米軍によるイランの発電所およびエネルギー施設への「壊滅的打撃」のカウントダウンが進む中、トランプ米大統領は突如としてブレーキを踏んだ。トランプ氏は23日、SNSへの投稿で、米国政府がイラン当局と交渉を開始したことを明らかにした。中東で3週間続く激しい紛争の終結に向け、「敵対状態の全面的かつ徹底的な解決」を目指し協議を行っているという。
トランプ氏は、エネルギーインフラへの攻撃を5日間延期するよう米軍に命じたと述べ、この猶予期間の延長は「進行中の協議が成功するかどうか」にかかっているとした。しかし、イラン外務省がトランプ氏の言う「秘密交渉」の存在を否定したことで、一時1バレル=100ドルを割り込んでいた国際原油価格は再び上昇に転じている。
秘密交渉か、それとも「フェイク」か
トランプ氏の投稿は、この3週間、世界の金融市場と各国政府が最も待ち望んでいたニュースと言える。声明の中でトランプ氏は、過去2日間にわたって「非常に良好で建設的な対話」が行われたとし、高官レベルの接触が今週も続くことを示唆した。米国政府が秘密裏の交渉を公に認めるのは開戦以来初めてのことだ。
一方、イラン外務省は交渉の事実を真っ向から否定している。「一部の国が緊張緩和のイニシアチブを提案しているが、我々の回答は明確だ。我々はこの戦争を始めた側ではない。全ての要求はワシントン(米国政府)に突きつけるべきだ」と主張した。
最後通牒と報復の連鎖
『フィナンシャル・タイムズ(FT)』や『ニューヨーク・タイムズ(NYT)』によると、イラン国営テレビは、テヘランからの「断固たる警告」を受け、「トランプ氏はイラン側の反撃を恐れ、48時間の最後通牒を断念した」と報じている。
トランプ氏は先週土曜日、「48時間以内にホルムズ海峡を開放しなければ、イランの発電所を爆撃する」という最後通牒を出していた。これに対しイラン側は、「エネルギー施設が攻撃されれば、中東で米国が使用する全ての燃料、エネルギー、技術、海水淡水化インフラを標的にする」「海岸や島が攻撃されれば、ペルシャ湾に多種多様な機雷を敷設する」と強く反発していた。
イラン側が交渉を否定した後、フォックスニュースの取材に応じたトランプ氏は、直近の交渉は「昨晩」行われたと語り、出席者としてスティーブ・ウィトコフ氏やジャレッド・クシュナー氏の名を挙げた。トランプ氏は、合意は5日以内かそれよりも短期間で達成可能であり、イラン側も合意を「強く望んでいる」と強調。さらに、CNBCの電話インタビューでは、イラン側との議論は非常に激しいものであるとした上で、現在イランで起きている事態を「体制転換(レジーム・チェンジ)」という言葉で表現した。
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世界経済の悲鳴
世界を震撼させているこの戦争は、2026年2月28日に幕を開けた。米イスラエル連合軍によるイランへの猛烈な空爆は、同国の軍事力と国家指導層に甚大な打撃を与えた。しかし、テヘランを標的としたこの軍事行動は、瞬く間に世界を巻き込む経済的惨事へと変貌した。エネルギー不足に加え、世界中の消費者と企業がその衝撃にさらされており、この3週間、各国政府にとって最も解決が困難な危機となっている。
トランプ大統領がイランのエネルギーインフラへの攻撃一時停止を発表したことは、限界に達していた世界経済の「圧力鍋」にとって、極めて重要なガス抜きとなった。『ワシントン・ポスト』紙は、トランプ氏の外交手腕が再び予測不能な極端さを見せたと指摘している。2月28日の容赦ない猛爆から、3月23日の「敵対状態の全面的かつ徹底的な解決」の呼びかけに至るまで、戦争の淵と和平交渉の間を行き来する「最大限の圧力(マキシマム・プレッシャー)」は、トランプ氏特有の危機管理手法だ。
市場を揺さぶる「トランプ流」のカンフル剤
市場で「トランプ流の譲歩」と揶揄されるこの一幕は、金融市場に巨大な波紋を広げた。『ウォール・ストリート・ジャーナル』によると、トランプ氏が融和姿勢を示した後、北海ブレント原油先物は10%以上急落し、数日ぶりに1バレル=100ドルの大台を割り込んだ。米株式先物もこれに反応して急騰した。しかし、イラン側が交渉の事実を否定すると、原油価格は96ドルの安値から再び104ドル付近まで押し戻された。
トランプ氏の投稿前、世界市場は凄惨な状況にあった。月曜朝の欧州市場では、ストックス欧州600指数が1.7%下落し、開戦前の高値から10%超下落する「調整局面」入り。英FTSE100は1.5%安、独DAXは1.9%安と軒並み崩れた。
アジア市場も同様に悲鳴を上げた。エネルギー輸入への依存度が高い日本と韓国は、価格高騰の直撃を受けた。東証株価指数(TOPIX)は前場に3.4%暴落し、新発10年物国債利回りは0.06%上昇して2.32%に達した。韓国総合株価指数(KOSPI)は6.5%の暴落となり、ウォン相場は1ドル=1503ウォンまで下落。世界金融危機(リーマン・ショック)以来の安値を記録した。
通貨・エネルギー市場の混迷
通貨市場では、エネルギー価格の高騰が英ポンドとユーロを直撃した。ポンドは0.4%安の1.328ドル、ユーロも0.4%安の1.152ドルまで下落。対照的に、主要通貨に対するドル指数(DXY)は0.2%上昇した。ペルシャ湾でイスラエルとイランが天然ガス施設を標的にミサイルを応酬したことで、欧州の天然ガス価格は先週18%以上急騰。月曜朝もさらに3.1%上昇し、1メガワット時(MWh)あたり61ユーロに達した。
トランプ氏が「交渉開始と攻撃停止」を宣言すると、米主要3指数は大幅に上昇して取引を開始し、ダウ工業株30種平均は700ドル超上昇した。しかし、イラン側の否定により事態のさらなる悪化が懸念され、指数先物は一時下落に転じた。金の下げ幅は縮小したものの、依然として3%安。一方で、トランプ氏の投稿を受けて反転した欧州市場では、一時1.5%超の下落だったストックス600指数が約1%の上昇に転じたほか、ビットコインなどの暗号資産も約4%上昇した。
エネルギー惨禍の再演回避へ
トランプ大統領がイランの発電所への攻撃延期を決断した背景には、市場の反応が最大の要因としてあると言える。『ウォール・ストリート・ジャーナル』によれば、国際エネルギー機関(IEA)のファティ・ビロル事務局長は、現在の中東紛争による世界石油市場への打撃は、1970年代に起きた2度のオイルショックを合わせた規模を遥かに上回り、人類史上最大のエネルギー脅威となっていると強い警戒感を示した。
ビロル氏は、1973年と1979年の危機における世界の石油供給損失は日量約500万バレルであったのに対し、「現在は日量1100万バレルが失われており、これは過去2度の重大なオイルショックを合わせた破壊力に相当する」と指摘。また、ロシアによるウクライナ侵攻では欧州市場で約750億立方メートルの天然ガスが失われたが、現在の中東危機ではその約2倍にあたる約1400億立方メートルが失われており、ウクライナ戦争の衝撃を大きく上回る事態となっている。
さらに、中東紛争勃発以来、すでに9カ国で少なくとも40のエネルギー資産が深刻な損害を受けている。中東産油国の油田や製油所、送油パイプラインを戦前の水準まで復旧させるには、相当な時間を要するとみられる。ビロル氏は、戦略石油備蓄の放出は一時的な痛みの緩和にはなるが、エネルギー危機の根本的な解決策ではないと強調。現在、最も重要な解決策はホルムズ海峡の再開放であると訴えた。