中国の大学へ進学する台湾の学生数は、2017年に2567人に達したが、新型コロナ禍を境に400人を下回る水準まで落ち込み、その後も低迷が続いている。2017年と比べると約8割減少した。
背景の一つとして指摘されるのが、米国との競争が続く中での中国経済の減速と、過度な競争を意味する中国語の「内巻」だ。中国で大学を卒業した後、現地で就職することが難しくなっていることに加え、中国で取得した学歴を足がかりに欧米の有力大学院へ進学する際の優位性も以前ほど大きくないとの見方がある。台湾の学生は、中国の「内巻」から距離を置き始めているのか。
台湾の対中窓口機関、海峡交流基金会(海基会)はこのほど、最新号の『交流雑誌』で関連データを紹介し、台湾人学生の中国進学が減っている背景として4つの要因を挙げた。
第1は、中国の厳しい雇用環境だ。海基会は若年層の失業率が14.9%に達したことを例に挙げる一方、台湾ではハイテク産業が好調で、学生が中国進学を以前より慎重に検討するようになっていると分析した。なお、中国国家統計局が10月21日に公表した9月の16~24歳の都市部失業率(在学者を除く)は18.0%だった。
第2は、中国で取得した学歴のうち、台湾で認定される範囲が限られており、帰台後に国家試験を受験できない可能性があること。第3は、中国が近年、台湾への軍事的、政治的、法的圧力を強める中、中台間の相互信頼が十分でなく、中国で長期間学ぶことや将来のキャリアを設計する際の不確実性が高まっていることだ。
第4に、台湾の学生にとって海外進学の選択肢が広がったことも、中国への進学を選ぶ学生の減少につながっているという。
この現象について、致理科技大学国際貿易学科の張弘遠教授と、台北市立大学グローバル戦略・民主レジリエンス研究センターの洪浦釗主任が台湾メディア『風傳媒(ストームメディア)』の取材に応じた。
中国経済の低迷と「内巻」 若者の就職環境に影響 張氏は、かつて中国の大学は比較的出願しやすく、台湾の学生にとっても入学のハードルが低かったと説明する。
台湾で希望する大学に合格できなかった学生が中国で学ぶことを検討したり、中医学や医学などの学部を目指して中国の大学への進学ルートを利用したりするケースもあったという。
また、中国へ進学する学生は、一般的な学生とは異なる人生設計や意思決定をする傾向があり、比較的強い家族の支援を受けている場合が多いと指摘した。親が中国で働いているか、あるいは家庭に一定の経済的余裕がなければ、こうした進路を選ぶのは難しかったという。
しかし近年、特に新型コロナ禍以降、中国へ進学する台湾人学生は減少している。
中国での学歴を将来のキャリアの足がかりにしようと考える若者にとって、その魅力が低下しているという。中国経済の低迷や「内巻」の激化に加え、さらに重要なのは、中国で学歴を取得した後、さらに進学する際の優位性も以前ほど大きくなくなっていることだとした。
台湾では半導体関連産業の競争力が高く、若者が国内で進学する大きな要因の一つとなっている。写真は台湾大学の114学年度卒業式。(中央社)
中国の学歴、欧米大学院への進学でかつての優位性薄れる 張氏によると、中国で学位を取得し、その学歴を使って海外へ進学することは、以前ほど容易ではなくなっているという。
米国を例に挙げ、コロナ禍以降、中国からの留学生に対する米国のビザ審査や発給を巡る環境が変化し、申請者が直面する不確実性が増していると指摘した。
張氏は、台湾人学生の中国進学が減少している理由を二つの側面から分析する。
第一に、中国国内の景気低迷により、卒業後に現地で就職しようとする学生は激しい「内巻」競争に直面する。
第二に、かつては中国での進学をキャリア転換やその後の進路の足がかりとする人も多かったが、その優位性は現在、以前ほど明確ではなくなっているという。
さらに台湾では、少子化の影響で大学への進学機会が増え、多様な入学制度によって進路の選択肢も広がっている。
中国側の魅力を低下させる要因と、台湾国内の選択肢を増やす要因が重なった結果、中国へ進学する台湾人学生が減っているとの見方を示した。
張氏はまた、台湾から中国へ向かう学生が減っているだけでなく、中国の学生が台湾で交流する機会も少なくなっていると指摘した。
中台の若い世代は本来、対面で接触し、交流や対話を重ねることで互いへの理解を深めることができるが、こうした機会が減れば、双方の隔たりが広がる可能性もある。
「特に若い世代の間で隔たりが広がっていることは、かなり明確な現象だ」と述べた。
中国の大学で取得した学歴を使って欧米の有力大学へ進学する際の優位性も低下しており、台湾人学生が中国進学を選ぶ意欲の低下につながっている。写真は米ハーバード大学。(AP通信)
習近平氏の供給側構造改革、その後に米中摩擦とAI競争 張氏は、大国が経済発展の過程で試行錯誤や調整を迫られるのは珍しいことではないとしたうえで、中国経済は現在も成長しているものの、その伸びは以前ほど大きくないと指摘した。
2015~2016年ごろ、習近平国家主席は「供給側構造改革」を推進し始めた。生産・供給面から産業構造を見直し、競争力に乏しい企業の退出を促す一方、競争力のある企業を残して産業構造を再編する政策だ。
張氏は、こうした改革の過程では一部企業の市場退出が加速し、雇用機会が減少する可能性があると説明する。
改革が成功すれば、競争力と技術力を備えた中堅企業を育成し、それらが経済をけん引することで再び経済全体を活性化させることが期待できたという。
しかし、その後に新型コロナ禍が発生し、さらに米中ハイテク競争、そして人工知能(AI)を巡る競争が本格化した。
このため現在は、単に産業構造を調整するだけでなく、経済が依拠する生産力の基盤そのものが変化していると分析した。
張氏は、中国が二重の試練に直面していると指摘する。
さらに、もともと人件費が比較的高い欧米諸国が、技術力と資本力を生かして自動化やロボット、AIを活用した生産への投資を進めていることにも言及した。
こうした技術は、中国が対外経済で長く享受してきたコストと労働力の優位性を相殺しつつある。
その結果、中国の急速な発展を支えてきた成長の恩恵や、高成長を支えてきた力が徐々に弱まりつつあるとの見方を示した。
習近平国家主席が進める供給側構造改革に米中貿易摩擦が重なり、中国国内経済は二重の課題に直面している。(AP通信)
グローバル化の後退、中国の輸出にも影響 張氏は、グローバル化が進んだ時代には、中国製品を欧米をはじめとする先進国市場へ大量に販売するモデルが有効に機能していたと指摘した。
しかし現在は「脱グローバル化」の動きが進み、中国製品を利益率の高い欧米市場で販売することが難しくなり、利益率の低い市場へ販路を移さざるを得ないケースも増えているという。
その結果、中国経済を支えてきた力の一部が弱まっていると分析した。
貿易が影響を受ける一方、中国政府の財政支出もさまざまな要因から圧迫されていると張氏はみる。
コロナ禍で支出した資金の影響が現在も残り、中国の地方政府は財政上の穴を埋める対応に追われているとの見方を示した。
このため、政府支出、企業支出、民間消費、貿易による利益という、従来経済をけん引してきた複数の要素が、それぞれ異なる程度の圧力にさらされているという。
中国経済、中長期的な構造転換の途上 張氏は、中国でかつて見られたような高度成長はすでに過去のものとなり、中国経済を急速に押し上げてきた力が失われつつあると指摘した。
一方、中国経済が崩壊するほど深刻な状況に陥るかについては、そこまで悲観していないという。
中国は広大な経済圏を持ち、省、自治区、直轄市を含む31の省級行政区があり、それぞれが比較優位に基づいて新たな発展の方向性を見いだすことができるためだと説明した。
例として、近年は新疆ウイグル自治区で観光産業が発展していることを挙げたほか、内モンゴル自治区などでは農業や牧畜業を発展させ、「中国のニュージーランド」のような産業モデルを構築する可能性もあるとの考えを示した。
産業を改めて配置できれば、国内に新たな経済成長の原動力を生み出す可能性があるという。
張氏は、現在の中国経済の減速について、構造転換・構造調整の過程とみることができ、中長期的なプロセスになるとの見方を示した。
雄大な自然景観に加え、少数民族の文化や暮らしに触れられる新疆ウイグル自治区は、近年、台湾人旅行者の間でも注目を集めている。(読者提供)
中台学生の交流、再び活発化する可能性も 張氏は、中台関係の対立が続き、民進党政権が継続する中で緊張状態も維持された場合、2028年から2032年にかけ、中国共産党第21回党大会後の政治環境の下で、台湾の若者が中国で学び、働き、生活しようとする意欲は引き続き影響を受ける可能性があるとした。
中国へ向かう意欲が完全になくなることはないものの、低下し、継続的に圧力を受ける可能性が高いとの見方を示した。
中台関係が再び交流を回復し、徐々に緊張が和らぎ、相互信頼を再構築できれば、台湾人学生の中国進学や中台交流が再び増えることもあり得るとした。
台湾の若い世代に定着する「台湾人としてのアイデンティティ」 台北市立大学グローバル戦略・民主レジリエンス研究センターの洪浦釗主任は、台湾人学生の中国進学が大幅に減った背景を考えるうえで、2020年以降の新型コロナ禍による影響は無視できないと指摘した。
当時、中国では都市封鎖、人員の隔離、日常生活への規制など厳格な感染対策が実施され、中国の統治のあり方が個人の自由や日常生活に及ぼす影響について、台湾の学生や保護者が改めて考えるきっかけになったという。
特に上海でのロックダウン期間中に起きたさまざまな混乱がSNSを通じて広く伝わり、台湾の若い世代に強い印象を残した。
その結果、学生と保護者が中国で学ぶ際の生活環境や政治的リスクを改めて評価するようになったと分析した。
洪氏は、コロナ禍の収束後も中国への進学者数が目立って回復していない背景には、中国経済の成長鈍化と若者の就職難が密接に関係していると指摘した。
かつて中国は巨大な市場と多くの雇用機会を背景に台湾の学生を引き付けていたが、現在は中国の大学を卒業した若者自身も激しい競争に直面しており、中国進学の魅力は低下しているという。
近年は国際的なサプライチェーンの再編と中国経済の成長鈍化を受け、一部の台湾企業が投資先を台湾、東南アジア、インド、欧米などへ移している。
これに伴い、中国に駐在する台湾人幹部の雇用機会や家族の生活設計も変わりつつある。
かつては台湾企業が提供する雇用や人的ネットワークが、台湾の若者が中国へ向かう大きな誘因となっていた。
しかし、親世代と中国での事業や生活との結びつきが弱まるにつれ、その次の世代が中国への進学を選ぶ際にも影響が及んでいるという。
2022年5月、中国では新型コロナウイルスの感染拡大を受け、各地で厳しい都市封鎖が続いた。こうした経験は台湾の若い世代にも強い印象を残し、学生や保護者が中国で学ぶ際の生活環境や政治的リスクを改めて考える契機となった。(AP通信) 洪氏はまた、台湾のハイテク産業の発展が、若者により多くの選択肢を与えていると指摘した。
少子化によって高校卒業者が台湾国内の大学へ進学する機会が増えているほか、半導体やAIなどの産業発展によって、雇用や国際協力の機会も広がっている。
台湾はグローバルサプライチェーンで重要な役割を担っており、学生は台湾で高等教育を受けた後、欧米や日本などへ進学し、学びとキャリア形成を国際市場につなげることもできる。
若い世代にとって、中国で学ぶことは、国際的なキャリアの機会を得るための不可欠なルートではなくなっているとの見方を示した。
洪氏はさらに、民主主義と自由の環境で育った台湾の若い世代には、台湾人としてのアイデンティティが定着していると強調した。
交流を通じて中国を知ることには前向きである一方、中国の政治体制、経済環境、個人の将来性については、それぞれ自ら判断しているという。
中国側は長年、入学時の優遇措置、奨学金、青年交流政策などを通じて台湾の学生を呼び込み、中台間の結びつきを深めようとしてきた。
しかし、中国経済の減速、就職競争、政治環境などを背景に、こうした優遇策の魅力は現在、かなり限定的になっていると洪氏はみる。
短期的な交流は互いへの理解を深めることにつながる一方、長期の留学は将来のキャリア形成に直結する。
そのため、台湾の若者は以前よりも現実的に進学先を選ぶようになっていると洪氏は述べた。