ロシアによるウクライナ侵攻が大規模な消耗戦へと移り、長大な前線が「人命をすりつぶす戦場」と化すなか、ドローンを駆使した新たな戦術は、戦争のあり方を大きく変えてきた。
米国のドナルド・トランプ大統領はかつてホワイトハウスで、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領を公然と非難し、「感謝が足りない」「交渉に使えるカードを持っていない」と迫った。だが、ウクライナが生み出したドローン戦術は、侵略を受ける側にも戦局を動かす余地があることを示し、西側諸国に新たな可能性を印象づけた。
その戦略を主導した人物の一人が、ミハイロ・フェドロフ前国防相である。デジタル技術と行政改革を駆使してきた経歴から、台湾メディアでは、オードリー・タン(唐鳳)元デジタル発展相になぞらえ、「ウクライナのオードリー・タン」と呼ばれることもあった。
ところが、ドローン戦略が戦局を左右する重要性を増すなか、ゼレンスキー氏はフェドロフ氏を国防相から解任した。この決定は西側諸国の関心を集め、ウクライナ国内では抗議活動も起きた。キーウの政権中枢では、軍事戦略、調達改革、政治的影響力を巡る対立が改めて表面化している。
ゼレンスキー氏はなぜ、ドローン戦略の立役者を政権から外したのか。フェドロフ氏は何を巡って軍や政権中枢と衝突したのか。そして、再び国防分野の要職に戻る可能性はあるのだろうか。
35歳の国防相が進めた「ドローン大戦略」
当時35歳だったフェドロフ氏は、ゼレンスキー政権でデジタル転換相や副首相を歴任した若手改革派だ。
ロシアによる侵攻開始後には、実業家のイーロン・マスク氏に対し、「あなたが火星への移住を準備している間に、ロシアはウクライナを占領しようとしている」とSNSで訴えた。その後、マスク氏率いるスペースXは、ウクライナ向けに衛星通信サービス「スターリンク」の提供を開始した。
フェドロフ氏はまた、米アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)に働きかけ、ロシアでの製品販売やロシア国営メディア関連アプリの配信停止を求めた。さらに、ハッカーらによる「ウクライナIT軍」の組織化を進め、ロシア政府のウェブサイトなどを標的とするサイバー作戦を展開した。
SNS、巨大テクノロジー企業、デジタル行政を組み合わせた一連の手法は、「テクノロジーによって侵略者に対抗する」というウクライナの姿勢を象徴するものとなった。こうした手腕から、台湾メディアではフェドロフ氏を「ウクライナのオードリー・タン」と呼ぶ声が上がった。
2026年1月、フェドロフ氏は国防相に就任し、技術革新とドローン戦略を一段と推進した。報道によれば、ウクライナのドローン年間生産能力は1000万機規模に拡大し、前線における精密攻撃の約85%をドローンが担うようになったという。目標を無力化するための平均コストは、約850ドルに抑えられたとされる。
具体的には、AI誘導型の中距離自爆ドローン「ホーネット(Hornet)」を導入し、ロシア軍後方の輸送車両を攻撃。前線への補給能力を低下させた。
無人艇とドローンを組み合わせた作戦では、ロシア黒海艦隊の活動を制約し、クリミア半島を軍事的に孤立させる効果を上げたとされる。さらに、ロシア国内の製油施設への長距離攻撃を重ね、燃料供給と精製能力にも打撃を与えた。
こうした非対称戦の成果は、ウクライナへの支援継続に懐疑的だった西側諸国に、改めて戦局を動かす可能性を示した。トランプ氏のウクライナに対する姿勢にも一定の変化をもたらし、ウクライナ国内での地対空ミサイル「パトリオット」の生産を巡る協議にもつながったと報じられている。
しかし、フェドロフ氏の評価が高まったまさにその時、ゼレンスキー氏は同氏の解任を発表した。
軍事思想の対立と調達改革
西側メディアの報道によれば、フェドロフ氏の解任は突発的なものではなく、軍と政権中枢に長年蓄積されてきた不満が表面化した結果だという。
フェドロフ氏は国防相就任から半年ほどの間にドローン戦略を急速に拡大する一方、軍官僚や伝統的な将官、軍需産業が維持してきた従来の調達慣行にも切り込んだ。
同氏は複数の従来型兵器の調達計画を見直し、155ミリ砲弾の購入を一時停止して、予算をドローン製造へ重点的に振り向けたとされる。
この方針は、オレクサンドル・シルスキー軍総司令官らの強い反発を招いたという。
ソ連の軍事教育を受けたシルスキー氏は、砲兵火力と地上戦力を重視する軍人として知られる。軍内部には、悪天候下ではドローンの運用が制限されるうえ、泥濘化した塹壕でロシア軍の攻撃を食い止めるには、依然として重砲による集中的な火力支援が不可欠だとの意見も根強い。
つまり両者の対立は、単なる人間関係ではなく、「ドローンを中心とする分散型の戦い」と「砲兵を中心とする従来型の地上戦」のどちらを優先するかという、軍事思想の違いでもあった。
フェドロフ氏の解任後の説明によれば、シルスキー氏がゼレンスキー氏に直接働きかけたことで、両者の対立が決定的になったという。
「汚職列車に非常ブレーキ」既得権益に切り込んだ改革
西側メディアの報道によると、フェドロフ氏は国防相在任中、約300億フリヴニャ(約1095億円相当)に上る軍調達の予算超過を把握したとされる。関連する調達を公開入札プラットフォームへ移行させ、155ミリ砲弾の購入費だけでも約16%削減したという。
ある西側メディアは、この改革について「汚職列車に非常ブレーキをかけた」と表現した。
深刻化する脱走や兵員不足への対応でも、フェドロフ氏は従来とは異なる施策を打ち出した。期限付き契約制度や歩兵の待遇改善を進めたほか、ロシア軍の装備を破壊した実績に応じてポイントを付与し、兵器や装備品と交換できる「ドローン報奨ポイント」制度も導入した。
前線部隊の士気向上を狙った仕組みだったが、保守派からは、フェドロフ氏は軍務経験に乏しく、戦争をスタートアップ企業のように運営しているとの批判も出た。「見栄えを重視した広報戦略にすぎない」との声もあった。
支持率上昇を政権は警戒したのか
フェドロフ氏は、伝統的な軍幹部から反発を受ける一方、国民の間では支持を広げていた。
原文が引用する世論調査では、同氏の支持率は半年間で38%から50%へ上昇し、ゼレンスキー氏の61%に近づいていたという。
ただし、この数字を評価するには、調査機関、実施時期、質問方法、標本数などの確認が欠かせない。それでも、フェドロフ氏が有力な若手政治家として存在感を強めていたことは、政権にとって無視できない要素だったとみられる。
戒厳令下で大統領選挙が実施されていないなかでも、ゼレンスキー氏が人気を高める若手政治家を警戒していたのではないかとの分析がある。
過去には、戦場で高い評価を得て国民的人気を集めたワレリー・ザルジニー前軍総司令官が解任され、その後、駐英大使に転じた。これを政権中枢からの事実上の排除とみる向きもある。
ザルジニー氏の後任には、政治的野心が乏しい人物とみられていたシルスキー氏が起用された。こうした経緯から、フェドロフ氏についても、人気上昇をゼレンスキー氏が政治的脅威と受け止め、国防相から外したのではないかとの見方が出ている。
もちろん、現時点でそれを裏付ける決定的な証拠が示されているわけではない。しかし、軍事戦略と調達改革を巡る対立だけでなく、政権内部の権力関係も解任の背景にあった可能性は排除できない。
解任に抗議、軍内部からも支持の声
フェドロフ氏の解任は、ウクライナ国内の市民や軍関係者にも大きな反響を呼んだ。
同氏の支持者はキーウ、オデーサ、リビウなどで街頭に立ち、段ボール製のプラカードを掲げて政府の決定に抗議した。「私たちには声を上げるための段ボールがある」と訴え、解任への不満を示した。
軍内部では、パブロ・イェリザロフ副空軍司令官が辞任し、ゼレンスキー氏の判断は国防に重大な損害を与えたと批判したとされる。複数の前線指揮官もフェドロフ氏への支持を表明し、「沈黙は過ちを積み重ねるだけだ」と訴えた。
フェドロフ氏自身も解任後、「国防相に復帰して改革を完遂する以外、他のいかなる役職も検討しない」と述べたとされ、シルスキー氏やゼレンスキー氏に対して強硬な姿勢を崩していない。
シルスキー氏更迭論とフェドロフ氏復帰の可能性
ゼレンスキー氏は、特殊部隊の責任者を務めたイェウヘン・フマラ氏を国防相代行に指名し、軍事作戦と国防行政の継続を図った。
前線の兵士らは、フェドロフ氏が進めてきたドローン戦略が、同氏の退任とともに後退するのではないかと懸念している。官僚機構によってドローンの調達や供給網が再び停滞することへの警戒も強い。
同時に、シルスキー氏の更迭を求める声も高まっている。
同氏については、兵員の損失をいとわず前線を維持する戦術を採用しているとの批判があり、兵士の間では「肉屋」と呼ばれているとも伝えられる。ゼレンスキー氏が高級将校らとの会談を重ねていることから、シルスキー氏の交代が近いとの観測も浮上している。
だが、シルスキー氏を交代させることと、フェドロフ氏を国防分野の要職に戻すことは同じではない。
フェドロフ氏を再び起用するかどうかは、ゼレンスキー政権がドローン戦略をどこまで重視し、調達改革を継続する意思があるのかを測る試金石となる。
同氏が国防相に復帰するのか、別の形で政権に戻るのか、あるいは政権外から政治的影響力を強めるのかは、現時点では分からない。
ただ一つ確かなのは、フェドロフ氏の処遇が単なる一閣僚の人事にとどまらないということだ。それは、ウクライナが今後もドローンを中核とする非対称戦を追求するのか、それとも伝統的な軍事組織と調達構造へ回帰するのかを映し出すものになる。
フェドロフ氏が「敗者復活」を果たすかどうかにかかわらず、その行方から、ウクライナ政府がドローン戦略をどう位置づけているのかが見えてくるだろう。