東京都江戸川区の江戸川病院で、次世代の放射線治療として期待されるホウ素中性子捕捉療法(BNCT)を活用した乳がん治療が進められている。
台湾のニュースメディア『風傳媒(ストームメディア)』の独占インタビューに応じた同院の専門医らは、BNCTを用いた乳がん治療の最前線や具体的な治療実績、海外患者の受け入れ体制について、詳細なデータを交えて語った。
同院は「あきらめないがん治療」を理念に掲げ、手術を伴わない乳がん治療の新たな選択肢として、BNCTを自由診療で提供している。治療効果や安全性に関する臨床研究が進む中、短期間で治療を行える点も含め、国内外から注目を集めている。
江戸川病院は、独自の上方照射技術を強みに乳がんに対するBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)を実施し、患者の身体的負担の軽減と生活の質(QOL)の維持を目指しながら、着実に治療実績を積み重ねている。(黄信維撮影)
BNCTと従来の放射線治療の違い 中村達也医師が語る「細胞選択性」 同院の放射線科統括部長、中村達也医師へのインタビューでは、10項目にわたる質問を通じ、BNCTの特徴や乳がん治療への応用について詳しい見解が示された。
従来のX線治療や陽子線治療との最大の違いについて、中村医師は「細胞選択性」を挙げた。
従来の放射線治療では正常細胞にも影響が及び、色素沈着などが生じる場合があるのに対し、BNCTはホウ素を取り込んだがん細胞を選択的に攻撃できるため、正常組織への影響を抑えられると説明した。
こうした特性から、過去に放射線治療を受けた患者に対しても、再照射を検討できる点が大きな特徴だという。
江戸川病院の上方照射型BNCT「CICS-2」 乳がん治療に適した理由とは 乳がん治療に力を入れている背景には、同院が導入したBNCT装置「CICS-2」の構造的な特徴がある。
中村医師によると、同装置は中性子線の照射口が上部に設けられており、乳房に近い位置から照射できることが強みだという。
BNCTの治療対象となるのは、原則として体表から約6センチ以内にある比較的浅い腫瘍だ。そのため、体表に近い乳房の病変は、同装置の特性を生かしやすい部位とされる。
また、中村医師は、周囲の筋肉や脂肪が緩衝材のような役割を果たし、深部にある胃や腸などの臓器への影響を抑えられる点も利点として挙げた。
さらに、側面から中性子線を照射する装置では患者が横向きの姿勢を取る必要があるのに対し、同院の上方照射型装置では、仰向けの安定した姿勢で治療を受けられる。
中村医師は、こうした照射方法の違いが、治療時の安定性や安全性の確保、正確な照射につながっていると説明した。
BNCTは原則1回の照射、2泊3日の入院 治療後の副作用や適応条件は 実際の治療について、中村医師は、原則として約40~60分の中性子線照射を1回行い、入院期間は通常2泊3日になると説明した。
回復の経過については、約2週間で症状が改善に向かい、約3カ月後には色素沈着が目立たなくなるケースもあると説明した。ただし、副作用の程度や回復までの期間には個人差がある。
乳がんの早期発見に関する話題では、風傳媒の記者から台湾の乳がん検診制度についても紹介があり、中村医師は定期検診による早期発見の重要性を強調した。
台湾では現在、40~74歳の女性を対象に、2年に1回の乳房X線撮影による公費検診が実施されている。
中村医師によると、BNCTは局所治療であるため、腋窩リンパ節や全身への転移が認められる場合には適用が難しくなる。そのため、検診によって乳がんを早期に発見することが、治療の選択肢を広げる上で重要になると説明した。
一方、BNCTは抗がん剤を用いない治療法であることから、中村医師は、乳がんのサブタイプやホルモン受容体の有無、病理検査の結果にかかわらず、治療を検討できる可能性がある点をメリットとして挙げた。
ただし、実際に治療できるかどうかは、腫瘍の位置や深さ、ホウ素製剤の集積状況などを踏まえ、個別に判断する必要がある。
公的医療保険の適用については、現在、日本でBNCTが保険適用となっているのは頭頸部がんのみだ。
乳がんへの保険適用を実現するには、大学病院やがんセンターなどによる大規模な臨床試験が不可欠であり、現状ではそのハードルは非常に高いと、中村医師は率直な見解を示した。
乳腺外科と放射線科が連携 江戸川病院が目指す新たな乳がん治療 一方、江戸川病院では、乳腺外科部長の田澤篤医師の全面的な協力により、診療科をまたぐ迅速な対応が可能になっているという。
患者が希望すれば、その日のうちに放射線科を受診できる体制を整えており、乳腺外科と放射線科の双方が治療方針を確認するダブルチェックによって、質の高いチーム医療を実現していると中村医師は強調した。
こうした連携により、局所再発などで治療法が限られる患者に対しても、追加照射という選択肢を検討できるようになっている。
「あきらめないがん治療」を掲げる同院が目指すのは、標準治療による対応が難しくなった患者に対し、「もう治療法がない」と突き放すのではなく、BNCTという選択肢が存在することを広く知ってもらうことだという。
中村医師は、女性が乳房を切除せずに治療を受けられる可能性を広げることが、自分らしい生活を続けながら、納得して治療を選択できる社会の実現につながると語った。
台湾のBNCT技術も評価 日台の照射方式の違いと医療連携の可能性 台湾との医療連携や技術評価について、中村医師は、台湾のBNCT技術を高く評価していることも明らかにした。
特に、最短2日で治療を開始できるという台湾側の対応の速さについて、高い水準にあるとの見方を示した。
こうした装置の特性を踏まえ、病変の部位や患者の状態に応じて、それぞれの技術を生かすことができれば、今後の日台間における医療連携の可能性も広がるとの見通しを示した。
江戸川病院の国際医療室は3人体制 海外から年間約100件の問い合わせ・診療対応 海外患者の受け入れ体制については、患者サポートセンターの田雑主任が説明した。
田雑主任によると、同院の国際医療室は3人体制で運営され、中国、韓国、ベトナム、ロシア、米国、カナダ、シンガポール、オーストラリアなど、さまざまな国から患者を受け入れている。
放射線治療に関する海外からの問い合わせや診療対応は、年間約100件に上るという。
同院では医療仲介会社とも連携し、海外患者の受け入れを積極的に進めている。
江戸川病院は、独自の上方照射技術を強みに乳がんに対するBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)を実施し、患者の身体的負担の軽減と生活の質(QOL)の維持を目指しながら、着実に治療実績を積み重ねている。(黄信維撮影)
BNCT治療は34例、うち乳がん20例 植松正裕室長が示す治療実績 BNCT室室長を務める医学物理士の植松正裕氏は、実際の治療実績について、具体的なデータを交えて説明した。
植松室長によると、2026年3月までに江戸川病院で実施されたBNCTは計34例に上る。このうち再発乳がんが12例、原発性乳がんが8例を占め、海外から治療を受けに来日した患者も14例含まれている。
具体的な症例として、右乳がんを患った49歳の女性について紹介した。
この女性は、母親が乳がんで乳房の全摘手術を受けた経験から、自身は手術を避けたいと希望していたという。
植松室長によると、初診から約1カ月という短期間で治療が実施され、約49分間の中性子線照射を受けた。
治療後には一時的な疲労感や軽い吐き気、中性子線の影響を受けやすい部位の脱毛などの副作用が見られたものの、その後は回復に向かい、脱毛についても約4カ月後には発毛が確認されたという。
また、同院が公表した別の症例では、治療前に約37ミリあった再発乳がんの腫瘍が、BNCT実施3カ月後の画像診断で消失した。
腫瘍マーカーのCA15-3も、治療前の20.9から基準値内の10.7へと低下した。なお、治療前の数値も基準値内だった。
植松室長は、治療後の超音波検査で腫瘍が瘢痕化してほぼ消失し、4カ月後のPET検査でも腫瘍の消失が確認された症例について、治療成果を強調した。
さらに、62歳の女性の症例でも、治療4カ月後のMRI検査で腫瘍の完全消失が確認されたと説明した。
植松室長は、BNCTでは乳房の変形や皮膚障害を抑え、高い整容性を維持できる可能性があると説明。その上で、治療効果を正確に判定するには、照射後4~6カ月程度の経過観察が重要になるとの専門的な見解を示した。
先進的ながん治療と独自の療養環境を両立 アートや動物との触れ合いも 江戸川病院は、こうした先進的ながん治療の提供を進める一方、患者の心理的な負担を和らげる療養環境の整備にも力を入れている。
院内には多彩なアート作品が展示され、オニオオハシやアンデス原産のネズミなどの動物も飼育されている。
病気と向き合う患者の不安や沈みがちな気持ちを和らげるため、一般的な病院の枠にとらわれない独自の環境づくりを進め、心身両面から患者を支える医療を実践している。