【北京観察】中国の台風対策に「AI防災」 地方幹部の自作アプリが映すデジタル統治 台風9号の接近により、桃園市復興区では複数箇所で道路の崩落、落石、倒木、橋の封鎖などが発生。復旧作業が続いている。(復興区役所提供)
先週末の7月11日、台風9号(バービー) が台湾の北を通過し、その後、中国浙江省台州市に上陸した。中国東部沿海に位置する江蘇省、浙江省、上海一帯、北京市、天津市、河北省一帯で同時に「スーパーでの買い占め騒動」が起き、北京にあるウォルマート(Walmart)、永輝超市、大潤発(RTマート)などの一部店舗では生鮮食品が完売する事態となった。
フランスの国土面積に匹敵する範囲を覆ったこの強烈な低気圧は、大量の湿気と強風、豪雨をもたらしたが、奇しくも中台間における防災対応の違いを浮き彫りにすることとなった。
台湾が「休業・休校および避難」措置を講じ、中国は大規模な動員をかけ、200万人近くを避難させた。同時に、北京市密雲区では末端の公務員がAIツールを駆使して水害対策アプリを「自作」した事例が、今回の台風対応において大きな注目を集めている。
北京市規画自然資源委員会密雲分局・謝隕石副局長 の個人ブログ。(インターネット・アーカイブより取得、田暢氏提供)
過去には「休みになるかどうか」が世論の焦点となってきたが、近年、中台両政府の防災措置は予防的避難、交通規制、部門間連携へと段階的に移行する。これは、極端な気象条件下において、防災の考え方が事後救援から事前予防へと転換していることを示している。
中台で異なった台風9号対応 台風9号は中国上陸前、日本南西諸島と台湾北部に影響を及ぼした。台湾は最も強い暴風域の直撃こそ免れたものの、北部山間部での予想雨量が1メートルに迫ったため、中央気象署(気象庁に相当)が警報を発令。全土の多くの地域で「台風休み(防災休暇)」が宣言され、台湾桃園国際空港などの交通拠点で大規模な欠航が生じたほか、山間部では1万4000人以上が避難した。SNS上の映像によれば、台北市内の街頭では依然として傘を差して外出する市民の姿が見られ、一部のコンビニエンスストアも平常通り営業するなど、社会機能は一定の柔軟性を維持していた。強風により山間部などで113〜134人が転倒や落下物によって負傷したが、幸いにも死者や重傷者は出なかった。
対照的に、中国大陸側の対応はより強権的で強制力を伴うものとなった。浙江省、福建省、北京市、上海市などで約200万人を避難させたほか、国家気象センターは暴風雨の「赤色警報」を発令し、台風9号に伴う雨雲が複数の省に継続的な影響を与える可能性を強調した。温州市などの住民は事前に水や食糧を備蓄し、当局の広報機関は末端幹部が第一線で対応に当たる姿を報じ、「人民至上」の姿勢をアピールした。
中国末端公務員作成の「AI防災アプリ」が議論の的に 中国は現在、5段階の緊急対応メカニズムを整備しており、特に一部の辺鄙な山間部やダム付近の郷・鎮(行政単位)には専任の担当者を配置している。2023年に北京市・河北省一帯で大規模な洪水が発生して以降、北京近郊の山間部にある村役場には衛星電話が配備され、豪雨で既存の通信網が遮断された際にも外部へ救助を要請できる体制が整えられている。
しかし、今回の防災対応において、救災にテクノロジーを活用した北京市密雲区のニュースがひときわ注目を集めた。北京市規画自然資源委員会密雲分局の謝隕石・ 副局長が、自費で「10億トークン」を購入し、AIツールを利用して独自の水害対策ミニアプリ「叫応(Jiaoying)」を開発した。このアプリは、区内全域の地質的に見て災害リスクのある場所や危険にさらされている住民、担当責任者などの情報を統合し、降雨状況や土砂崩れ警報、避難状況に関するリアルタイム情報の更新を実現した上、リスクの高い地点へのナビゲーション機能まで備える。同アプリはリリース後、ネット上の検索トレンド入りを果たし、中国の末端幹部がテクノロジーを用いて防災効果を高めた肯定的なモデルケースとして扱われた。
謝氏は通常業務の傍ら、テクノロジー関連の技術記事も執筆している。さらに以前、中国共産党大会に関する評論も執筆していたが、現在は閲覧不可となっている。(インターネット・アーカイブより取得、田暢氏提供)
中国メディアが公表した情報によると、同氏が自費で購入した「10億トークン」は、現在のAI向けAPI市場価格から推計すると、数千人民元(1人民元=約24円)から数万人民元に上るとみられる。
興味深いのは、謝氏の技術的背景として「Claude(クロード)」などの海外AIツールを使用してアプリを開発した経歴があり、「まずは計画をドキュメント化してから開発」の理念を共有していた点だ。同氏の個人ブログ は、アクセス集中により一時閉鎖に追い込まれたが、これが公務員による海外AIを用いた機密情報の処理、さらには「副業」の可能性に対する外部からの関心を引き起こす結果となった。
だが、今後同氏がメディアの取材に応じ、アプリの記述を「国産AIモデル」に切り替えたと強調すれば、中国共産党上層部が掲げる「ガバナンス能力の近代化」を象徴する事例として位置づけられ、全国の末端幹部が学ぶべきトレンドとなる可能性が極めて高い。これは中国の官僚社会における長年の行動原理と完全に合致する。すなわち、上層部が提唱する方針に対し、末端組織が目に見える「イノベーション」という形で迅速に呼応することは、政治的実績をアピールできると同時に、潜在的な政治リスクの回避にもつながるからだ。
中国共産党第20回全国代表大会(第20回党大会、2022年)以降、人工知能(AI)は科学技術産業政策の枠を超え、政府の統治レベルにまで徐々に浸透している。公文書の作成、政策の宣伝、AIカスタマーサービス、都市管理、末端行政などの分野において、各地の政府はここ2年間、国産AIモデルの導入を積極的に推進し、複製・普及可能な行政プロセスの構築を目指している。
中国の末端官僚文化において、ある手法が中央政府から評価されれば、地方政府は即座にそれに追随し、いわゆる「模範事例(典型経験)」や「モデルケース」が形成される。したがって、AIによるプログラミングや原稿作成が将来的にデジタル統治の成果として公式にパッケージ化され、幹部の研修プログラムに組み込まれることになることも決して想像に難くない。
中台の防災対応、テクノロジー活用と異なる統治理念 台湾の防災体制は、科学的予報、社会との対話、そして市民の自主性を重視している。台風休み制度は「台風が来ればすぐ休みになる」と揶揄されることもあるが、死傷者の削減において確実に効果を上げている。一方、中国は大規模な動員と末端組織の実行力に大きく依存している。AIツールの導入は間違いなくテクノロジー統治における進歩的な試みであるが、同時に官僚個人の技術に対する情熱と体制の規範との間に生じる軋轢をも露呈した。特に機密情報の処理において「自費によるイノベーション」は二重の解釈を受けるリスクを孕んでいる。
台湾が「危険を回避する」という実務的な路線を選択したのに対し、中国の末端幹部は「近代化」というナラティブをもってそれに応じた。双方のアプローチがもたらす成果は、今後の災害復旧の過程で改めて検証されることになる。
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