防衛・安全保障分野における先端技術の活用を議論する「Defence Innovation Forum(ディフェンス・イノベーション・フォーラム)」では、午前のセッションで、新興・破壊的技術(EDT)が安全保障環境にもたらす変化や、通信が著しく制約される過酷な環境下での自律分散型射撃管制システムをめぐり、詳細な発表と議論が行われた。
長島純氏「破壊的技術は安全保障を根本的に変えるのか」 AI・量子技術がもたらす歴史的転換 元航空自衛隊幹部学校長(空将)で、中曽根平和研究所研究顧問を務める前駐ブルキナファソ特命全権大使の長島純氏は、「破壊的技術は安全保障を根本的に変えるのか」と題して講演した。
長島氏は、2016年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で示された「第4次産業革命」や、日本が掲げる「Society 5.0」に言及。サイバー空間と現実空間の融合が進む中、世界は安全保障や軍事を含む歴史的な転換期(ピボット)にあると指摘した。
ディフェンス・イノベーション・フォーラムでは、長島純氏が新興技術への対応に向けた「リテラシーの向上」「官民協力」「国際協力」の3本柱を提示。また、早野禎祐氏とDiarkis(ディアルキス)の高橋信頼氏が、通信が著しく制約されるDDIL環境下での運用を想定した自律分散型「Any-Sensor-to-Best-Shooters」システム構想を発表した。(黄信維撮影)
その具体例として、2007年の中国による衛星破壊実験(ASAT)で大量の宇宙ごみ(スペースデブリ)が発生した事例や、2008年のロシア・ジョージア紛争でサイバー攻撃と認知戦を組み合わせたハイブリッド戦が展開された事例を挙げた。
さらに、2020年のナゴルノ・カラバフ紛争でドローンが戦局を左右した事例や、2021年に米国のコロニアル・パイプラインがランサムウェア攻撃を受け、燃料供給が停止した事件にも言及した。
長島氏は、人工知能(AI)や量子技術、自律制御といった破壊的技術が指数関数的な進化を遂げており、現実世界と仮想世界の境界が急速に失われつつあると説明した。
ディフェンス・イノベーション・フォーラムでは、長島純氏が新興技術への対応に向けた「リテラシーの向上」「官民協力」「国際協力」の3本柱を提示。また、早野禎祐氏とDiarkis(ディアルキス)の高橋信頼氏が、通信が著しく制約されるDDIL環境下での運用を想定した自律分散型「Any-Sensor-to-Best-Shooters」システム構想を発表した。(黄信維撮影)
新領域への対処に必要な3原則 「リテラシー向上」「官民協力」「国際協力」 長島氏は、こうした新たな安全保障領域への対処を支える基盤として、「リテラシーの向上」「官民協力」「国際協力」の3つの柱を提示した。
サイバー攻撃などの脅威を正しく理解し、適切に対処するための基礎的な能力を高めることに加え、民間で開発された技術が軍事分野の発展を先導する「スピンオン」の流れに対応するため、官民の連携体制を早急に整備する必要があると述べた。
また、宇宙やサイバー空間などの領域については、一国だけで安全を確保することは不可能であり、同盟国や同志国との協力が欠かせないと強調した。
長島氏は、ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』に登場する「赤の女王」の言葉を引用し、現状を維持するためにも、より速く走り続け、絶えず進化と変革を重ねなければならないと訴えた。
さらに、個々の専門分野の壁を越え、軍事、技術、文化、倫理などの異なる領域を横断的につなぐ「コネクタ(媒介役)」となる人材の育成が、防衛イノベーションを推進する鍵になると結んだ。
ディフェンス・イノベーション・フォーラムでは、長島純氏が新興技術への対応に向けた「リテラシーの向上」「官民協力」「国際協力」の3本柱を提示。また、早野禎祐氏とDiarkis(ディアルキス)の高橋信頼氏が、通信が著しく制約されるDDIL環境下での運用を想定した自律分散型「Any-Sensor-to-Best-Shooters」システム構想を発表した。(黄信維撮影)
早野禎祐氏が解説する射撃管制システムの進化 NTDS・リンク16から共同交戦能力へ 続く基調講演では、元海上自衛隊システム通信隊群司令でNSDコンサルティング代表取締役の早野禎祐氏と、株式会社Diarkis(ディアルキス)代表取締役CEOの高橋信頼氏が登壇し、「DDIL環境下における自律分散型 Any-Sensor-to-Best-Shooters システム」について発表した。
早野氏は、海上自衛隊で戦闘指揮システムの開発に携わった経験を踏まえ、朝鮮戦争の戦訓を背景に米海軍が進めてきた、目標処理の自動化と情報共有の歴史を詳しく解説した。
まず、友軍への誤射を防止し、効率的な火力配分を実現するために開発された海軍戦術情報システム(NTDS)と、戦術データリンク「リンク11」の役割を説明した。
続いて、広帯域通信や電子妨害への対抗機能を備え、陸海空の各部隊で統合的に運用される「リンク16」、さらにレーダーで捉えた信号を生データに近い形で共有することで、目標を探知した艦艇以外からの射撃も可能にする「共同交戦能力(CEC)」へと発展してきた経緯を紹介した。
早野氏は、1984年の環太平洋合同演習(リムパック)で護衛艦「さわかぜ」に乗艦した際の実体験も交えながら、こうした情報共有技術の進歩を振り返った。
現在では、情報を収集するセンサーや、目標に対処するシューターの範囲が無人機や人工衛星にまで広がっており、途切れることのない通信ネットワークの重要性が一段と高まっていると指摘した。
通信妨害や帯域制限にどう対応するか Diarkisが示す「DDIL環境」の課題 一方、大規模オンラインゲームで培った並列分散通信技術を持つDiarkisの高橋氏は、通信が遮断・妨害されたり、帯域が制限されたりする「DDIL(Denied、Disrupted、Intermittent、Limited bandwidth)」環境に対応する、新たな通信アーキテクチャの必要性を訴えた。
高橋氏は、従来の固定的な1対1通信や、通信帯域を圧迫しやすいブロードキャスト方式、あらかじめ配信する情報のトピックを定義しておく固定的なデータ配信方式には限界があると指摘した。
特に、高速で機動する無人機が多数投入される環境では、状況や脅威が急激に変化するため、既存の通信方式だけでは十分に対応しきれないことが課題だと説明した。
分散型通信エンジン「Plexis」 中央サーバーに依存せず通信経路を自動修復 Diarkisが開発を進める分散型通信エンジン「Plexis(プレキシス)」は、戦況の変化に応じて接続するノードを動的かつ瞬時に再グループ化する仕組みを備えている。
特定の中央サーバーに依存しない「マスターレス構成」を採用していることが大きな特徴だ。
高橋氏によると、この仕組みにより、一部の装備品が破壊されたり、電波妨害を受けたりした場合でも、通信経路を自動的に修復し、システム全体の運用を継続できる耐障害性を確保しているという。
通信プロトコルには、UDPを基盤とする独自の到達保証技術を採用。通信帯域の消費を最小限に抑えながら、過酷なエッジ環境でも確実な通信を実現する仕組みだと説明した。
また、衛星通信やクラウドとの接続が途絶えた場合でも、装備品同士が構築するローカルメッシュネットワークだけで通信を完結できるという。
さらに、小型コンピューターを介することで、既存のリンク16搭載機や市販製品とも柔軟に連携できる点を特徴として挙げた。
ドローン飽和攻撃への対処を想定 AIと分散ネットワークで迎撃情報を共有 高橋氏は、Plexisの具体的な適用例として、数千キロにわたって飛行する安価な自爆型ドローンによる飽和攻撃に対処する、対ドローン(カウンターUAS)システムの構想を紹介した。
この構想では、各地に分散配置された多様なセンサーが捉えた探知データをAIが分析し、Plexisを通じて最適な迎撃手段となる装備品に情報や指示を即座に伝達する。
また、指揮官や操作要員もメッシュネットワークを構成するノードの一つとして柔軟に組み込むことで、通信妨害を受けた状況でも意思決定を停止させない「人間参加型」の運用が可能になると説明した。
高橋氏は、大規模オンラインゲームで培われた通信技術を防衛分野に応用することで、通信環境が不安定な状況でも機能し続ける強靱な通信インフラを構築し、日本の防衛イノベーションに貢献できるとの展望を示した。