【論評】アップル巨額罰金リスクが映すインドの政策リスク 外資を遠ざける「突然のルール変更」
アップルはインドでの独占禁止法調査をめぐり、法改正により巨額罰金リスクに直面している。多国籍企業にとって、インドの政策リスクの高さを示す事例となった。(写真/中央通信社・李雅雯上海撮影、2026年3月13日)
米アップルが先週、インドで直面した「380億ドル(約6兆円)規模の罰金リスク」は、各国政府にとって反面教師となる出来事だ。少なくともこの一件だけを見れば、インド経済の先行きに大きな疑問符を付けざるを得ない。
アップルにとって、この巨額罰金リスクはかなり「余計な」出来事だったと言える。発端は2021年、インド競争委員会(CCI)がアップルに対して開始した独占禁止法違反の調査だった。CCIは、アップルがアプリストア市場で支配的地位を濫用した疑いがあるとした。
2024年7月の調査報告書では、アップルが市場支配的地位を濫用し、開発者に不公平な条件を課したと認定された。アップル側は違法性を否定し、インドの独禁法に基づく罰金制度そのものについて、法の不遡及の原則に反し違憲だと主張。手続きを事実上止めようとした。
しかし、今回の裁判所の判断は、この道は通らないということを示した形だ。今後は、7月中旬に予定されるCCIの最終判断が焦点となる。
アップルに浮上した最大380億ドルの罰金リスク
いわゆる「アップル税」は広く知られている。アップルの強い姿勢も今に始まったことではない。同社が世界各国で提訴や調査の対象となるのも初めてではなく、巨大IT企業に対する独禁法調査は各地で行われている。
多くの場合、最終的には数千万ドルから数億ドル規模の罰金で決着する。売上高や利益が数百億ドル、あるいは1000億ドル規模に上る巨大IT企業にとっては、大きな痛手とは言いにくい。アップルの場合、昨年の売上高は4161億ドル、純利益は1092億ドルだった。
従来の基準であれば、インド市場での売上高をもとに罰金が計算される。アップルのインドでの年間売上高は約90億ドルとされ、仮に10%の罰金が科されたとしても、金額は約9億ドルにとどまる。年間1000億ドルを超える純利益を上げるアップルにとって、影響は1%未満だ。無傷とは言えないまでも、十分に負担できる水準だった。
突然のルール変更が多国籍企業を遠ざける
インドは2024年の競争法改正で、独禁法違反に対する罰金の算定基準を、インド国内売上高から全世界売上高へと変更した。この変更は、単なる算定方法の見直しにとどまらず、制度の性格そのものを変えるほど大きい。
もちろん、インド当局が実際に10%という上限に近い罰金率を適用する可能性は高くないかもしれない。それでも、算定基準が国内売上高から全世界売上高へ変わったことで、罰金規模は一気に46倍に膨らむ計算となる。
アップルのインドでの年間利益は約3億6000万ドルにすぎない。仮に416億ドルの罰金が科されれば、現地での約115年分の利益を差し出すに等しい。これほどのリスクを引き受けられる企業がどれほどあるだろうか。
アップルが新規則の違法性を主張し、裁判所に訴えたのは当然だった。これに対し、CCIは新制度の合法性を主張し、先週の法廷での攻防につながった。
最終判断がどうなるにせよ、独禁法の罰金算定基準を国内売上高から全世界売上高へと変える手法は、表面的には規制を強め、市場の健全化に資するように見える。しかし実際には、外資の流出を招き、多国籍企業の投資意欲をそぐ結果になりかねない。
外資流出とテスラ撤退が示す不信感
実際、こうした動きはすでに表れている。今年に入ってから、外国人投資家がインド株式市場から引き揚げた資金は230億ドルを超えた。これは1993年にインドが外国人投資家に株式市場を開放して以来、最大規模とされる。
米金融大手ゴールドマン・サックスの報告書によると、2024年9月にインド株がピークをつけて以降、外国人投資家によるインド株の売り越し額は530億ドルに達した。外資の保有比率は、過去14年で最低水準に落ち込んでいる。
同時に、指標となる大手多国籍企業がインド市場で事業を縮小したり、撤退したりする動きも見え始めている。
その一例が米電気自動車(EV)大手テスラだ。インドでの工場建設を計画していたテスラは、インド政府と5年にわたって交渉した末、投資計画を取りやめた。
理由は、インド政府が示した高い要求水準にある。進出から3年目に部品の現地調達率を25%、5年目には50%に引き上げるよう求めたためだ。インド政府とテスラの交渉は5年に及んだが、最終的にテスラはインドでの工場建設計画から撤退した。
インド政府の狙いは理解できる。テスラを呼び込むことで、EV関連のサプライチェーンを育成し、さらにはインド製造業全体の底上げにつなげたいという発想だ。
一方で、テスラが撤退を選んだ理由も分かりやすい。インドの製造業はなお発展途上にあり、政府が求める現地調達率を満たすのは容易ではない。加えて、テスラのインドでの年間販売台数は数百台にとどまる。テスラにとって、インド市場は事実上ほとんど存在しないに等しく、そのために大きなリスクを負う理由は乏しかった。
中国との違いは「自発的な現地化」を促せるか
テスラが上海投資を決めた際、中国当局の支援により、工場建設はわずか7カ月で完了した。上海工場は現在、テスラにとって最大規模で、最も生産効率の高い拠点となっている。上海工場の存在によって、テスラはかつての「納車遅延の悪夢」から脱したとも言える。
一方、インドは政府の行政効率から製造業の技術水準に至るまで、テスラの要求を満たすには至らなかった。5年を費やしながら、最終的に計画は頓挫した。
今回のアップルに対する独禁法調査の最終結果がどうなるにせよ、多国籍企業を締め付けるかのようなインド当局のやり方は、外資誘致にとって明らかに逆風となる。
ある見方では、多国籍企業にとってインド市場に入ることは、ルールがいつ変わるか分からないゲームに参加するようなものだという。しかも、そのゲームでは審判が罰金をいつでも引き上げられる権限を握っている。そう受け止められかねない状況は、インドにとって決して有利には働かない。
こうした手法は、中国とインドの競争、いわゆる「龍象の争い」においても不利に作用するだろう。
台湾は「新南向」を一度見直すべきか
台湾にとっても、この問題は決して無関係ではない。
蔡英文前政権時代から、台湾は「新南向政策」のもとでインドとの経済関係強化を進め、企業にもインド投資を促してきた。頼清徳政権も、社会に懸念が残る中で、インド人労働者の受け入れを進めようとしている。
しかし、今回のアップルの事例を踏まえれば、台湾としても、インドとの経済関係強化やインド人労働者の受け入れについて、一度立ち止まって考える必要があるのではないか。
インド市場の成長性は確かに大きい。だが、政策リスクや制度変更の不確実性が高まれば、企業にとってその魅力は大きく損なわれる。台湾がインドとの関係を深めるのであれば、成長期待だけでなく、こうした制度上のリスクも冷静に見極める必要がある。
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