日本記者クラブ主催のシリーズ企画「なぜ今、特別市なのか?」の第3回が2026年9月29日、東京都内で開催され、千葉県知事の熊谷俊人氏が登壇した。
千葉市長を3期12年務めた経歴を持つ熊谷知事は、政令指定都市が都道府県から独立する「特別市(特別自治市)」構想について、制度論として研究する価値は認めつつも、二重行政の解消や経済成長に直結するかには疑問を呈した。
大都市が独立すれば都道府県の財源や人的資源が奪われ、小規模市町村を支える広域調整機能が著しく損なわれる懸念を指摘し、現行制度の下で首長間のコミュニケーションを深め、柔軟に連携することこそが現実的な解決策だと訴えた。
阪神・淡路大震災が政治を志す原点に
熊谷知事は講演冒頭、自身の原点として阪神・淡路大震災を挙げた。
高校2年生の時に神戸市で被災し、ライフラインの途絶や木造住宅密集市街地など、都市構造によって被害に差が生じる状況を目の当たりにした経験から、地方行政や地方政治に関わることを志したと振り返った。
政令市である千葉市の市議を経て31歳で千葉市長に就任し、東日本大震災や令和元年房総半島台風などの危機管理に従事した。
台風対応における県の課題や新型コロナウイルス禍に直面する中、基礎自治体の立場を熟知した上で広域自治体の責務を果たすべく、2021年の知事選に出馬して初当選し、現在2期目を務めていると自己紹介した。
千葉県は「日本の縮図」 人口増加地域と減少地域が共存
千葉県の特徴について熊谷知事は、上総、下総、安房の旧3国から成り立ち、関東の他都県と比べても際立って多様性に富んだ「日本の縮図」だと述べた。
工業や商業にとどまらず、農業、水産業も全国トップ10に入る全国唯一の県であり、首都圏としての性格と第1次産業を主体とする地方の双方が共存していると紹介した。
一方で、県全体の人口は維持されているものの地域差は極めて大きいとし、流山市や印西市など子どもの増加率が全国屈指の県北西部に対し、銚子市や安房地域などでは深刻な人口減少が進んでおり、各地域の実情に応じた行政運営が問われていると語った。
千葉県と千葉市の連携 コロナ対策や消防防災ヘリ共同運航
千葉市について熊谷知事は、埼玉県や神奈川県のように政令市が東京隣接部に偏在する構造とは異なり、千葉県全体の地理的・交通的な中央に位置する点に大きな特徴があると分析した。
市長時代に県へ提案しながら当時の県政下では実現しなかった各種施策を、知事就任後に実行に移したと説明した。
コロナ禍では県の対策本部会議に千葉市長、柏市長、船橋市長を招き、迅速な情報共有と一体的な自宅療養支援を実施した。
さらに、千葉市内で併存する県営水道と市営水道の水利権の有効活用や施設の一体利用に向けた協議の進展、幕張新都心におけるZOZOマリンスタジアム建て替えへの幕張メッセ駐車場の活用支援、市立海浜病院の建て替えやプロバスケットボールBリーグ・アルティーリ千葉のアリーナ整備に向けた県有地・県立公園の提供などを挙げ、緊密な協調体制を強調した。
導入を検討中の宿泊税についても、県が一括導入して事務負担を引き受けつつ、市町村による上乗せ課税を可能とし、千葉市などにおけるシステム改修や事務経費の軽減を図る方針を明らかにした。
小規模市町村で職員不足 県による業務補完を検討
県内市町村の現状について、熊谷知事は大都市特有の課題と過疎地の課題が乖離している点を指摘した。
北西部では政令市が存在しなかったことで主要道路整備を県が一手に引き受ける形となり、慢性的な渋滞が生じているとして、県主導で道路整備を進める方針を示した。
一方、人口減少地域に対しては、企業立地補助金の投資規模や雇用要件を従来の2分の1に緩和して支援していると述べた。
さらに、小規模市町村では職員採用が極めて困難になっており、町村の47%近くで土木技師が不在となり、一般行政職が対応を余儀なくされている危機的な状況にあると説明した。
これに対し、県が市町村の業務を補完する時代に入ったとして、本来必要な採用数に上乗せして職員を雇用し、市町村へ派遣する枠組みの検討や、台湾における公務員の一括採用とブロック別配置転換の事例に触れた。
具体的な広域連携として、香取市の消費生活センターに神崎町と多古町が負担金を拠出し、住民相談業務を委託した仲介実績や、現在26市町に41人の県職員を派遣している実情を紹介した。
「特別市」構想に慎重 広域調整機能は「不可欠」
政令市を都道府県から独立させる特別市構想について、熊谷知事は、リソースを最適配分する広域調整機能は、現代の技術水準においても民間における卸売業のように不可欠だと主張した。
先の8月豪雨や令和5年水害における市町村間の職員派遣調整を例に挙げ、県は全域の市町村が存立して初めて成立する利害関係者であるからこそ、本来業務を超えた支援についても県職員や財政部門の納得を得ることができると論じた。
これに対し、政令市や特別市では自らの利益が最優先されるため、周辺自治体への支援は限定的にならざるを得ないと指摘した。
かつて千葉市長時代に、隣接する四街道市から持ちかけられた消防統合の協議が、千葉市側の現場や財政部門にとってメリットがないとして拒否された経験も紹介した。
二重行政の弊害については、制度そのものより、部下から上がってくる自組織に都合の良い報告によって首長同士が対立している側面が大きいと分析した。
トップ同士が直接連絡を取り合って偏見を排し、個別の課題が制度に起因するのか、感情や運用上の問題なのかを冷静に見極めるべきだと説いた。
人口減少時代「市町村から県へ業務を巻き戻す時代」
講演後の質疑で、人口減少下における県のあり方を問われた熊谷知事は、従来のように市町村へ権限や業務を移譲する基礎自治体優先の原則から、小規模自治体が担いきれなくなった業務を都道府県が引き受けて「巻き戻す」時代に入ったと指摘した。
市町村の仕事であっても自らの業務として捉え、積極的に張り出して住民生活を支える姿勢が、今後の都道府県には不可欠になるとの見解を示した。
印西市のデータセンター 住民との共生や説明を重視
会場の個人会員・川北氏から、日本最大の集積地である印西市のデータセンターについて、電力消費や廃熱、非常用発電設備の危険性、騒音や振動、変電所建設計画への反対運動などを踏まえ、厳しい基準での審査や住民説明の是非を問われた。
熊谷知事は、過大評価も過小評価も避け、冷静に見るべきだと回答した。
県としてデータセンターを戦略的に誘致する方針はなく、雇用を生む製造業や研究機関の誘致を優先していると説明した。
一方で、民間同士の取引による適地開発を県が差し止める立場にはないとしつつ、同市のデータセンターによる税収が住民福祉や子育て支援を支えている側面にも言及した。
その上で、周辺住民への丁寧な説明と納得形成、地域コミュニティとの共生や災害時の貢献が重要だと述べた。
市町村合併より「業務ごとの機能統合」が現実的
M&Aオンラインの伊藤氏から、業務ごとの統合よりも国として市町村の広域合併を急ぐべきではないか、また特別市化による具体的な懸念点について質問が出された。
熊谷知事は広域合併について、専門職員の確保やシステム整備を考慮すれば、自治体規模として本来は20万~30万人、過疎地でも10万人程度が必要であるとの認識を示した。
しかし、平成の大合併では、それ以前から始まっていた人口減少による悪影響が合併のせいにされ、合併に対する否定的な議論が定着した側面があると指摘した。
国が再び一律の大合併を進めることは困難であり、業務ごとの機能統合を県が後押しする手法が現実的だと答えた。
特別市の懸念点については、有力な大都市が独立すれば、県の財源や人的リソースが大幅に奪われ、広域調整機能が損なわれると強調した。
特別市化によって経済政策が一段と強化されるかについても、千葉県と千葉市の共同による企業誘致実績などを引き合いに出し、顕著なプラス効果がもたらされるかは疑問だと語った。
災害による鉄道運休 代行バスでは「需要を全く満たせていない」
文化放送の石森氏から、災害に伴う千葉県内の鉄道運休と代行バスの輸送力不足、事業者支援について問われた。
熊谷知事は、JR内房線などの現状を含め、代行バスでは鉄道の輸送力を100%代替できておらず、移動需要を全く満たせていないと率直に認めた。
さらに、代行バスの車両や運転手を確保するため、運輸局を通じて全国バス協会に要請したほか、貸切バスによる営業区域外輸送を認める災害特例の適用を取り付けるなど、広域自治体としての調整機能を迅速に発揮してJRを後押ししていると報告した。
千葉市が県中央部にある意義「全県にとって大きなプラス」
千葉日報の池田氏による、政令市が県中央部にある地理的意義についての質問に対し、熊谷知事は、千葉市より遠方の自治体も含め、全県にとって極めて大きなプラスだと断言した。
仮に埼玉県熊谷市に県庁所在地や政令市があれば全県の均衡発展に寄与するのと同様、千葉県では中央に都市機能が集積していることで、東京から離れた地域にも基盤整備や企業立地、雇用が波及していると分析した。
続いて司会者から、政令市が独立して「ミニ東京」を目指したい心理への理解や、首長同士の関係改善について問われると、県内GDPの過半を占めるような大都市の首長が県の存在意義を疑問視する心情には理解を示した。
一方で、独立すれば県そのものが存立できなくなるため、大局的な視点が欠かせないと主張した。
首長間の関係構築に向けては、部下から上がってくる組織防衛的な報告を鵜呑みにせず、互いの論理を直接確かめ合い、偏見を排除する対話姿勢が重要だと説いた。
都道府県も将来は「ブロック単位」で業務統合や連携を
個人会員の竹澤氏から、人口規模の異なる都道府県における2層制の持続性や将来像を問われた熊谷知事は、都道府県の規模は多様であり、本来望ましい規模はあるものの、政治的に都道府県合併のハードルは極めて高いとの見解を示した。
その上で個人の見解として、人口規模が小さい地域などでは、国の出先機関である地方整備局や運輸局などのブロック単位を念頭に、市町村が合併せずに業務を統合するのと同様、都道府県間でもブロックレベルでの業務統合や連携を段階的に議論していく必要があるのではないかと、今後の展望を語った。