質的に参加し、決定に関わる機会を確保すべきだという。
馬太鞍渓の復興計画は、私有地や集落の土地、住宅の取り壊し、長期的な居住の安全に関わる。地元住民の声を十分に反映すべきだとの声が上がっている。(方儉撮影)
匿名を条件に取材に応じたある政府関係者は、次のように語る。馬太鞍渓の越流から1年がたつが、中央の各省庁は災害復興をめぐり、いまだ省庁横断の救災・復興の仕組みを作れていない。水利署が進める河川整備も、現段階では光復郷に近い南側の堤防をかさ上げし、上流から流れ下る土砂を、人の住まない北岸側にあふれさせるだけのやり方だ。
現在の浚渫のペースは崩壊のペースにまったく追いついておらず、たとえ北岸の整備計画線を740メートル後退させても、極端な気象が頻発するなかでは、光復付近の河道はいずれ堤防の高さまで土砂で埋まる。中興工程顧問が評価した「川に土地を返す」構想まで考慮に入れるなら、そのとき北岸でさらに土地を収用し、土砂の仮置き場にし続けるというのだろうか――。
同関係者によると、花蓮では2022年の玉里地震と2024年4月3日の花蓮県沖の地震以降、中央山脈の各所で崩落の恐れが生じている。その後の土石災害で、良質な米どころとして知られる花蓮県玉里鎮の長良地区は、2024年の台風21号(コンレイ)の後に大きな農業被害を受け、稲作農家は100万台湾ドル規模の損失を抱えた。
「花東縦谷の北から南まで、土砂対策が必要なのは馬太鞍渓や花蓮渓だけなのか。秀姑巒渓に浚渫の必要はないのか。馬太鞍渓のせき止め湖の越流は、本来なら複合災害からの復興の模範になり得た。残念ながら、中央はこの1年、花東地域に潜む巨大災害のリスクに対し、地球温暖化への適応に向けた決意をまったく示してこなかった」
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