トップ ニュース 【舞台裏】無人機からレアアースまで 台湾・林佳龍外相が冷遇部署に放った「隠密戦士」の狙い
【舞台裏】無人機からレアアースまで 台湾・林佳龍外相が冷遇部署に放った「隠密戦士」の狙い 非外交官出身の「異例の外相」である林佳龍氏(写真)は、外交部内でかつて閑職とされてきた2つの部署を、重要な戦略拠点へと押し上げた。(写真/柯承恵氏撮影)
外交攻防は昔から「銃声なき戦争」と評されてきた。非外交官出身という「異例の台湾外交部長」である林佳龍氏は、就任以来、台湾の外交官らを率いて激しい最前線を駆け抜け、まもなく就任2年を迎える。直近では、頼清徳・総統が2026年4月22日に予定していたアフリカの国交樹立国・エスワティニ訪問が、中国の干渉により一度は頓挫し、台湾の元首外交が打撃を受ける事態があった。
しかし頼総統は5月2日、エスワティニ国王の特使専用機に乗り込んで見事に中国側の目を欺き、電撃的に現地を訪問した。これにより中国の意表を突き、元首外交の封鎖網を突破することに成功したのである。さらに林氏は、2025年の目立たない形での日本訪問やフィリピンへの代表団派遣に加え、同年11月には蕭美琴・副総統の欧州議会訪問をも実現させ、中国側を激しく苛立たせている。
あまり知られていない事実だが、林氏が台湾外交部の舵取りを担って以来、世界各地の在外公館や台北本部の地域担当部署が対中外交の最前線で国際空間の拡大に奔走する一方で、外交部傘下の9つの司、1つの会、6つの処、3つの常設タスクフォース編成のうち、これまで「辺境」と見なされていた二つの閑職部署が急速に最前線へと押し上げられている。かつては裏方に過ぎなかったこの二つの部署に、林氏は自らの肝煎りで側近を送り込んだ。今や彼らは、林氏の外遊に随行し、極めて重要な役割を担う存在となっている。
台湾外交部が見事に中国側の目を欺き、頼清徳総統(左)は中国の封鎖網を突破して国交樹立国エスワティニに電撃的に現れた。(資料写真、総統府提供)
「天下第一司」よりも外相に近い「辺境」の急浮上 4月30日、林氏は外交部内で「北米台湾エンジニア協会(NATEA) 」などのテクノロジー系団体による合同訪問団と面会し、台湾の技術的優位性を活かした外交推進について意見を交わした。特筆すべきは、外交部が公開した写真である。面会に同席した幹部の中に、「天下第一司」とも称される北米司の焦国佑・副司長を差し置いて、林氏のすぐそばに立ち、より近い席に座る二人の人物がいた。国際協力・経済事務司の葉至誠・司長と、非政府組織(NGO) 国際事務会の江振瑋・執行長である。
時計の針を少し戻そう。4月23日深夜、林氏が「総統特使」としてエスワティニへと向かい、4月25日未明に同国に到着した際、現地で一行を出迎えたのは、エスワティニ政府高官や現地台湾人コミュニティの代表だけではなく、葉氏の姿もあった。実は、林氏の出発よりも前に、葉氏はすでに現地入りし、エスワティニ政府高官や台湾の企業団とビジネスセミナーを開催していたのである。そこで彼らは、同国の産業構造転換の中核を担う「台湾産業イノベーションパーク(TIIP) 」の進捗状況を点検していた。さらに約9か月前の2025年7月下旬から8月上旬には、江氏もエスワティニを訪問し、国王に対してTIIPの構想について直接プレゼンテーションを行っている。
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国交樹立国への訪問だけではない。林氏が外交部長就任から半年も経たない2024年11月中旬、欧州連合(EU)本部のあるベルギーをはじめ、リトアニア、ポーランドなどへ代表団を率いた際にも、欧州司の黄鈞耀・司長に交じって、当時外交部国経司の参事へ転任したばかりの江氏が同行していた。関係者は「国経司は以前であれば極めて周縁的な部署に過ぎなかったが、最近になって突如として『超重要部署』へと変貌を遂げた」と率直に明かす。
林佳龍氏(左) の指揮下で、国際協力・経済事務司(国経司)と非政府組織(NGO)国際事務会は外交部の重要部署となった。国経司の葉至誠・司長は林氏よりも一足先にエスワティニ入りし、地ならしを行った。(資料写真/林佳龍氏フェイスブックより)
経済外交へのシフトで一変した「国経司」の存在感 そもそも国経司とはどのような組織なのか。外交部の説明によれば、世界貿易機関(WTO) や地域経済統合、国際協力・開発、融資、対外経済貿易などを管轄するとされている。しかし外交部には別途、国連やアジア太平洋経済協力会議(APEC) などを担当する「国際組織司」が存在する。そのため、国経司が近年目立った動きを見せたのは、行政院(内閣) の経済貿易交渉オフィスと連携し、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP) への加入を推進する裏方業務などに限られていた。
ところが林氏が外交部長に就任して以降、台湾外交の青写真として「総合外交」が打ち出された。この総合外交の最大の眼目は、これまで観念的になりがちだった「価値観外交」から、経済や貿易を主軸に据えた「経済外交」への転換である。台湾の外交関係者は台湾メディア『風傳媒(ストームメディア) 』の取材に対し、「米国側が我々の経済外交をどれほど高く評価しているか、言葉では言い表せないほどだ」と語る。
この関係者によれば、トランプ米政権の当局者は様々な場面で台湾の経済外交を肯定しており、それが米国が推し進める「商業外交」の理念と合致しているという。林氏がこの経済外交を強力に推し進めたことで、経済実務を管轄する国経司の重要性が一気に高まったのである。
林佳龍氏が舵を切った経済外交は、トランプ米大統領(写真) が推進する「商業外交」の理念と合致する。(資料写真/AP通信)
技術系官僚のスカウトと「テクノロジー外交」への覚醒 2026年1月に国経司長に就任した葉至誠氏について、林氏は国家科学技術委員会のシステムから「三顧の礼」をもってスカウトしたと言われている。台湾・中央大学で機械工学、英国クランフィールド大学で航空宇宙工学の修士号を取得した葉氏は、30年以上前に公務員試験に合格した際、最初の配属先は核三廠(第3原発)と核二廠(第2原発)の原子力エンジニアであった。
その後、駐サンフランシスコ弁事処の科技組(科学技術部門)に9年間駐在してシリコンバレーの人脈を築き、経済部産業発展署の前身である工業局や、改組前の科技部を渡り歩いてきた。国家科学技術委員会(国科会)で国際協力・科学教育処長を2年余り務めた後、2025年下半期に外交部へと引き抜かれたのである。
サンフランシスコでの長年の駐在経験があるとはいえ、国立台湾大学政治学部や国立政治大学外交学部出身のエリートが大半を占める外交部において、理系エンジニア出身の葉氏は異色の存在だ。葉氏自身、外交部での最大の使命は「組織全体のテクノロジー・リテラシーを引き上げることだ」と語る。外交官たちが技術的な知見を身につけてこそ、国際社会で台湾にふさわしい条件を引き出すことができるという考えだ。
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現在、各国から台湾を訪れる要人との対話は、もはや半導体にとどまらない。葉氏は「半導体はすでに共通言語となったが、近年の国際交流における議題はさらに深く技術分野へと入り込んでいる。レアアースや窒素元素の話題になれば、外交官の95%は戸惑うだろう」と指摘する。
また、トランプ米政権が関税政策で国際情勢に波紋を投げかけたことで、林氏が提唱する経済外交と、葉氏率いる国経司の重要性はさらに増している。関税の障壁により自由貿易の前提が揺らげば、生産拠点はより市場に近い場所に置かざるを得ない。台湾の産業界がグローバルなサプライチェーンを構築し、海外に工場を設立する際、投資保護や二重課税の回避など、国家間の交渉は避けられない。葉氏は「ここで政府の機能が問われ、外交部が果たすべき役割も拡大する」と分析する。
興味深いことに、胸ポケットにボールペンと蛍光ペンを挿すスタイルを崩さない葉氏は、外交部の既存の文化を根底から覆すつもりはないとしながらも、国科会で培った「テクノロジー行政」のアプローチを国経司に導入しようとしている。それは、新たな政策において「試行錯誤を繰り返し、柔軟に軌道修正を図る」という実務的な文化である。
エンジニア出身の葉至誠・国際協力経済事務司長(写真) 。林佳龍氏が三顧の礼をもって、国家科学技術委員会(国科会)のシステムから外交部へとスカウトに成功した。(資料写真/鍾秉哲撮影)
「価値観」から「産業」へ、NGOの再定義 国経司にとどまらず、創設26年の「非政府組織(NGO) 国際事務会」もまた、林氏の主導下で新たな使命を帯びるようになった。一般的な台湾社会におけるNGOのイメージは非営利組織だが、現在の外交部が定義するNGOはそれとは大きく異なる。人権などの普遍的価値の推進や災害支援を担う従来の市民団体の枠を超え、全国工業総会や電機電子工業同業公会、対外貿易発展協会といった産業界の主要団体もすべてNGOの範疇に組み込まれているのだ。
2026年1月7日、NGO国際事務会が主催した第6回「NGOリーダーフォーラム」では、人権団体や市民団体が集まり、普遍的価値を通じた国際協力や民主主義の盟友間のレジリエンス(強靭性) 強化について議論が交わされた。しかしそれ以上に象徴的だったのは、経済外交をテーマとした初回セッションである。国際経済協力協会の呂桔誠・理事長が司会を務め、全国工業総会、電機電子工業同業公会、対外貿易発展協会、大肚山産業創新基金会の代表者が一堂に会し、江氏と対談を行ったのである。
この場で江氏は「自由、民主、人権をアピールするだけでは、中国と対峙するには到底不十分だ。経済と外交は密接に結びついており、今の我々にとって経済こそが突破口となる」と率直に語った。実際、林氏は国交樹立国との連携強化を目指す「栄邦計画」の一環として、産業団体の代表者や企業家を率いて頻繁に外遊している。企業視察団を伴って欧州や米国へ足を運び、フィリピンへの訪問も成功させているのだ。
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非政府組織(NGO)国際事務会の江振瑋・執行長(写真) は林佳龍氏の旧部下で、主に無人機(ドローン) 外交の推進を担っている。(資料写真/鍾秉哲撮影)
外交の戦場は半導体とサプライチェーンへ 林氏が経済外交の推進に向けて、最初に外交部へと呼び寄せた幹部こそが江氏であった。二人の関係は深い。林氏がかつて台中市長を務めていた際、江氏は市政府の経済発展局で専門委員を担っていた。2018年に林氏が台中市長選で敗れた後、江氏は嘉義県政府の経済発展処長に転じたものの、林氏が交通部長に転任した際にも、江氏は交通部の技術産業会議に抜擢され、無人機(ドローン) グループの副座長を兼任した。今回、林氏が江氏を外交部に招いた主な理由の一つも、この「ドローン外交」の推進にある。そのため、江氏は現在「無人機外交プロジェクト実行長」というもう一つの肩書きを持っている。
だが、江氏の強みはドローン産業だけではない。前述のフォーラムで全国工業総会、電機電子工業同業公会、対外貿易発展協会など産業界のトップたちと堂々と渡り合い、全国工業総会の呂正華・秘書長に「振瑋(江氏)に呼ばれれば、いつでも駆けつける」と言わしめるほど、その人脈は多岐にわたる。「アジア無人機AIイノベーション応用研究開発センター」の創設者であり初代センター長を務めた江氏は、地方政府時代に様々な産業界とのパイプを構築し、現在は国際経済協力協会の副秘書長をも兼務する。まさに多方面に通用する「多角形戦士」と言える。
総じて言えば、江氏と葉至誠氏という二人の「隠れた戦士」が率いる部署が、林氏の率いる外交部において閑職から最重要拠点へと躍り出たことは偶然ではない。「天下第一司」とも称される北米司よりも外相に近い位置に立つようになったのは、単に業務内容が再定義されたからではなく、外交部における人材登用と戦略のロジックが根本的に変化したことを意味している。
外交の主戦場は、かつての政治的なイデオロギー攻防から、半導体、サプライチェーンの強靭化、そして重要テクノロジー分野へと確実に移行している。国経司とNGO国際事務会の役割の変容は、表面上は地味な部署の復権に過ぎないように見えるかもしれない。しかしその本質は、林佳龍体制下の台湾外交が、これまでにない全く新しいアプローチで世界との結びつきを構築しようとしている現実を、鮮明に映し出しているのである。
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