台湾陸軍が米国から調達を進めてきた主力戦車「M1A2T」を巡り、軍事戦略や地形に適合しないとして、李翔宙・前陸軍司令(退役大将)が「過去数十年で最も荒唐無稽な兵器調達」と痛烈に批判している。台湾陸軍は「鋭捷(エイショウ)プロジェクト」として2019年から2027年にかけ、総額約405億2415万台湾ドル(約1900億円)を投じ、「地上最強の戦車」とも称されるM1A2T計108両を米国から調達。北部防衛を担う第6軍団に配備する計画で、現時点で全車両が台湾に到着している。しかし、その政策決定の背景には、当時の政権中枢と軍部、さらに米政府との間で繰り広げられた複雑な駆け引きがあったことが浮き彫りとなっている。
李氏はポッドキャスト番組「大雲食堂」のインタビューに応じ、台湾のインフラ事情を踏まえた懸念を示した。台湾にある約2万9000カ所の橋梁のうち、約4割は1980年以前に建設されており、耐荷重はおおむね30~50トンにとどまるという。「M60戦車でさえ重量52トンに達するが、M1A2T戦車の重量は70トン。一体、台湾にM1A2Tの通行に耐えられる橋梁がどれだけあるというのか」。元陸軍司令であり、国家安全局長も務めた退役大将による厳しい批判は、波紋を広げている。
李翔宙・前陸軍司令(写真)は、M1A2T戦車の重量に耐えられる橋梁が台湾にどれほどあるのかと疑問を呈し、「過去数十年で最も荒唐無稽な兵器調達」と批判した。(資料写真/顔麟宇氏撮影)
陸軍は「渡橋可能」と反論、実戦環境への適応に懸念 李氏の「橋を渡れない」との批判に対し、陸軍司令部は直ちに公式フェイスブックで、M1A2T戦車が旧港大橋を通過して戦闘準備哨戒を行う写真を公開し、事実上の反論を行った。陸軍司令部はこれに先立つ2026年4月27日にも報道発表を行い、「鋭捷プロジェクト」の最終バッチ28両が同日に装甲訓練部隊へ到着して接収訓練が始まったとして、米台間の緊密な協力による調達の成功を強調していた。
M1A2Tは確かに世界有数の高性能戦車だが、ロシアによるウクライナ侵攻、さらに最近の米イラン軍事衝突に至るまで、大型の重装甲車両が現代の戦場では「格好の標的」になりやすいことが繰り返し示されてきた。ウクライナ戦線ではすでに、無人機(ドローン) 攻撃を防ぐため戦車に各種の防御網を装着する動きが広がっている。
李翔宙氏が「橋を渡れない」と批判した直後、陸軍司令部はフェイスブックで、M1A2T戦車が旧港大橋を通過して戦闘準備哨戒を行う様子を公開。李氏の批判への事実上の反論とみられる。(陸軍司令部フェイスブックより)
元国防相が押し切った調達 蔡英文氏は乗り気でなかった 陸軍のトップを務めた人物が古巣を批判する異例の事態となったが、当時の意思決定の経緯にはさらに複雑な事情があったとされる。関係者によると、軍当局は当初、108両の調達では飽き足らず、老朽化した戦車を「1対1」ですべて更新する構想を描いていた。その規模は800~900両に達したという。この構想を強力に推進したのが、当時の厳徳発・国防部長(国防相に相当)、現在の国軍退除役官兵輔導委員会主任委員である。
一方、2019年当時の李喜明・参謀総長は「非対称戦」戦略を強く主張していた。陸軍側は当初、現役の老朽戦車約1000両を更新するため少なくとも500両の新型戦車が必要と試算していたが、李喜明氏は大型戦車が台湾の地形に合わず、非対称戦の理念にもそぐわないとして陸軍の提案に同意していなかった。ところが、陸軍出身の厳徳発氏が直接、蔡英文総統(大統領に相当)を説得に動いたという。
関係者によれば、当時すでに米国側は台湾に対し非対称戦への転換を求めており、蔡氏自身もM1A2Tが台湾の戦場環境にそぐわないと考え、当初は同意していなかった。それでも厳氏が陸軍に新型戦車を持たせたいと繰り返し採購意向を伝えたため、蔡氏は最終的に妥協。国防予算の規模を勘案し、「1個大隊」相当の108両に限って調達を承認した。厳氏もこれを受け入れ、「まず」108両を調達することで合意した形となった。
蔡氏が承認に踏み切った背景には、厳氏への配慮に加え、陸軍の士気維持という政治的判断があったとみられる。当時、海軍と空軍は新型戦闘機や国産艦艇など新装備の導入が相次いでいた一方、陸軍だけが取り残された格好となっていた。陸軍に新たなイメージと士気を与えるため、M1A2Tの調達にうなずいたとされる。総統と国防相がそろって合意したことで、李喜明参謀総長も口を挟む余地がなくなった。
当時の国防部長(国防相に相当)で、現在は国軍退除役官兵輔導委員会主任委員を務める厳徳発氏(中央)は、陸軍へのM1A2T配備を強く推進した中心人物だった。(資料写真/盧逸峰氏撮影)
米側に「悪役」を期待 しかし相手は商売人のトランプ氏 さらに興味深いのは、当時の台湾政府高層の思惑である。米国がすでに台湾に非対称戦への戦略転換を求めていたことを把握していた蔡氏は、本音ではM1A2Tの調達を望んでいなかった。だが厳氏が懇願するため、やむを得ず妥協した。
ところが、その先には台湾側のもう一つの計算があったとされる。蔡氏は108両の調達を承認したものの、台湾側は実のところ、米国に「悪役」を演じてもらい、「売らない」と拒否してくれることを期待していたという。当時の政府高層も、米国がこの兵器売却に同意することはないだろうと見立てていた。
ところが、当時の米国大統領は他ならぬトランプ氏だった。商売人出身の同氏は儲かる商売と見るや売却を承認し、しかも価格を上乗せして台湾に売り渡した。結果として、台湾がM1A2T戦車を手にしたのは、一連の政治的妥協と「想定外」が積み重なった偶然の産物だった。
蔡英文政権はM1A2Tの調達をめぐり、米国側が「悪役」となって売却を拒否することを期待していた。しかし蓋を開けてみれば、相手は儲かる商売を逃さない商売人気質の大統領、トランプ氏だった。(資料写真/AP通信)
最大の課題は後方支援、豪華装備が「動かせなくなる」恐れ 第2次トランプ政権下、米国は新たにM109A7自走榴弾砲60両の台湾向け売却にも同意した。しかしこれもM1A2Tと同様、価格が高く機動性に限界があり、無人機が飛び交う現代の戦場ではM1A2Tと同じ運命をたどる恐れがある。さらに深刻な問題として浮上しているのが、これら装備の後方支援(兵站・整備)能力である。
ある退役将官は「M109A7を導入しても、火砲部分は壊れない。壊れるのは車体側だ」と指摘する。陸軍の整備能力は極めて低く、自走砲も戦車もガスタービンエンジン搭載車両だが、陸軍にはその整備経験が乏しい。「最も恐ろしいのは戦闘ができないことではなく、いざという時にそもそも車両を出動させられなくなることだ」と警告する。
この退役将官は続けて、「現在は皆が作戦運用ばかり議論しているが、本当の問題は陸軍が内燃機関しか扱えないことだ。ガスタービンを扱った経験がいつあるというのか」と疑問を呈し、稼働率の問題は数年後に表面化するだろうと予測する。
李氏の「橋を渡れない」との指摘に対し、陸軍司令部はM1A2Tが橋を安全に通過する写真を公開して反論した形となった。しかし、ウクライナや中東での生々しい戦訓が示すM1A2Tの脆弱性、すなわち戦場で活躍できないどころか叩き潰される可能性をどう説明するのか。前司令官による異例の苦言は決して根拠のないものではない。問われているのは、軍当局が問題と正面から向き合い、対策を講じる覚悟があるかどうかである。