トランプ米大統領は、3月末に予定していた北京での習近平国家主席との首脳会談を、出発直前になって急遽延期し、約5週間先送りにすることを決定した。中東での戦火が収まらない中、カート・キャンベル前国務副長官は、ワシントンのシンクタンク「大西洋評議会(アトランティック・カウンシル)」の座談会に登壇。トランプ政権の対中戦略の本音を分析するとともに、「台湾問題が交渉のチップ(切り札)にされる恐れがある」と改めて警告を発した。
キャンベル氏は、米英豪の安全保障枠組み「AUKUS」の生みの親であり、オバマ政権時代には「アジア再均衡(リバランス)」政策を主導した人物だ。バイデン政権でも国務副長官としてブリンケン氏を支えたアジア外交の重鎮である。現在は戦略コンサルティング会社「ジ・アジア・グループ」の会長を務める同氏は、23日に行われた座談会で、トランプ大統領による非典型的な外交手法と、米国のインド太平洋における戦力が「真空状態」に陥る危機について分析を行った。
「米中首脳会談」延期が意味するもの
座談会の司会を務めたメラニー・ハート氏(同評議会グローバル・チャイナ・センター・シニアディレクター)は、当初3月31日から4月2日に予定されていた訪中が延期されたことについて、米中関係にどのようなシグナルを送るものかと問いかけた。これに対しキャンベル氏は、米国が中東紛争に深く関与している最中に、イランと密接な関係にある中国を大統領が訪問すること自体、「極めて異例なスケジュールだ」と指摘した。
キャンベル氏によれば、トランプ氏の延期決定にはいくつかの現実的な背景があるという。まず、ペルシャ湾の情勢が不透明で米軍のリソースが中東へ大量投入されている現状では、訪中は時期尚早であるとの進言が側近からあった可能性。そして第二に、トランプ政権の意思決定プロセスが極めて閉鎖的である点だ。
キャンベル氏は、トランプ政権下では国家安全保障会議(NSC)や国務省といった伝統的な機関の機能が著しく軽視され、外交・安保戦略のほぼすべてが「トップの5〜6人という極めて小さなサークル」によって掌握されていると分析。この手法は情報の秘匿には有効だが、日本の首相による訪米などの重要案件が重なると、この小サークルの処理能力が限界(オーバーフロー)に達し、外交上の準備不足を招く要因になっていると指摘した。
中国は今回の突然の延期に当惑しているものの、現時点では「双方が準備にかけられる時間が増えた」と解釈せざるを得ない状況だろうとキャンベル氏は述べた。
在韓米軍のTHAADが中東へ キャンベル氏が指摘する「アジアの軍事空白」
現在の中東における戦火は、インド太平洋地域のパワーバランスにも実質的な影響を及ぼしている。司会のメラニー・ハート氏が、韓国に配備されていた米軍の高高度迎撃ミサイルシステム(THAAD)が中東へ転用されているとの報道を引用すると、キャンベル氏はこれについて次のように述べた。「米国は過去数十年にわたり中東に過度な投資を行ってきた結果、インド太平洋地域における軍事・商業的資産の蓄積が停滞してきた。ようやく同地域で戦力を構築した矢先に、一夜にして再びリソースが中東へと回帰してしまったのだ」。
さらにキャンベル氏が明かしたところによれば、インド太平洋地域に展開していた米海兵隊の即応部隊はすでに移動しており、現在、同地域には日本でメンテナンス中の空母が1隻残るのみで、多くの防空ミサイル能力も移転されたという。米国のインド太平洋における同盟諸国は、現在、ワシントン高層部に対して内々に焦燥感を伝えており、アジアにおける米国の抑止力が依然として「盤石」であるという確実な保証を求めている状況だ。
中国は「漁夫の利」を得ているのか 中国の計算と経済不安
米国が中東の泥沼に足を取られる中、外部では「中国が最大の勝者である」との見方が大勢を占めている。司会のハート氏は、中国向けのタンカーがホルムズ海峡を何ら妨害されることなく航行している事実に触れ、これが対米交渉における中国の「カード」を強める結果になるのかと問いかけた。
これに対しキャンベル氏は、中国が米国の戦い方を「拡大鏡で覗くように精査している」と指摘。米イスラエル軍がイランの防空システムを容易に無力化した事実は、中国軍に大きな衝撃を与えたはずであり、軍事力をインド太平洋やさらに遠方へ投射するには「人民解放軍にはまだ長い道のりがある」ことを痛感させたはずだとの見解を示した。
また、今回の米国の軍事行動が、国連や同盟国体系といった伝統的な枠組みを通さずに行われたことで、米欧、および米亜の同盟国間に巨大な摩擦が生じている点にも注目が集まっている。キャンベル氏は例として、日本国内の中東戦争支持率がわずか6〜8%にとどまる中、先週訪米した高市早苗首相が極めて強い国内政治的圧力にさらされたことや、デンマークが米軍による空港使用を警戒しグリーンランドに特殊部隊を派遣した事案を挙げた。中国は、米国と同盟国の間に生じたこうした亀裂を「密かに喜んでいる」という。
しかし、キャンベル氏は同時に「中国が勝者であると単純に決めつけるべきではない」と警告する。中国経済は近年、若年層の失業率高騰や不動産バブルの崩壊といった深刻な課題に直面しており、中国は経済復甦のために世界のエネルギー市場の安定を強く切望しているからだ。中東紛争によるエネルギー価格の動揺は、中国経済にとって「二重の衝撃」となりかねない。中国は、米国が泥沼化することに安堵する一方で、トランプ氏の「予測不能さ」に深い焦燥感を抱いている。この極めて敏感な時期に、中国がなりふり構わずトランプ氏を北京に招待しようとするのは、ひとえに二国間関係の安定した時間を「買い取る」ためであると分析した。
台本なき「米中首脳会談」独裁者への心酔と制御不能のリスク
キャンベル氏は、江沢民、胡錦濤から習近平時代に至るまで、過去35年間にわたり外交の最前線に携わってきた経験を振り返り、「高度な準備工作は、結果の予測可能性をもたらしてきた」と語った。例えばサンフランシスコでの「米中首脳会談(バイデン・習近平会談)」では、開催前から成果が明確になっていた。しかし、現在は状況が根本的に異なる。
キャンベル氏の分析によれば、トランプ氏と習近平氏の両者は現在、内部の牽制を一切受けない状態にあるという。トランプ氏は国内の政治的制約を受けず、かつてのように共和党内の対中強硬派に諮問することもない。一方の習近平氏も、3期目に入り共産党の集団指導体制を完全に解体した。強大な権力を握る二人の指導者が、たった一人で会談室に入ることは、大きな好機であると同時に「致命的なリスク」を孕んでいる。
さらにキャンベル氏は、トランプ氏の深層心理には、習近平氏やプーチン大統領、金正恩氏といった「独裁的な強権指導者」と親密な関係を築きたいという強い渇望があると指摘した。トランプ氏の幕僚らもその傾向を熟知しており、こうした強権者たちとの「関係修復」を全力で後押ししているという。
台湾はどこへ向かうのか
司会のハート氏は、トランプ氏が先日、習近平氏と台湾への武器売却について協議したと公言したことに触れ、ワシントンに衝撃が走ったことを指摘した。「米国がいかにして台湾の利益を交渉のテーブルに乗せることができたのか」という疑問に対し、キャンベル氏は「夜も眠れないほど心配なことがあるとすれば、台湾問題がその筆頭だ」と心中を明かした。同氏は、特に懸念すべき2つの点について分析した。
第一の懸念は、トランプ氏が米台関係および中台関係を再定義するために、「全く新しい枠組み」を模索する可能性が極めて高いことだ。キャンベル氏によれば、トランプ氏は過去の米国の対中・対台政策に縛られているとは微塵も感じていない。台湾独立に対する「支持しない」「反対する」といった外交的レトリックは、同氏の目には単なる「煩雑な事務手続き」としか映っていないのである。
さらにキャンベル氏は、トランプ氏が「自身の任期中に中国が台湾を攻撃することはない」と繰り返し主張する一方で、「大国は自国の周辺地域に対して発言権を持つべきだ」という危険な論理を滲ませていると指摘した。この論理は、ウクライナ侵攻や米国のラテンアメリカに対する態度にも表れている。キャンベル氏は、中国が短期間に台湾へ武力行使を行うとは考えていないが、中国側がトランプ氏から「新しい台湾論述の枠組み」を引き出すことを極めて強く危惧している。これが現実となれば、台湾は極度の焦燥感と不安全感に陥り、台湾国内で予測不能な政治的混乱を招きかねないと分析した。
(関連記事:
トランプ氏、訪中を異例の延期 イラン情勢優先で米中会談に暗雲、中国側が抱く「ホワイトハウスへの不信感」の正体
|
関連記事をもっと読む
)
「テック中毒」戦略のナイーブさと短期的利益の罠
第二の懸念は、トランプ政権のテクノロジー政策だ。キャンベル氏の分析によると、トランプ氏周辺のテック顧問らは、「米国は最先端のチップやAI技術を中国に高額で売りつけ、中国を『米国のテック・エコシステム依存症』にさせるべきだ」というナイーブな考えを持っている。それによって中国独自の自律的な研究開発能力を削ぐことができるという目論見だが、キャンベル氏はこの手法を「失笑ものだ」と一蹴した。習近平氏の長期的な戦略目標はあくまでテクノロジーの覇権(制高点)を握ることであり、中国が米国の技術に長期的に依存し続けることなど、断じて受け入れないからだ。
また、トランプ氏が短期的利益を追求するあまり、票田である農業州を救うための農産物輸出やボーイング製旅客機の売却と引き換えに、近年の超党派の合意を覆して中国による対米投資を再開放する可能性についても、キャンベル氏は警鐘を鳴らした。
キャンベル氏は、ロシア語で「一時の休息」を意味する「Peredyshka(ペレドィシカ)」という言葉を引用し、現在の不気味な静けさを形容した。この束の間の「息継ぎの時間」がもたらすのは、真の安定なのか、あるいは将来のより激しい衝突を準備するための猶予に過ぎないのか。同氏の問いかけは、インド太平洋の未来に対する深い不透明感を示唆して幕を閉じた。
断ち切れない相互依存 窒息しそうな関係の中で均衡を模索する米中
産業界の動向について、司会のハート氏は「中国が現在積極的に開催しているハイレベルなフォーラムを通じて、中国は世界のビジネス界にどのようなメッセージを送ろうとしているのか」と問いかけた。これに対しキャンベル氏は、米国内外から多くの企業幹部が中国に集まっている現状を指摘。北京のメッセージは「中国の門戸は開かれている。戻ってきて商売をしよう」という明確なものだとした。
しかしその一方で、外資系企業は知的財産権の侵害や幹部への過酷な待遇、さらには単なる商業データの収集さえスパイ行為とみなされるリスクに直面しており、多くの企業が密かに悲鳴を上げている。キャンベル氏は、多くの多国籍企業が投資先をインドやベトナム、メキシコへ分散させる「チャイナ・プラス・ワン」戦略を採用しているものの、中国の強大なインフラと生産能力を完全に切り捨てることは依然として困難であると分析した。
また、キャンベル氏は、トランプ氏の訪中に際してウォール街の投資銀行の最高経営責任者(CEO)らが大規模な同行団を形成する可能性が高いと予測した。彼らは中国国内に膨大な資産管理上の利益を有しており、その回収や安定のために米中関係の維持を切実に求めているからだ。
現場からの「中露関係」や「関税問題」に関する質問に対し、キャンベル氏は「トランプ政権内部には中露を離間させられると考える者がいるが、それは非現実的な幻想だ」と一蹴した。トランプ氏自身がロシアとの関係維持を望んでいる一方で、習近平氏とプーチン氏の同盟は慎重な検討の末の戦略的選択であるからだ。また、キャンベル氏は、トランプ氏が北朝鮮との核交渉再開に向けて、中国に協力を要請する可能性が高いとの判断も示した。
「面子」と「報復」第2次貿易戦への中国の備え
関税と貿易戦争について、キャンベル氏は「第1期政権時の狼狽ぶりとは対照的に、現在の中国はトランプ氏の性格を完全に把握している」と分析した。中国の戦略は、トランプ氏個人に対しては最大限の尊厳と敬意(面子)を払う一方で、米国が関税制裁に踏み切れば、レアアースの輸出制限など、米国の産業の急所を突く厳格な報復措置を講じるというものだ。
キャンベル氏は最後に、「米中両国は世界で最も経済的相互依存度が高い国家でありながら、同時にその依存関係に最も不快感を抱いている国家でもある」と指摘。トランプ氏も習近平氏も、互いへの依存を減らそうと躍起になっているが、この「窒息しそうな相互依存」は、今後10年から15年にわたり、国際外交の舞台における最も重要な関係であり続けるだろうと締めくくった。