台湾では長年、肺がんが十大がんのトップを占めている。これを受け、衛生福利部・国民健康署は近年、高リスク群を対象に低線量コンピューター断層撮影(LDCT)の無料検診を導入した。ところが、これが予期せぬ事態を招いている。台湾全土の主要な医学センターでLDCT検査の予約が殺到し、最も深刻なケースでは数カ月待ちという事態に陥っているのだ。李伯璋・前中央健康保険署署長は、昨年から導入された「病院別総枠規制」制度が大きく影響していると指摘する。一方で、新光病院の洪子仁・副院長は、深刻な渋滞が起きているのは台湾大学付属病院(台大病院)の本院のみであり、全国的に普遍的な現象ではないとの見方を示している。
LDCTは従来のCT検査と比べて放射線被曝量が格段に少なく、かつ1センチ未満の初期肺がんを発見できる高い感度を持つため、現在各大手病院で「最も需要の高い検査」となっている。さらに、肺がんのスクリーニングにとどまらず、心血管疾患や脳卒中、その他の全身性疾患の診断にも応用できることから、医師にとって不可欠な診断ツールとなっているのが実態だ。
救急現場のニューノーマル、防衛的医療によるLDCTの全面採用 匿名を条件に取材に応じた台湾南部の準医学センターに勤務する画像診断専門医のA医師は、各大手病院の救急外来ではすでに従来の臨床診察(視診・問診・触診など)よりも画像診断が優先されていると指摘する。とりわけ交通事故などの全身外傷を負った患者が搬送されてきた場合、ほぼ無条件でLDCT検査が手配されるという。A医師は「確かに効率は上がるが、典型的な防衛的医療でもある。忙しい中での誤診や傷害の見落としを防ぎ、最終的に医療紛争を回避することが大きな目的となっている」と明かす。
台湾北部でLDCTを最も多く活用している代表格が、台大病院で肺がん外科の権威として知られる陳晋興医師である。同氏が台大病院本院とがん医療センターで受け持つ外来は、1回の診療で100人近い患者が殺到する。初診・再診を問わず、ほぼすべての患者に対して腫瘍の変化を追跡するためのLDCT検査が手配される状況だ。
台大病院で肺がん外科の権威として知られる陳晋興医師は、台大病院本院とがん医療センターの両方で外来診療を担当している。(資料写真/YouTube動画より) 患者の長期待ちを避けるため、陳医師は先日、診察室の前に掲示を出し、新竹分院や金山分院、北護分院など、台大病院の系列施設での検査を柔軟に案内する措置をとった。検査後、クラウド経由で画像データを取得し、陳医師自身が読影を行う仕組みである。
医療費総枠制度の弊害か、制度化された資源のミスマッチ 李伯璋・前健保署長は、この渋滞現象の根本には昨年4月から実施されている病院別の医療費総枠規制(個別グローバルバジェット)があると分析する。この制度は医療費を抑制するだけでなく、資源のミスマッチを制度化してしまった側面がある。「供給を管理する」だけで「需要を統治していない」のが問題の核心である。総枠が固定されると、検査や手術の枠が有限の「定員」となり、医療的な必要性よりも受診の先後順で割り当てられがちになる。李氏は健保署長時代のデータを挙げ、「CT検査後30日以内に元の病院を再受診しなかったケースが年間12万7000件に上り、全体の14%を占めていた」と無駄の多さを指摘している。
一方、新光病院の洪子仁・副院長は、「LDCTの渋滞」は確かに存在するものの、数カ月待ちとなるような深刻なケースは台大本院に限定された特異な例ではないかと強調する。その上で、陳医師の分散措置については「医療管理の観点から見れば、階層別医療(医療機能の分担)を実践しており評価に値する」と述べている。新光病院を例にとると、院内に4台のLDCTがあり、1台あたり1日70~80件を処理している。造影剤が不要な緊急検査は当日に完了し、造影剤が必要な場合でも平日は3~4日待ち、連休前後で最長1週間程度と、多くの患者が許容できる範囲に収まっているという。
李伯璋・前中央健康保険署署長は、総枠が固定されると、検査・検診・手術の枠が有限の「定員」となり、医療的な必要性よりも受診の先後順で割り当てられがちになると指摘する。(資料写真/顔麟宇氏撮影) 国民健康署による無料のLDCT検査には厳格な条件が設けられている。対象となるのは、肺がんの家族歴がある者(男性45~74歳、女性40~74歳)、あるいは重度の喫煙者(50~74歳、喫煙歴20箱年以上で現在も喫煙している、または禁煙から15年未満)である。
しかし、「がん」に対する人々の恐怖心は根強く、条件を満たさない層であっても自費での検査( 北部で約6000~8000台湾ドル、南部で約2000~5000台湾ドル) を希望するケースが後を絶たない。これが自費検査の急増を招き、さらなる渋滞に拍車をかけている。
過剰追跡の懸念と過剰医療への波及リスク 前出のA医師は、すりガラス結節や亜充実性結節といった肺がんの前がん病変には長期的な経過観察が必要だが、台湾国内にはまだ統一された基準が存在せず、各病院や医師の裁量に委ねられている現状を指摘する。一部の医師は、1センチ未満の小さな結節であっても3カ月ごとの追跡検査を要求し、さらには早期の手術を勧めるケースもある。そのため、医療界の内部からも「LDCTの急速な普及が過剰医療を引き起こすのではないか」との懸念の声が上がり始めている。
嘉義大林慈済病院の頼俊良・副院長は、国民健康署の肺がんスクリーニング政策そのものの意義は評価している。1人1回あたり約4000台湾ドルが支給され、これが健康保険の総枠を圧迫しないため、中南部の病院の多くは積極的に協力している。
嘉義大林慈済病院の頼俊良・副院長は、国民健康署の肺がんスクリーニング政策そのものの意義を評価。1人1回あたり約4000台湾ドルが支給され、健康保険の総枠を圧迫しないため、中南部の病院の多くは積極的に協力していると語る。(YouTube動画より) だが、すでにキャパシティの上限に達している北部の医学センターが患者の押し出し効果を受けているのも事実だ。特に台大本院とがん医療センターは大量の臨床試験を抱えており、試験で求められるLDCTの頻度は通常の検査の2倍(1.5カ月ごとに1回)に達するため、渋滞の悪化に拍車をかけている。
対照的に、大林慈済病院では非緊急のLDCT検査の待機期間は1~2週間程度に収まっている。頼副院長は、南部地域では比較的早くから総枠制度に順応しており、検査件数が超過して健康保険からの支払いが減額されることを防ぎつつ、患者を待たせすぎないというバランスの取れた運営モデルをすでに確立しているとみる。
主管機関に求められる決断、供給バランスと患者の権利保護 結論として、LDCT検査の需要は一気に爆発したものの、全国的に致命的な医療渋滞を引き起こしている段階には至っていない。しかしながら、緊急を要するLDCT検査は患者の命に直結し、一般の追跡スクリーニングもまた患者の健康権に重大な影響を及ぼす。
もし検査待ちの長期化によって治療の遅れが生じた場合、その責任は誰が負うのか。主管機関である衛生福利部は、この事態を直視し、実効性のある解決策を提示すべきである。この命を救う強力な武器が、医療資源分配のボトルネックと化すのを防ぎ、真に最大の効果を発揮できる体制を早期に構築することが求められている。