台湾の最大野党・国民党の鄭麗文主席は3月30日、国内外に向けた記者会見を行い、4月7日から12日にかけて中国を訪問すると発表した。これに先立ち、中国の国営新華社通信は同日午前9時、このニュースを速報した。新華社は「鄭主席は就任以来、訪中の意向を繰り返し表明してきた。国共両党および中台関係の平和的発展を推進するため、中国共産党中央と習近平総書記が鄭主席率いる訪問団を歓迎する」と報じている。
國民黨本部は、今回の訪中が党の既定方針である「92年コンセンサス」の堅持と「台湾独立反対」に基づいたものであることを強調。「一分も多くなく、一分も少なくなく」の立場で、中台は必ずしも戦う必要はなく、知恵と努力によって平和への道を共に歩めることを台湾国民と世界に証明するとした。双方とも習近平国家主席との会談を正式には認めていないものの、4月10日に北京で会談(鄭・習会談)が行われることが確定しており、その待遇は過去の「馬・習(馬英九・習近平)会談」を上回る可能性がある。

「鄭・習会談」への自信と、党内に広がる困惑
鄭主席は当選後、中台交流の強化を掲げ、習氏との会談を強く熱望してきた。会談の実現により経済交流を活性化させ、台湾海峡の緊張緩和を図るのが狙いだ。就任当初、鄭主席は一部の民意代表(議員)に対し、自らを中台関係の「素人」と称しつつも、登用した党幹部らは実務に精通していると説明していた。当時の党内分析は二分されており、会談の実現性を肯定する声がある一方で、主席本人が中台事務に疎いことを不安視する向きもあった。
その後、鄭主席が公の場で「会談は必ず実現する」と繰り返し宣言し、「米中首脳会談よりも不確定要素は少ない」と豪語するようになると、党内や中台交流の実務者の間では困惑の声が広がった。外交や中台交渉の原則からすれば、会談を実現させるためには「徹底した低姿勢(秘密裏の交渉)」が不可欠とされるからだ。
しかし、台湾メディア『風傳媒』の先行報道によれば、国民党の内部会議において、今後「鄭・習会談」という呼称を禁じ、「訪中交流計画」と言い換えるよう通達があった。この決議により、党内関係者の間では「鄭・習会談の実現は、実質的に確定した」との認識が広がった。

会談への「三段階」のお膳立てと、突如訪れた暗雲
「鄭・習会談」の実現に向け、国民党側は段階的な布石を打ってきた。
第1のステップは、2月3日に開催された「国共両党シンクタンクフォーラム」だ。このフォーラムは、張栄恭副主席の上海訪問時に枠組みが固まり、その後、蕭旭岑副主席によって実行に移された。蕭氏は北京の人民大会堂(新疆庁)で、中国共産党中央政治局常務委員で全国政治協商会議主席の王滬寧氏と会談。AI(人工知能)やエネルギー政策など、実務・政策面での交流を通じた「地ならし」が行われた。
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続く第2のステップは、国民党の組織「KMT Studio」の召集人で連戦(れん・せん)元主席の次男である連勝武氏によるものだ。連氏は3月29日の「青年節」に合わせ、広州の黄花崗で革命烈士を参拝。現地で大規模な青年フォーラムを開催した。


















































